次世代燃料電池のための材料開発
2009年3月9日
渡辺 政廣(わたなべ まさひろ):
山梨大学クリーンエネルギー研究センター 教授・センター長
学歴・職歴
1968年 3月 山梨大学大学院修士課程応用科学専攻 修了)
1976年 9月 工学博士 (東京大学))
1968年 3月~1989 年 5月 山梨大学工学部 助手、講師、助教授)
1979年 8月~1980 年10月 フロリダ大学博士研究員)
1989年 6月 山梨大学工学部 教授)
2001年 4月 山梨大学クリーンエネルギー研究センター教授・センター長 現在に至る。
論文
○燃料電池関連研究を中心に約200報 (http://www.clean.yamanashi.ac.jp参照)
全論文の年間引用回数500回以上,平均引用度が20回/報、多い論文は約500回/報と高い評価
学会及び社会における主な現在の活動-
○国際燃料電池ワークショップ:第1回~4回(1989,1997,2001, 2005)主催、実行委員長○国際電気化学会(ISE): 副会長(2006-2008)
○その他,国の各種の燃料電池/水素エネルギー関係の委員会の委員/委員長受賞抜粋
○電気化学協会学術賞1992年4月
○電気化学会賞・武井賞2005年4月
○触媒学会賞(学術賞)2006年3月
○2007 IPHE Technical Achievement Award, International Partnership for the H2 Economy, 2007.11
○文部科学大臣賞 科学技術賞 (開発部門)2008年4月
1. 緒言
毎日のようにマスコミを騒がしている原油価格の変動や地球温暖化の例を見るまでもなく、エネルギー資源の効率利用と地球環境保全は、人類に課せられた今世紀最大の緊要課題である。この課題解決の切り札として、"燃料電池"に大きな期待が寄せられている。燃料電池は物質が持つ化学エネルギーを電気エネルギーに直接変換する発電装置であり、火力発電などの熱機関に比べて効率が高く環境にも優しい。燃料電池は用いられる電解質によって幾つかの種類に分類されるが、特に最近注目を集めているのが、固体高分子形燃料電池 (Polymer Electrolyte Fuel Cells: PEFC) である。燃料に水素、酸化剤に空気中の酸素を各電極 (アノード、カソード) に供給して、化学反応により直接電気エネルギーを得る(図1)。
- アノード: H2 → 2H+ + 2e-
- カソード: 2H+ +1/2O2 + 2e- → H2O
PEFCは小型軽量で原理的に高出力密度化や低コスト化が可能であるため、電気自動車や携帯機器用の電源、電気と熱を併給(コジェネレーション)する家庭用据え置き用途などへの応用に向けて、世界的な開発競争が繰り広げられている。すでに燃料電池自動車は、実用条件での性能評価や課題抽出を目的としたフィールドテストが日米欧韓などで進められている。他方、家庭用燃料電池に関しては、我が国では、本年度までの大規模な実用化実証試験を経て、いよいよ次年度より政府助成金(約半額)制度の下に商用化が始まる。しかし、自動車用、家庭用の燃料電池がエネルギー・環境問題の真の救世主となるには広範な普及が必須であり、そのためには一層の高性能化、高耐久化、低コスト化が達成されなければならない。既存材料やシステムの改良や量産化によって初期導入を図りつつ、将来の本格普及に向けた電極触媒、電解質膜、および周辺部材の"革新的な新材料"を開発しなければならない。本稿では、環境・エネルギー問題の解決に於ける燃料電池の役割と、次世代型燃料電池の実現を目指した最近の研究開発状況について、我々の試みを中心に紹介する。
2. 電極触媒
2.1 アノード触媒
