特集巻頭言:日中両国の「再生医学」「再生医療」への取り組み
中国科学技術月報2008年12月号(第26号) 2008.12.1発行
~はじめに~
「再生医学」と「再生医療」という言葉は現在もなお日本語として定着途上にあり、いまだに厳密な定義がないとされている。「再生医学」と「再生医療」の英訳としてよく使われるものは前者に「tissue engineering」「regenerative medicine」があり、後者に「tissue engineering」「regenerative medicine」「regeneration medicine」「regenerative medical techniques」があるが、同一訳語となる内容上の混同が見られる。日本語の意味から考えると、「再生医学」と は失われた組織や欠損した臓器の機能回復の方法を研究する医学の一分野であり、「再生医療」とは「再生医学」における研究成果を生かした現場での医療だということが言えよう。
受精後まもない(卵)胚から作製される胚(はい)性幹細胞(ES細胞)(Embryonic stem cell)は81年にマウスで、98年にヒトで樹立に成功し、あ らゆる組織の細胞へと変化する特殊な能力を持つ万能細胞として再生医療への応用が期待された。しかし、ヒト胚利用に対する倫理的な観点からの反対意見が根強くあり、移 植後に拒絶反応を起こしやすいといった問題を抱えているため、再生医療の実現への道のりは容易に縮まらない。
上記問題を回避する研究成果を挙げたのは京都大学再生医学研究所の山中信弥教授らの研究グループである。山中教授らは06年にマウスで、07年にヒトで、体細胞に特定因子を組み込む方法で、体 のさまざまな部位の細胞や組織へと分化できる能力を持つ人工[誘導]多能性幹細胞(iPS細胞)(induced pluripotent stem cell)を皮膚細胞から作製することに成功し、世 界を驚かせた。iPS細胞は、卵子を用いずに作製し、患者本人の細胞から作ることができるため、倫理問題や拒絶反応を回避できることから、難病治療のための臓器や組織の回復、病気の仕組みの解明、新 しい薬剤の開発に役立つと期待され、先端医療の切り札といわれる「再生医療」への応用にかかる期待が俄かに高まっている。このため日本、中 国を含め世界中の研究者がiPS細胞の作製及び再生医療への臨床応用に向け熾烈な研究開発競争を展開している。
iPS細胞の樹立が世界中を熱狂させる画期的な出来事であることは間違いないが、iPSばかりが「再生医学」ではない。医学の発展と「再生医学」において胚性幹(ES)細胞技術、核移植技術、ク ローン技術の研究が今後も必要なのは言うまでもなく、骨髄移植、臍帯血幹細胞移植、複合型培養皮膚移植などに代表される造血再生、器官再生などに関する様々の治療法の研究や臨床応用は今後も「再生医学」「 再生医療」の分野において欠かすことのできない重要な役割を果たすものと思われる。
中国総合研究センターではこうした観点に立って、日中両国の専門家の方々に特集記事を執筆していただき、11月号特集「 再生医学 日中両国の取り組み」にまとめて読者の皆様にお届けすることとした。本特集号が日中両国の「再生医学」「再生医療」への取り組みの現状を知る一助となることを願う。
「中国クローン技術の展望」
「日本の再生医学研究の現状と展望」
「日本における再生医療 東海大学の取り組み」
「21世紀における日中関係に関する戦略的思考」