定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その12)
2020年7月13日 辻野 照久(元宇宙航空研究開発機構国際部参事)
2020年第2四半期の中国の宇宙活動状況
今回は、定点観測シリーズの第12回目として、2020年4月1日から6月30日までの3か月間の中国の宇宙開発動向をお伝えする。
この期間のロケット打上げ回数は、中国が8回(うち1回は打上げ失敗)、米国が6回、ロシアが3回、日本・ニュージーランド(NZ)・イランが各1回で、世界計で20回となっている。表1に2020年第2四半期までの世界各国のロケット打上げ回数を示す。
*米国の[ ]内はスペースX社の打上げ回数(内訳) | |||||||||
期間 | 中国 | 米国* | ロシア | 欧州 | 日本 | インド | NZ | イラン | 世界計 |
1月-3月 | 7(★1) | 8[5] | 4 | 2 | 1 | 0 | 1 | 1(★1) | 24(★2) |
4月-6月 | 8(★1) | 7(★1)[5] | 3 | 0 | 1 | 0 | 1 | 1 | 21(★2) |
計 | 15(★2) | 15(★1)[10] | 7 | 2 | 2 | 0 | 2 | 2(★1) | 45(★4) |
中国は長征3B型によるインドネシア衛星の打上げを行ったが、ロケット第3段の不具合により打上げ失敗に終わった。
ロケット・衛星打上げ状況
この期間に中国は8回の打上げ(うち1回は打上げ失敗)を行い、自国衛星13機と外国衛星1機(打上げ失敗)を打ち上げた。中国衛星13機のうち、地球観測衛星は3機、通信放送衛星は2機、AIS衛星は2機、航行測位衛星は1機、有人宇宙船試験衛星は2機、技術試験衛星は3機である。
今回初打上げとなったのは長征5B型ロケットで、中国空間技術研究院(CAST)が開発した次世代有人宇宙船を無人で低軌道に打ち上げ、膨脹型回収カプセルを放出させ(回収は失敗)、東風着陸場(内蒙古自治区四子王旗)への帰還に成功した。
表2に打上げに使われたロケットや軌道投入された衛星などの状況を示す。
衛星名 | 国際標識番号 |
打上げ年月日 |
打上げロケット |
射場 | 衛星保有者 | ミッション | 軌道 | |
PalapaN1 | 2020-F03 | 2020/4/9 | 長征3B/G2 | 西昌 | インドネシア | 通信放送 | 打上げ失敗 | |
Xinyidai Zairen Feichuan-Shichuan | 新一代載人飛船-試船 | 2020-027A | 2020/5/5 | 長征5B | 文昌 | CAST | 技術試験 (有人宇宙飛行) | LEO |
Rouxing Chongqishi Huowu Feichuang - Shichuan | 柔性充気式貨物飛艙-試艙 | 2020-027B | ||||||
Xingyun 2-01 | 行雲 | 2020-028A | 2020/5/12 | 快舟1A | 酒泉 | CASIC | 通信放送 | LEO |
Xingyun 2-02 | 2020-028B | |||||||
Xin Jishu Shiyan (XJS)G | 新技術試験 | 2020-032A | 2020/5/29 | 長征11 | 西昌 | 上海微小衛星 創新研究院 | 技術試験 | LEO |
XJS H | 2020-032B | 国防科技大学 | ||||||
Gaofen 9-02 | 高分 | 2020-034A | 2020/5/31 | 長征2D(2) | 酒泉 | 不明 | 地球観測 | SSO |
Hede 4 | 和徳 | 2020-034B | 和徳宇航 | AIS | ||||
Haiyang 1D | 海洋 | 2020-036A | 2020/6/10 | 長征2C(3) | 太原 | 地球観測 | SSO | |
Gaofen 9-02 | 高分 | 2020-039A | 2020/6/17 | 長征2D(2) | 酒泉 | 不明 | 地球観測 | SSO |
Pixing 3A | 皮星 | 2020-039B | 浙江大学 | 技術試験 | ||||
Hede 5 | 和徳 | 2020-039C | 和徳宇航 | AIS | ||||
Beidou 3 G3Q | 北斗 | 2020-040A | 2020/6/23 | 長征3B/G3 | 西昌 | 国防部 | 航行測位 | GEO |
*:打上げに失敗したインドネシア衛星は本表の衛星数には含まれない。 | |||||||||
ロケット種別 | 長征3B | 長征2D | 長征2C | 長征7A | 快舟1A | 長征5B | 長征11 | 計 | |
打上げ回数 | 4(★1) | 4 | 2 | 1(★1) | 2 | 1 | 1 | 15(★2) | |
