【20-21】「研究データに関する北京宣言」日本語訳公表 オープンサイエンス推進狙い日本学術会議
2020年8月24日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)
オープンサイエンスを推進する国際組織である科学技術データ委員会(CODATA; Committee on Data for Science and Technology)が昨年9月に北京で開いた国際会議で打ち出した「The Beijing Declaration on Research Data(研究データに関する北京宣言)」の日本語訳と交わされた議論の内容を、日本学術会議の情報学委員会国際サイエンスデータ分科会が18日、公表した。宣言の最終文言は会議参加者のチェックを経て昨年11月に公開されている。日本語訳をこの時点で公表する理由について同分科会は「国際的にこのような議論が行われていることが国内第一線の研究者に十分に知られていないため、広く国内での議論に付することにした」と記している。
(日本学術会議)
「研究データに関する北京宣言」というタイトルで公表された日本学術会議の文書は、「記録」という目的が分かりにくい文書形態をとっている。しかも宣言が公開された9カ月後にあえて日本語訳を公表した理由は何か。世界規模で解決する必要のある大きな課題に対応するために必要な国際的な研究データの共有、つまりオープンサイエンスの推進を急ぐ取り組みが日本で十分になされていないという懸念が、冒頭に書かれている「作成の背景」と「現状」からうかがえる。
昨年9月にCODATAとCODATA China(国際科技数据委員会中国)が北京で共催した「High-level International Meeting on Open Research Data Policy and Practice(オープンリサーチデータポリシーと実践に関するハイレベル国際会議)」は、オープンサイエンス推進に不可欠なデータポリシーがテーマ。世界各国から約50人の専門家が参加し、日本からは中村保一国立遺伝学研究所教授と芦野俊宏東洋大学教授が出席した。日本学術会議特任連携会員でもある芦野教授は、今回の北京宣言の日本語訳作成にもかかわった。
The Beijing Declaration on Research Data(研究データに関する北京宣言)」原文
(CODATAホームページから)
「研究データに関する北京宣言」が前文の中で強調しているのは、FAIR(Findable, Accessible, Interoperable, and Reusable=検索可能、アクセス可能、相互運用可能、再利用可能)というデータ管理・利用の原則。可能な限りオープンになっている必要があるということだ。「分断され、閉ざされたシステムによって科学的な発見が無用に妨害されてはならず、研究データの管理にあたっては、伝統的で独占的な学術出版の考え方にとらわれてはならない」と明快に断じている。
さらに「研究データと関連するインフラ、ツール、サービスおよび実践のために国際的に調整され、実装された新しいポリシーと原則を採用する必要がある」ことも求めている。気候変動に関するパリ協定、日本の東日本大震災を機につくられた災害リスク低減のための仙台防災枠組、さらに国連の持続可能な開発目標(SDGs)など、国際的かつ学際的な協力と広範囲のデータ再利用を必要とする大規模でグローバルな課題が多いことを挙げ「今こそ研究データに関しての確固としたポリシーに基づいて行動すべき時である」と訴えている。
宣言が挙げる第一の原則は、「研究データはグローバルな公共財としての性質を持つ。純粋な公共財は利用によって枯渇することはなく、利用を妨げられることもない。研究データは使い尽くされることはないが、利用を制限されることはある。しかしながら他者による再利用を制限することは非常に非効率的であり、特にそのデータが公的な資金によって生成されたものである場合には議論の必要がある。研究データは利用によってその価値が増す」
以下、「研究データはグローバルな公共財としての性質を持っている」、「公的資金を得た研究データはオンラインで見つけられるようになっていなくてはならない」、「公的資金による研究データは本来公益に属するものであり、国際的な再利用のために可能な限り最大限の範囲からアクセス可能となっているべきである」など、全部で10の原則が掲げられている。
日本国内でも「オープンサイエンス」を推進しようとする動きはある。2016~2020年度の科学技術政策の基本方針を定めた第5期科学技術基本計画(2016年1月策定)にも「公的資金による研究成果については、その利活用を可能な限り拡大することを、わが国のオープンサイエンス推進の基本姿勢とする」と明記されている。
この基本計画に沿って、内閣府は2018年6月に「国立研究開発法人におけるデータポリシー策定のためのガイドライン」を策定、公表している。データポリシーとは、研究データの管理・利活用について各組織が定めるべき方針を指す。研究成果(論文、データ等)が適切に管理・利活用され、科学技術と社会に新しい価値を創造し、地球規模の課題解決にもつながることを期待したガイドラインだ。各国立研究開発法人は今年末までにデータポリシーの策定を求められている。
公的研究費の配分事業を担っている科学技術振興機構(JST)も2017年4月に公表した「オープンサイエンス促進に向けた研究成果の取り扱いに関するJSTの基本方針」の中で、「全ての研究成果論文を、原則としてオープンアクセスの対象とする」ことや、「研究プロジェクトの研究代表者は、研究データの取り扱いを定めたデータマネジメントプランを作成し、遅くとも研究を開始するまでに提出する」ことを研究支援者に求めている。
しかし、日本学術会議情報学委員会国際サイエンスデータ分科会は、北京宣言の日本語訳を公表した今回の文書の中で、研究データの扱いについて国際的な議論が進んでいることを日本の第一線の研究者が十分に認識していないという懸念を明らかにしている。さらに、広い意味での研究データを統括的に扱う組織が存在せず、研究データに関わる国際的な議論への対応、国内での研究者コミュニティーの形成、個別の研究領域におけるサイバーインフラストラクチャーへの要求に関わる議論など、多くの課題があることを指摘した。国を挙げての取り組みが進む欧州連合(EU)、米国、中国、オーストラリア、カナダなどと同様、対応する組織が必要だ、としている。
関連サイト
日本学術会議情報学委員会 国際サイエンスデータ分科会「記録『研究データに関する北京宣言』」
CODATA; Committee on Data for Science and Technology「The Beijing Declaration on Research Data」
中国绿发会「【绿讯】国际科技数据委员会发布《研究数据北京宣言》,制定适应新开放科学范式的数据政策」
内閣府「国立研究開発法人における データポリシー策定のためのガイドライン」
科学技術振興機構「オープンサイエンス促進に向けた研究成果の取り扱いに関するJSTの基本方針」