純水素のアノードでの酸化反応(HOR)は、カソードでの酸素還元反応(ORR)に比べて十分に速く電圧損失は小さい。一方で天然ガスやメタノールなどを水蒸気改質(下記項目4参照)して得られる水素を用いる場合、通常0.5~1.0%程度のCOが含まれる。この改質燃料ガスをアノードに供給すると白金触媒がCOで被覆され、電池電圧・電流いずれもが1/5以下に低下してしまう。渡辺らは以前に、耐CO被毒アノード触媒としてPt-Ru合金が優れていることを見出し、Ru上に吸着した酸素種がCO酸化を促進する"二元機能触媒機構"を提案した(図2左)1)。更に、Pt-Ni, Pt-Co, Pt-Fe, Pt-Moなどの合金も耐CO被毒アノード特性に優れていることが発見された(図3)2)。これら合金上でのCO被覆率は0.5以下と低く、水素の解離吸着・酸化に必要なサイトが十分存在する。これら卑金属とPtとの合金では、ごく表層の卑金属が溶出し、残ったPtが再配列して合金表面に1-2nm厚の(111)面配向した緻密なPtスキン層を形成していることを電気化学QCN や電気化学STMで明らかにした3,4)。耐CO被毒性を示すこのような合金表面のPtはバルクPtの内核電子の結合エネルギーが正にシフトし、耐CO被毒性のない合金では負にシフトしていることが判った。このPtスキン上では、下地合金の影響を受けPt5d電子欠損が増大し、このため、白金からCOへの5d電子バックドネーションが減少し、被覆率の低下(耐CO被毒性の向上)に繋がるものと考えられた(図2右)2b,2c)。
これを実験的に検証するために、図4に示す電気化学ー光電子複合解析装置を構築した。始め電解液中で電位走引により合金表面へのPtスキン層形成で安定化後、超高真空下のXPS分析室でPt(4f7/2)のコアレベル(CL)及びサーフェスコアレベル(SCL)を測定した。また、このSCLのCO吸着に伴うシフト(サーファスコアレベルシフト:ΔSCL)を測定した。PtをCoやRuと合金化すると、前述のようにCLは正にシフトするが、図5に示すように、このコアレベルシフト(ΔCL)とCO吸着に伴うΔSCLの間には綺麗な直線関係が見いだされた5)。ところで、単味Ptを用いた気相CO吸着の研究で、ΔSCL=Eads(CO-Pt)+常数であることが報告されている6)。本研究で得られた単味Pt上のCO結合エネルギーもよく一致することから、PtCo上のPtスキン, Pt-Ru表面のPtへのCO結合エネルギーも同様にして求められた。図5に示す結果は、ΔCLが正の大きな値を示すPt合金を探せば、CO吸着エネルギーが小さく、H2 酸化に於ける耐CO被毒性の向上が見込めることを示している。このようにPtと卑金属との合金化による新触媒の設計指針を得ることが出来た。
2.2 カソード触媒
PEFCは作動温度が低く(60~80℃)酸素還元反応(ORR)が遅いため、カソードでの電圧損失が大きく、電池効率損失全体の約80%を占める。したがって現在では、比較的高い触媒活性を示す白金が、高価であるにもかかわらず多量(2~4g/kW)に用いられており、より高活性なカソード触媒の開発が強く望まれている。我々は、単独では不活性で耐食性もない卑金属と白金を合金化して白金の電子状態を修飾することにより、そのいずれにも優る新たな触媒機能を発現させる独自の触媒設計概念を確立した 8)。組成と結晶構造が厳密に規制された白金-卑金属から成る平板な合金電極(Pt-Ni, Pt-Co, Pt-Feなど)を調製し、その酸素還元特性を評価した。電位掃引を繰り返して電気化学的に安定化処理を行うと、前述の如く、合金触媒から卑金属が溶解して表面に数nmの安定な白金皮膜を形成することを見出した3,7c)。このように白金皮膜が形成した合金は、優れたORR触媒活性を示した7a-7c)。図6(アレニウスプロット)に示すように、室温から60℃までの温度範囲でPt-Fe, Pt-Co, Pt-Ni合金のORR活性は単味白金よりも2~4倍も高く、しかも、に示すように、合金触媒に関する直線の傾き(活性化エネルギーEa)が単味白金と同等であり、この活性増大が頻度因子Zの増大によることを明らかにした8)。更に、このZ値の増大が、卑金属による白金の電子構造修飾により引き起こされることを、以下に述べる如く電気化学-光電子分光複合(XPS, UPS)計測から明らかにしてきた。
