【19-07】中国での技術ライセンス契約のリスク回避
2019年8月30日
三原芳光: コアレスモータ株式会社知財室室長
略歴
1954年5月生まれ、1977年3月東京理科大学理学部応用化学科卒業、同年4月株式会社日立製作所入社、以来日立社内知財部門を転戦、2005年10月同社知的財産権本部IP開発本部特許第1部長、2009年6月株式会社日立プラントテクノロジー研究開発本部技術開発統括部知的財産センタ長、2013年4月株式会社日立製作所インフラシステム社技術・事業開発統括部知的財産センタ長、2019年4月同社インダストリー事業統括本部事業戦略統括本部知財管理部主管、2019年6月からコアレスモータ株式会社知財室室長にて現在に至る。2011年~2014年東京大学大学院新領域創成科学研究科「環境ビジネス論」非常勤講師(知財枠担当)
中国の知財制度を知ることがリスク回避
日本企業が中国企業に特許やノウハウ等の技術供与をする場合、中国特有の法制度を知らずに技術供与をすると、大きなリスクを背負うことがある。代表的なものは他社特許の保証である。
このリスクを回避するには中国国内の特許、実用新案等の徹底したクリアランスが必要となる。残念ながら日本には「中国は知財を尊重しない」と思い込んでいる人が多く、中国国内の知財制度をきちんと調べる文化が不足しているように感じる。
他人の権利を侵害すれば、莫大な対策費を支払う羽目になる。これまでこの連載シリーズで論述されているように、中国の特許侵害事件の訴訟件数は年々増加しており、高額賠償傾向にある。
ライバル他社などの特許調査は完璧を期すべきだが、調査に完璧はなく、費用面や契約時期のタイミングがあるので、どこかで妥協せざるを得ない。このほかにも中国固有の法制度があり、日本の知財ビジネス慣行と同じ視点で契約すれば大やけどをすることになる。
そこで本稿では日本企業が中国企業にライセンスをする視点(特許権譲渡をする場合も含む)でライセンサ側のリスク軽減を意識しながら留意点を述べてみたい。
JETROから発行された中国ライセンスマニュアル
今年3月、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)から特許庁委託事業として中国ライセンスマニュアルが発行された[1]。
JETROマニュアルにはライセンス交渉術についても詳述されているので参考資料として紹介する。
独立行政法人日本貿易振興機構 北京事務所知的財産権部『中国ライセンスマニュアル』2019年3月
このマニュアルは今年2月までの情報で纏められているので、3月に改正された管理条例が反映されていない。技術ライセンス契約における特許保証はまさにこの管理条例が柱になるので、筆者は管理条例の改正を意識して今後の技術ライセンス契約をどうしていけば良いかを検討してみた。
中国における技術契約の各種統計に関しては上記のJETROマニュアルの報告で詳述されているので本稿では触れない。
また、ライセンスとは別次元ではあるが、自らが中国で事業を行う場合の知財に関する留意点につき後段に余談として若干触れておきたい。尚、本稿では技術ライセンスに話を特化し、商標ライセンスへの言及はしていない。
日本から中国への特許出願の現状
2018年8月28日、「一帯一路」知的財産権ハイレベル会議に出席した習近平主席は、「知的財産権制度は『一帯一路』の共同建設の促進にとって重要な役割を持つ。中国は厳格な知的財産権保護を揺るぎなく実施し、全ての企業の知的財産権を法に則って保護し、良好なビジネス環境とイノベーション環境を築く」との祝辞を述べた。
さらに同年11月5日、第1回中国国際輸入博覧会(上海)の開幕式においても「中国で登録された企業であれば、中国資本でも海外資本でも、独資でも合弁でも、すべて同じものとみなして対応する。外資系企業の合法的権益を保護し、外資系企業の合法的権益、特に知的財産権への侵害行為を法に則り断固として処罰する」と表明した。
いま中国は、国を挙げて知財立国の道を歩んでいる。2019 年1月に発表された特許法改正草案では、懲罰的賠償を徹底するための条文が追加された。
世界一の知財立国を目指す中国への海外からの特許出願の出願人は、実は日本がトップになっている。日本の特許行政年次報告書2018年版136-143頁によれば、日本からの中国への特許出願は出願件数も登録件数もトップである。ちなみに2位が出願、登録共に米国、3位が同じくドイツである。
海外から中国への特許出願動向
特許行政年次報告書2018年版136-143ページの統計表を基に作成
