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【23-50】私たちはなぜパンダを愛してやまないのか?

倪 偉/『中国新聞週刊』記者 江 瑞/翻訳 2023年08月07日

成都で暮らすジャイアントパンダの花花(ホワホワ)は、ある日突然、超人気インフルエンサーになった。ショート動画サイトにアップされた花花の動画は100万「いいね」を突破することも珍しくない。成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地には毎日大勢の観光客が押し寄せ、花花の一挙一動に黄色い歓声を上げている。

 花花の公式プロフィールには「手足が短いコロコロ体型、毛はフワフワで、動きはゆっくり、木登りは苦手」とある。花花はそのゆるキャラっぷりとおっとりした性格で、多くの人のハートをわしづかみにしている。剥いたばかりのタケノコを他のパンダに奪われても、通りすがりのパンダにいきなり何発も殴られても、花花は何が起こったか分からないという顔で相手を見つめるだけだ。当然、パンダ舎の外にいる人間たちが、自分目当てにやって来ていることも分かっていない。

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パンダの和花(ホーホワ、幼名・花花)はトップインフルエンサーに。写真/IC

 パンダの世界ではしばしばスターが誕生するが、その理由は実に様々だ。例えば、奥莉奥(オリオ)はそのイケメンぶりで、小丫(シアオヤー)はボサボサの耳で、萌蘭(モンラン)はいたずら好きで、福菀(フーワン)はひたむきさで、七仔(チーザイ)は珍しい褐色の体毛で人気を集めた。

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秦嶺四宝科学公園の七仔。現存する唯一の褐色パンダで、生後約2カ月のときに野外で発見された。撮影/雅雅

 人はなぜパンダを愛するのだろう。答えはもちろん「かわいいから」だが、元々山奥に暮らし、ほとんどその存在を知られることのなかったこの生き物が、世界中に知られ、数えきれないほどの物語を生んだ背景には、かわいいだけではない何かがあるはずだ。

生まれながらの愛されキャラ

 頭と目が大きく、鼻がぺちゃんこで、フサフサの毛をしたパンダは、愛されるキャラクターの特徴に完全に当てはまっている。アニメでは、頭と目が大きい幼い顔立ちが皆に愛される役どころで、その逆の顔立ちが嫌われキャラと相場が決まっている。パンダは体に比べて頭が大きいだけでなく、目の周りの毛が黒いことから目の大きさが強調されており、さらに、不器用で危なっかしいところも相まって、見ているこちらが、ついほっこりする愛らしさを生まれながらに備えている。

 パンダは遊ぶことが大好きで、ネットで最も人気を集めているパンダ動画は、飼育員との「知恵比べ」だ。飼育員が手にしている物を不意打ちで奪い去ったり、追いかけっこで右往左往させたり、かと思えばいきなり飼育員の足にしがみつき、頑として離さなかったり。そんなとき、飼育員は一瞬の隙を突いてダッシュで逃げるしかない。以前、ニューメディアで動画撮影をしていた図図には、幸運なことに、何年もパンダと近距離で接する機会があった。図図がパンダについてかわいいと感じるところは、人を困らせるのが大好きという点だ。「パンダは、何をしているんだろう?というような好奇心に満ちた目でこちらを見てきます。そしてこちらが持っている物を奪おうと駆け寄ってくるのです。なんともかわいらしいですよね」

 パンダがかわいらしいのは、本来人間とは何の関係もないことだったが、彼らのかわいらしさが人間に発見されてしまった時点で、大いに関係が生じてしまった。

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生後2カ月で初めて寝返りをした、成都パンダ繁殖研究基地の福多多(フードゥオドゥオ)。撮影/雅雅

 パンダの生活や習性を間近でのぞき、めったに見られない瞬間を目撃できるようになったのは、大多数の人にとって、ここ数年のことだ。以前は、動物園に行かなければパンダを見ることができず、多くの人にとってそれはすぐに実現できることではなかった。だが、ニューメディアやSNSの発達により、パンダの日常生活は容易に人々の目に触れるようになり、それを拡散したり加工したりする人も大勢現れ、ネット上にはいまや無数のパンダ萌えコンテンツが転がっている。

 2013年以降、CCTV.com「iPandaパンダチャンネル」は、制作チームPANDAPIAと、パンダの保護研究および繁殖施設に関する提携を結び、近距離でパンダの映像を撮影し、ライブ配信をおこなっている。同チャンネルからは、たくさんのスターパンダが誕生した。24時間365日ライブ配信する「iPandaパンダチャンネル」は、ナレーションなどが一切ないにも関わらず視聴者数には事欠かず、世界各地で暮らす人々がほっと和める映像をとぎれることなく提供し続けている。

