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【11-002】中国による温室効果ガス削減行動‐2010年上海世界博覧会イベントの大いなるVER導入実験

範 雲涛(亜細亜大学アジア・国際経営戦略研究科 教授)     2011年 3月16日

 すでに世界最大の温室効果ガス排出国であると同時にエネルギー消費大国として、中国が日本を追い抜く第二の大国となった。地球環境問題を解決するための鍵は,いよいよ中国の出方次第という世界情勢になってきている。

 2007年に国連IPCCより発表された第4次評価報告書では、気候変動に関する科学の発展を反映し,科学的知見がより詳細にまとめられている。AR4によれば、温室効果ガスのうちもっとも大きな部分を占めるCO2の濃度は、産業革命以前は約280ppmであったが、2005年には379ppmになった。この値は、過去65万年にわたる自然の範囲(180〜300ppm)を超えている。また、1960〜2005年の濃度上昇率は1.4ppm/年であるのに対し,そのうち過去10年(1995年〜2005年)だけをみると1.9ppm/年であり、近年になって加速している。こうした温室効果ガス濃度の上昇により、全球平均気温が加速的に上昇しており、過去100年(1907〜2006年)の気温上昇幅は0.74度となっている。将来の気候変動については、緩和策(温室効果ガスの排出削減策)をとらない場合の六つのシナリオ(IPCC SRES排出シナリオ)に合わせた気温上昇幅が示されている。21世紀末までに予想される気温上昇幅は、低排出シナリオ(B1シナリオ)で1.1〜2.9度,高排出シナリオ(A1F1シナリオ)で2.4〜6.4度とされている。

 2007年10月に中国政府が『気候変動白書』を公表したことをきっかけに、国連機関をはじめ、主要国から中国の気候変動国際対応に寄せられる注目度がますます高まってきている。世界金融危機および世界食料品供給事情の緊迫性と厳しさが中国の農産業をも直撃しつつある。中国の政府統計当局によれば、異常気象がもたらす経済的な損害額は,直接損害だけを取り上げても2005年から2010年末までの5カ年間で、平均毎年1250億元RMBを上回っていると算定している。間接的な損害額は,すでに前者の八倍相当額の1兆元(約13兆円)を軽く超えている。すなわち、GDP総額に対する約1.3%前後に達している実態が明らかになっている。中国は地球温暖化のマイナスの影響をもっとも受けている最大の被害国とも言えよう。

 挙国一致体制をもって官民をあげて気候変動に対応した迅速な行動を直ちに起こさないとならないと感じた中国は2010年上海世界博覧会開催を利用したテスト実験を考えついたのだ。それが、CERsとはならない、VERクレジットの導入実験である。

 上海万博での自主削減キャンペーンはカーボンオフセットを低炭素グリーン経済の促進手段として提唱されている。 企業と個人両方から着手し、自主削減量を自発的に購入申し込みさせることや、寄付することなどを通し、上海万博イベント期間中に来場者や各国の展示パビリオンで発生する各種類の二酸化炭素排出を削減する試みである。このキャンペーン活動は上海万博自主削減プラットフォームで有効に展開することになった。

 その内容は参加者が万博自主削減量クレジットを積極的に購入することで、万博イベント開催期間中に発生する二酸化炭素カーボンをオフセットさせ、最終的に今回の万博のメインテーマたる「ベターシテイ/ベターライフ」達成のためにカーボンオフセット事業を実現させ、再生可能エネルギー新エコ産業への再投資を促すことができる。

 2010年12月31日上海市当局によって公表されたVER削減量取引モデル実験の成果によれば、参加国143カ国地域のパビリオン展示館建設工事および来場者、見学者、マスコミ関係者によるCO2排出量は、合計90,000トンと見積もっていたのに対して、実際に市場メカニズムを通じて大衆参加型のオーポンフリーマーケット取引を行った結果、上海環境エネルギー取引所を利用したVERクレジット購入を積極的に行った個人数は、151名であり、企業スポンサー数は8社となって、全体購入量は9037トンに上っており、取引成約金額は1.8億元人民幣を超えていた。日本円に換算すれば31億円相当に上っている。

 そのうち最大規模の取引は台湾系企業で国際済豊製紙グループ企業によるクレジット購入で、2.19万トンを上回った。展示館パビリオンの中でも特筆できるのが、英国館と国連館の二つの人気集中館であった。たとえば、イギリス国家館は、万博イベント期間中にもっと見学者が多い人気のパビリオンであったが、合計550万人以上の来場者を記録したため、CO2排出量が6180トン数を計上されることになった。これが、600人の標準的なイギリス国民が年間排出するCO2量に匹敵するものであった。イギリス企業の華為テクノロジー有限会社が12.36万人民幣(約170万円)を拠出してVER購入することで、英国館全体のトータル排出量をオフセット(排出済みカーボンの還元効果)することが実現できた。

 以上のように、当局は、2010年1月からおよそ100日間以上にわたるモデル実験により、大衆参加・社会総動員によるインセンティブアプローチに基づくVER取引市場の育成を積極的に進めることで、万博イベントの建設・運営・実施・撤去プロセス上排出されるCO2に対するカーボンオフセット事業を成功させたと考えているようである。全体的には7308万人の来場者による排出量をすべて帳消しできるほどの成果は得られなかったものの、VER購入にかかわった一般市民の環境省エネ意識を高める効果はあったものと思われ、参加した企業スポンサーも企業の社会的責任CSRマネージメントの一環として地球温暖化対策に取り組んだ前向きな行動アクションともなったことで、万博イベントを通じて企業の環境経営理念と企業の環境取組みの姿勢がPRできていたことにもつながったと感じているようである


範雲涛

範雲涛(はん・うんとう):
亜細亜大学アジア・国際経営戦略研究科教授/弁護士

1963年、上海市生まれ。84年、上海復旦大学外国語学部日本文学科卒業。85年、文部省招聘国費留学生として京都大学法学部に留学。92年、同大学大学院博士課程修了。その後、助手を経て同大学法学部より法学博士号を取得。東京あさひ法律事務所、ベーカー&マッケンジー東京青山法律事務所に国際弁護士として勤務後、上海に帰国、日系企業の「駆け込み寺」となり、日中関係や日中経済論、国際ビジネス法務について、理論と現場の両方に精通した第一人者。著書に、『中国ビジネスの法務戦略』(2004年7月日本評論社)、『やっぱり危ない! 中国ビジネスの罠』(2008年3月講談社)、『中国ビジネス とんでも事件簿』(2008年9月 PHPビジネス新書)など。