この意味するところは、日本企業が知財を通じて中国の技術発展に現実に密接に、世界で一番寄与していることにほかならない。そして多くの日本企業は中国の現地企業と何らかの技術契約を交わすことになる。
中国に知財絡みの技術契約を行う際に適用される法律
技術ライセンスの範囲は、①特許権、実用新案権、意匠権のライセンスと、②特許出願権(出願中の特許等の)ライセンスと、③ノウハウのライセンスが挙げられる。
また、④権利自体を中国企業に譲渡する場合もある。そして多くはこれらに⑤技術輸出入を含む内容が関わる。
中国における法定の専利(特許)ライセンスには、独占的ライセンス、排他的ライセンス、通常ライセンスの3パターンが挙げられる。
独占的ライセンスは、ライセンサが、契約に定めたライセンス範囲内において1 社のライセンシのみに実施権を与え、ライセンサ自身も当該専利を実施できない。
排他的ライセンスは、 ライセンサが、契約に定めたライセンス範囲内において、1 社のライセンシのみに実施権を与えるが、そのライセンシ以外にライセンサ自身も当該専利を実施することが可能である。
そして通常ライセンスは、ライセンサが契約に定めたライセンス範囲内においてライセンシに実施権を与えるが、更に他の第三者に実施権を与えることもでき、自ら専利を実施することも可能である。
日本企業が中国現地企業と技術ライセンス契約を結ぶ場合、多くは技術輸出入にかかる諸制度の留意が必要である。
中国に技術ライセンス契約を行う場合に直接的に関わる法制度を列記する。
(1)技術輸出輸入管理条例(国務院、注:ライセンサの責任に関しては2019年3月2日付第709号国務院令によって削除されている)
(2)輸入禁止輸入制限技術管理弁法(商務部)
(3)輸入禁止輸入制限技術目録(商務部)
(4)技術輸出入契約登録管理弁法(商務部)
(5)独占禁止法(全人代)
(6)知的財産権の濫用による競争の排除又は制限行為の禁止に関する規定(工商総局)
(7)(中華人民共和国)契約法(全人代)
(8)専利(特許)実施許諾合同届出管理弁法
(9)専利(特許)実施許諾合同届出管理弁法
(10)商標使用許諾契約届出弁法等の法規や規章と
(11)技術契約紛争案件の審理の法適用の若干問題に関する解釈(最高人民法院)
(12)「中華人民共和国契約法」の適用における若干の問題に関する最高裁判所の解釈
などの司法解釈が挙げられる。
ざっと見てもこれ程の技術契約関係の決まりがあるのは驚きである。少なくとも制度面は一見して日本より充実しているように思える。もちろん特許法や商標法などの基本的な知財法律も整っている。
これらの制度から、
①輸入される技術の制限と届け出
②法的な権利者と非侵害に係るライセンサの特許保証責任
③技術品質に係るライセンサの責任
④改良技術の帰属の制限
⑤ライセンシへの制限条項の禁止
などに留意する必要がある。特許権譲渡についてもこれらに準ずる注意を要する。
技術ライセンス供与検討時に注意すべきこと
(1)輸入される技術の制限と届出の必要
技術は次の3つに分類される。ライセンスしようとする技術は、次のどの技術に該当するか、事前に確認しておかねばならない。
- 輸入禁止類技術(一部の石油化学関連技術等)⇒禁止
- 輸入制限類技術(一部の遺伝子組み換え技術等)⇒事前審査が必要
- 輸入自由類技術⇒届け出。届け出の意味するところは送金、税務、税関である。
(2)保証責任との関係で、中国の他社特許等の調査
中国の技術ライセンス契約には直接・間接に他社特許(本項においては実用新案、意匠を含む概念で単に特許と記すことがある)への対応を伴う。そこで次に2点に留意を要する。
①対象技術の内容、範囲、領域、種類を確認すること。
②中国で対象技術にかかる先行技術(他社特許)を調査し、必要な対策をとっておくこと。
他社特許調査(いわゆるクリアランスの調査)で調査漏れしがちなのは実用新案である。実用新案は無審査で登録されており、登録性の無いものもあるだろうが、権利が生きている限り対策(回避する、潰す材料を揃える、評価書を入手する等)が必要である。
評価書は1回しか発行されないことにも留意する必要がある。換言すれば当該実用新案の権利者の請求により評価書が作成されていたら、更なる評価書は作成されないようだ。対象実用新案の登録性に疑義があるなら無効審判などで権利を潰す等の策が必要となる。
私見だが、中国の特許調査は中国の特許事務所に頼むことを推奨する。真偽は未確認だが、弁理士の使う特許調査ツールが特許庁(知識産権局)審査官とどうやら同じらしい。日本でも機械的に調べることはある程度可能だが、実際に具体的な特許公報が日本では見つからず中国の特許事務所で見つかることが多いように感じる。情報入力のタイムラグかも知れないが。
