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【21-19】民間保険に年金制度補完役割 広がる中国の地域格差

2021年07月19日 小岩井忠道(科学記者)

 高齢化が進む中国で年金の地域格差が広がり、定年退職後に何らかの仕事をする必要があると考える人も8割に上ることが、片山ゆきニッセイ基礎研究所准主任研究員の調査で明らかになった。定年退職後の生活を考えた個人年金など今後、公的年金制度を補完する民間保険の役割が大きくなる、と片山氏は見ている。

公的年金加入率90%超

 14日公表された報告書「年金の地域間格差(中国)」で片山氏はまず、5月11日に発表されたばかりの中国の国勢調査結果から、少子高齢化の急速な進展があらためて浮き彫りなった現実に注意を促した。国勢調査結果は、この10年間で15~59歳の生産年齢人口の割合が6.8ポイント減少に転じる一方、60歳以上の高齢者の割合は5.4ポイント上昇、人口に占める割合が18.7%となったことを示している。「2020年末までの公的年金制度の加入者総数は9億9,900万人、加入率は90%を超えた」という2月12日の中国政府発表も併せて紹介し、公的年金制度が実質的に老後の生活を支え得る状況になっているかを調べた。

 片山氏が注目したのは、中国銀行保険報と長江養老保険会社の調査に中国社会科学院世界社保研究センターが協力して作成し、6月に公表された「年金発展指数(2020)報告」。「首都圏の三大行政区」(北京市、天津市、河北省)、「長江デルタ地域」(上海市、江蘇省、浙江省など)、「珠江デルタ地域」(広州市、深圳市など)の3地域で「都市職工年金」に加入している人々を対象に、年金制度の状況を比較している。中国の公的年金制度は大きく分けて、主に都市の会社員と公務員を対象とした「都市職工年金」と、都市部の非就労者・農村部住民を対象とした「都市・農村住民年金」から成る。「都市職工年金」は強制加入で、年金の保険料率は、基本的に雇用主負担が16%、従業員負担が8%の計24%となっている。

 報告書で明らかにされた重要な事実は、強制加入と言いながら3地域で加入率に大きな違いが見られたこと。「首都圏三大行政区」が92.77%だったのに対し、「長江デルタ地域」は70.17%にとどまり、製造業、IT産業などを中心に若年層が人口の多くを占める「珠江デルタ地域」は、66.21%とさらに低い。強制加入の年金制度においても、今後、年金受給に際して地域差が発生する可能性を示している。

3地域の都市職工年金加入率

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(片山ゆき氏提供)

年金支給額高い珠江デルタ地域

 支給される年金額はどうか。年金支給は加入している市の平均給与も加味して算出されるため、地域差がみられる。市ごとに支給される年金の平均受給額が当該市の前年の平均給与に対してどれほどの割合になるかを見ると、高齢化率が相対的に高い「首都圏三大行政区」は56.97%、「長江デルタ地域」は49.64%であるのに対し、「珠江デルタ地域」は69.13%と高い。全国平均(57.95%)と比較しても、「珠江デルタ地域」は11ポイント以上高く、地域によって受給にも大きな格差があることが分かる。「珠江デルタ地域」の受給度合の高さは、若年層が人口の多くを占め、受給者数の人口に占める割合が低いのが理由とみられる。

年金受給度合(対前年の平均給与)

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(片山ゆき氏提供)

 中国の年金制度の地域間格差については、澤田ゆかり東京外国語大学総合国際学研究院教授が2019年7月26日に科学技術振興機構中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で行った講演で触れている。澤田氏によると、中国政府は格差是正のため2018年7月から「基礎年金調整制度」を導入した。基礎年金収支が黒字の省・市から赤字の省・市へ黒字分の一部を移すというのが制度の大きな特徴だ。「積立金の全国統合ができていないため、中央財源に負担をかけない苦肉の策」(片山氏)とも言える制度だ。

 澤田氏によると、2019年に赤字地域への持ち出し(拠出額)が最も多い省・市は、広東省を筆頭に北京市、浙江省、江蘇省、上海市、福建省、山東省の順。逆に受取額が最も多いのは遼寧省、黒龍江省、四川省、吉林省、湖北省、湖南省、内モンゴル自治区の順となっている。片山氏の調査報告は、基礎年金収支が黒字の省・市と赤字の省・市の間だけでなく、「首都圏三大行政区」、「長江デルタ地域」、「珠江デルタ地域」という経済成長が進み基礎年金収支が黒字の地域間においても格差は大きい現実を明らかにした。「本人の現役時代の給与の多寡によるが、どこの地域の年金制度に加入していたかによって受給額は大きく異なる」と片山氏は指摘している。

8割が定年後も仕事覚悟

 興味深いのは、少子高齢化が急速に進む中で中国国民が年金制度に頼り切れないという思いを抱いていることをうかがわせる調査結果だ。定年退職後の支出は現在と比較してどれくらい変わるか。この問いに対し、最も多い28.97%の人々が「40~49%に縮小」と答えた。次いで「50~59%に縮小」が24.88%と、全体の5割が支出を40~60%ほどの規模まで縮小せざるを得ないと考えている。支出を「39%以下に縮小」という回答も16.35%あり、定年退職後の生活や支出については多くが厳しい見通しを持つ傾向がうかがえる。

 同様の傾向は、「定年退職以降何らかの仕事をする必要があると思うか」を聞いた答えからも見てとれる。21.20%が「必ずする必要がある」と答え、「おそらくする必要がある」(32.26%)、「一定程度する必要がある」(26.55%)を合わせると約8割が何らかの仕事をせざるを得ないと考えているという結果となっている。

「年金制度の現状から定年退職後または高齢となった際の再就職・再就労に対する意識が高まりつつあることがうかがえる。加えて、政府による現役世代への子育てサポートが強化され、現在、子育ても担っている高齢者自身が就労しやすい環境となった場合、年金受給開始年齢の引き上げへのこれまでの強い反発も緩和されていく可能性もある」と片山氏はみている。

定年退職以降、何らかの仕事をする必要があると思うか

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(片山ゆき氏提供)

 さらに負担、受給の両面において格差を生みやすく、実際に地域格差が大きい現行年金制度を補完するものとして民間保険の役割が大きいことを片山氏は強調している。「これまでの民間保険は貯蓄型ではあるものの理財を訴求した短期の養老保険が主流となっていた。しかし、少子高齢化が進み、保険市場の健全化が進められる中で、より中長期で保険の本来の役割を発揮できる保険商品や、いざという時の医療保険などの需要が高まっている。今後は介護保険商品の販売も増えていくと思われ、老後への備えはより多元化していくと考えられる」との見通しを明らかにした。

関連サイト

ニッセイ基礎研究所レポート「年金の地域間格差(中国)」(保険研究部 准主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき)

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