【14-011】中国倒産実体法の新司法解釈による展開(その3)
2014年 3月13日
屠 錦寧(Tu Jinning)
中国律師(中国弁護士)。1978年生まれ。アンダーソン・毛利・友常法律事務所所属。京都大学大学院法学博士。一般企業法務のほか、外国企業の対中直接投資、M&A(企業の合併・買収)、知 的財産、中国国内企業の海外での株式上場など中国業務全般を扱う。中国ビジネスに関する著述・講演も。
(その2)よりつづき
Ⅲ 倒産債務者財団に関する訴訟等の取扱い
1. 倒産手続の開始による保全処分・執行手続への影響
倒産の申立てが受理されたときは、倒産財団に属する財産に関する保全手続があればこれを解除し、執行手続があればこれは中止するものとされている(企業破産法19条)。司法解釈では、執行手続が中止しなかった場合について、受益者に対して払戻しを強制執行することができるとし、これによって戻される財産は倒産財団に属する(司法解釈5条)。また、保全処分について、保全処分を行った人民法院は倒産申立受理の決定があったことを知っていると、保全処分を直ちに解除すべきであると明確に定めている(司法解釈8条)。
この解除は中断の意味を有し、破産宣告前に倒産手続の申立てが棄却され、又は手続が終了したときは、保全処分が元の順位に従い受継するとされている(司法解釈8条)。
一方、関係者(個別債権者に限らず)の行為その他の原因によって倒産手続の円滑な進行が影響された場合は、倒産裁判所が管財人の申立又は職権をもって、倒産財団の全部又は一部につき保全手続を採ることができる。当該保全と上記倒産手続が終了した場合の保全処分の受継との関係について、受継までには倒産手続における保全処分を解除しないということになる(司法解釈8条2項)。
2. 倒産手続の開始による係属中の訴訟等への影響
企業破産法では、債務者に関する民事訴訟・仲裁が倒産申立受理当時に係属するときは、その訴訟・仲裁は中断し、管財人が債務者の財産の移管を受けた後にこれを受継するものとしている(20条)。これに対して、倒産債務者財団に関する訴訟で、倒産債務者が当事者となっていないものはどうするかが企業破産法では不明である。
これについて、司法解釈21条ないし23条では、倒産財団に関する訴訟として、倒産債務者の債権者が債権者代位権に基づき倒産債務者の債務者(第三債務者)にした代位訴訟、倒産債務者への出資責任違反又は出資の払戻しに関する責任追究に基づき倒産債務者の出資者、役員等にした訴訟、法人格否認に基づき倒産債務者の出資者にした訴訟等の個別弁済のための訴訟を列挙している。
上記のような訴訟手続の倒産時の取扱いについては、個別弁済のためである限り許されない。具体的には、[1]倒産申立受理前に当該訴訟手続がすでに完了し、執行力のある判決等につき強制執行手続が開始されているときは、執行手続は中止し、債権者がこれについて管財人に倒産債権の届出を行う。[2]倒産申立受理当時に当該訴訟手続が係属するときは、訴訟手続は中断する[1]。訴訟請求について回収した財産を倒産財団に帰するように変更しない限り、破産宣告後に人民法院が原告の訴訟請求を棄却することになる。[3]倒産申立受理後に開始しようとする場合は、原則として提起できない[2]。管財人が倒産財団のために上記債権を回収しないときは、個別の債権者が倒産債権者全員を代表してかかる訴訟を提起し、又は倒産手続との併合を申請することができる。
Ⅳ 取戻権
1. 一般の取戻権
企業破産法は取戻権についても定めている。すなわち、人民法院が倒産の申立てを受理した後、債務者が占有している債務者に属しない財産について、当該財産の権利者が管財人に対してこれを取り戻すことができる(企業破産法38条)。
倒産手続が開始された場合、取戻権は手続によらずに行使できるかについて、司法解釈では、破産手続は手続外で行使できる。これは条件付きや期限付きの請求権によるものであっても、破産手続の開始によって期限の到来したものや、条件が成就したものとみなされるためである。これに対して、会社更生手続では、権利者がその債務者に適法に占有されている財産の取戻しを請求した場合、双方が予め合意した条件に適合しなければならない(司法解釈40条)。ただし、管財人又はDIP債務者が合意にしたことによって取戻権の対象物が譲渡され、毀損・滅失もしくはその価値が著しく減少するおそれがあるときはこの限りでない。
