露口洋介の金融から見る中国経済
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【21-11】超過準備率の推移および預金金利の上限管理

2021年11月30日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行は、2021年11月19日に2021年第3四半期中国金融政策執行報告を公表した。同報告には超過準備率に関するボックスと預金金利の上限管理に関するボックスが設けられている。今回はこの二つのボックスの内容について考えてみたい。

超過準備率の下落

 預金準備制度は、銀行の預金残高の一定比率(法定準備額)を中央銀行の当座預金口座に預入することを義務付けるものであるが、法定準備額を上回って預入された額の法定準備額に対する比率が超過準備率である。超過準備率については2018年第3四半期金融政策執行報告でも扱われており、同年11月の本コラム でも取り上げた。同コラムでは、超過準備率は2001~2002年の7~8%から徐々に低下し、2010年以降は2%前後、2018年には1.3~1.7%と低下傾向にあったことを示し、その原因の一つとして、2015年9月に準備預金の積み方の変更があったことを指摘した。それ以前は、積み期間中毎日法定準備額を上回る準備預金残高を維持することが必要であったが、この変更により、積み期間中の平均残高で法定準備額を上回ればよいことになった。この結果、毎日法定準備額以上の額を維持する必要がなくなり、超過準備率が低下した。なお、その後も超過準備率が依然としてある程度存在するのは、超過準備預金残高に0.72%という比較的高めの金利が付利されていたからである。

 そして人民銀行は当時のボックスにおいて、この超過準備率の低下は、金融政策のスタンスの変化を示すものではないと示唆している。従来、人民銀行は金融政策の波及経路として、マネーサプライを中間目標とし、準備預金と現金からなるベースマネーを増減させることによって、通貨乗数を経由してマネーサプライの増減をもたらすという考え方を表明してきた。実態はともかく、この考え方に従うと超過準備率の低下は、金融引き締めの方針を示すサインととらえることができる。当時、人民銀行は緩和的な金融政策を行っており、超過準備率の低下は金融引き締めのサインではないということを念のため表明したわけである。

 今回のボックスでは、超過準備率が2001年頃には4%程度であったが、2012年から2016年には2.2%前後、2019年には1.9%前後となり、2021年の各四半期末には1.5%、1.2%。1.4%と低下したとしている。その理由として2020年4月に超過準備残高に対する付利水準が0.72%から0.35%に引き下げられたことが挙げられている。0.35%は銀行の流動性預金の付利水準と同レベルであり、銀行が流動性預金を人民銀行に預けることによって、利鞘を得ることができなくなり、超過準備保有のインセンティブが低下した。また、人民銀行が銀行間市場に資金を適切に供給して、銀行間市場金利を安定的に保っているため、銀行は予備的に流動性を保有する必要が少なくなったことなどの要因も挙げられている。そのうえで、流動性総量の多寡と市場金利の安定性には直接の関係はないと指摘している。そして、超過準備率の低下は流動性の収縮を意味するものではなく、市場金利を見て流動性の緩和、収縮の程度を判断すべきとしている。

 金融政策はコロナ禍対応の急激な緩和レベルから今年に入って通常運行に戻ったとはいえ、緩和的な状況を維持しており、超過準備率の低下が金融引き締めを示すサインではないということを念押ししているわけである。同時に、本年5月の本コラム でも述べたように、金融政策の操作目標として、金利をより重視する姿勢が示されている。

預金金利の上限管理

 次に、預金金利の上限管理についてのボックスについて見てみよう。本年6月21日に預金金利の上限設定方式がそれまでの預金基準金利の倍数という決め方から基準金利に一定のベーシスポイント(bp)を加える決め方に変更された。この点については本年の第2四半期金融政策執行報告にも記載されており、本年8月の本コラム でも取り上げた。今回のボックスはその後の動きを述べたものである。その最初の部分で、人民銀行が銀行の業界団体である市場金利設定自律機構を指導して今回の見直しを行ったと明言している。2016年6月に預金金利の上限を定めた際には、自律機構が自主的に定めたものであり、人民銀行が金利規制を復活させたわけではないと述べていたことと比べると対照的である。当時の貸出金利下限と預金金利上限の設定については2016年7月の本コラム でも説明した。今回、依然として中国人民銀行が金利を規制していることが明確になったと言える。

 今回のボックスによると、従来の預金金利上限規制によって、高金利での預金獲得競争はある程度抑制されていたが、上限を基準金利の倍数で決める方法では、定期預金の満期が長くなるほど上限がより高まることとなる。さらに、一部の銀行では定期預金の満期前解約に満期までの利息を支払うなどの方法で高金利を実現していた。従来、預金基準金利が流動性預金0.35%、1年物定期預金1.50%、3年物定期預金2.75%であるのに対して、国有大銀行は上限が1.4倍、それ以外の銀行で1.5倍と定められていた。国有大銀行では流動性預金0.49%、1年物2.10%、3年物3.85%が上限であった。見直し後は、国有銀行は基準金利+50bp、その以外の銀行は+75bpと定められた。国有銀行では流動性預金0.45%、1年物2.00%、3年物3.25%が上限とされており、流動性預金については+10bpにとどめられている。流動性預金と満期1年以内の定期預金についての上限に比べて、2年以上の長期の定期預金金利の上限が大きく引き下がった。また、一部の銀行による高金利競争も制限された。

 実際の預金金利の動きを見ると2021年9月の新規預金加重平均金利は2.21%であり、見直し前の5月比0.28%ポイント低下した。満期別に見ると、5月比で、流動性預金は0.00%、1年物-0.04%、2年物-0.25%、3年物-0.43%、5年物-0.45%と長期のものほど低下幅が大きくなっている。

 また、9月の新規定期預金に占める2年満期以上の定期預金の比率は26.4%と5月に比べ10.6%ポイント低下し、定期預金の満期構成が改善したとも指摘されている。

銀行利鞘を確保しながら穏健な金融政策を継続

 貸出市場では、貸出基準金利である貸出市場報告金利(LPR)1年物が2020年2月に4.15%から4.05%、同年4月に3.85%に引き下げられ、貸出加重平均金利は2019年12月の5.44%から2020年6月の5.06%に大きく低下し、2021年9月には5.00%となっている。この間、競争の激化もあって新規預金加重平均金利は2020年9月の2.38%から2021年5月の2.49%まで上昇しており、銀行の利鞘を圧迫してきた。6月の預金金利上限の見直しにより、これが2021年9月には2.21%に低下し、銀行の利鞘確保が図られた。今回のボックスでも、金融機関の負債コストを安定させ、その利益を実体経済に還元し、貸出金利の緩やかな低下を促す、と述べられている。そして金融政策の方向性を判断する指標として金利の重要性が増してきている。人民銀行の政策金利の一つであるレバースレポ7日物金利は2020年4月に2.4%から2.2%に引き下げられ、その後現時点まで同水準を維持している。

 今回のボックスでは、2021年1-9月中の銀行間市場の7日物レポ加重平均金利が2.18%とほぼこの政策金利と同水準で推移していることが指摘されている。昨年春以降、緩和的政策が維持されていることになる。今後、預金準備率の操作、再貸出、窓口指導など様々な政策手段が併用されながらも、金融政策のスタンスを示す指標として各種政策金利の重要性が増していくものと考えられる。             

(了)