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【22-03】所得格差に国民の不満増大 習政権が共同富裕急ぐ理由

2022年02月07日 小岩井忠道(科学記者)

 中国政府が共同富裕に力を入れているのは所得格差に対する国民の不満が高まっているためだとするレポートを、三浦有史日本総合研究所上席主任研究員が公表した。中国国民の所得格差に対する許容度は、四半世紀の間に大きく低下している。こうした調査結果などを基に、競争による優勝劣敗を受け入れにくい社会に変容しつつあることを察知した習近平政権による新たな統治メカニズムの模索が共同富裕、との見方を示している。

国際価値調査が示す明白な変化

 三浦氏が中国社会の変化を表すデータとしてまず紹介したのは、社会科学者たちによって実施されている国際プロジェクト「国際価値観調査(WVS:World Values Survey)」の結果。この国際プロジェクトは1981年に「欧州価値観調査」として始まり、異なる国の人々の社会文化的、道徳的、宗教的、政治的価値観を5年ごとに調査している。三浦氏は2回目の調査「Wave2」(1990~94年)と7回目の調査「Wave7」(2017~20年)を比較し、中国人の所得格差と競争に対する許容度が直近四半世紀の間にどのように変化したか、日本と韓国のデータと併せて明らかにしている。

「国際価値観調査」は「所得はより平等であるべきだ」(スコア1:許容度が最も低い)から「所得は個人の努力に対するインセンティブであるべきだ」(スコア10:許容度が最も高い)まで所得格差に対する見方を示し、回答者に10段階のどこに該当するかを選ばせることで、所得格差に対する許容度を測っている。中国は「Wave2」(1990~94年)に7.87だったのが「Wave7」(2017~20年)には5.53と所得格差を許容しない方向に大きく数値を下げた。日本は5.69から5.36と幾分低下したものの、所得格差にはやや否定的という状況はあまり変わらない。

 競争に関しても、許容しないとする考え方が強いままの日本に対し、中国は日本ほどではないものの、許容しない方向に国民の考え方が大きく変わっていることが分かる。

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(日本総合研究所アジア・マンスリー2022年2月号「習近平政権はなぜ『共同富裕』を急ぐのか」から)

SNSの爆発的普及が背景に

 こうした変化が起きた背景として三浦氏が指摘するのが、格差の重心が所得から資産に移行したことと、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などの発達により格差を測る比較対象が広がった中国社会の現実。それぞれ10億人、5億人を超すユーザーを持つ微信(WeChat)や微博(Weibo)の爆発的な普及により、ユーザーは不特定多数の人の日常を垣間見ることが簡単にできるようになった。SNSでしばしば取り上げられる成功者をみて、不安感、孤独感、劣等感を持つ若者が増えている。こうした中国社会の大きな変化を指摘し、格差に対する社会全体の許容度が低下した、と三浦氏は見る。

 SNSを介したコミュニケーションが特に若者に好ましくない影響を与えている例として三浦氏は、厭世的な心情が若者の間に浸透している現状を挙げる。皆が競争を勝ち抜くために努力しているため、努力の価値が下がり、見合った成果が得られなくなることを示す「内巻」。物欲が乏しく、競争、勤労、結婚、出産に消極的な姿勢を指す「横たわり」。若者に見られるこのような心や生活スタイルの変化を紹介した。

 次に挙げられているのが、就職難と長時間労働という中国の若者が直面している具体的窮状。2021年6月の都市部の16~24歳の若者の失業率は15.4%で、20~24歳以上に限るとさらに高い。朝9時から夜9時まで週6日働くことを意味する「996」と称される長時間労働がIT業界を中心に広がっている。さらに中間層でも手の届かない買い物になりつつある住宅価格の高騰。世界中の都市の様々な生活条件のデータが記録されたデータベース「Numbeo」によると中国の住宅所得倍率(住宅価格が年収の何倍かを示す倍率)は、2021年6月時点で27.9と非常に高い。中国では結婚を機に住宅購入を考える人が多いため、住宅価格の高騰は未婚率の上昇や少子化を加速する遠因となっている。こうした厳しい現実も三浦氏は注視している。

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(日本総合研究所アジア・マンスリー2022年2月号「習近平政権はなぜ『共同富裕』を急ぐのか」から)

新たな統治メカニズムの模索か

「内巻」や「横たわり」に象徴される社会の変容は、共産党が目指す社会から逸脱、あるいは、党の指導を拒絶する人が増えていることを意味し、経済成長とそれに伴う所得の上昇によって共産党への信認を高める、という従来の統治メカニズムが機能しにくくなったことを示す。習近平政権が共同富裕を急ぐのは、この問題に対する危機感が高まっているからにほかならない。その意味で共同富裕は、従来の統治メカニズムが機能しなくなったことを察知した習近平政権による新たな統治メカニズムの模索と解釈することもできる、と三浦氏は指摘している。

 中国の若者に対しては、三浦氏とはやや異なる見方もある。博報堂生活綜研(上海)と中国伝媒大学広告学院との共同研究によると、「横たわり」あるいは「寝そべり」と訳される中国の若者の新しいライフスタイルを示す言葉「タンピン(躺平)」は、友人や同級生、同僚といった身近なコミュニティ(近圏)の中では仲間と戦ったり、仲間のしっとや比較の対象になったりしないための隠れ蓑とみなされる。実際はむしろSNSを自在に駆使して、着実に自分の能力を高めたいという欲求を抱いているのが今の中国の若者の姿ではないか、という見方だ。

関連サイト

日本総合研究所アジア・マンスリー2022年2月号「習近平政権はなぜ『共同富裕』急ぐのか

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