2. 所有権留保(非典型担保)と取戻権
所有権留保は、動産売買[3]において債権担保のために所有権が形式上債権者に帰属している場合をいう。倒産していない平常時では、所有権留保の合意をした買主が代金の支払いもしくは特定の条件で完成を契約通りに行わなかったとき、又は目的物に対して譲渡、質権設定その他の不当処分を行ったときには、損害を受けた売主が目的物の取戻しを主張できる[4]。法令上、買主が目的物の価額総額の75%以上を支払ったときは、売主は目的物の取戻しを主張できないという例外を設けており、また、買主が目的物を不当に処分し、かつ相手方である第三者が目的物を善意取得した場合は、売主が目的物の取戻しを主張できないと定めている[5]。
上記に対して、売買双方のいずれかが、目的物の所有権が買主に移転するまでの間に倒産した場合、かかる所有権留保の処遇はどうか。司法解釈では、所有権留保の合意をした売買契約が履行を完了していない双務契約とし、管財人が契約の解除をし、又は債務の継続的履行を請求することができると明らかにした(司法解釈34条)。すなわち、売主は、相手方に関する倒産手続の開始を理由に目的物の取戻権を直ちに行使することができない。管財人が所有権留保契約を履行すると決めたときは、平常時の所有権留保の取扱いと同様である。これに対して、管財人が所有権留保契約の解除を選択したときは、売主の倒産では売主の管財人が買主に、買主の倒産では売主が買主の管財人に対して目的物の引渡しを請求することができる(司法解釈35条~38条)。
3. 発送中の物品の売主の取戻権
隔地取引の安全を確保するために、企業破産法は、物品発送中に買主が倒産した場合の売主の取戻権を認めている。すなわち、人民法院が倒産の申立てを受理した時点で、売主が売買の目的である物品を買主である債務者に発送し、債務者がこれを受け取っておらず、かつ代金の全額を弁済しなかったときは、売主は、運送中の目的物を取り戻すことができる(企業破産法39条)。この場合は、所有権の移転が未了の場合や売主が発送すべき商品の一部を発送したにとどまる場合等、まだ双方未履行の状態にある場合と異なり、売主が履行(物品の発送)を完了している。倒産申立ての受理時に双方未履行の状態にあるときは双方未履行に関する規定によって保護されるのに対して、売主の権利は、買主のみが未履行の状態にあるときに上記発送中の物品に関する売主の取戻権規定によって保護される。
企業破産法の規定では、隔地取引の売主が取戻権を行使するためは2つの要件を満たす必要があることがわかる。一つは、買主が代金を完済していないことである。もう一つは、買主が目的物を受領[6]したのが倒産手続の申立てが受理された後になることである。これに加えて、司法解釈39条では、目的物が到達する前に売主が取戻権の行使を主張したことも要件とされている。その主張は、発送中の目的物について運送業者その他の現実の占有者に運送の中止、貨物の返還、到達地の変更、他の荷受人への引渡請求や管財人に対してなされた請求のいずれによるものでもよい。買主の財産状況の悪化を知りながらも直ちに貨物を取り戻そうとした「勤勉な」売主に限って特殊な取戻権による保護[7]を与えるため、売主としては速やかに行動するよう注意を払う必要がある。
なお、発送中の目的物を管財人が受領しなかったときは、売主が上記規定通りに取戻権を主張したにもかかわらず、破産管財人は代金の全額を支払うことによってその物品の引渡しを請求することができる(企業破産法39条ただし書き)。
4. 代償的取戻権
取戻権の目的物が現存しないが、目的物に代わる(代償財産)がある場合には、それを破産者の責任財産とすることは適当ではないので、取戻権者に代償財産の取戻しが認められている。これについて企業破産法には定めていないが、司法解釈では補足されている。具体的には、占有によって価値が低下するおそれがある財産について管財人がそれを換価してその価額を寄託した後、権利者が当該換価金について取戻権を主張することができるという規定はそれにあたる(司法解釈29条)。