図4の装置を用いて、チッ素雰囲気下で各種電位に保持したPt-Fe, Pt-Co 及び単味Pt表面に吸着する酸素種の存在を調べた。その結果、電位依存して表面第一層に吸着するH2O分子と少量の第二層H2O分子、およびH2Oが酸化されてPt酸化物として吸着していると判断されるOH及びOが同定、定量された9)。図7の破線は、各電極上でのO原子被覆率を示す。両合金上のPtスキンは酸素吸着性が高いことが明かである。酸素雰囲気下では、このO被覆率が何れの電極上でもチッ素雰囲気下と比べて顕著に増大する。この増大分は、電解液中の酸素が解離して吸着したことは明らかである。Pt-Fe, Pt-Co合金表面のPtスキン上の被覆率は、特に電池反応で重要な0.7-0.8V付近で、単味Ptのそれに比べ2倍以上となる。前述の頻度因子Zの増大は、予期した如く、この解離吸着O原子の被覆率増大と関係付けられた9)。Yeagerらは、単味Pt上に於けるORR反応機構として、吸着O2分子への最初の電子異動が律速であると提案している10)。筆者らは、単味Pt、Ptスキン上の何れに於いても、定常ORRに対するTafelプロットの0.7Vの領域での勾配が約120mV/decadeと一致し、また活性化エネルギーも殆ど変わらないことを見いだした8)。したがって、Ptスキン上の反応の律速段階は単味Ptと同様に、最初の1電子異動反応が律速と考えることが出来る。そこで、ORRの律速段階には、限定反応種として解離吸着O原子が係わり、この被覆率が合金表面のPtスキン上では増大することで反応が加速されるという、新しい触媒機構を実験的裏付けの下に提案することが出来た9)。勿論、この被覆率増加は、前節のアノード触媒の項で述べた下地合金によるPtスキンの電子構造修飾によりもたらされるものである。
- O2 → 2 Oad (1)
- Oad + H+ + e- → OHad (slowest) (2)
- OHad + H+ + e- → H2O (slow) (3)
白金-卑金属合金が、電子構造修飾によりアノード、カソードいずれにも有効に機能することは大変興味深い。
2.3 高分散実用触媒の合成と評価
このような新概念触媒を実用化へ結びつけるためには、任意組成の合金をカーボン担体に高分散担持させる方法を確立しなければならない。我々は最近、ナノカプセル中で合金担持触媒を調製する新規な方法を開発した(図8)11)。界面活性剤が形成する逆ミセル(ナノ空間)内で原料金属イオンが還元されるため、組成と粒径が制御された合金をカーボン担体上に均一かつ高分散担持することができる(図9)12)。この手法は任意の多成分合金ナノ触媒・微粒子の合成に適用でき、その応用範囲は広い。高分散担持触媒においても、平板電極と同様に合金化によるORR活性の向上、耐CO被毒効果が認められた。また、本法で合成した高分散触媒は、従来法の触媒に比較して、より高い耐食性を示すことが認められる13)。均一粒径、均一組成であることが、この特徴に繋がっていると思われる。今後更に安定な組み合わせの合金を探索し、高温まで使用可能な実用触媒に関する設計指針を明らかにしたいと考えている。
3.電解質膜
