知財現場 躍進する中国、どうする日本
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【19-09】日中知財教育比較―企業知財人が感じた両国の知財教育と私見―(その2)

2019年12月25日

石塚利博

石塚利博: 日本パテントデータサービス株式会社 知財コンサルティング事業部長 弁理士

略歴

1981年北海道大学工学部精密工学卒、1983年同大学生体工学専攻修士卒、(株)日立製作所入社、MRIの開発設計に従事、MRI事業譲渡に伴い1993年(株)日立メディコに出向、1997年出向復帰し液体クロマトグラフ質量分析計の開発纏め、主任技師、2001年分社し(株)日立ハイテクノロジーズ所属、2002年希望し知的財産部へ異動、2008年知的財産部部長、2016年日本電産(株)知的財産部長、2019年より現職

その1よりつづき)

日本の知財教育の概要

 日本の知財教育は、小泉総理が知財立国を打ち出し推進した2002年から知財ブームとなり、知財専門職大学院の設置や知財教育が増え始めた。しかし、中国の国家のトップダウンとしての対応ではなく、国立大学は独立行政法人化しているため大学独自にカリキュラムを組んでいる。法学部に知財のゼミを設けたり、教養学部や工学部などに知財の授業を設ける大学が増えた。但し山口大学の知財全学教育必修化は刮目に値するため、別に詳述する。

 一方、私立大学では、独自色を出し知財人気の社会ニーズに答えるべく知財専門職大学院が東京理科大学、日本大学、大阪工業大学に設置された。しかし、知財人気の衰退などにより東京理科大学、日本大学は知財専門職大学院としての募集を2018年から停止した。日本の知財専門職大学院は大変厳しい状況となった。

知財専門家の高等教育

 知財専門職大学院では、東京理科大学は2005年開校のイノベーション研究科技術経営専攻・知的財産戦略専攻(入学定員60名)を再編し、2018年度に経営学研究科技術経営専攻として組み入れた。イノベーション研究科知的財産戦略専攻は2016度入学生を最後に、学生募集を停止した。開校以来、社会人(裁判官、弁護士、弁理士、会社員等)や留学生など多くの有能な知財人材を多数育成し輩出した。

 日本大学 知的財産研究科は2010年に開校(入学定員30名)したが、2018年募集を停止し、同大学院 法学研究科博士前期課程私法学専攻に「知的財産コース」を新設している。

 大阪工業大学では、日本唯一の知的財産学部、及び知財専門職大学院(2005年開校入学定員30名)は学部から飛び級で入学する学生、社会人、留学生の受け入れ実務教育を含めて地道に継続し育成している。

知的財産を専攻できる他の大学院

 このような大学院では下記のようにユニークな大学院が幾つかある。

 京都大学大学院医学研究科知的財産経営学分野では、ライフサイエンスに特化したiPS細胞や抗PD-1抗体等の革新的な医薬品・医療機器等の研究成果を知的財産として権利化、産業で活用できる人材を養成している。東京工業大学大学院社会理工学研究科 経営工学専攻 エンジニアリング知的財産講座では、知的財産戦略コースを、金沢工業大学虎ノ門大学院イノベーションマネジメント研究科 テクノロジー知的財産コース ブランド・デザイン&コンテンツコース グローバル知的財産コースでは、日本唯一の学位『知的財産マネジメント』を取得でき、早稲田大学大学院法学研究科先端法学専攻では知的財産法LL.Mを、国士舘大学大学院 総合知的財産法学研究科 総合知的財産法学専攻をそれぞれ知的財産を履修できる。

山口大学の知財専門家以外の知財必修教育

 山口大学では2013年から全学で知財教育必修化を推進しており大変力を入れている。

 技術系、文系を含めて将来の発明者だけでなく教育者やマネジーや著作権に関わる人材も育成しており、知財教材や教育体系を含めて大変充実し世界的にも先端的で素晴らしい知財教育を実践している。

 山口大学のホームページには、次のように記載されている。

「これまでの知財教育は、知財専門家養成の取組が先行する傾向がありました。現在では幅広い事業分野で知財人材が求められており、文系・理系を問わず、知財を駆使した事業戦略あるいはコンテンツビジネスに関わる可能性が高くなっています。そのような中、全学生に対する知財教育実質化プログラムの開発」を受けて、平成25年度から全学部(8学部)の1年生全員(約2,000人)に対して知財教育の必修化に取り組むとともに、学士課程から大学院に至る知財教育カリキュラム体系を整備してきました。このように、山口大学では、文系・理系を問わず各自の専門性や必要性に適合した知的財産に関する知識やその利活用スキルを社会の発展に役立つように駆使できる人材育成を行っています。」

図7.山口大学の全学知財教育

「教育関係共同利用拠点の認定により、山口大学でこれまでに開発してきた教材等を利用し、知財教育の導入や必修化などを検討している全国の大学等に対して、教員の授業内容および教育方法の改善を図る組織的な研修及び研究を提供できるようになりました。多くの大学等で知財教育が導入されることにより、文系・理系を問わず知財の知識とスキルをもった学生を継続して社会に送り出すことが期待できます。」(山口大学ホームページhttp://kenkyu.yamaguchi-u.ac.jp/chizai/?page_id=1956 より)