中国の衛星数* | 3 | 11 | 4 | 1(★1) | 3 | 2 | 2 | 26(★1) |
本期間には民間の新型ロケットの打上げは行われなかったが、7月以降に「穀神星」(CERES)ロケットによる衛星の初打上げの試験が行われる見込み。
宇宙ミッション1 地球観測分野
第2四半期に打ち上げられた中国の地球観測衛星は3機で、内訳は「高分9号02」[1]、「高分9号03」[2]、及び「海洋1D」[3]である。「高分」衛星は17機目で、すべて運用中。「海洋」衛星は既に運用中の「海洋1C」とコンビとなり、2機1組で午前観測と午後観測を分担する。
宇宙ミッション2 通信放送分野
本期間に打ち上げられた中国の通信放送衛星は2機で、CASICの行雲2号の最初の2機である[4]。
インドネシアPSNS社の「PALAPA N1(Palapa Nasantora 1)」は4月9日に長征3Bロケットにより打ち上げられたが、ロケットの3段目エンジンの不具合により軌道投入はできなかった[5]。
船舶自動識別システム(AIS)の信号を収集する衛星は、和徳宇航公司が高分2回の打上げに合わせて「和徳(Hede:HD)」衛星の4号機と5号機を打ち上げた[6]。AIS信号は地上では数十キロメートルしか届かないが、宇宙空間では数百キロの高度でも通信が可能で、収集された情報は船舶の運航監視などのために商業的に利用されている。
宇宙ミッション3 航行測位分野
6月23日に国防部は航行測位衛星「北斗(Beidou:BD)」の静止衛星「北斗3 G3Q」を打ち上げた[7]。北斗衛星の2型と3型の累計は55機(うち52機が運用中)となった。今回の打上げをもって北斗3型衛星群が完成した。この衛星は衛星群を締めくくる(=収官)最後の衛星という意味で「全球系统收官之星」という名前もある。
本シリーズ(その6)で2018年12月末現在の北斗の形式別の打上げ状況を参考資料として末尾に付したが、その後12機の打上げが行われており、下表に対比を行った。( )内は運用終了数を示す。北斗2号の初期の周回衛星が2機運用終了となっている。
時期/形式 | 北斗1 | 北斗2G | 北斗2I | 北斗2M | 北斗3G | 北斗3I | 北斗3M | 計 |
2018年12月末 | 4(4) | 7(1) | 7 | 5 | 1 | 2 | 21 | 47(5) |
2020年6月末 | 4(4) | 8(1) | 7 | 5(2) | 3 | 5 | 27 | 59(7) |
宇宙ミッション4 有人宇宙活動分野
5月5日に長征5B型ロケットの初打上げにより次世代有人宇宙船の試験機(フルネームは「新一代载人飞船试验船(XZF-SC)」)が無人で打ち上げられた[8]。3日後の5月8日に東風着陸場(内蒙古自治区四子王旗)への帰還に成功した[9]。あわせて貨物の回収のために柔軟性のある膨脹型回収カプセル(フルネームは「柔性充气式货物返回舱试验舱(RCHFC-SC)」)も試験機から放出されたが、5月6日に行われた地上での回収には失敗した[10]。
第3次宇宙飛行士選抜は大詰めを迎えており、5月に開催された全国政治協商会議において、中国有人宇宙プログラム総設計師の周建平氏は、パイロットだけでなく、科学者やエンジニアを含む候補者を7月に発表すると述べた[11]。
宇宙ミッション5 宇宙科学分野
火星探査機「天問(Tianwen:TW)1号」は7月に長征5型ロケットにより打ち上げられる[12]。来年1月に火星に到着する予定である。
4月24日は「中国航天日」すなわち中国における「宇宙の日」で、1970年の東方紅1号打上げを記念する日である。この日に合わせて、中国は今後の惑星探査ミッションのシリーズの名前を「天問」とし、木星や小惑星など月以外のすべての天体に向かう探査機に「天問〇号」と命名することになった[13]。また、惑星探査計画のロゴも制定された。
中国惑星探査計画のロゴ
「嫦娥4号」は6月15日に月での19日目の活動に入った。
宇宙ミッション6 新技術実証分野
本期間に打ち上げられた技術試験衛星(有人関連を除く)は3機であった。そのうちCASTが開発した新技術試験(XJS)衛星2機は、これまでに6機打ち上げられたシリーズの7号機(上海微小卫星创新研究院が開発)と8号機(国防科技大学が開発)である[14]。打上げロケットは固体ロケットの長征11型で、新型発射台が初めて使用された。
浙江大学は「高分9-03」及び「和徳5」と相乗りで5機目のピコサット「皮星3A」を打ち上げた[15]。
国際協力の動向
2020年6月、中国国家航天局(CNSA)とセルビア政府は、平和目的の宇宙探査・利用における革新分野の協力に関する了解覚書(MOU)に署名した[16]。セルビア政府内にはセルビア宇宙科学研究開発室(SERBSPACE)がある。1977年、ユーゴスラビアの時代に国連宇宙空間平和利用委員会(UNCOPUOS)に加盟している。
