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【22-45】良き隣人、パートナー、競争相手 新たな日中関係柯隆氏提言

小岩井忠道(科学記者) 2022年12月21日

 国交正常化50周年に当たり、日中両国は「良き隣人、パートナー、競争相手」という新たな関係を構築すべきだ―。日本での研究生活が長く、日中両国の経済問題に詳しい柯隆東京財団政策研究所主任研究員が15日、日本記者クラブで講演し、中国が直面している課題について解説するとともに日中関係のあるべき姿について提言した。柯氏は中国が進める内外政策の問題点を指摘するとともに、日本政府にも中国に対して主張するだけでなくギブアンドテイクの関係をつくり上げる対応を求めた。

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柯隆東京財団政策研究所主任研究員(12月17日、日本記者クラブ)

 柯氏がまず、指摘したのは中国経済の厳しい現状。今年3月の全国人民代表大会で目標とされた年経済成長率5.5%に対し、7~9月の実績が3%に留まった理由について、生産性の低下を挙げた。潜在成長率は5%あるにもかかわらず、実績は目標値を大幅に下回る。労働力と資本が不足していないから、原因は生産性の低下。このままだと年成長率も3%に満たない可能性がある、と厳しい見通しを示した。

若年層失業率と雇用不安深刻

 現実に深刻な影響が出ていることも指摘した。都市部の失業率は5%だが、16~24歳の若年層に限ると一挙に20%に達する。しかも、この統計数値は都市に戸籍がある人しか含まれず、戸籍が農村の農民工と呼ばれる出稼ぎ失業者は含まれていない。結婚の前提条件として家を持つという社会通念が定着している中国で、失業者に加えリストラの不安を抱える若者たちもまた不動産に手を出せない深刻な事態が生じている。こうした現実を紹介したうえで、この結果、30年前に日本が経験したような不動産バブル崩壊というリスクが中国社会に高まっている現状に柯氏は強い懸念を示した。

「ゼロコロナ政策」に対する学生や市民の激しい反発と併せ、政府が「ゼロコロナ政策」を転換する動きを始めたことは、すでに国際的な関心事となっている。柯氏は、政策転換を評価する一方、もし政策転換をしなければ、政権の維持が困難になりかねなかった、との厳しい見方も示した。さらに、政策転換は感染拡大が起きやすい寒い時期ではなく8,9月の暑いうちにすべきだったし、李克強首相が記者会見し説明してしかるべき政策の大転換だった、との批判も加えた。

パワー半導体輸出規制も打撃に

 もう一つ柯氏が重視しているのが「サプライチェーン」をめぐる問題。最先端のパワー半導体を米国が日本や韓国を仲間に取り込んで中国に渡さない動きを強めている影響の深刻さを強調した。パワー半導体は、スーパーコンピュータや量子コンピュータの製造に欠かせない。効果的な新型コロナワクチン製造で中国が後れを取っているのも、スーパーコンピュータの活用に差があったためとの例を示し、パワー半導体が入手できないことが中国のイノベーションをかなり困難にするとの見通しを示した。

 さら柯氏が明確に批判したのが、中国が進めてきた「戦狼外交」。敵を増やして友人を増やそうとしない外交はやめるべきだ、と主張した。「外国の介入があればあり得る」と中国が主張する台湾への武力行使も、米中の首脳が時々、会談しさえすれば可能性はそれほど大きくない、との見方も示した。

ギブアンドテイクの関係を

 講演の最後に柯氏は、国交正常化50周年を迎えたものの好ましい関係にあると言えない日中両国が新しい時代に向けてどのような関係を構築すべきか、提言した。氏が取り上げたのは、11月17日タイで行われた習近平国家主席と岸田文雄首相による日中首脳会談後に岸田首相が話したとする次のような発言。「(中国に対し)主張することは主張する」

 柯氏は、日本経済が中国に依存している現状からみて、岸田首相の「主張することは主張する」という一言では不十分だ、とし、中国との付き合い方としてはギブアンドテイクの関係構築を持ちかけるべきだとの考えを示した。そのために新たな日中関係を定義する言葉が必要だとして「良き隣人、良きパートナーと良き競争相手」という関係をつくりあげることを提言した。

 柯氏は、2020年8月にサイエンスポータルチャイナに寄稿した「ポストコロナ危機の日中関係」の中で、すでに次のように指摘していた。「日本の国際戦略の基本形は、安全保障はアメリカに依存し、経済は中国に依存している。日本がどのように対中関係を再構築するかが問われている。同時に、新型コロナ危機をきっかけに、さらに香港『国家安全維持法』の施行によって中国は世界主要国との関係が大きくぎくしゃくしている。習政権にとって難しいかじ取りになっている」

 米国による対中半導体規制により中国の製造業全体に深刻な打撃がもたらされる可能性については、日本総合研究所の野木森稔、佐野淳也両主任研究員が10月に公表した報告書「習新体制の経済問題軽視とその落とし穴―強固なトップダウン体制の確立がもたらす経済への副作用―」でも指摘されている。米政府の対中輸出規制強化によって、中国企業との取引を停止するという米国の半導体関連企業の発表が相次いでいる。米国人技術者が中国の半導体生産・開発へ関与することが禁じられたため、中国の半導体産業で働く米国人が退職を迫られている。こうした現状を紹介し、電子機器産業を中心に世界の工場としての機能が著しく毀損される可能性がある、と指摘している。

 サプライチェーンに関しては、三菱総合研究所が2021年9月に公表した「日本経済・企業のサプライチェーン強靭化に向けた提言」からも柯氏の今回の提言に通じる指摘がある。米国の対中強硬姿勢が同盟国と連携して対中包囲網構築を目指す姿勢に変わった中で、日本としてどのようにしてサプライチェーンを強化すべきかを提言した報告書だが、同時に次のような日本の役割も強調されている。「国際社会が中国に対して抱く懸念の緩和に努めることが、中国にとってもメリットが大きいということを日中間の対話を通じて継続的に働きかけていくことも重要」

関連サイト

日本記者クラブ会見リポート 「「3期目の習近平体制」(2) 3期目の政策課題 柯隆・東京財団政策研究所主席研究員

会見動画 「「3期目の習近平体制」(2) 3期目の政策課題 柯隆・東京財団政策研究所主席研究員 2022.12.15

外務省 「日中首脳会談

首相官邸 「APEC出席国との首脳会談等についての会見」令和4年11月17日

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