知財現場 躍進する中国、どうする日本
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【19-08】日中知財教育比較―企業知財人が感じた両国の知財教育と私見―(その1)

2019年12月25日

石塚利博

石塚利博: 日本パテントデータサービス株式会社 知財コンサルティング事業部長 弁理士

略歴

1981年北海道大学工学部精密工学卒、1983年同大学生体工学専攻修士卒、(株)日立製作所入社、MRIの開発設計に従事、MRI事業譲渡に伴い1993年(株)日立メディコに出向、1997年出向復帰し液体クロマトグラフ質量分析計の開発纏め、主任技師、2001年分社し(株)日立ハイテクノロジーズ所属、2002年希望し知的財産部へ異動、2008年知的財産部部長、2016年日本電産(株)知的財産部長、2019年より現職

まえがき

 私は企業にて開発、知財業務を長く経験し知財教育には以前より大変興味を持っている。知財専門人材はもちろんのこと、それ以外の知財教育を社内(新入社員、新任管理職等)や大学院(MBA)などで行い日本の産業発展のために知財活動を推進する教育が大変重要と確信している。そのため、個人的に知財教育の調査、ヒアリングなどを行っていた。実は技術系新入社員の知財教育を長くやっていたが、就職前に大学、大学院(旧帝大を含めて有名大学が主)などで知財教育を受けたものが皆無に近かったことに大変危機感を抱いたことが知財教育に関心を持った大きな理由である。尚、筆者は、母校の工学部時代に工業所有権法を選択科目として履修していた。

 本報告では、中国知財教育を中心に日本と比較し私見を報告する。

中国の国家戦略

 ポール・ケネディ著の「大国の興亡」に「1970年代末にアメリカ等に渡った数千人の研究生が遅くても1990年、中国の産業技術を国際的に最高の水準にまで高めるために必要な計画を実施するだろう(D・H・パーキンズ」(下巻P.262)との記載がある。

 また、マイケル・ピルズベリー著の「China 2049」では、次のような示唆に富む記載がある。

「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」。この計画は「100年マラソン」と呼ばれるようになった(P.22)。「300年前に誇っていた世界的地位の回復は彼らの悲願である。当時、中国は世界経済のおよそ三分の一を掌握していた。今のアメリカの2倍の力を持つことを意味する」。(P.23)劉明福の「中国の夢」では、毛沢東について「アメリカを超すための壮大な計画を練り、アメリカの打倒は人類に対する最大の貢献になると述べた」と讃えた(P.49)。戦国時代の逸話をまとめた「戦国策」(中国で人気が高く、良く研究されている)に関しては、「④戦略的目的のために敵の考えや技術を盗む。中国は、西欧流の法律や憲法に縛られることなく、戦略上の利益のための窃盗を是認している。こうした窃盗は強大な国の力を弱めようとしている弱小国にとって、比較的簡易で費用のかからない手段となる。」(P.58)「企業スパイや知的所有権の侵害などを、アメリカの高官の多くは一時的なこととみなしているが、とんでもない思い違いだ。それは戦国時代の兵法に触発された、より大規模な兵法の一部なのだ」(P.65)と述べられている。

「China 2049」の記載が正しいかは、歴史が証明することであり、私には、残念ながらわからないが、中国共産党のトップダウンの国家戦略は間違いなく、その中の最も重要な手段として知財があり、国家戦略を実現するために知財教育を推進していると思っている。何故なら、温家宝中国元首相が「未来の競争は知的財産権の競争になるだろう」(筆者は「競争」ではなく「経済戦争」と置き換えた方が良いと思っている)と約20年に述べているからである。

 尚、中国は土地の個人所有を認めないにもかかわらず、無体財産権である知的財産権の個人所有を認めること自体が知財を経済戦争の重要な手段と考えていると思われる。

中国の伝統教育

 孫文や鄧小平などの偉人を多数輩出している客家人(注1)は、中国のユダヤ人と言われ有名であるが、1000年以上前から村に学堂(学校)を作り、村があれば学堂があり、町は学童にあふれていた。教育こそ家の宝、書中に高禄有り、と科挙を目指していた長い歴史がある。中国の科挙は、一般人を官吏として採用し重用した長い王朝歴史である。中国共産党は国家発展のため当初ソ連の教育を導入し、国家戦略実現のため教育に集中投資していたと思われる。尚、1966年から10年余りに及ぶ文化大革命の混乱後の1977年教育部門を担当した鄧小平を中心とする党中央の指導の下で国務院は10年間中断していた全国大学統一テストを再開し停滞していた高等教育を改善、発展させた。1977年高等教育の学生数は62.5万人で、進学率は1%だった。その後、凄まじい勢いで高等教育に集中投資し拡大して行く。図1の通り2008年には学生数は2000万人を超え、図2の通り2016年には進学率40%を超えている。