参考資料:欧州調査会社による中国宇宙産業の動向分析
6月4日、フランスのコンサルタント・調査企業ユーロコンサル(Euroconsult)社は、中国の宇宙産業の将来予想などを分析したレポート「China Space Industry Report」を発行した[17]。以下にいくつかのトピックを紹介する。金融面や制度面などからの分析は興味深い。
①2010年から2019年までの間に、中国は計401機の衛星を製造した。うち半分近い178機(44%)は2018年と2019年の直近2年間に打ち上げられた。
②2014年以降、中国の商業打上げ機企業は20を超えるロケットの開発を行っており、合計資金調達額は10億米ドル近くに達している。
③開発中の20以上のロケットのうち、少なくとも7つのロケットが2020年または2021年に初飛行を予定している。
④2014年以降、中国の商業企業は44機の地球観測衛星を軌道投入した。
⑤中国衛星通信集団有限公司(China Satcom)は2019年中頃の新規株式公開(IPO)を行った後に株価が約1年で5倍にも急上昇し、2020年には世界で最も高価値の衛星運用業者となった。2020年5月時点の同社時価総額は110億米ドルで、SES社(本社:ルクセンブルク)の3倍(総収入はSES社の5分の1)。
⑥中国による国際電気通信連合(ITU)への非静止軌道(NGSO)使用の申請は、2015年の20件から2019年には86件へと増加した。
以上
1. 2020年5月31日、CASC、长二丁火箭成功实施"一箭双星"
2. 2020年6月17日、CASC、长征二号丁运载火箭成功实施一箭三星任务
3. 2020年6月11日、人民網、海洋一号D卫星成功发射 我国首个海洋业务卫星星座组成
4. 2020年5月12日、CASIC、行云工程首发两颗卫星成功入轨 快舟一号甲火箭圆满完成发射任务
5. 2020年4月9日、新華網、PALAPA-N1卫星发射失利
6. 2020年6月17日、Gunter's Space Page、HEAD
7. 2020年6月23日、新華網、我国提前半年完成北斗全球系统星座部署 北斗三号最后一颗组网卫星"重启"发射成功
8. 2020年5月6日、SASTIND、长征五号B运载火箭首飞成功
9. 2020年5月8日、CASC、我国新一代载人飞船试验船成功返回
10. 2020年5月6日、CMSEO、柔性充气式货物返回舱试验舱返回出现异常
11. 2020年5月25日、CMSEO、两会 | 周建平:第三批航天员将有科学家入选
12. 2020年、5月25日、CNSA、长五瞄准7月发射火星探测器,工程按计划推进
13. 2020年4月24日、SASTIND、2020年"中国航天日"启动仪式线上举行
14. 2020年5月30日、CASC、长十一火箭成功发射新技术试验卫星G星和H星
15. 2020年6月17日、Gunter' s Space Page、ZDPS 3A
16. 2020年6月8日、CNSA、国家航天局与塞尔维亚政府创新与技术发展部长内阁签署中塞航天合作备忘录
17. 2020年6月、Euroconsult、China Space Industry Report
定点観測シリーズバックナンバー:
2016年10月12日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その1)」
2017年04月21日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その2)」
2017年10月26日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その3)」
2018年04月13日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その4)」
2018年10月18日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その5)」
2019年01月10日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その6)」
2019年04月15日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その7)」
2019年07月17日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その8)」
2019年10月16日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その9)」
2020年01月21日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その10)」
2020年04月28日 「 定点観測シリーズ 中国の宇宙開発動向(その11)」