 図図はPANDAPIAチームの立ち上げ時からのメンバーの1人だ。成都パンダ繁殖研究基地のオープンな考え方によって、パンダがニューメディアで幾度もブレイクしたことに、図図は深い感銘を受けた。例えば2015年9月のパンダの出産ライブ配信。出産には一定のリスクが付きものであり、母親はうっかり赤ちゃんパンダを踏んだり傷つけたりするかもしれないし、死産の可能性だってある。自然現象であるとは言え、世間の批判を呼ぶリスクがあったわけだ。当時の基地の部門責任者と飼育員はそのことを懸念していたが、最終的に基地の統括責任者がゴーサインを出した。PANDAPIAチームはすぐさま分娩室に入り、4時間に及ぶライブ配信を敢行し、パンダ誕生の全プロセスを初めて世間に公開したのだった。

「パンダは動物ですから、健康なときもあれば病気のときもあり、生も死もあります。これらを包み隠さず見せることで、パンダはただかわいいだけでなく、1つの生命であり、彼らなりの一生があるということを伝えたかったのです」。図図はあのときの話し合いで交わされたこの言葉をいまでも忘れていない。

 数々のライブ配信や動画、写真でパンダを目にする機会が増えたことで、人々は一見どれも同じように見えるパンダの、それぞれの特徴で名前を呼び、性格を把握できるようになった。

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パンダは少なくとも800万年前から地球上に生息している。野生のパンダの寿命は一般的に18~20歳、飼育下では管理や医療が行き届いているため、30歳を超えてなお生きることもある。パンダは熊のように体が大きく太っていて、頭は丸く、尻尾は短い。座高は1200~1800mm、尻尾の長さは100~120mmほどあり、体重は80~120kg、最も重い個体で180kgほどにもなる。

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「ガチ」なパンダマニアに言わせれば、パンダは一頭一頭顔が違うという。雅雅は長年のパンダマニアとして、いまや300頭以上のパンダを識別できるようになった。顔だけでなく、それぞれ性格もかわいいところも違うという。「まあ私はどちらかと言えば博愛主義者で、どの子も好きなんですけどね」と雅雅。

 雅雅の目に映る花花は、オトボケであるだけでなく、とても頑張り屋なのだという。花花は早産で生まれ、普通のパンダよりやや反応が鈍く、ものを覚えるのも遅いが、いつも一生懸命に学ぼうとしている。花花が初めて木登りに成功したときの動画は、雅雅が撮影しネットに上げたものだ。手足が短く、力も弱い花花は、何度登ってもずり落ちてきてしまうが、それでもめげずに、最後は見事に登りきった。「すごく感動をもらいました!パンダだってこんなに頑張っているのに、私たちも負けていられないって思いましたよ」。雅雅のようなパンダマニアは、パンダの話になると、とても優しい口調になり、パンダの気持ちを傷つけないよう慎重に言葉を選ぶ。「ネットでは花花は障害があると言われていたりもしますが、そんな話、花花のお母さんはきっと聞きたくないですよね」

 さらに雅雅を感動させたのは、福菀だった。福菀は生まれつき下半身不随で、初めて木登りに挑戦したときは、細く低い木にしか登れなかった。全身の力を前足に込め、ぶら下がるようにして、一生懸命登っていった。このとき、雅雅はカメラを構えてシャッターを押しながら、涙を流していた。ふと周りを見渡してみると、皆同じようにすすり泣きながら見守っていた。

 人が最も感銘を受けるのは、こうした「人間味」あふれる場面なのだ。

 パンダマニアの小喬は、先代のトップスター・奥莉奥が子どもの頃に遭った事故のことを思い出す。おりに頭を挟まれてしまった奥莉奥をなんとか助けようと、仲間の子パンダ数匹が奥莉奥の元に集まったが、どうしてよいかわからず、ただ鳴きわめくばかりだった。その声を耳にした飼育員「ママ」が駆けつけ、奥莉奥はようやく助けられた。この出来事をライブ配信で見ていた小喬は、パンダの「情」をひしひしと感じた。「パンダの知能は犬や猫ほど高くありませんが、非常に人間らしい一面もあるんです」

 母親と赤ちゃんとのやり取りも、感動的な瞬間がてんこ盛りだ。パンダは木登りが大好きな生き物だが、幼すぎる赤ちゃんが木に登ろうとしても、ママパンダに止められてしまう。反面、ママパンダは、赤ちゃんパンダを鍛えるため、わざと坂の上から突き飛ばして転ばせることもある。また、赤ちゃんパンダは大きくなると、断乳のため、強制的にママから引き離される。その瞬間のママパンダの別れの苦しみは画面からあふれ出さんばかりになり、赤ちゃんを探して鳴き叫ぶ様子は、見ているだけで心が痛む。

