【19-08】アジアでもサービス・ラーニング普及 国際会議で各国から成果報告
2019年4月4日 小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)
一定期間、無償で社会奉仕活動を体験し、生きた知識を学ぶ教科「サービス・ラーニング」に関する国際会議が、3月4、5の両日、国際基督教大学(ICU)で開かれた。社会貢献活動を大学の正課教育の中に取り込んだサービス・ラーニングは、米国で早くから行われている。日本ではICUがいち早く重要な教科として採り入れているだけでなく、アジア各国に普及させる主導的役割を果たした。会議では、各国の参加者たちからの報告で中国を含むアジア各国・地域で大学教育の中に浸透しつつある実態がうかがえた。
単なる奉仕活動と異なる理念
サービス・ラーニングという言葉が米国で生まれたのは1967年といわれる。公民権運動が盛んな時代背景の中で、学生が奉仕活動を通して社会と連帯し、社会的責任を育むサービス・ラーニングの理念が広がっていった。70年代以降になると、学力やモラルの低下、さらには自己中心主義(ミーイズム)が米国内で問題になった結果、1985年には社会貢献を重視する大学と大学学長による全国組織、キャンパス・コンパクト(Campus Compact)が設立される。さらに90年代になると米政府の積極的な後押しもあり、大学だけでなく高校や中学でもサービス・ラーニングを教科として、導入するところが増えた。
アジアでいち早く採り入れたのが、今回の「国際サービス・ラーニング・カンファレンス」を主催したICU。2000年4月に「サービス・ラーニング入門((2単位)を開講、2002年にはサービス・ラーニング・センターを設立し「サービス・ラーニング」を教学プログラムとしてスタートさせた。この年には、アジア各国の大学に呼びかけ「サービス・ラーニング・アジア会議」をICUで開催、2003年のサービス・ラーニング・アジア・ネットワーク(SLAN :Service-Learning Asia Network)設立につなげた。
単なる奉仕でもなく、通常の留学とも異なるサービス・ラーニングの特徴は、まず受け入れ先の大学・機関ではなく大学・機関があっせんする非営利機関やコミュニティで1カ月ほど働くところにある。海外の社会に飛び込む体験を通して社会・文化への理解を深め、視野を広げることが目的だからだ。ICUは毎年、SLANの中でも特に絆が強いアジア各国の大学・機関に学生を送り出している。学生は出発前に「実習準備」(1単位)を履修し、アドバイザー(指導してもらうために学生自身が探した学内の教員)と面談し、活動計画書を大学に提出しなければならない。
さらにサービス・ラーニングの特徴の一つに、リフレクション(省察=ふりかえり)と呼ばれる帰国後の責務がある。帰国した参加学生たちはアドバイザーと再び面談して現地での活動を報告するほか、活動レポートや受け入れ機関からの活動評価書などの提出も義務づけられている。ICUはこうした学生の送り出しプログラムと同時に、送り出した大学・機関からは学生を受け入れて、都内近郊の社会福祉法人やNPOでの活動を体験してもらうプログラムも実施している。
SLAN加盟大学・機関への学生の送り出しが始まったのは2003年から。インドのレディ・ドーク大学などに6人の学生を派遣、翌2004年には同大学をはじめ、香港の香港中文大学崇基学院、インドネシアのペトラ・クリスチャン(Petra Christian)大学、フィリピンのシリマン(Silliman)大学などへ15人を送り出し、レディ・ドーク大学とタイのパヤップ大学から二人ずつを受け入れている。2018年までにICUが送り出した学生は合計すると469人、受け入れは63人に上る。ICUの創立60周年にあたる2013年に実施された「南京サービス・ラーニング特別プログラム」では、6人のICU学生が中国南京市で奉仕活動や現地の若者との交流を行い、南京大学、南京師範大学、金陵女子学院からの学生8人は、東京都内の社会福祉法人やNPOでの活動や、広島・京都へのフィールドトリップを体験した。
今回の国際会議には、SLANの中でも特にICUとの結びつきが強く、互いに学生を送り出し、引き受けているインド、タイ、インドネシア、フィリピン、中国の大学・機関からの代表者が、それぞれ活動報告を行った。サービス・ラーニングが必須科目となっているタイ・アサンプション大学の担当者は、「単に相手に何かを与えたい、助けたいというだけでなく、相手のニーズを理解し、自分が学ぶことが大事」と、一般的な奉仕活動とは異なるサービス・ラーニングの核心を強調していた。
アジア各国からの参加者たち(左端、佘紅玉愛徳基金会副事務長)
中国でも高まる関心
