日中太陽電池産業の現状および展望
2009年3月10日
丸川 知雄(まるかわ ともお):東京大学社会科学研究所教授
1964年 生まれ。
1987年東京大学経済学部卒業
1987~2001年アジア経済研究所勤務
2001年~現在 東京大学社会科学研究所勤務
著書
『現代中国の産業』(中公新書、2007年)、『労働市場の地殻変動』(名古屋大学出版会、2002年)、『市場発生のダイナミクス』(アジア経済研究所、1999年)、編著として『中国発・多 国籍企業』川川 (同友館、2008年)などがある。
1.太陽電池産業における日中逆転
アメリカのオバマ政権は今後太陽光や風力など再生可能なエネルギーに集中投資することによって将来500万人の雇用を生み出す方針を打ち出し、今回の景気対策のなかにも環境関連の投資が盛り込まれた。日本政府も環境省が「日本版グリーン・ニューディール」を提唱し、経済産業省は太陽光発電への補助を再開するなど太陽電池の普及に再び力を入れる姿勢を見せている。ヨーロッパではドイツやスペインで太陽光発電によって発生した電力を電力会社が高価で買い取る制度によって急速な勢いで太陽電池が普及している。先進各国で太陽光発電装置を普及させるための政策が強力に推進されようという動きが広まるなか、これまで太陽電池の生産と開発で世界をリードしてきた日本の電機メーカーのビジネスチャンスは大きく広がるはず、であった。
ところが、チャンスを前に大きくアクセルを踏み込んだのは日本のメーカーではなくて中国のメーカーだった。表1に見るように、2006年まで世界の太陽電池生産のトップを走ってきたのは日本で、中国との差は大きいように思われたが、2007年に中国が一気に生産量を2.5倍に拡大して日本を抜き去り、世界最大の太陽電池生産国になったのである。一方、日本は主要生産国のなかで唯一減産している。中国はなぜ急成長し、日本はなぜチャンスを前に減産してしまったのだろうか。
2.日中の太陽電池メーカーの比較
日中逆転の理由を解くカギは日中の太陽電池メーカーの構造にある。日本の太陽電池メーカーは表2に見るとおり、シャープ、京セラ、三洋電機、三菱電機の4社で、この他にカネカ、三菱重工業、昭和シェル石油などの新規参入組がある。日本の大手4社に共通しているのは、いずれも1960~70年代からの長い研究開発と生産の歴史を有すること、また新規参入組も含め、日本の場合どの会社も太陽電池を多角的な事業の一つとして取り組んでいる。一方、中国のメーカーは、2008年にシャープを抜いて世界第2位になったと見られる尚徳電力(サンテック)をはじめ、どの会社も2000年以降に設立された新興メーカーであり、どの会社も太陽電池専業である。ちなみに2007年にシャープを抜いて世界1位になったドイツのQセルズも新興の太陽電池専業メーカーである。
専業であるという点が、実は日中の逆転を可能にした一つの条件であった。中国のメーカーは表2に登場する尚徳電力や保定英利をはじめ、全部で10社がアメリカのNASDAQなどに株を上場しており、太陽電池産業の将来に対する投資家の期待を集めて多額の資金を調達することに成功した。最近の太陽電池生産は技術の勝負というよりも、投資額と原料調達の勝負になっている。かつて世界を圧倒していた日本の半導体産業は、韓国企業との規模拡大競争に敗れて総崩れとなったが、いま日本と中国の間で起きていることもその経験を思い出させる。ただ、財閥の総力を挙げて日本に挑んできたかつての韓国半導体産業と異なり、中国メーカーやQセルズはグローバルな投資家たちの期待を追い風に規模を拡大している。
それに対して、日本の各メーカーは太陽電池を一事業部として営んでいるので、投資家の目から見れば総合電機メーカーが抱える他の成熟分野と一緒になってしまい、たとえ太陽電池への期待だけからこれらの企業の株を買うわけにはいかない。表2を見ても、毎年一定の予算を獲得して等差数列的に生産を拡張していく日本メーカーと、利益や新株発行で獲得した資金を拡大投資に注ぐことで毎年2倍といった等比数列的拡大をする中国やその他のメーカーとの対比が鮮明である。
特に2007年に太陽電池需要がドイツやスペインで盛り上がるなか、シャープがひとり減産してしまったのは太陽電池の原料となる多結晶シリコンの確保に失敗したからだと言われている。太陽電池は、製法はICとほぼ同じで、高純度の多結晶シリコンに少量の不純物を入れて作る。ただ、シリコンの純度はICほど高くなくてよいので、従来はIC用に作られた多結晶シリコンの不良品を回してもらっていたが、太陽電池の需要が急増したためそれだけでは足りなくなり、最初から太陽電池用に多結晶シリコンを作る必要が出てきた。ところが、多結晶シリコンを作る工場を建てるには巨額の投資が必要なのですぐには増産できず、多結晶シリコンの品薄状態が起こった。尚徳電力などは資金力を生かして10年先まで予約してしまうなどシリコンの確保に急ぐ一方、シャープなど日本メーカーの動きは鈍かったため、2007年は原料不足で工場を十分に稼働できなくなってしまった。
3.厚みを増す中国の太陽電池産業
