【14-001】中国会社法における資本制度の改革(その1)
2014年 1月17日
屠 錦寧(Tu Jinning)
中国律師(中国弁護士)。1978年生まれ。アンダーソン・毛利・友常法律事務所所属。京都大学大学院法学博士。一般企業法務のほか、外国企業の対中直接投資、M&A(企業の合併・買収)、知 的財産、中国国内企業の海外での株式上場など中国業務全般を扱う。中国ビジネスに関する著述・講演も。
中国の会社法は1993年に制定されたものであり、その後、数回の改正を経て、2013年12月28日にも、第12期全国人民代表大会常務委員会第6回会議によって部分改正が行われた(以下「法改正」と いう。)。改正後の会社法は2014年3月1日より施行される予定である。
今回の法改正は、会社の資本制度をめぐるものとして、合計12箇条の規定を修正することとなった。その主な内容は、①払込資本に関する設立要件の緩和と行政管理の廃止、②登録資本の最低限度額の撤廃、③ 貨幣出資の最低割合制限の取消である。
本稿は、法改正前後の違いを紹介することに主眼点を置く。本来はそれと同時に、会社法の根底に横たわっている立法者の法思想にも目を配る必要があるが、この作業はたやすいことではないため、そ の一端を紹介するにとどめたい。
1.資本形成制度の再確認
会社の資本はどのように形成されるかについて、各国の会社法は様々な設計を行っているが、主に、法定資本制度、授権資本制度及び折衷資本制度の3種類に分けることができる [1] 。
法定資本制度では、会社設立時に定款に定める資本総額は、一度に全て発行し募集完了し、株主がすべて引き受けなければならない(中国)。会社成立後に経営の必要に応じて資本を増加するには、株 主会の決議によって会社の定款を変更して新株発行(増資)を行う手続が必要である。
授権資本制度では、会社設立時に定款に定める資本総額は、全てを発行する必要はなく、その一部のみを発行し募集し、株主が発行済みの部分を引き受ければよい(英米)。残りの部分は、会社設立後に、株 式の発行を授権された取締役会が必要と考えた場合、一括してまたは数回にわけて発行することが可能である。この場合、会社の定款を変更する手続を行う必要はない。
折衷資本制度は、上記の制度から変化してできた制度であり、さらに認可資本制度と折衷授権資本制度に分けることができる。具体的に、前者を実施する国(ドイツ、フランス等)の会社法では、設 立時に定款で明記した資本総額を一度すべて発行し、株主として全額引き受けなければならないとするとともに、定款では、設立後の一定の期間内に、取締役会に一定範囲内の新株発行権を授権し、株 主会の決議を不要とする。これに対して、折衷授権資本制度(例えば、日本、台湾)では、設立時に定款で明記した資本総額について、その一部を発行し株主がこれを引き受けることで会社は成立するが、取 締役会に発行を授権する未発行の部分は、定款に定める資本総額の一定の割合を超えてはならない。
中国の会社法では、会社設立時に定款に定めて工商行政管理部門(会社登記機関)にて登記した資本(登録資本)は、全ての株主が引き受けた出資額であるとされている(26条、81条/法改正後は80条)。す なわち、登記している資本総額は、発行済み資本であり、未発行の部分を含む授権資本ではない。会社設立後に増資を行う際には、株主会が決議を行い、定款を変更するという手続を踏まえる必要がある。この点、今 回の法改正では変更がなく、法改正後も相変わらず授権資本制度ではなく、法定資本制度を採択しているといえる。
2.払込資本に関する改正
登録資本の払込みに関する修正は、法改正の大きなポイントである。
(1)会社設立との関係
1993年会社法と2005年改正及び今回の法改正の沿革を表にすると下記のとおりになる。
※株式会社のうち、募集方法により設立する株式会社は、登録資本は、払込済み出資金の総額である(81条2項、法改正後80条2項)。 | |||
1993年会社法 | 2005年会社法 | 2013年会社法 | |
有限会社 | 登録資本は、全ての株主が 払い込んだ出資額である(23条)。 | 登録資本は、全ての株主が引き受けた出資額である。 全ての株主の初回の(払込)出資額は、登録資本の20%及び最低資本金を下回ってはならない。残りの部分は、会社成立日から2年以内に払い込む必要がある。そのうち、投資性会社は5年以内に払い込む。 (26条) | 登録資本は、全ての株主は引き受けた出資額である。(下線部分削除)(26条) |
株式会社※ | 発起方法により株式会社を設立するときは、発起人が書面により会社定款に定める発行株式を全額引き受けてから、すみやかに 全ての出資額を払い込まなければならない(82条)。 | 発起方法により株式会社を設立するときは、登録資本は、全ての発起人が引き受けた資本総額である。 全ての発起人の初回の(払込)出資額は、登録資本の2%及び最低資本金を下回ってはならない。残りの部分は、会社成立日から2年以内に払い込む必要がある。そのうち、投資性会社は5年以内に払い込む。 (81条)。 | 発起方法により株式会社を設立するとき、登録資本は、全ての発起人が引き受けた資本総額である。(下線部分削除)(80条) |
上記のように、1993年の会社法では、会社を設立するために株主が登録資本を全額引き受け、かつ全額払い込んでおく必要があった。すなわち、登録資本は払込資本と同一の概念であった。これに対して、2 005年の会社法以後は、登録資本は、引受資本のみを意味するようになった。資本の払込みについて、設立時には全額ではなく、一部の資本を払い込めば会社の成立が認められた。この点、今回の法改正後は、更 に進んで会社設立時の払込資本の要件を完全に廃止した。
