【10-002】21世紀の巨龍中国と、如何に向き合うか?~WTO加盟10周年を迎える日中ビジネス最前線~
範 雲涛(亜細亜大学アジア・国際経営戦略研究科教授/弁護士) 2010年12月16日
世界規模での長期的な不況が続く中、2008年8月北京オリンピック大会及び2010年5月1日から10月末に円満裡に開催できた上海世界博覧会の成功による経済促進効果、それを踏まえて経済成長・産業構造のダイナミックな転換を果たした中国マーケットに世界中が注目している。その一方で、国際競争の激化から来るさらなる調整圧力のため対中戦略の見直しに迫られている日本企業は、中国とどのようなビジネス関係を築いていくべきかと、真剣に自問自答しなければならない課題になりつつある。本稿は、筆者が15年間に亘る日系企業の「駆け込み寺」弁護士として体験してきた事例と教訓を基にまとめたものであり、読者諸賢へご高覧に入れたく存じます。
Ⅰ.先進国間の仲間入りを宣言する場となった北京五輪と上海世界博覧会
改革開放の進展により経済成長のスピードが急ピッチになっている中国。そこにオリンピックという国際スポーツイベントが加わり、14億人の巨大人口を抱える発展途上国のリーダーたる中国にとっての北京五輪と上海世界博覧会の開催は、過去数百年にわたる封建鎖国政策との決別を表す意味で、先進国の仲間入りを宣言する画期的な国家イベントとなった。そればかりか、オリンピック開催による経済効果だけ見ても、約6,000億元に上ると言われている。そうした効果が、中国の一層の経済成長を力強いものにしている。
1.観光による売上高
北京オリンピック大会の開催に際しての観光による売上高は、1億6,270万3,000元(約25億3,605万8,000円)に達した。外国人旅行客による滞在期間中の平均消費額は1人当たり6,652元 (約9万6,000円)、中国国内の観光客は1,313元(約2万円)であった。消費ニーズは大きく伸び、国内外の投資家にとっても大きなビジネスチャンスが訪れた。五輪開催に合わせた建設ブームが雇用の拡大と市民の収入増加をもたらし、それが消費拡大に繋がって経済成長に拍車をかけたことは疑う余地もない。
2.インフラ整備効果
インフラ整備に関連した経済効果も大きい。北京五輪の開催地である6都市では、ホテル、景勝地でのサービス向上対策以外に、駐車場、トイレ、バリアフリーのスポーツ施設の建設などの都市機能が整備され、合わせて交通インフラも整備されるなど、社会資本の充実が進んだ。五輪招致成功によってこのような「経済建設」が大規模に進んで経済成長率を大きく押し上げた。北京だけみても五輪向けの新規建設関連投資額は2,800億元にも達し、そのうち1,800億元がインフラ整備に充当されている。
直接的な経済効果は3,467億元(約5兆2,000億円)、それに間接的な経済効果2,500億元(約3兆7,000億円)を加えると、2ヶ月間のイベント開催によって約6,000億元(約9兆円規模)もの経済刺激効果があったのである。
また、北京オリンピック招致に成功して以来、株式取引の牽引効果も生まれ、オリンピック関連株は全体的に3年間に亘り好調で、活発な取引ブームを見せていきた。このように、北京オリンピックの開催は、中国経済の発展、社会の進歩、国際的な地位向上といった様々な面に目覚ましい効果をもたらすなど、中国の世界的躍進に多大な恩恵をもたらした。
Ⅱ.巨大マーケットを狙った日本企業の進出ドライブ
さて、日本企業が中国市場に進出をシフトさせている背景には、総人口14億人がひしめき合う巨大マーケットの存在にあると考える。ただし、当初、供給拠点として進出した場合であっても、将来的には中国国内の販売を視野に入れている企業が多いようだ。
1.「世界の工場」として高まる存在感
中国は安価で豊富かつ勤勉な労働力と急速に高まる産業集積などから、「よいものを安く調達し、安定的に供給できる」ための有力な生産拠点となっている。このため中国を世界市場への供給拠点としての見方と、もう一方の巨大市場としての魅力から、高付加価値製品を中国で生産する動きも出ている。アパレル業界で有名な「ユニクロ」グループがまさにその典型的な成功モデルである。
2.現地の商品仕様にあわせた開発を現地で行う
基礎設計は日本の本社が行い、現地仕様にあわせた開発を現地で行うケースが多くなっている。アジア市場向けの製品も市場での競争が激化しているため、各市場における地域特性をより考慮した商品開発を行うようになっている。日本企業はその方がコストも安くなることを認識するようになった。
日本と中国の経済関係は、中国経済の高成長を背景に近年緊密化の度合いを高めている。日中間の貿易総額は2007年に2,367億ドルとなり、日米の貿易総額2,142億ドルを上回る。今や中国は第1位の貿易相手国となったのである。
