【25-17】張濤氏に中国人初の引用栄誉賞 ノーベル化学賞有力候補に
小岩井忠道(科学記者) 2025年10月01日
今年ないし今後、ノーベル生理学・医学、物理学、化学、経済学賞を受賞する可能性が高いとみられる研究者を毎年公表している国際学術情報サービス会社「クラリベイト」は9月25日、張濤(Tao Zhang)・大連化学物理研究所教授ら22人を今年の「クラリベイト引用栄誉賞」受賞者として発表した。張氏は中国本土を研究拠点とする研究者として初の受賞者で「単原子触媒の開発とその応用における先駆的貢献」が評価され、化学分野での受賞となった。氏の受賞についてクラリベイトは、世界のコミュニティにおける中国の影響力の高まりを反映しているとの見解を示している。
2002年から始まった同賞は、ノーベル賞の受賞者が発表される直前の時期に生理学・医学賞、物理学賞、化学賞、経済学賞の4賞の受賞に値する成果を挙げた研究者を選び、表彰している。昨年までの受賞者465人中、83人がその後、実際にノーベル賞を受賞している。ただし、日本以外のアジア・太平洋地域を主たる研究拠点とする研究者の受賞はこれまで非常に少ない。昨年までの受賞者はオーストラリア5人、韓国4人、シンガポール2人、香港2人で、このうちその後ノーベル賞を受賞した研究者も2011年に物理学賞を受賞したオーストラリアの天体物理学者ブライアン・シュミット氏だけだった。
新しい研究成果も重視の結果か
今回の受賞者22人の内訳も米国10人、フランス3人、ドイツ、日本、スイス各2人、カナダ、オランダ、中国各1人で、これまでと大きな変化はない。ただし、今回特に目立つのは、張教授が、中国本土を研究拠点とする研究者として初めて選ばれたことだ。化学分野の受賞者5人のうちの一人で、単原子触媒の先駆的な研究、具体的にはより効率的で持続可能な化学反応を可能にする研究成果が画期的と評価された。張教授は中国科学院の会員でもある。
張教授以前に中国本土からの受賞者が皆無だった理由は何か。「クラリベイト引用栄誉賞」の選考法は、同社が持つ学術データベース「Web of Science」に1970年以降、収録された約6400万の論文や会議録の中から、他の研究者によって引用された回数が2000回以上という注目論文を執筆した研究者の中から選び抜かれる。引用された回数が2000回以上というのは約6400万の論文や会議録のうち0.02%しかない。それら注目論文で示された研究成果の主発見者であることに加え、ほかの有力賞の受賞歴も考慮されるうえに、その研究成果が今後ノーベル賞の対象になりそうな注目度の高い領域とみなされなければならないという選考法になっている。これまでノーベル賞受賞者の授賞理由とされた研究成果は直近ではなく比較的古い時期ものが多い。最近、注目度が高い論文を量産している中国の研究者たちも比較的古い時期の研究成果が少ないのが「クラリベイト引用栄誉賞」受賞者がこれまで出ていない理由、という見方をクラリベイト・アナリティクス・ジャパンの担当者は昨年示していた。
張濤教授が、中国本土を研究拠点とする研究者として初めて受賞者となったことについてクラリベイトの安藤聡子アカデミア・ガバメント事業部リード・ビジネスソリューションコンサルタントは、次のように語っている。
今回の引用栄誉賞受賞者22人のうち、クラリベイトが昨年11月に公表した「高被引用論文著者リスト2024年版」で高被引用論文著者とされた研究者は7人いる。張教授はその一人。今回、受賞対象となったのは2011年の研究成果だ。ノーベル賞の対象となった研究成果はこれまで25年以上前のものが多かったが、2020年のノーベル化学賞がゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」の開発という新しい成果を挙げた研究者に授与されたように、これからは新しい研究成果も重視される可能性が高まっている。クラリベイト引用栄誉賞も今後新しい研究成果を挙げた受賞者が増える可能性はある。
日本の受賞者数突出は変わらず
一方、今回の「クラリベイト引用栄誉賞」受賞者の顔触れを見ても変わらなかったのが、これまで米国の研究機関を主たる拠点にする研究者が突出して多いのと、アジア・太平洋地域に限ると日本が群れを抜いて多い実態だ。今年も日本から寒川(かんがわ)賢治元国立循環器病研究センター理事・研究所長と児島将康久留米大学名誉教授・客員教授が、「食欲、エネルギー、代謝を調節するホルモン『グレリン』の発見」の研究成果で、生理学・医学分野の受賞者に選ばれた。これまでの受賞者数も寒川、児島両氏を入れて41人とアジア・太平洋地域では突出して多い。このうち受賞後、ノーベル賞を受賞した研究者も山中伸弥氏(2010年引用栄誉賞、2012年生理学・医学賞)、中村修二氏(2002年引用栄誉賞、2014年物理学賞、現在、米国在住で米国籍)、大隅良典氏(2013年引用栄誉賞、2015年生理学・医学賞)、本庶佑氏(2016年引用栄誉賞、2018年生理学・医学賞)と4人いる。(編集部追記:本記事掲載後に坂口志文氏(2015年引用栄誉賞)が2025年のノーベル生理学・医学賞に、北川進氏(2010年引用栄誉賞)がノーベル化学賞にそれぞれ選ばれ、計6人となった)
25日にクラリベイト・アナリティクス・ジャパンの事務所で開かれた記者発表および寒川、児島両氏に対する授与式には、クラリベイトの選考責任者がビデオ・メッセージを寄せ、寒川、児島両氏が2010年に引用栄誉賞を受賞しているフリードマン米ロックフェラー大学教授と3人で今後、ノーベル生理学・医学賞を受賞する可能性があるとの見方を示した。寒川、児島両氏が発見、構造と機能を解明した「グレリン」は食欲を高めるホルモンで、フリードマン教授は逆に食欲を抑えるホルモン「レプチン」を発見している。
「グレリン」の発見は、国立循環器病センター研究所生化学部で寒川氏が部長、児島氏が室長だった時の成果だ。授賞式後の記者会見で両氏は、児島氏がそれまで誰も見つけることができなかった「グレリン」の抽出、寒川氏がその構造解明にそれぞれ大きな役割を果たしたことを明らかにした。
記者会見で研究成果の意義などを話す寒川賢治氏(右)と児島将康氏(左)
(クラリベイト・アナリティクス・ジャパン提供)
ノーベル財団によると、今年のノーベル賞は10月6日に生理学・医学賞、7日に物理学賞、8日に化学賞、13日に経済学賞の受賞者が発表される予定だ(クラリベイト引用栄誉賞対象外の文学賞は9日、平和賞は10日)。
関連サイト
Clarivate「2025 Citation Laureates」
Clarivate「Citation Laureates 2024 list」
ノーベル財団「The official website of the Nobel Prize」
クラリベイト「2024年版クラリベイト高被引用論文著者を発表」
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