(2)設立時の払込資本
2005年の会社法は、1993年会社法より資本の払込要件を緩和した。設立時にある程度の払込を行えば会社の設立が認められるようになった。具体的には、設立時に払い込むべき資本は、登録資本の20%お よび後に述べる最低資本金を下回ってはならないとされていた。
今回の法改正では、資本の払込みについて更に緩和し、設立時の一部の払込みに関する要件を廃止した。すなわち、理論上は引き受けた資本金を全く払い込んでいない段階でも、会 社の設立が可能ということになった。
なお、外商投資企業は、現時点でも会社法の上記規定を適用せず、その設立の際に上記要件を満たした払込みを行う必要はないことについて留意されたい [3] 。
(3)出資金の払込期限
会社法上、登録資本の払込は設立時において全額払い込まなくても、設立後の一定期限(通常の会社は設立日から2年、投資性会社は5年)以内に一括または分割による払込みも認められている。法改正後には、払 込期限について法的制限を設けない。すなわち、理論上は、会社の経営が正常であれば、何年経っても引き受け資本を払い込まなくてもよい、ということになった。
しかし、株主間契約および定款において出資金の払込期限を定めるのが通常である。株主は、期限内に払込を行わなかったなど、出資義務を違反したときは、会社に対して全額払い込む以外にも、株 主間の契約の関係で、出資金を約束通りに払い込んでいる株主に対して違約責任を負う [4] 。また、会社法は、出資の連帯責任に関する規定もある [5] 。設立のために出資する非貨幣財産の実際の価額が定款の定めより著しく小さいときは、出資者が差額を補填しなければならないほか、設立時の他の株主(発起人)も連帯して払い込む責任を負う。こ のようなリスクを回避するためには、自身の払込責任を履行するほか、他の株主の出資責任の履行状況を確認しておくことも重要である。
なお、外商投資企業の場合は、上記責任のほか、失権の催促に関する規定もある。具体的には、中外合弁企業について合弁当事者の1社が期限内に払込みを行わなかった場合、払 込義務を履行した当事者は当該違反当事者に対して1ヶ月以内に払い込むよう催告することができるとし、1ヶ月が経過しても改善がないときは、違反当事者の合弁契約中の全ての権利は放棄されたとみなされる。そ の場合、履行済み当事者は、当該企業の解散申請をするか、別の合弁相手を探すよう許可の申請を行うことになる。申請をしない場合、企業設立の批准証書が取り消されることもありうる( 中外合弁経営企業共同経営当事者の出資の若干の規定)。また、外商独資企業についても期限内に出資がなされない場合、営業許可証が取り消される可能性がある。このようなリスクを回避するためには、合 弁契約書に払込期限を明確に規定するのみならず、出資当事者間で事前に十分払込期限と払込資金の手当て方法を確認しておくことが重要となる [6] 。
(4)払込資本の登記
会社法では、株主は、株主名簿に基づいて株主の権利を主張することができると規定している [7] 。すなわち、株主名簿の記載が株主の資格を確認する根拠である。株主の名簿には、株主の①氏名または名称および住所、②出資額、③出資証明証の番号が記載される [8] 。法改正前は、会社は株主がだれか、いくらを出資したかについて、工商行政管理部門に登記しなければならず、さもなければ、第三者に対抗できないとされていた [9] 。そのため、資本金が払い込まれる際には、実際に出資金が払い込まれたこと(中国語では、実収資本)を証明するために、出資検査機構(通常は公認会計士)に出資検査証明書を発行してもらい、そ れを工商行政管理部門に提出し、実収資本の変更登記を行うことになっていた。
上記に対して、法改正後は、出資義務の履行を登記または変更登記しないこととなった。営業許可書に登録資本のみを記載し、払込資本を記載しない [10] 。また、工商行政管理部門は払込資本について検査をしないため、会社から工商行政管理部門に出資検査報告書を提出する必要もない。
出資義務の履行に関する株主名簿の記載と工商登記が一致していないことで、株主の資格を第三者に対抗できるかどうかについて争われるような状況は今後発生しないと想定される。株主は、出 資したことについて会社から出資証明書を取得するとともに、確実な証拠をもとっておくことが重要である。
( その2へつづく)
[1] 趙旭東『中国会社法学』(成文堂・2013年)251頁以下参照。
[2] 株式会社のうち、募集方法により設立する株式会社は、登録資本は、払込済み出資金の総額である(81条2項、法改正後80条2項)。
[3]外商投資企業は、資本金について一括払込の場合、会社設立日から6ヶ月以内に、分割払込の場合は、初回出資の最低限度額(出資額の15%)を 設立日(営業許可証交付日)から3ヶ月以内に払い込む必要がある。
[4] 会社法の根拠条文は、有限責任会社については28条、株式会社について84条(法改正後は83条)である。
[5]会社法の根拠条文は、有限責任会社については31条(法改正後は30条)、株式会社について94条(法改正後は93条)である。
[6] 三菱商事株式会社、三菱商事(中国)有限公司『全訂版中国ビジネス法務の現場』(商事法務・2012年)92頁以下参照。
[7] 会社法33条2項(法改正後は32条2項)
[8] 会社法33条1項(法改正後は32条1項)
[9] 会社法33条3項(法改正後は32条3項)
[10] 「営業許可証」とは、企業が法律に基づき設立されたことを証明する文書であり、工商行政管理部門が発行するものである。営業許可証には、① 企業名称、②所在地、③法定代表者、④登録資本、⑤企業形態、④経営範囲、⑦投資者名称、⑧分支機構、⑨経営期間が記載される。