技術ライセンス料について
技術ライセンス契約の目玉は言わずもがなライセンス料とライセンス範囲になる。ここでライセンス料の設定としては一般論として
①固定方式(一括、分割)、
②イニシャル・ロイヤルティ(中国語では「入門費」と書くとか。契約一時金)、
③ランニング・ロイヤルティ(生産量などに応じて経時的に一定の規則で支払う)、
④上記②と③の併用
がある。
そしてライセンス料の金額となるが、法令上の制限や基準は直接的には無いようだが、合理的に説明できる金額が妥当であろう。高額と認められると商務部門からの指導が入る可能性が有るからである。また、親子会社間ライセンスの場合は、移転価格税制の問題が生じる可能性がある。
特段決まりはないが、通常3~5%、先端技術の場合でも10%(ライセンス条件と対象技術のパイオニア度や独占機能の価値次第か?)までかと考える。
技術ライセンス交渉時に注意すべきこと
中国において技術ライセンス契約締結の交渉をする際の注意点は次のようなことであろう。
(1)ライセンサの保証責任
(2)ライセンサの保証責任に関する法制度上の規定。
①ライセンス権限の保証
ライセンサは自ら合法的な所有者または譲渡もしくはライセンスの権利を有する者(法的権利者)であること(管理条例第24条第1項)。
②第三者の権利の非侵害の保証
ライセンシが第三者から権利侵害として訴えられた場合に、ライセンサはライセンシに対して障害を排除するために協力すること(管理条例第24条第2項)。
2019年3月2日付国務院令で、それまであった「ライセンシによる対象技術の使用が第三者の権利を侵害した場合に、ライセンサは責任を負うこと(管理条例第24条第3項)」が削除されている。
ここで、第三者の権利を侵害した場合の賠償責任について述べる。
管理条例第24条第3項が削除されたので安心している人がいるが、契約法第353条(権利侵害責任)では同様な規定がある。ただし、その規定では、「当事者が別途契約で定める場合を除く」としているので、技術ライセンス契約に際しては、損害賠償の責任範囲を限定することを推奨したい(例えば、受領したライセンス料の範囲内、とか)。
また、ライセンシの被った損害が、約定した責任限度額より上回るとき、ライセンシがこれを増額するように人民法院又は仲裁機関に請求することができる(契約法第114条)。ライセンサとしてこの増額を回避するには。準拠法の変更を推奨したい。
最高人民法院(正門)[2]
③対象技術の完全性等の保証
ライセンサは、対象技術が完全で誤りが無く、有効であり、契約に定めた技術項目を達成できることを保証せねばならない(管理条例第25条)。
このような保証への対策としては、技術の達成できる目標に関する条項について、なるべく客観化、数値化、実施条件等で具体的実現性を詳細に定めたり、他の技術との組み合わせにより実施を保証の対象外に規定するなどの手立てを講じることが望ましい。
技術ライセンス契約における制限事項
(1)契約法の規定
契約法329条(無効な技術契約)には「不法に技術を独占し、技術の進歩を妨げ、または他人の技術成果を侵害する技術契約は無効とする」(技術契約紛争審理解釈第10条)とある。ここで「技術を独占し、技術の進歩を妨げ」とは、
①ライセンシに対して新技術の開発もしくは改良技術の使用を制限すること、または平等でない条件で無償にて改良技術の独占または共有を要求すること
②ライセンシが他の供給先から対象技術と類似または競合の技術の取得を制限すること
③ライセンシが契約の目的技術を利用して生産した製品または提供したサービスの数量、種類、価格、販売ルート及び輸出市場を著しく不合理に制限すること
④ライセンシに必須でない付帯条件(技術、原材料、サービス等)の受け入れを要求すること
⑤ライセンシの原材料、部品、製品または設備の購入ルート及び出所を制限すること
⑥ライセンシが契約の目的技術の知的財産権の有効性に異議を提出することを禁止し、または異議の提出に条件を付けること
⑦特許権の存続期間が満了しまたは特許無効が確定してもロイヤルティ支払いまたは関連義務の履行継続を要求すること
などがある。
日本企業同士の契約でも上記のような契約条項を強いる企業があるのではないだろうか。このような不平等条項(片務条項)は、日本で通じても中国では通じない。
そして中国国内のライセンスの場合、改良技術の帰属に対して当事者の間に取り決めることはできる(契約法第354条)。技術輸出入の場合、改良技術の成果は改良者側に属するとすることができる(管理条例第27条)。よって、実務上はライセンサ側に改良発明の無償の使用権や、あるいは共同共有の約定が認められる可能性がある。