 現在の中国パンダ界のトップスターといえば、南の花花、北の萌蘭だろう。萌蘭は「美人」で有名な萌萌(モンモン)と帰国子女パンダの美蘭(メイラン)の息子だ。父方、母方それぞれの系譜で3番目の子どもに当たり、また、北京動物園は北京市の西城区西直門外大街にあるため、「西直門の三太子(3番目の王子)」という高貴なニックネームで呼ばれている。萌蘭は活発で社交的な性格。幼少期に独特かつ大物感漂う仰向けの寝姿で一気にスターダムにのし上がったツワモノで、小さい頃からエピソードには事欠かず、今日に至るまでスターの座を守っている。ネット界隈では、北京動物園は「三太子」1匹の力で株式上場も夢ではないとまことしやかにささやかれている。

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遊びに夢中な北京動物園のパンダ。写真/IC

文化としてのパンダ

 パンダはずっと前から文化現象の1つになっている。パンダをモチーフにしたマスコット、アニメ、デザインや、アーティスト・趙半狄の十数年にわたるパンダ縛りのパフォーマンスアート、それにパンダの要素を取り入れた創作物、関連商品などなど。繁殖基地や動物園の「国宝」が人気を博せば、必ずこうした「パンダもの」が派生し、同様に人気を集めるのが常になっている。

 北京2022冬季オリンピックのマスコット「ビンドゥンドゥン」は最近最もヒットしたパンダキャラクターだ。パンダはすでに1990年の北京アジア競技大会および北京オリンピック2008のマスコットに採用されていたため、北京冬季オリンピックのマスコットが発表される前は、さすがに今回もパンダを「担ぎ出す」ことはしないだろうとの見方が大勢だったものの、ふたを開けてみれば、オリンピックのマスコットはまたしてもパンダだった。

 ビンドゥンドゥンは間違いなくマスコットとして成功したキャラクターだった。オリンピックの会期中、ビンドゥンドゥンはしばしばバズり、常に検索ワードランキング上位にいた。ビンドゥンドゥンの着ぐるみは、そのまんまるな体型ゆえ、よちよち歩きしかできず、頻繁にドアに引っかかったり、転んだりして、そのたびにショート動画の再生回数が伸びていった。フィギュアスケートの最終日におこなわれたエキシビションで、ビンドゥンドゥンは世界の錚々たるフィギュアスケーターの中に混ざろうとするものの、案の定氷の上でスッテンコロリンとひっくり返ってしまい、羽生結弦をはじめとする選手たちが爆笑しながら助け起こしにいくという珍事を巻き起こした。このシーンは、北京冬季オリンピックの心温まる思い出として、人々の心に強烈な印象を残した。

 この瞬間から、ビンドゥンドゥンのぬいぐるみは、大会組織委員会の予想をはるかに上回るペースで売れ始め、用意した在庫が不足するほどの「爆売れ」を記録した。人々がようやくビンドゥンドゥンを手にしたときには、冬季オリンピック閉幕からかなりの時間が経っていた。

 広州美術学院教授で博士課程指導教官の曹雪は、ビンドゥンドゥンデザインチームの統括だ。パンダをベースにしたマスコットのデザインを手掛けるに当たって、パンダは世界中に知られていることから、国際社会にアピールする「コミュニケーションコスト」が最低限で済むとチームは考えた。

 だが、問題はそこからだった。パンダのデザインはすでに世界中にあふれ返っていたため、デザインの難易度は極めて高かった。

 1990年の北京アジア競技大会のときは、脚長パンダのマスコット「盼盼」が、テレビ中継とともに中国全土のお茶の間に広まった。テレビの影響力を借りて、パンダが国民的人気を得ていったのもこの頃からだ。ちなみに、パンダのマスコットで最も早く登場したのは、1985年の国際サッカー連盟(FIFA)U-16世界選手権の「華華」だ。

