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【12-004】中国独占禁止法のいろは

柳 陽(中国律師(弁護士))  2012年 5月 23日

 中国の「独占禁止法」(以下「独禁法」という)は2007年8月30日に公布され、2008年8月1日に施行された。独禁法の内容が実質的に含まれる法令は、以前からいくつか存在していた[i]が、各法令の関連性や整合性は必ずしも明確ではなかったうえ、規定自体にも不明確さや断片的な点が目立っていた。統一法典としての独禁法の施行により、統一的な法運用が期待されている。

 独禁法の規制対象は、独占的合意、市場における支配的地位の濫用、事業者集中(企業結合)、行政権限の濫用による競争の排除・制限の4種類に分類することができる。なお、行政権限の濫用による競争の排除・制限は、日本や米国の競争法にはない類の規制であり、中国独禁法の特徴的なものと言えるが、本稿では割愛することとする。

 以下、規制対象ごとに、独禁法の概略を紹介したい。

1.独占的合意

 独禁法は、水平型独占的合意(競争関係を有する事業者による独占合意)と、「垂直型独占的合意」(取引相手との独占合意)をともに禁じている。具体的には下表の通りである。

独占的合意の類型 独占的合意の内容
水平型
  • 商品の価格を固定し、又は変更すること
  • 商品の生産数量又は販売数量を制限すること
  • 販売市場又は原材料調達市場を分割すること
  • 新技術、新設備の購入を制限し、又は新技術、新製品の開発を制限すること
  • 共同して取引を排斥すること
垂直型
  • 第三者に対する商品再販売価格を固定すること
  • 第三者に対する商品再販売最低価格を限定すること

 なお、独占的合意禁止の適用除外についても規定されている。以下のいずれかに該当することなどを証明できる場合は禁止規定を適用しない。

  • 技術改良、新製品の研究開発のためである場合
  • 製品品質の向上、原価の引き下げ、効率の増進のため、製品規格及び基準を統一し又は専業化による分業を実施する場合
  • 中小事業者の経営効率を高め、中小事業者の競争力を増強するためである場合
  • エネルギー節約、環境の保護、災害救助等、社会公共の利益を実現するためである場合
  • 経済の不景気につき、販売量の著しい下降又は生産の明らかな過剰を緩和するためである場合
  • 対外貿易及び対外経済協力における正当な利益を保障するためである場合

2.市場における支配的地位の濫用

 独禁法は、市場における支配的地位を有する事業者の支配的地位の濫用行為を禁止している。具体的には下表を参照いただきたい。

支配的地位の濫用行為
  • 不公平な高価格で商品を販売し、又は不公平な低価格で商品を購入すること
  • 正当な理由なく、原価を下回る価格で商品を販売すること
  • 正当な理由なく、取引相手との取引を拒否すること
  • 正当な理由なく、取引相手が当該事業者とでなければ取引を行うことができないよう限定し、又はその指定する事業者とでなければ取引を行うことができないよう限定すること
  • 正当な理由なく、商品を抱き合わせ販売し、又は取引時にその他の不合理な取引条件を付加すること
  • 正当な理由なく、条件が同一の取引相手に対し、取引価格等の取引条件において差別的取扱をすること
支配的地位の認定の際の考慮要素
  • 当該事業者の関連市場における市場占有率、関連市場の競争状況
  • 当該事業者が販売市場又は原材料調達市場をコントロールする能力
  • 当該事業者の財力及び技術条件
  • 他の事業者の当該事業者に対する取引における依存度
  • 他の事業者の関連市場への参入の難易度
支配的な地位の推定
  • 一の事業者の関連市場における市場占有率が1/2に達している場合
  • 二の事業者の関連市場における市場占有率が合計で2/3に達している場合
  • 三の事業者の関連市場における市場占有率が合計で3/4に達している場合
    *但し、二つ以上の事業者のうちのある事業者の市場占有率が1/10に満たない場合は、当該事業者が支配的地位を有すると推定してはならない。また、支配的地位を有しないことを当該事業者により証明できた場合も、支配的地位を有すると認定してはならない。

3.事業者集中

 独禁法は、事業者集中が申告基準に達した場合、事業者は事前に国務院独占禁止法執行機関(商務部)に申告しなければならず、申告していない場合は集中を実施させてはならない、と規定している。さらに同法第2条の規定によれば、中国国外の独占行為が、国内の市場競争に対して排除的又は制限的影響を与える場合は独禁法を適用するとされている。すなわち、中国国外における事業者集中であっても、例えば中国国内において一定の売上高がある企業による企業結合であれば、中国国内の競争に影響を及ぼすため、独禁法が適用されると解されており、実務上も、後述する申告基準を満たす国外企業による事業者集中に対して申告を求める運用がなされている。ご留意いただきたい。