注1:林浩著、藤村久雄訳「アジアの世紀の鍵を握る客家の原像」中公新書1996年発行、高木桂蔵著「客家 中国の内なる異邦人」講談社現在新書1991年発行

注2;独立行政法人科学技術振興機構 中国総合研究センター「平成22年版 中国の高等教育の現状と動向 本文編」より

図1.中国大学生の推移(1985~2008年)(単位:万人)

中国総合研究センター「平成22年版 中国の高等教育の現状と動向 本文編」P.16より

図2.日本と中国の高等教育機関への進学率の推移(1990-2016年)

中国の知財教育の歴史概要

 中国の知財教育は大きく4段階に分かれる。歴史は浅く1980年代から始まったが国のトップダウンにより凄まじい速さで、且つ大規模に進んでいる。「特許庁委託平成26年度知的財産保護包括協力事業報告書」中の知的財産に関する日中共同報告書の重慶大学陳愛華先生の「中国の高等教育機関における知的財産人材育成の研究」に詳細に記載されているためこれを要約して紹介させて頂く。尚、陳先生は3段階に分けているが、新しい論文である2018年China Invention & Patentに掲載の大連工科大学知的財産権学院の陶鑫良先生、同済大学張管理学院の冬梅先生著の「中国における知的財産人材の育成と規律構築」も参考にして筆者は2010年代も加えて第4段階に分けた。

●第1段階(1980年代)創生期の基盤固め

 中華人民共和国専利法は、1985 年4月1日をもって施行され専門家人材確保が急務な状況であった。1982年から中国政府の教育部が専利管理者、専利代理人300余名を育成し約30名の海外派遣を始めた。30か所の高等教育機関内部に研究成果の実用化、保護、活用を担う専利事務所を設立し約1,000名近くの専利代理人及び専利管理者を育成した。少数の高等教育機関の学生の専利法、工業所有権法の選択科目を設置した。1987年、中国人民大学に知識教育研究センターを開設し、知的財産法の専門課程を開設し、法学教育教材を出版した。

●第2段階(1990年代)普及期

 米国と知的財産問題である二国間貿易危機が発生し、知的財産の大衆普及が始まる。

 大学、大学院で知的財産コースの育成が重視され北京大学では1993年、上海大学では1994年、復旦大学、華中科技大学では1995年に知識産権学院を設立し、知的財産コースの修士課程の学生の育成が開始された。また、一部大学で1999年から博士課程も設置された。また、教育者も法学から管理学、理工科系へと拡張された。

●第3段階(2000年代)発展期、広範囲に拡大

 世界貿易機構(WTO)に2001年加盟し、知的財産の重要性と役割が向上し続けた。知財教育も広範囲に渡り、イノベーションに関わる発明活動が強化された。

 2004年に教育部と国家知識産権局は共同で「高等教育機関における知的財産活動の強化に関する若干意見」を発表した。特に国のために緊急に必要とされる知的財産渉外人材を育成した。高度な専門人材育成のため、知的財産を公費留学の優先的対象専攻分野とし国に知的財産渉外人材を早急に送り込むようにした。また、学生の創造力とイノベーション意識を育成するため、大学院生を中心として発明活動、専利出願を奨励支援した。発明取得者には、学校は相応の奨励を与え、又は奨学金評定の指標として卒業や学位の成績に反映できるようにした。

 2008年に国務院が「国家知的財産戦略大網」を公布した。特に知的財産人材育成を統一的に計画し、国と省の知的財産人材プールと情報ネットワークのプラットフォームの構築推進を加速した。また、党・政府の指導幹部、公務員、企業の管理者、芸術創作者、教員等に知的財産研修を幅広く実施した。知的財産専門人材の導入、活用及び管理に関わる制度を整備した。

 この時期に増加した知的財産教育・研究機関は、数十か所に上り、華中科技大学知識産権学院の知的財産学科は全国初の学部の知的財産専攻課程で理工科系の知識を基礎に管理・法知識を備えイノベーションを理解する実務にも精通した複合型の知的財産人材を育成した。

 中国には知識産権センターなど知的財産の教育・研究機関が100か所近く設置され、急速に発展した。

表1 知的財産の教育・研究機関が設立された主な大学(「中国の高等教育機関における知的財産人材育成の研究」より)

図3.複合型知財人材像

中国の高等教育機関における知的財産人材育成の研究」より

図4.トップダウン型モデル

「中国の高等教育機関における知的財産人材育成の研究」より

図5 中国大学特許出願推移

●第4段階(2010年代)充実期 知財強国

 国家第13次5か年計画に知財強国の建設が国家目標とされ、専利出願と訴訟が爆発的に増加した。また、訴訟にも関わり特許などの質の向上の必要性が認識されている。

 企業向けの知的財産管理と代理サービス人材を強化し、知的財産の啓蒙教育と基礎教育を大院生、大学生等の教養課程に組入れ理工科系、文科系の必須科目とすべきとの提言もなされている。

図6.五庁における特許出願件数の推移

中国専利出願の約1割が大学出願

2019年度 特許庁年次報告より

その2へつづく)

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