 以後、中国が大型のスポーツイベントを開催するたびに、パンダはマスコットに選出された。耳に赤いリボンをつけたパンダは、2000年の第6回中国全国大学生運動会のマスコットになった。頭に緑の蓮の花をつけた「晶晶」は、北京オリンピック2008の5人組マスコット「福娃」の1人だ。赤いベストを着た「熊熊」は2021年の第14回全国運動会のマスコットに選ばれ、透明なシリコンスーツを身にまとった「ビンドゥンドゥン」は、2022年北京冬季オリンピックのマスコットに就任した。さらに、トーチを掲げた「蓉宝」が、2023年のFISU夏季ワールドユニバーシティゲーム成都大会のマスコットを務めている。スポーツの祭典の他、2018年から始まった中国国際輸入博覧会からも、「進宝」というパンダマスコットが生まれた。こうしたマスコットが世に出るたび、パンダは脚光を浴びた。世界中の注目が集まる瞬間には常に「パンダ」がそこにいて、パンダをスターダムに押し上げていった。

 曹雪はデザイン理論でビンドゥンドゥンのサクセスストーリーを説明する。それによれば、よいデザインというのは、「イメージ」と、「キャラクター性」との融合である。ビンドゥンドゥンはデザインそのものでいい「イメージ」を表現しているし、「キャラクター性」は、一般大衆とオフィシャルとのコミュニケーションの過程で形成され、その「キャラクター性」がビンドゥンドゥンに命を吹き込んだ。「デザインの母体は脚本です。ストーリーがあってこそ、キャラクターが成り立つのです。ただし、脚本は最初から完成されているとは限らず、キャラクターが普及していく過程で新たなストーリーが生まれることも当然あり得るのです」

 実は、このことはパンダのライブ配信やショート動画が人気になった背景と類似している。それは、受け手である視聴者たちが自ら「イメージ」に「キャラクター性」を添えたという点だ。パンダ同士で起こる本能むき出しの行動や、多くのさして意味のない動作が、画面の向こうの視聴者たちによって擬人化して解釈され、ストーリーの一部として、感情や意味を与えられていく。パンダの擬人化は、いまや広く受けいれられているありふれたことだ。人はパンダに感情移入することで、そのパンダを愛でる気持ちが芽生えていくのだ。

 1980~1990年代以降、パンダは大型のスポーツ大会やイベントのマスコット役を担ったことで、自然から文化の領域へとそのイメージを広げていった。2008年にはハリウッドが、パンダとカンフーという最も典型的な中国的要素を結びつける先見の明で、巨大な商業的成功を収めつつ、パンダ文化の国際化を強力に推し進めた。映画『カンフー・パンダ』シリーズは、重要性を増す中国市場に大きく寄せたことで、いまなお史上最も成功したコンテンツの1つであり続けている。

 振り返ってみれば、2008年はもはや「パンダ・イヤー」と言ってよいほど、パンダ関連のビッグイベントが続いた年だった。その年の年末には、中国全土から名前が募集されたパンダの「団団(トゥワントゥワン)」と「圓圓(ユエンユエン)」が台湾に渡り、さらなるパンダブームを巻き起こした。

より深い愛

 雅雅は2年前、いつでもパンダに会えるようにと成都に移り住んだ。いまは週に2~3回のペースで、四川省各地にある「パンダの家」〔繁殖研究基地〕や、全国各地の動物園を巡り、パンダの姿を写真に収めている。雅雅は大学卒業後、数年間香港で働いており、香港オーシャンパークの4頭のパンダとの日々は忘れられない思い出だ。その中の1頭「佳佳(ジアジア)」の死は、いまでも思い出すだけで嗚咽が止まらない。佳佳がこの世を去った後、雅雅は2週間の休暇を取って、パンダに会うため成都を訪れ、そこで佳佳の子孫「クランベリー」に出会った。そのときの旅行がきっかけで成都と四川省が好きになった雅雅は、その後数年間、休暇のたびに四川省を訪れ、ついには成都に移住を決意したのだった。

 この10年で、SNSの隆盛とともに、パンダマニアの裾野も急拡大し、「パンダ愛好家の輪」のようなものが出来上がり、パンダを愛して止まない人々は仲間と出会えた。図図は、ほぼ毎月パンダに会うため中国にやってきて、成都や中国各地の動物園を回る日本人と知り合った。また、ある年金生活者の女性は、成都のパンダ基地付近にいつも部屋を探して泊まっている。この女性は、基地にいるパンダを全て見分けることができるという。

 ここ数年、小喬の週末は、起きたらまず微博〔Weibo〕の「iPandaパンダチャンネル」ライブ配信を開くことがルーティンになっている。小喬の入っているQQチャットグループや、微信〔WeChat〕のグループには、数千人のパンダマニアが集う。最初に入ったQQのパンダマニアグループには決まりがあり、参加者はパンダの名前をニックネームに使うことになっていた。こうして、彼女はネット上で、パンダの小喬の名前を名乗ることになった。

