【21-02】コロナ禍で露呈したグローバリズムの弱点
2021年03月10日
柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員
略歴
1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員
1930年の記録映画をみると、当時、生活難に陥った失業者が溢れていたと同時に、酪農家が牛乳を下水道に捨てて処分していた。常識的にみれば不思議な映像だが、金融危機は経済恐慌を引き起こしたのだった。将来の人たちは2020年の記録映画をみると、同じ感想を持つだろう。戦後、文明が期待以上に発達し、モノが溢れる時代となった。アフリカなど発展が遅れている国や地域があるが、国際社会全体でみた場合、かつて考えられないほど幸せな時代になっている。
20世紀、人類は不幸にも二度ほど世界大戦を経験した。1945年の終戦以降、局所的な戦争が断続的にあったが、世界大戦は起きていない。かつての流行歌の題名We are the worldのように、世界はone worldになったようにみえた。とくに、冷戦終結は、政治学者フランシス・フクヤマのいう通り、「歴史は終焉した」とまでいわれた。
むろん、人類が住む地球に課題がないわけではない。否、課題が山積しているというべきであろう。1976年、ローマクラブは「成長の限界」という調査レポートを発表し、世界経済のサステナビリティについて警鐘を鳴らした。残念ながら、経済学者が鳴らしたこの警鐘は政治指導者が本気に受け止めていないようだ。
経済学の基本は持続的な経済成長の実現に向けた経済政策の提言である。それに対して、民主主義の国と地域の政治家は、再び当選できるように長期の課題解決よりも、人気取りの政策を取ろうとする。すなわち、ポピュリズムの政治に傾きやすいということである。
長い間、経済学者は数理経済モデルを駆使して経済成長のボトルネックとしてエネルギー供給が不足するようになると指摘してきた。それに対して、技術者は絶えず技術革新に取り組み、車でいえば、燃費を飛躍的に改善した。それでも問題として解決していないのは地球温暖化の進展である。
2020年、世界主要国の政治指導者は相次いでグリーンニューディールやゼロエミッションに関する長期目標を発表した。しかし、これらの政治指導者は長期のビジョンを発表するが、それに向けた具体的なミッションを明らかにしていない。明確なミッションがないビジョンは絵にかいた餅に過ぎない。
現実問題として、地球の人口は爆発的に増えている。とくに、中国とインドという2大人口大国は一人あたりGDPの拡大に伴い、エネルギーの消費量が急増し、二酸化炭素の排出が急激に増えている。むろん、ここでは、中国人とインド人は先進国の人々と同じように快適な生活をしてはいけないということではない。少なくとも、中国とインドで省エネを実現する新しい生活様式が実現していないことで環境問題がさらにひっ迫する。それ以外の途上国の経済も徐々に発展してくることを考えれば、これからエネルギー以外に、クリーンな水と空気をどのように確保するかという問題に直面する。否、それはすでに現実問題として浮上している。
エネルギーと環境問題を解決する基本は国際連携の強化である。しかし、コロナ禍をきっかけに、戦後のグローバリズムの弱点として国際連携ができていないことが露わになった。戦後にできた国際機関と国際組織は基本的に戦争を未然に防ぐためのものである。そのルール作りは先進国を中心に制定されたものである。これまでの30年間、BRICSを中心とする新興国は急速に台頭してきたが、国際機関の改革とルール作りの見直しはほとんどなされていない。
そのなかで、新型コロナウィルスの感染が急拡大し、世界経済に未曾有のダメージをもたらしている。なによりも深刻なのは、ウィルスには国境がないのに、各国が連携せず、それぞれ単独でウィルスの感染を封じ込めようとしていることである。ワクチンの開発と供給をみても、同じである。国際社会の連携はほとんどなされていない。
とくに、世界保健機関(WHO)の無力さは際立っている。新型コロナウィルスの感染が拡大する初期から、WHOの情報収集と情報開示は極端に不十分だった。そのうえ、感染状況の認識についてパンデミックの宣言も大幅に遅れ、結果的に傷口がさらに開いてしまった。国際機関と国際組織の基本は中立性を保つことである。その基本が崩れてしまえば、国際機関は信頼されなくなる。
一方、トランプ政権の4年間、トランプ大統領自身の反グローバリズムの姿勢もあって、グローバリズムが大きく後退してしまった。グローバリズムに問題があるのは事実だが、それを壊すのではなく、改革を急ぐべきだった。戦後にできた種々のルールは新興国の台頭によって、機能が徐々に低下した。これから重要なのは新たな国際秩序を再構築することである。グリーンニューディールはその典型例といえる。世界主要国が負うべき義務をいかに数値化していくかは喫緊な課題となっている。このことについて、シェークスピアの言葉を援用すれば、「やるかやらないか、それが問題」なのである。
最後に、戦後のグローバリズムの重要なレガシーは国連憲章である。それがきちんと守られていないのは問題である。すべての国連加盟国が国連憲章を守るようにガバナンス機能を強化していく必要がある。それをきちんと守らない国があれば、脱退を勧告すべきである。そして、常任理事国の意思決定能力を強化するために、現状の全会一致から多数決に切り替える必要がある。物事が決まらない国連は権威を失うことになる。
グローバリズムは単なるパワーゲームだけではない。成果を出さなければ、グローバリズは終焉し、国際社会は大混乱期に突入する。今はその分水嶺といえる。