PEFCに用いられる高分子電解質膜には、プロトン導電性(0.01Scm-1以上)、化学・熱・機械安定性(分解や破断が起こらないこと)、燃料・酸化剤不透過性(水素、酸素およびメタノール水溶液の透過が少ないこと)、を満たすことが要求される。さらに実用化の観点からは、リサイクル性(または環境調和性)、低コスト(3000円/m2以下)、も重要な要求項目として挙げられる。しかし、これら全てを満足に満たす膜材料はない。現在、食塩電解用隔膜として開発されたパーフルオロスルホン酸高分子電解質膜(デュポン社のNafionなど)が最も一般的に用いられているが、フッ素を含まない代替膜に対して大きな期待が寄せられている。我々は芳香族炭化水素系高分子(ポリイミド14f,15)、ポリエーテル14c,14h))を主骨格に用い、疎水基の立体・電子効果を制御することにより、導電性と安定性を併せ持つ代替膜の開発に成功した(図8,9)14a-14i)。例えば、フルオレニル基を導入したポリイミド(SPI-1)では100℃以上でも膜中に水分子を保持することができ、高分子電解質膜におけるプロトン導電率の世界最高値(1.7 S cm-1)を達成した。炭化水素系電解質の欠点とされてきた耐久性や低湿度での性能も、大幅に改善できる分子構造(SPI-5, SPE-3)が明らかとなってきた。これら新型膜を用いた燃料電池試験では5000時間に亘る安定な連続運転に成功し(図10)15,16)、また高温低加湿下で作動可能な電解質の可能性を示した17)。非フッ素系代替膜の実用可能性を示せたものと考えている。
4. 水素製造・精製触媒
PEFCへ供給する水素を製造する方法は幾つかあるが、我が国の現状や技術完成度の点から天然ガスの水蒸気改質が最も現実的である。これは、メタンと水蒸気から、水素とCO、CO2を生成させる反応である。触媒として主にニッケルが用いられるが、炭素析出を抑制するために過剰の水蒸気(S/C(水蒸気/メタン比)>3.5)を必要とする。
我々は、水素製造触媒の新規な製造法として噴霧常圧プラズマ合成法を開発した18)。触媒原料を分子レベルで混合した微細液滴を、プラズマで瞬時に熱分解して微粒子を得る方法であり、均一な組成と粒径を持つ触媒を短時間で定量的に合成することができる。この方法で得られたニッケル/アルミナ触媒のメタン水蒸気改質活性を図11に示す。S/C=2、反応温度600℃でほぼ平衡値に達しており、従来触媒に比べ低S/C化かつ約100℃の低温化が達成できた。炭素析出も認められず、極めて高活性であることが示された。
改質水素中に含まれるCOを除去する水素精製触媒として、ゼオライト担体に担持した新規な触媒を開発した(図12)19)。1ナノメートルレベルの規則細孔中に活性成分が担持されており、この細孔中にCOと酸素が濃縮される。このため、水素は酸化されずにCOのみが選択的に酸化される画期的な触媒活性が認められた20)。上記アノード触媒で得られた知見を応用してPt-Fe合金を担持すると、ほぼ100%の選択性と反応性を達成できた21)。更に、実用化を考慮してハニカム担体にコートした触媒を用いた連続運転試験では、出口CO濃度を10ppm以下に低減できることを実証した(図13)22)。現在、関連企業とも連携しながら、容積出力特性が世界最高の小型改質器を試作し、その性能を評価している。
5. おわりに
以上、燃料電池の原理と、新材料の可能性例について簡単に述べた。全体的解説としては、文献欄のによる解説(23-26)を参照いただきたい。紙面の都合上割愛したが、この他にも、セパレータ、電解質膜とガス拡散電極の接合体、各種構成部材のシステム化、電池の積層(スタック)化、などにおいて本格的実用化に向けた次世代燃料電池の課題が少なからず残されている。将来の地球環境を守るためには、2050年時点に全世界のCO2排出量を1990年のそれから半減する事が必須となった。燃料電池自動車や家庭用燃料電池コジェネレーションシステムは、この課題解決の重要手段の一つである。後世の子孫のためにも、中国やインドなどのアジア諸国の将来の経済発展を引き続き可能とするためにも、これらの広汎な普及に向け、今後、国際的協力の下に研究開発を加速させなければならない。
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