新興の中国メーカーが台頭したもう一つの背景は、太陽電池の生産技術が設備に一体化されるようになり、設備メーカーからひと揃いの製造ラインを買えば比較的簡単に生産できるようになったことである。それゆえに設立されて数年の新興メーカーが、30~40年の研究開発の歴史を持つ日本勢にいとも簡単に追いつくことができた。
だが、中国の太陽電池産業が侮れないのは、産業の上流から下流までが中国国内に整いつつあることである。表2に示した尚徳電力や保定英利は、結晶シリコンの円盤(ウエハー)に不純物を入れることで光が当たると発電する「セル」を作る「セル工程」を担う企業である。これを担う企業が中国にはすでに50社以上ある。セルにラミネート加工を施したり、アルミのフレームをつけて屋根などに設置可能な形にする工程が「モジュール工程」であるが、この工程を担う企業は中国に200社以上と推定され、2007年には1717MWの太陽電池を生産した。表1に示したセルの生産量よりだいぶ多く、これは中国にセルを輸入してモジュールを組み立てている企業がかなり多いことを意味している。
さらにシリコンの多結晶から円盤を作る工程には70社以上の企業が参入し、中国国内で必要な量を賄える。中国が弱いのは多結晶シリコンを作る工程で、この工程を持っているのは世界でも日本やアメリカなど10社程度に限られている。だが、この分野へもすでに50社以上の中国企業が参入を表明している。これらが生産を開始すれば、中国の世界最大の太陽電池生産国としての地位は盤石のものとなるだろう。 また、以上からわかるように、中国の太陽電池産業には各工程にきわめて多数の企業が参入しており、4社の寡占になっている日本と好対照を見せている。中国では、メーカーの多くが民間資本によって設立された新興企業で、何人もの「太陽電池富豪」が生まれている。大企業のサラリーマンによって担われている日本とは違って、中国の太陽電池産業は若き企業家たちの利潤動機に突き動かされて発展している。
4.太陽電池の将来
今後、日中の太陽電池産業はどのような経路で発展していくだろうか。まず、現在の技術を所与とすれば、グローバルな資金を動員する力や、企業家たちの意気込みなどから見て、日本が太陽電池の生産規模で中国を再逆転する可能性はほとんどないといってよい。ただ、太陽電池にはまだまだ技術進歩の余地が大きく、その趨勢によっては日本の再逆転の可能性も残っている。
そもそも現在の太陽電池は10~20年間発電を続けることによってはじめて初期投資が回収できるというものであるが、果たしてそれだけの期間、発電効率を落とさずに稼働し続けることができるかどうかはその時が来てみなければわからないのである。日本側からは、中国メーカー製太陽電池にそれほどの耐久性はないだろう、という声も聞かれるし、そう言っている日本メーカーの製品だって保証期間は10年しかない。
さらに、日本メーカーの多くが開発に取り組んでいる薄膜型太陽電池や有機化合物を用いた太陽電池などの変換効率が向上すれば、中国メーカーのように大量の多結晶シリコンを確保しなくても太陽電池が作れるようになる。そうなると競争の焦点は、資金にものを言わせた原料確保の勝負から、再び技術開発力の勝負になり、日本企業の強みを発揮しやすくなるかもしれない。
さらに、各国政府が今後どのような太陽光発電振興策を打ち出すかによっても勝敗の帰趨は左右されるだろう。例えばアメリカのオバマ政権は太陽光発電の推進による雇用創出を目指しており、そうなるとアメリカ企業か、少なくともアメリカに工場を持つ企業が有利になるような政策が打ち出されるはずである。
一方、日本政府は露骨に日本企業を優遇するような政策は採らないだろうが、もともと日本市場では日本の大手4社が販売の99%を占めるなど、日本企業にとっては盤石のホームグラウンドなので、日本市場が再び拡大に転ずれば日本企業に有利に働くだろう。もっとも、尚徳電力は2006年に日本の中小太陽電池メーカー、MSKを買収したのを手がかりとして、最近日本での販売拡大策を発表しており、日本市場への攻勢を強めようとしている。そうした競争圧力が日本でのいっそうの価格低下と普及拡大につながることが期待される。
中国国内での太陽電池導入量は2007年にわずか20MWにとどまっており、1088MW生産した太陽電池の大半をヨーロッパなどに輸出している。中国はエネルギー利用効率が低く、太陽光発電などの自然エネルギーに投資するよりも、当面は省エネ投資を進めたほうがはるかに効率的に二酸化炭素排出を削減できるため、当面は先進国のような大市場になることはないだろうが、将来大市場になる可能性は高い。 世界的に太陽電池需要が拡大するなか、日本の技術力を生かせるチャンスは大きいはずだが、日本では太陽電池生産が大企業の一事業部として行われているため成長速度が鈍い。世界の投資家たちの期待の風を帆
参考文献
- 産業タイムズ社(2007)『太陽電池産業総覧2007』産業タイムズ社
- 日経マイクロデバイス/日経エレクトロニクス編『太陽電池2008/2009 急拡大する市場と新技術』日経BP社、2008年
- 中国可再生能源発展項目弁公室(2008)『中国光伏産業発展研究報告(2006-2007)』中国可再生能源発展項目