 パンダにハマって何年も経てば、こうしたパンダマニアたちはパンダに関してかなりの知識を蓄えるようになり、もはや単純にパンダの外見に引かれるようなことはなくなる。長年パンダを見てきた雅雅も、かわいいだけではない彼らの別の顔を知るようになった。パンダは決してどんなときも悩み一つなく天真爛漫でいるわけではない。彼らにだって感情はあり、辛いときもあるのだ。パンダのコンディションの良し悪しを、雅雅はほぼ一瞬で見分けることができる。パンダのコンディションは、生活空間の狭さ、エンリッチメント施設の不足、飼育員の不足、医療条件の劣悪さなど、生活環境が関係していることも多く、そういった場合は、ファンたちが立ち上がり支援をおこなう。

 ファンはパンダの生育環境をモニタリングしている。小喬によれば、以前、基地からパンダをレンタルしていたある動物園が、パンダの生活空間を十分に確保していなかったことがあり、ファンらが動物園と林業局にクレームを入れた結果、その動物園へのレンタルが停止され、パンダは連れ戻されたことがあった。また、北方のある動物園で、河南省の竹をパンダに与えていたところ、パンダがあまり食べようとしなかったため、ファンが働きかけ、四川省から運ぶ竹に変えさせたこともあった。

 雅雅も小喬も、多くの人が、パンダのかわいらしさをながめるだけでなく、パンダをもっと知ることで、パンダの保護がさらに進んでほしいと願っている。2人とも、パンダに関する科学的知識があまり普及していない現状にもどかしさを覚えている。パンダに対する誤解が出てきたときに、正しい見解を述べたり誤解を解いたりする社会的信用ある発信者が存在しない。基地や研究所などのオフィシャルアカウントは、普段のつぶやきでパンダのかわいらしさを見せるだけで、パンダに関する体系的な知識を発信していない。これほどパンダに関する研究が進んでいるのに、パンダに対する人々の知識は表面的なものに留まっている。両者をつなぐ架け橋が必要だ。

 パンダがいかに有名であろうとも、所詮は希少動物の一種に過ぎない。「国宝」の名の下に、最高の資源を独占するのは考えものだろう。パンダマニアの中には、徐々に野生動物全体の種の保存に関心が向いていった人もいる。「国宝と言えばパンダであることは今後も変わりないと思いますが、他の絶滅危惧種の多くは、パンダよりずっと事態が深刻で、それでいて注目する人は少ないのです。」パンダを好きになったのは顔のかわいらしさがきっかけだったが、長くファンをやってきた結果、動物保護の気持ちが芽生えたと小喬は言う。「フラッグシップ種」であるパンダの影響力は、他の動物の保護に関心を向けてもらうことにも生かせるはずだ。

 パンダはもはや中国で最も絶滅の危険性が高い種ではなくなった。しかし、最も注目度の高い「フラッグシップ種」であることに変わりはなく、世界自然保護基金(WWF)もパンダをロゴマークに採用している。「フラッグシップ種」とは、一般の関心を引きつける力があり、社会の生態保護に特別なカリスマ性やアピール力を備えている種のことだ。中国のフラッグシップ種には、アムールトラ、ジャイアントパンダ、アジアゾウ、ハイナンテナガザル、フタコブラクダ、ヨウスコウカワイルカ、ヨウスコウアリゲーター、トキ、シフゾウ、青海湖裸鯉〔青海湖湟魚〕、ジャコウジカ、セイホウサンショウウオなどがある。トキとシフゾウ以外の種は、いずれも1960~1980年代に激減し、なかには絶滅の危機に瀕した種もあった。80年代以降は、パンダとアジアゾウの個体数が徐々に回復したのを除き、他の種の状況は好転したとは言えない状態が続いている。

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2016年9月29日、四川成都パンダ繁殖研究基地にて、集合写真を撮るため、この年に生まれた赤ちゃんパンダ23匹を並べる飼育員。写真/視覚中国

 雅雅は時間が空けば、論文や専門書にも目を通し、野生動物保護に関する知識を深めようと努力している。ネットでどんなにあれこれ騒ごうと、野生パンダをはじめとする野生動物には何も届かず、彼らを常に見守っているのは、専門の研究者か保護活動家しかいない。2015年2月28日に国家林業局が公表した第4回全国パンダ調査の結果によれば、2013年末時点で、中国全土の野生パンダの個体数は1864匹だった。パンダはついに「絶滅危惧種」を脱出し、絶滅危険度は「危急種」に引き下げられた。

(本人の希望により、図図、雅雅、小喬は仮名)


※本稿は『月刊中国ニュース』2023年9月号(Vol.137)より転載したものである。