(2)独禁法の規定
独禁法第13条(競合事業者による独占合意の禁止)には「競争関係を有する事業者が次の各号に掲げる独占合意を結ぶことを禁止する」とあり
①商品の価格を固定し、または変更すること(1号)、
②商品の生産数量または販売数量を制限すること(2号)、
③販売市場または原材料調達市場を分割すること(3号)、
④新技術、新設備の購入、または新技術、新製品の開発を制限すること(4号)、
と列挙されている。
(3)管理条例の規定
管理条例では次の夫々の制限が規定されていたが、いずれも2019年3月2日第709号国務院令によって削除された。
日本企業にとっては中国への技術ライセンスの壁が低くなった。換言すれば中国企業が先端技術を導入しやすくなったと考えている。もちろん契約法329条の制限(上述)は健在である。
削除されたものを以下に列記して、今回の管理条例の改正のドラスティックさを示しておきたい。
①ライセンシの改良技術がライセンサに帰属することの禁止、
②ライセンシによる対象技術の改良及びライセンシによる改良技術の使用を制限することの禁止、
③ライセンシに対して、不可欠でない付帯条件(技術、原材料等)の受け入れを要求することの禁止、
④特許権存続期間満了後、または無効宣告された技術の使用について、ライセンス料の支払いを要求することの禁止、
⑤ライセンシが対象技術と類似の技術または競合の技術を第三者からの入手を制限することの禁止、
⑥ライセンシの原材料、部品、製品、または設備の購入ルートを不合理に制限することの禁止、
⑦ライセンシの生産数量、品種、または販売価格を不合理に制限することの禁止、
⑧ライセンスが対象技術を利用して生産した製品の輸出ルートを制限することの禁止
これらの制限は管理条例から無くなったのである。
技術ライセンス契約締結時に注意すべきこと
技術ライセンス契約の締結に際しての注意事項を述べておきたい。
(1)ライセンス契約は書面による契約であること(契約法第342条)。
(2)契約作成時、
①ライセンスの種類と範囲を明記すること、
②ロイヤリティの計算と支払方式に留意すること(尚、ライセンシの関連財務データをチェックする権利の一文を入れることが望ましい)、
③権利侵害責任の負担に留意すること、
④主管機関での届出手続を行うこと(対外経済貿易主管機関への届出だけでなく、国家知識産権局への届出も必要)。
国家知識産権局
(3)第三者の知財権を侵害した場合の賠償責任:
管理条例第24条第3項が削除されたが契約法第353条に同様の規定(権利侵害責任)が残る。「ただし、当事者が別途契約で定める場合を除く」ので受領したライセンス料の総額など賠償責任範囲を限定しておくのが良さそう。
(4)輸入制限類技術に関する契約は技術輸入許可証が交付された日から効力を生じる(管理条例第16条)。
(5)ライセンシの被った損害が約定した責任限度額より上回るとき、ライセンシが人民法院又は仲裁機関に増額を請求できる(契約法第114条)。契約書では準拠法を考慮すると良い。
(6)輸入自由技術に関する契約の登録
2013年9月に外貨管理規則上のルールが緩和されて外国送金にライセンス料を送金するときに「技術輸入契約登録証」の提出が不要となっているはずだが、銀行によっては未だ要求されることがあるらしい。
(7)契約の正式発効に至る手続きの流れ
技術ライセンス契約を含む技術輸出入の関わる契約は当事者間契約の後も必要な手続きがあり、これを図表にまとめた。
まとめ
日本企業が中国企業のライセンサとなる場合の留意点は、ライセンス料や一般的なライセンス条件は当然のこととして更に次のようになると考える。
●禁止または制限の技術に注意すること、
●特許保証条件を取り決めておくこと、
●達成できる技術目標を具体的にはっきり取り決めておくこと、
●改良技術の成果の帰属について取り決めておくこと、
●約束できない条項がないか確認し対処しておくこと、
●契約の届出に注意すること。
筆者は日本企業と中国企業がWIN-WINの関係で契約が成立することを切に望むものである。
[1] 出典:https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/asia/cn/ip/pdf/licence_201903.pdf
[2] 出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Supreme_peoples_court_china.jpeg
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