とのことで、幾つかの地方大学では大学の特色を出すために山口大学の知財教育が広まりつつある。

主要大学の知財専門家以外の知財教育

 文科省の大学の調査「平成28年度大学における教育内容の改革状況について」では、「知的財産に関する授業科目を開設している大学」という図(図8)で調査結果がまとめられているが、各大学の各学部の詳細実態は調査されているが残念ながら公表されていない。この図では、大学院大学を除く国立大学は82校では法学部などで知財授業があるのが一般的なため、見かけ上多くの国立大学に授業があるような結果となっている。尚、公立大学は80校程あるため、3~4割弱と法学部が無いためか大変少ない。

図8.知的財産に関する授業科目を開設している大学

文部科学省「平成28年度大学における教育内容の改革状況について」(p.8)より

 そのため個人的にインターネットで東京大学、東北大学等のシラバスを調べた結果(間違いがあるかもしれかもしれないが)、次のようであった。

 東京大学の教養学部では知的財産法等の知財授業があり選択可能と思われるが、工学部、農学部、薬学部では知財授業は見当たらなかった。工学部大学院では、共通で「事業戦略と知的財産」があり、化学・生命系3専攻共通や先端学際専攻には知財戦略など幾つかの授業が履修可能となっている。東北大学では、農学部、薬学部には知財教育が無く工学部には共通で「知的財産入門」があり、工学部大学院では機械系、電気系、技術システム専攻に知財教育がある。

 本来多額の研究費を使っている旧帝大など、特に工学部以外の薬学部、農学部なども特許教育が大変重要な分野であるが、知財教育が不十分であることが否めない。

 図9の通り日本の大学の2018年の特許出願約7千件は、中国の大学の2017年の出願件数約18万件(「中国科技統計年鑑2018」より)に比べ桁違いに少ない(中国件数の約4%)実態である。因みに2018年特許(発明)出願では、清華大学3744件(権鮮枝弁護士調査)、2018年出願公開では東京大学303件(図10)で、一桁以上多い。

図9.大学等からの特許出願件数の推移

2019年度 特許庁 年次報告より

図10.特許出願公開件数上位10大学(2018年)

2019年度 特許庁 年次報告より

 また、大学の知的財産の活用状況も大幅に差をつけられているのが現状である。

平成31年度文部科学省の「平成29年度大学等における産学連携等実施状況について」(P.43)知的財産権等収入では、

1.東京大学9.3億円、2.京都大学7.0億円、3.東京工業大学2.9億円

一方、中国教育部の科学技術司が発表の2018年「高等学校科技資料彙編」の技術譲渡収入では、

1.清華大学221億円、2.北京理工大学70億円、3.揚州大学36億円(1元=15.61円で計算)

で残念ながら一桁以上の大差で追い越されてしまっている。これは、知財教育による差も大きいと考えている。

私見と提言

 以上の通り、中国の知財教育機関、知財育成者は国のトップダウンの戦略より日本より桁違いに増加、強化され、あっという間に日本は追い越されてしまった。日本の国立大学は、独立行政法人のため中国のようにトップダウンで進めるのは困難も予想されるが、山口大学と同様の知財教育必修化を多額の研究費を使っている旧帝大など主要大学の理系学部(工・薬・農・獣医・医学部等)で、まず進めるべきと思っている。

 知的財産推進計画2017年度では、山口大学の全学必須化及び東京理科大学等の知財専門職大学院の募集停止などに危機感を抱き、下記のように記載しているが、2018年度、2019年度では、高等教育では法科大学院、経営系専門職大学院での知財教育充実のみのアクションプランであり、全く残念である。

「大学の幅広い学部・学科等における標準化を含めた知的財産等に関する科目の開設や、更なる充実化などの自主的な取組を、引き続き促していくことが必要である。・・・さらに、大学院においては、複数の知財専門職大学院が学生募集停止を表明する一方で、一部大学院では『知財のわかる経営者』の養成を標榜するカリキュラムが新設される等、大学院における知財教育の在り方は今現在、過渡期にあると考えられる。

 知財専門職大学院についてのこれまでの経緯を整理した上で、今後は、近年の技術革新の著しい進展や産業構造の変化等に対応するための、社会人に対するリカレント教育という文脈で、知財専門職大学院のみならず、法科大学院、経営系専門職大学院における知財教育の在り方について、引き続き検討していく必要がある。」(P.54~P.55)と引き続き検討する必要有りとの記載がある。

 また、前述のように大学院生を中心として発明活動、専利出願を奨励支援し発明取得者には、学校は相応の奨励を与え、又は奨学金評定の指標として卒業や学位の成績に反映できるようにすべきと思う。尚、韓国では、知的財産関連教育を一定の単位以上取得すれば、卒業証書などに明記するか、認定書を授与(延世大学等)しインセンティブ向上を図っている。

 また、弁理士会では、過去より「母校へ帰ろう」と小中学校の知財教育を推進しているが、企業勤務弁理士(現在弁理士の2割以上)が出身の大学、大学院で「母校」で知財教育を行えば、生きた実践的戦略的な知財授業も、自社と大学の産学連携の橋渡しも可能と思われ、就職採用にも貢献できのではないかと思っている。

謝辞

 隆安律師事務所(LONGAN LAW FIRM)シニアパートナー・弁護士・弁理士 中国政法大学法学博士 権鮮枝様には、中国の知財教育の最新の論文等のご教示頂き感謝申し上げます。

(おわり)

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