日中貿易を品目別にみると、日本から輸出される主な品目は、高付加価値な部品、原材料、自動車、精密機械、工作機械、プラント類である。そうした部品・原材料・機械類を使って中国でノックダウンが行われ、機械機器、繊維製品、家具となって日本に逆輸入する相互補完関係が構築されている。
また、日中貿易が増加している背景の一つに、日本企業による活発な対中直接投資がある。当初は低廉で豊富な労働力の活用を目的とした輸出志向型の投資が多かったが、最近は中国市場参入を目的とした内需志向型の投資が増加している。
2010年のアジア地域におけるもっとも注目すべき出来事の一つに、日中のGDP総額が歴史上はじめて逆転したことである。1978年にあった中国改革開放政策の実施から2009年末までの約30年間で、中国の実質経済成長率は年平均10%という高い水準に到達し、当時の名目GDP規模約214億ドルが今や4兆9,000億ドルに膨らんでいる。日本は1956年から1973年にかけて実質経済成長率は年平均9.3%であった。日本の高度成長期と比較しても中国経済の高度成長サイクルの持続性の良さが際立つ。そんな現象から中国の成長を"世界の経済史上の奇跡"と評するようになった。しかしながら、もはや奇跡ではなくなった。2007年に起きた米国発リーマンショックによる世界金融危機を尻目に、中国は高い成長率を維持して、しかも2つの国家的イベントを2年間に成功裡に運営したのである。とりわけ上海世界博覧会期間中は国際金融危機が深まる中であり、それにもかかわらず来場者数が7,350万人となって、161年の世界万国博覧会史上最も多い来場者数を達成するという快挙をなしとげた。
Ⅲ.二大イベントを成功させた中国の強さと新たなチャイナリスク
1.対中経営戦略行動に現れる日系企業の問題点と対策
北京五輪及び上海世界博覧会以降の新たなチャイナリスクを取り上げてみるよう。WTO加盟時(2001年12月)と比較してみると、様相が変わりしている点が幾つかある。
その一つは、日本企業の対中直接投資が80年代初期の望郷投資またはテステイング足踏み投資から、90年代になると貿易輸出拠点確保を目的とした「生産基地シフト」投資へ、さらには2001年末の中国WTO加盟以降の中国市場を狙う本格的な大規模投資へと内容が変わり、投資額もエスカレートしている。その一方で、中国での投資の成功と失敗を巡り、投資環境に関する検証は多かったものの、日系企業自身の投資戦略マネージメント体制の不充分や事前準備不足に対する反省と自己点検が必ずしも十分に行われてこなかった。すなわち、中国法律の未整備や政府の突然の政策変更など、いわゆるチャイナリスクに関して多くの指摘がなされているのにも関わらず、日系企業のリーガル対応が適切に行われていない。
中国政府が取ってきた「外資を優遇する」という考え方が変わり、複雑化する土地使用権問題、多発する労使紛争トラブル、知財関連ビジネス紛争、といった問題が多発していることを考えると、中国における外資系企業の経営環境は、根本的な転換期を迎えたと言えようか。中国は日本の最大の輸出入相手国であり、これからは中国と共生していくべきだと考えながらも、進出に躊躇している企業も多いことだろう。日本企業を含めて海外の企業が安心して中国に進出するためには、中国の知的財産保護の仕組みを確立していかないと技術移転も簡単にはいくまい。ウィンウィンの関係をどうやって作り上げていくかである。
言えることは、日系企業は技術力と収益性を一致させるべきであり、対中ビジネス・モデルの再構築を急ぐことである。具体的には膨大な技術ストックを再評価し、技術取引で企業収益力を強化することだ。地場企業の長所である販売力、人的管理能力、代金回収やコスト管理ノウハウ等を取り入れ、対中ビジネスの競争力を高めることである。
また、中国の地場企業との既存関係を再評価し、強い外部経営資源を有し、自社の競争力強化に活かせるパートナーと新たな提携関係を模索することだ。WTO加盟当初、日本の現地法人は1万社程度に止まっていたが、2010年末は25、000社を超えたことでも日系企業が積極的に中国展開を進めていることが分かる。しかしながら、最初から鳴り物入りで中国市場になだれ込んできた日系企業では、現地経営マネージメントにおいて、さまざまな困難と挫折に巻き込まれるケースは後を絶たず、紆余曲折を余儀なくされている。
そこで次に、日系現地企業が感じている経営マネージメント過程に直面する問題点を整理してみよう。この図表から分かるように、日系企業の対中投資経営における悩みは、販売・営業面、財務・金融・為替面、労務人事・雇用管理、貿易法制・法人税・事業税・流通税等のビジネス税制面、生産過程・物流サービス面等と、幅広い経営プロセスにわたる多元的な問題に遭遇している実態が浮き彫りになっている。