中国からの参加者は、中国のキリスト教徒によって1984年に南京市内に設立されたNGO(非政府組織)「愛徳基金会」の佘紅玉(She Hongyu)副事務長。「愛徳基金会」は慈善事業、公衆衛生、災害対策、環境保全などに関わる事業を行っている。ICUとは2006年から交流を始め、これまで南京大学や南京師範大学、金陵女子学院の学生16人を送り出し、ICUから32人の学生を受け入れている。「愛徳基金会」の活動資金について佘さんは、「ほぼ100パーセント海外からの寄付金に依存していたが、現在は85~90%が中国国内からの寄付になっている」と興味深い内情を明かした。確かに愛徳基金会のホームページを見ると、寄付金の83%が中国本土から、8%が香港からで、西欧、北米、北欧からの寄付は合わせて9%しかない。中国本土からの寄付のうち65%はオンライン寄付、というオンライン決済が当たり前になっている中国社会の現状を裏付けるような事実も記されている。
余さんは、ソーシャルメディアで検索した場合、最もヒットする言葉が「ボランティア」だという、興味深い中国の現状も紹介した。基金には約2万人ものボランティアを登録したデータベースがあり、ドイツにボランティアを派遣した活動も明らかにした。
ICUサービス・ラーニング・センター長の鈴木寛教養学部教授は、中国の状況について、「テンセント(騰訊)のメッセンジャーアプリ『微信(WeChat)』を介した中国国内からの寄付が急に増えたと聞いている。奉仕活動に対する中国国内の関心の高まりを反映しているのでは」と語っている。
海外での実習経験が転機になった学生も
国際会議では、さらにフィリピン、インドネシア、インドでそれぞれサービス・ラーニングを体験したICUの女子学生による報告もあった。このうちインドネシアで実習した女子学生が過ごしたのは89世帯200人しかいない小さな村。学校は幼稚園と小学校しかない。他の国から来た学生と教え方を話し合い、子供たちに英語やダンスを教えたり、学校の門づくりなどの活動をした。「それまで専攻分野を情報にするか物理にするか迷っていたが、インドネシアでの体験で環境にしようと思った」と、女子学生は実習が自分将来を決める転機になったことを率直に語った。
フィリピン、インドで実習した2人も現地の人々との交流で驚き、初めて気づいたことが多かったことを紹介し、「人間として自分に何ができるかを考えた」、「相手の視点にたって物事を理解しようと思うようになった」など、それぞれ、サービス・ラーニングが貴重な体験だったことを強調していた。
サービス・ラーニングの体験報告をするICU女子学生たち
日本での普及期待し履修の手引き公開
日本では、2012年8月の中央教育審議会答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~」の中に、「サービス・ラーニング」という言葉が出て来る。「社会の仕組みが大きく変容し、これまでの価値観が根本的に見直されつつある」と今の日本の置かれた状況を捉え、必要な能力を取得させるためには、インターンシップ、留学体験、サービス・ラーニングといった教室外学習プログラムの提供を大学に求めたものだ。
さらにその10年前、2002年7月の答申「青少年の奉仕活動・体験活動の推進方策等について」にも、既にサービス・ラーニングの必要は指摘されていた。しかし、日本でサービス・ラーニングは教科として導入した大学は一握りという状態が続く。ICUは昨年暮れ、「サービス・ラーニング履修の手引き2019」を公開した。他の大学がサービス・ラーニングを導入しようとした際に参考にしてもらうという狙いからだ。
「中国本土の加盟大学(注)をはじめ、サービス・ラーニング・アジア・ネットワーク(SLAN)に加盟しているアジア各国・地域の大学はキリスト教に関係ない大学も多い。ICUが『サービス・ラーニング履修の手引き2019』を公開したことで、日本でもサービス・ラーニングが普及することを願っている」。鈴木寛教授はそう語っているのだが、日本の大学に普及する見通しはどれほどだろうか。鈴木教授に聞いた。
(注:広東技術師範学院、汕頭大学、華南師範大学、中山大学、珠海城市職業技術学院)
鈴木寛ICUサービス・ラーニング・センター長
大学教育の未来
―2012年の中央教育審議会答申でも「サービス・ラーニング」を大学教育に取り込む必要があるとされていますが、日本で教科に取り入れている大学が増えていないのはなぜでしょうか。
鈴木教授 大学教育、そして、サービス・ラーニングに関しては、大学教育の未来という視点と、現在の大学教育の枠組みでの新たな取り組みという面から見ていくべきだと考えています。2012年に米スタンフォード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)が、インターネット上で講義を公開するMOOCs (Massive Open Online Courses)を始めました。その後、世界で急激に広まり、大学の価値について見直しが迫られていることは、世界では十分認識されていると考えています。個々の大学における大教室での授業は、価値を失っていくのではないかということは、当然考えられることだと思います。