(1)事業者集中の類型

 事業者集中、いわゆる企業結合には、合併、持分又は資産の取得による支配権の取得、契約等による支配権の取得又は他の事業者に対して決定的な影響を与えることができるということが挙げられる。「支配権」及び「決定的な影響」については、現行法の下で具体的な定義が規定されておらず、事案に応じて商務部が個別に判断することとなる。

(2)申告基準

 「事業者集中の申告基準に関する規定」第3条によれば、次の①又は②のいずれかに該当する場合には、申告基準に該当する。

  • 集中に参与するすべての事業者の前会計年度の全世界における売上高の合計が100億人民元を超え、かつ、そのうち少なくとも二つの事業者の前会計年度の中国国内における売上高がいずれも4億人民元を超える場合
  • 集中に参与するすべての事業者の前会計年度の中国国内における売上高の合計が20億人民元を超え、かつ、そのうち少なくとも二つの事業者の前会計年度の中国国内における売上高がいずれも4億人民元を超える場合

 なお、中国国内における売上高のうち「中国国内」とは、事業者が提供する商品又はサービスの買主の所在地が中国国内にあることとされている(事業者集中申告弁法第4条第2項)。したがって、事業者集中を行う事業者が中国国内に子会社等を有していなくとも、申告を要する場合があり得ることとなる。但し、前記の申告基準に該当する場合であっても、親子会社や兄弟会社といったグループ内再編は申告の対象外とされている。

(3)申告手続の流れ

 申告は、商務部に法定の申告書類等を提出することによって行われる。商務部は、事業者から申告資料を受領した日から30日以内に初回審査を行い、さらなる審査を実施するか否かを決定し、事業者に書面で通知する。事業者は、商務部が決定をする前に、集中を実施してはならないが、商務部がさらなる審査を実施しないと決定し、又は期限を徒過しても決定しない場合には、集中を実施することができる。

 商務部がさらなる審査を実施すると決定した場合には、決定日から90日以内に審査を終了し、事業者の集中を禁止するか否かを決定し事業者に書面で通知する。商務部が事業者の集中の禁止を決定した場合は、その理由を説明しなければならない。

 さらに、一定の条件を満たせば、商務部は、事業者に書面で通知することで前記の審査期間を、60日を超えない範囲内で延長することができる。すなわち、事業者集中審査の開始から決定までには、商務部が事業者から申告資料を受領した日から最大180日を要する。もっとも、近年は再度の延長がなされず、第2次審査で終了するケースが増えている。

 商務部の審査の結果、事業者の集中が競争の排除・制限効果を有し、又は有する恐れがある場合、商務部は、事業者集中の禁止を決定しなければならない。但し、当該集中が競争に対して与えるプラスの影響がマイナスの影響よりも明らかに大きいこと、又は社会公共の利益に合致することを事業者が証明できる場合には、商務部は、事業者集中を禁止しないと決定することができる。また、禁止しない事業者の集中に対し、商務部は、集中が競争に与えるマイナス影響を減少させる制限的条件を加える決定をすることができる。

 なお、2008年8月1日の同法施行以降、多数の事業者集中案件が審査されてきた。2011年末現在、382件の集中案件の審査が完了し、そのうち1件の禁止決定、10件の制限的条件付き承認の決定が出されているが、他は全て無条件で承認されている。

(4)申告をしない場合の処理

 事業者集中の申告基準に該当したにもかかわらず、申告をせずに事業者集中を実施した疑いがある場合について、以前から独占禁止法に定められている罰則等の他に、2012年2月1日、商務部による「法に基づいて申告を行っていない事業者集中の調査・処理暫定弁法」が施行された。同弁法によれは、法に基づく申告を行っていない事業者集中について、商務部は、当該事業者及び事業者集中行為を調査・処理する義務を負う。調査の結果、被調査事業者が法に基づく申告をせずに集中を実施している、と認定した場合、商務部は被調査事業者に対し、50万元以下の過料に処することができ、かつ集中実施の停止、期限を定めた持分・資産の処分や営業の譲渡を命じ、集中前の状態に回復するよう命じることができる。


[i]例えば、「不正競争防止法」、「外国投資者による国内企業買収に関する規定」や「価格独占行為の製紙に関する暫定規定」などが挙げられる。

 [キーワード : 中国 独占禁止法 事業者の集中 商務部 審査]


柳 陽(Liu Yang)

 中国弁護士。現在、長島・大野・常松法律事務所所属。北京大学・慶應義塾大学法学修士。日本企業の対中投資と貿易、M&A(合併と買収)、知的財産、労務等、対中ビジネスに関する法務全般を取り扱う。講演、執筆も多数。


【付記】

 論考の中で表明された意見等は執筆者の個人的見解であり、科学技術振興機構及び執筆者が所属する団体の見解ではありません。