表1 日本貿易振興機構:在アジア・オセアニア日系企業活動実態調査に見る経営上の問題点
出所:日本貿易振興会 2010年3月時点での調査アンケート結果
2.日系企業向けの経営戦略アイデアへの提言
総括する意味で、長期的な対中投資経営を見据えた投資マネージメントや対策について提言してみよう。
WTO国際議定書に定めるグローバルスタンダードに適応させるべく、アジア地域のなかで唯一いわゆる西洋型の近代化に成功した日本は、これから日中貿易と双方向投資構造の安定化、健全化に向けた制度基盤の強化、あるいはリーガリズム、または法治主義の重要性を経験則的に中国に対して示唆していくべきかと考える。また、日本のこれまでの成功体験やモデル効果をどんどん提示していくことが求められてくる。
日中両国のGDP総額こそ逆転したとはいえ、一人当たりのGDPは日本の39,731米ドルに対し中国は、3,678米ドルである。このように、一人あたりGDP数字に直せば、日本は中国の10倍を超える水準にあるわけで、ソフトパワーの強さを印象付ける。
次に、これから進出しようとする日本企業にあっては、地方政府、住民、ローカル企業とのビジネスアライアンスを構築き、お互いの経営文化とか経営手法、経営理念で折り合わせることが重要である。失敗する企業に共通する多くが、同床異夢でやってきたからである。お互いのパートナーシップ、信頼関係の醸成を大事にすることである。加えて、企業の社会的責任(CSR)を重視した経営マネージメントを現地法人に定着し、徹底させることが中国市場で勝ち抜けて行くための経営課題かと考える。
3.2005年以降に様々な立法が成立する
少し話題を変えて、中国経済を大きく変えている立法について概観しておこう。2005年以降に成立した立法は数多くあり、その主なものは表2の通りである。
施行順に説明すると、会社法の改正、証券法の改正、破産法が2006年8月にあった。特に破産法は、国営企業に関わる破産法が87年に制定されているが、それ以外の外資系企業、私営企業、民営企業に適応する法律はなかった。物権法も2007年に施行されている。企業所得税法が成立して外資系企業と中国国内企業の税制が一本化された。それによって外資系企業の優遇税率も改正されて、今は国内外企業と同じ税率に一本化されている。
独占禁止法も2008年8月1日に施行されるようになった。独占禁止法は社会主義体制で馴染まない法律なのだが、英米法の伝統を受け入れた結果、独占禁止法の仕組みが作られ、戦後直後の日本型資本主義社会に見られた集中排除、企業の絶対的な支配排除に加え、価格カルテルを組む、シンジゲートを組む、独占的な合意を作る、業者同士で談合するといったいわゆる独占的な合意、すなわちアメリカの反カルテル法のような概念を理解して、それら事項を禁止する法律ができた。
循環経済促進法も施行されている。これがもっとも最近の法律で、重厚長大ないわゆるエネルギーとか資源消耗が大きい重化学工業的経済成長路線を抜本的に見直し、環境有効型の脱炭素社会、資源再生リサイクル、循環可能な持続的な経済社会、あるいはゼロエミション、CO2削減、地球温暖化の役立つ経済社会に切り替えていこうというコンセンサスが中国でも市民権を得たのである。その一例として、中国のスーパーマーケットでは買い物ビニール袋の使用を中止ししている。買い物にいく際にはマイバックを持参して行くのが当たり前になった。レストランに食事に行っても、マイ箸を使わないと食べられない世の中になっている。市民生活でさえ脱炭素社会になりつつあるので、環境税の導入は、日本より中国の方が早いかもしれない。
中国の法文化が変わり、それによってもたらされるコーポレートガバナンスの規範化と国際化も大いに注目される。内部統制の確立とWTOスタンダードのすり合わせで、内国民待遇の賦与とか最低資本金制度も変わった。日本では最低資本金をもってベンチャー企業を作ろうとすれば、ゼロ円、1円でも会社は作れる。それと同様に中国でも人民元5万元、3万元で会社が作れるようになった。それから株式代表訴訟とか法人格否認の法理、これが中国でも立派に導入されている。法人格否認の法理によって合弁トラブル、合弁紛争、要するに株式譲渡とかM&A取引の過程のかなで生じる様々な経済権益がらみの紛争と商取引のトラブル解決ができるようになった。中国のたくましい継続性と適応性の現れである。中国も近代法制への脱皮が実現できる見通しがついてきた。