「大学教育の未来」「大学教育の価値」について考えると、「ともに学びながら成長していくこと」が、教育における大切な要素ではないかと思っています。共に経験して得られた智を背景に、専門的な学問から得られる智を、討論やさまざまな形でのリフレクション(省察=ふりかえり)などを通して「価値」の検討と共有までを目標として掲げて、大学のような場で学ぶ価値を考えることは大切ではないかということです。サービス・ラーニングはこうした意味で、非常に重要な学修プログラムで、「明日の大学」にふさわしいプログラムだと思います。
一方、現在の大学教育の枠組みではどうか考えてみます。さまざまな学びがあるはずですが、学びの統合や、社会の課題の全体的な把握、人との全人格的触れ合いは、ほとんどの日本の大学では扱われないといってよいのが現状だと思います。大学の学びと深く結びつき、学生の成長を促す学びとして、重要であるにもかかわらず、大学という枠組みと教員が、そのような学びを支援することに慣れていない。大学もそのような価値を評価する体制になっていないことが1つの理由でしょう。ボランティア・センターのような形で、学生のボランティア活動を支援することはできても、教科として取り入れることが困難なのだと思います。
―サービス・ラーニングを教科に取り入れているにもかかわらずICU以外の日本の大学が、SLANに加盟していないのは、アジアの大学・機関との交流あるいは国際交流自体に関心が薄いからでしょうか。
鈴木教授 アジアの大学・機関と交流、あるいは、国際交流を実際にしている日本の大学はたくさんあります。アジアの大学にオフィスを置いている大学も増えてきています。しかし、海外開発援助(ODA)の枠組みと、学生獲得という面が強く、信頼を築き、フラットな協力関係を育むということにはまだ到達していないように見えます。学生は最初、支援をしたい、サービスをしたいと考えて、サービス・ラーニング・プログラムに参加します。しかし、サービスをしてもらう側にいることにすぐ気づき、自然に、同じ地平に立つ場所にいることを自覚し、さまざまな学びを得ることができるのだと思います。
SLANに加盟している大学が日本ではICU以外にないのは、経験と人と責任体制の問題かなと思います。信頼することが信頼を得、相互の信頼関係を生み、豊かな関係を育むことができるのではないでしょうか。その経験は、ある程度の人が持っていると思いますが、大学のプログラムの中で実現する経験には、まだ乏しいということでしょうか。
さらにコーディネータまたはそのような役割をもつ教員や職員のポストが日本では非常に少ないという現状があります。少しずつ経験を持った人たちが育っていくことが必須でしょう。任期付きであっても、いくつもの大学でそのようなポジションがあれば、ある程度、持続可能になるかもしれません。
最後は責任体制でしょうか。国際サービス・ラーニングでは、やはりさまざまなリスクがあります。受け入れ機関との信頼関係が一番の鍵ですが、その信頼関係を明確かつ具体的なことばで確認し、学生や、保護者にいつでも説明できるようにしておくことが重要だと考えています。学生も、保護者も、危険と思われる地域でのプログラムへの参加について、大学のプログラムだからと、大学を信頼してくれて、参加または送り出してくださいます。その信頼に応える運営をつねに意識し、組織的にそのことを認知し、緊急事態においては組織の枠を越えて支援する了解と体制構築も必要です。
―「サービス・ラーニング履修の手引き2019」の公開のほかに、サービス・ラーニングのアジアあるいは日本での普及を目指すために計画されておられることはありますか。
サービス・ラーニングは、経験と人と責任体制といったさまざまな土台の上に載っているので、簡単にコピーすることはできないと思います。ICUでのプログラムは、大学の教育プログラム全体を背景として成立しているのです。しかし、「大学教育の未来」を考えた時に、さまざまな形態があるにしても、非常に大切なプログラムだと考えています。世界の将来を担う地球市民を育むことを考えるためにも、大学に関わる多くの方々に興味を持っていただきたいと考えています。教育と研究に加えて、社会貢献の重要な部分ともなりうると信じています。
今回のカンファレンスのようなものの継続的開催も重要でしょう。毎年は開けないと思いますが、他大学でも行っているサービス・ラーニング報告会のようなものは、毎年開催することが可能だと思います。いくつかの大学でそのような会の開催が定期的に行われることで交流が広がり、それぞれの大学に適した形で、サービス・ラーニング・プログラムが普及していくことを願っています。
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