取戻権者が特定の財産を破産財団からの取り戻すにあたっては、当該財産を現実財団に属する他の財産から識別して特定できることが必要である。破産財団の中の他の財産から当該財産を識別できない場合(金銭、不特定物、混和)には、取戻権を行使することができない。この点、代償的取戻権を行使する場合においても同様である。取戻権の対象財産がなくなる代わりに得られた代償物(例えば司法解釈32条に定める財産の毀損・滅失によって受けた保険金・賠償金・代償物)は、倒産財団の所属金銭・財産と区分できるときには権利者が取戻権を行使できる。これに対して、代償財産は倒産債務者・管財人による受領によってその特定性がなくなった場合は、権利者は取戻権を行使できず、破産債権又は共益債権[8]として弁済を受けるにすぎない。
5. 取戻権の行使
取戻権者は、管財人に対して返還を請求したものの、管財人がこれに応じない場合には、債務者を相手に取戻権行使の訴訟をすることができる(司法解釈27条)。取戻権の行使のためには、目的財産に関する請求権を有することが重要である。請求権を有することを内容とする有効な判決・仲裁裁決があったときは、取戻権者はこれらの法的文書に基づいて権利を行使することができ、その場合は管財人が判決・裁決の内容が不正確であることを理由に取戻権の行使に対抗することができない(司法解釈28条)。他方、目的財産の加工、保管、運送、販売代理等の対価が支払われていないような、財産返還の請求権に瑕疵があったときは、管財人は当然取戻権の行使に対抗することができる(司法解釈28条)。
取戻権行使の期間制限としては、債権者会議に破産手続では財産の換価方案・和議手続では和議案・更生手続では更生案を提出し議決に付される前に提出するものとされる(司法解釈26条)。その後に主張する場合は、権利者が実体的権利を失うことにはならないが、取戻権行使の遅延によって増える費用を負担する必要がある(司法解釈26条)。
(その4)につづく
[1]司法解釈21条3項では、破産宣告前に倒産手続の申立てが棄却され、又は手続が終了したときは、訴訟手続を受継すると定めていることから、係属中の訴訟は、倒産の申立ての受理によって中止ではなく、中断したにとどまると解される。
[2]倒産申立受理後に提起される倒産財団に関する訴訟は原則倒産手続に影響しないが、訴訟案件の結果が利益関係者の権利の実現に影響される。そのため、倒産手続と関連訴訟との関係を円滑に調整できるよう、企業破産法は、人民法院が倒産申立を受理した後、債務者に関わる民事訴訟について倒産裁判所にしか提起できないとされている。最高人民法院民事廷の裁判官の司法解釈に関する新聞取材に対する説明による。
[3] 「最高人民法院による売買契約紛争案件の審理における法適用問題に関する解釈」(2012年5月10日公布、2012年7月1日より施行)では、目的物の所有権留保に関する契約法の規定は不動産について適用しないとしている(34条)。また、動産売買についても、買主が目的物の価額総額の75%以上を支払ったときは、売主は目的物の取戻しを主張できない(36条1項)。あと、所有権留保について合意があったにもかかわらず、買主が目的物に対し譲渡その他の不当な処分を行い、かつ相手方である第三者が目的物を善意取得した場合は、売主が目的物の取戻しを主張できない(36条2項)。
[4] 「最高人民法院による売買契約紛争案件の審理における法適用問題に関する解釈」35条
[5] 「最高人民法院による売買契約紛争案件の審理における法適用問題に関する解釈」36条
[6] ここでいう受領は、目的物の現実の受領(占有取得)を意味し、貨物の引換証や船荷証券の受領ではたりない。到達地に至る途中で買主が受領した場合には、なお、取戻権を行使することができると解されている。到達地に至るまでは、荷送人である売主が指図権を有するので、その尊重の趣旨から肯定してよいであろう。
[7]動産売買では売主は所有権留保や信用状等によって保護されることが多いが、不動産に関する民事執行手続による執行に対して、取戻権を行使できれば売主は目的物自体を取り戻し、自分で目的物を換価できることになる。
[8]破産債権になるか、それとも共益債権になるかは、取戻権の対象財産が倒産財団から消滅した時期が倒産申立ての受理前か後か、処分された場合は処分者が倒産債務者であるか管財人であるかにより異なる(司法解釈30条ないし32条)。