会社法と商法については、まだまだ大幅な改正が待たれるところである。同時に弁護士法、証券法、担保法、手形法とそれに関連する経済制度に関連する主要な法律の改正も今、アジェンダに入っている。もう一つ、日本の法律にあって中国の法律体系に欠けているのが民事執行法、民事再生法、個人破産法、貸金金融規制法である。それによって、例えばデッドコピーとかニセモノを作った刑事犯罪容疑者が捕まっても、牢獄から出たら住む場所を変え、品物も変えて同じ手口でまた偽物を製造販売しても罰せられないのでいる。個人破産法ができ、今後背番号制度が導入されていけば取締りも大きく変わっていくことだろう。
以上のように中国の社会主義法体系は、ずば抜けたすさまじい生命力を以てヨーロッパの大陸法及び英米法の優れた判例法主義的なエッセンスをどんどん取り入れ、社会主義に適応した法制を作っている。ただし、それによって中国が将来的に最高レベルの法文化を築けるかどうかは、もうちょっと本質的なところを見ていかないと、結論は出せないというのが私の今の見方である。法体系は整っても、法律の解釈、運用面、実施プロセスにおいて、まだまだ大な食い違いとギャップが生じているからである。
4.中国市場攻略にはオーナーシップと法的防衛が重要事項
中国市場を取り巻く投資経営環境が激変している中で、日系企業は法的防衛に対する備えや心の準備ができているだろうか。筆者の15年に亘る現地弁護士業務を踏まえた経験から申し上げれば、残念ながら極めて不十分かつ脇が甘いと言わざるを得ない。
近年、日系企業の多くは、中国市場への内需拡大ブームに乗った形で「高かろう、良かろう」といって日本製品をせっせと売りさばき、予想外の経営利益を計上する勝ち組企業も少なくない。その一方で、中国の一般消費者から訴えられるリスクも俄に高まっている。理由として、日本流の経営思想やビジネス慣行、マナーを親会社からダイレクトに中国現地法人に持ち込むためである。例えば、そごう上海百貨店は、福袋による高級志向の洋服品販売に際し、事前告知をしたにもかかわらず、消費者からデザインやカラー等が分からないことを理由に「知る権利を阻害された」、「商品選択の自由を奪われた」という理由で、民事訴訟を提起されている。背景には、中国国民が豊かな購買力を持つようになると同時に商品知識や情報に明るくなり、そこに、法的な権利意識が高まったからである。特に富裕層が増大している今日、中国各地に居住するさまざまな民族や人種の商習慣や価値観の違いに、適切に対応するリスクも大きくなっているのである。
欧米市場で見事な投資進出プロジェクトを円滑にマネージメントしている日系企業が、アジア地域に属する中国で苦戦を強いられているのはなぜであろうか。現場を見れば答えは明白だ。最大の理由はオーナーシップの不在である。日系企業の現地経営管理者クラスは、製造業であるとそのほとんどが、地方県レベルの工場長又は製造ラインの現場管理者になっている。その人事も3年ぐらいで定期的に入れ替わる。長期的経営ビジョンに立った戦略的行動を、現地の役職者を交えて綿密に練り上げる構造になっていないのである。もう一つの問題は、欧米企業と対照的に意思決定は遅く、決済に至るまでの内部承認手続きが難航することである。対中投資予算措置に関しては、危機管理の必要経費を軽んじることが多々ある。例えば、日中投資促進機構やJETRO日本貿易振興会による調査結果によれば、「知的所有権保護に関してデットコピーを退治するための対策をきちんと講じている」と回答した日系企業は全体の6割に満たない。費用コストも年間平均10万円から20万円に止まっており、本当にこれで良いのかと考えてしまう。
日系企業が、21世紀の中国市場においてさらなるロングビジネス成長を目指すのであれば、まずは現地法人の経営モデルを中国の経済法制に見合ったコンプライアンス及び適法な内部統制システムに再編成することだ。さらには、経営判断の意思決定権限を現地に持たせれば、投資リスク・ヘッジ予算の計上も容易になろう。中国ビジネスの成否は、究極的にはオーナーシップの醸成とリーガルマインドの鍛錬にかかっていると言っても過言でないのである。(完)
範雲涛(はん・うんとう):
亜細亜大学アジア・国際経営戦略研究科教授/弁護士
1963年、上海市生まれ。84年、上海復旦大学外国語学部日本文学科卒業。85年、文部省招聘国費留学生として京都大学法学部に留学。92年、同大学大学院博士課程修了。その後、助手を経て同大学法学部より法学博士号を取得。東京あさひ法律事務所、ベーカー&マッケンジー東京青山法律事務所に国際弁護士として勤務後、上海に帰国、日系企業の「駆け込み寺」となり、日中関係や日中経済論、国際ビジネス法務について、理論と現場の両方に精通した第一人者。著書に、『中国ビジネスの法務戦略』(2004年7月日本評論社)、『やっぱり危ない! 中国ビジネスの罠』(2008年3月講談社)、『中国ビジネス とんでも事件簿』(2008年9月 PHPビジネス新書)など。