【22-02】金利と貸出総量のコントロール
2022年02月28日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
中国人民銀行は2月11日に2021年第4四半期中国金融政策執行報告を公表した。その中で、人民銀行の金利と貸出総量のコントロールについての2つのボックスが設けられている。今回はこれらの内容について考えてみたい。
銀行間市場の流動性と金利のコントロール
今回の報告では、まず「銀行システムの流動性に影響を与える要因と中央銀行の流動性管理」と題したボックスが設けられている。そこでは、銀行システムの流動性とは、主に金融機関が中央銀行に預ける超過準備預金を指すとした後、それに対する中長期と短期の影響要因を挙げ、概略以下のように述べている。
中長期の要因としては、①経済成長に伴う現金流通量の趨勢的増加、②中央銀行所在の政府預金のうち安定的に増加する部分、③銀行が貸出を実行した結果創出される預金に対する法定準備預金の増加、④(アリペイなどの)決済機関が中央銀行に預ける支払準備預金の趨勢的増加が挙げられる。
短期の要因としては、①中央銀行にある財政資金の受払に伴う政府預金の変動、②休日に伴う現金の発行・償還、③法定準備預金と決済機関支払準備預金の短期的増減が挙げられる。
そして、人民銀行はこれらの要因を分析予測したうえで、法定準備預金率、中期貸出ファシリティ(MLF)、公開市場操作などの金融政策手段によって流動性管理を行い、流動性を合理的に充足した水準に保ち、各期間における流動性の需給を基本的にバランスさせ、市場金利が人民銀行の政策金利の近辺で推移するよう誘導する。
この結果、銀行間市場の預金取扱機関7日物レポ加重平均金利(DR007)は人民銀行の公開市場操作の7日物リバースレポの金利の近辺で推移しており、その振幅幅は減少してきている。
銀行システムの流動性の状況を見るとき、金融政策手段の満期到来が流動性に与える影響など、一部の要因のみ局部的に取り上げて判断すべきではない。人民銀行は市場金利を安定させるように公開市場操作を行っている。流動性の多寡を判断する際、最も正確でタイムリーな指標は銀行間市場金利である。また、金融政策の方向性を判断する際は公開市場操作の金利、MLFなどの政策金利、そして市場金利の一定期間における総体的な変動状況によって判断すべきである。流動性の数量や公開市場操作の量的規模など数量指標を見るべきではない。
貸出総量コントロール
今回の報告では次に、「信貸総量増加の安定性の強化」と題したボックスが設けられている。ここで信貸総量というのは、銀行の貸出総量を意味する。このボックスでは、2021年の人民銀行による銀行の貸出総量に対するコントロールについて、金融機関が実体経済をより強く支援するよう誘導し、貸出総量の安定的な増加を強化し、経済の合理的な区間での運行を維持したとしたうえで、概略以下のように述べている。
第一に、流動性の合理的充足を保持した。預金準備率について2021年7月に0.5%、12月にも0.5%引下げ、合計2兆2千億元の長期資金を解放した。2022年に入るとMLFや公開市場操作を通じて流動性供給を増加させ、通貨と貸出の合理的な増加を保持、マクロ経済の安定に良好な流動性環境をもたらした。
第二に、金融機関に対して実体経済をより強く支援するよう指導した。2021年8月と12月に「金融機関通貨・貸出形勢分析座談会」を開催し、金融機関が貸出総量の安定的な増加を強化するよう指導した。マクロプルーデンス評価システム(MPA)(2016年6月の本コラム 参照)の審査を改善し、銀行が広範な零細企業向け貸出と製造業向け中長期貸出を強化するよう奨励した。人民銀行売出手形スワップ(CBS)オペレーション(2019年2月の本コラム 参照)を定期的に実施し、銀行の永久債発行による自己資本充実を後押しし、実体経済に対する支援の持続性を強化した。
第三に、金融政策手段が総量と構造の双方で効果を発揮した。構造性金融政策手段(2020年8月の本コラム 参照)の数量を増加し、2021年2月には貸出の伸びが緩慢な地区の地方銀行が貸出を増加するよう2000億元の再貸出(2020年2月の本コラム 参照)を実施した。9月には小企業向けの再貸出3000億元、11月にはCO2削減向け専用再貸出2000億元を実施した。このような構造性金融政策手段は銀行の貸出構造を改善すると同時に貸出総量の安定的な増加も促進するものである。
第四に、企業の資金調達コストの安定的低下をもたらした。2021年12月にLPR1年物を0.05%引下げ、2022年1月にはMLF1年物金利と7日物公開市場操作基準金利をそれぞれ0.1%引き下げ、LPR1年物を0.1%、LPR5年以上物を0.5%引き下げて銀行の貸出金利の低下を促した。さらに2021年12月には農業と小企業向け再貸出金利を0.25%引き下げた。また、預金金利の上限設定方式を基準金利の定数倍から定数を加える方式に変更し銀行の負債コストを低下させた(2021年11月の本コラム 参照)。
以上の結果、2020年、2021年の2年平均で、M2と社会融資総量の増加率はそれぞれ9.5%、11.8%と、名目GDPの2年平均伸び率(8.0%)に匹敵するか少し高い水準を実現した。
金融政策の方向性は政策金利で示される
本稿で取り上げた2つのボックスはいずれも昨年からの金融政策の動向について述べたものである。最初のボックスでは、銀行間市場の流動性の多寡については人民銀行の政策金利と市場金利の動向のよって判断すべきであり、金融政策の方向性については政策金利の変化と市場金利の趨勢的動向を見るべきであるとしている。昨年末からのこれらの金利の低下傾向は、銀行間市場の流動性をより潤沢にし、金融政策を緩和方向に運営していることを示しているということであろう。次のボックスでは、人民銀行が預金準備率、銀行に対する窓口指導、構造性金融政策手段、そして政策金利などを通じて銀行の貸出総量を増加させ、金融政策の中間目標であるM2と社会融資総量の適切な伸びを実現したということが述べられている。ここで登場した「金融機関通貨・貸出形勢分析座談会」は従来の窓口指導会議と類似したものと考えられる。
中国の金融政策は、以上のような各種の金融政策手段を使用して中間目標としての広義貨幣供給量(M2)と社会融資総量をコントロールし、最終目標である通貨価値の安定、経済成長、国際収支の均衡、金融システムの安定を実現するという枠組みになっている。そして、中間目標であるM2と社会融資総量について、名目経済成長率と基本的に相当する伸び率を保持することが現在の方針とされている。一方のボックスでは金融政策手段として金利を重視することを主張し、他方のボックスでは中間目標として量のコントロールが適切であったことを述べているわけである。
人民銀行が、今回の報告を含め再三表明しているように金融政策の方向性を政策金利の変更によって示す方針なのであれば、前述の様々な金融政策手段の中で政策金利の変更のみを見ればよいことになり、シンプルでわかりやすい。しかし、そうであれば、その通りにすべきである。前回の本コラム でも述べたが、昨年12月の政策金利の変更を伴わないLPRの引下げは適切ではないし、本年1月に見られたように政策金利の変更に際して金融政策の方針を明確に説明しない方法では、人民銀行の意図が市場に伝わりにくい。金融政策の実施方法、説明方法について、さらに改善する必要があろう。
(了)