【22-01】2022年の中国経済の展望―ポスト北京オリパラの中国政治、経済と社会
2022年02月08日
柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員
略歴
1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員
コロナ禍が蔓延してから早2年経過した。当初、一部の専門家でさえ、新型コロナウイルスの感染性と毒性はそれほど強くなく、過剰に心配する必要がないと公言していた。しかし、これまでの2年間を振り返る必要もないが、コロナ禍による国際社会と経済へのダメージは人々の想像を遥かに上回る規模になっている。
こうしたなかで新型コロナウイルスの感染抑制について、中国は優等生のようだった。そもそも新型コロナウイルスの感染が最初に見つかったのは2020年1月中国の武漢市だった(一部の報道によると、その前に2019年12月にすでに感染例があったともいわれている)。当時、中国政府は感染を抑制するために、全土のすべての都市を封鎖し、いわゆるゼロコロナ政策を徹底的に実施した。
ワクチンが開発されていなかった当初、感染する可能性のある人々を隔離するのはただ一つの有効な対策だったと評価されていた。その後、ワクチンが開発された。経済活動を完全に止めた場合の副作用を考えて、世界主要国のほとんどはゼロコロナではなく、いわばウィズコロナへと方針を転換した。それでも中国では、依然ゼロコロナ政策が堅持されている。
米国のシンクタンク、ユーラシアグループのイアン・ブレマー代表は、2022年のグローバルリスクの筆頭として「中国のゼロコロナ政策の失敗」を挙げた。では、なぜゼロコロナ政策が失敗したというのだろうか。
そもそも新型コロナウイルスをゼロにするという考えには無理がある。ゼロコロナ政策に近いやり方は、世界各国が実施している鳥インフルエンザ対策である。養鶏場の鶏が1羽ないし2羽死んだのを見つけた場合、すぐに検査を実施して、ウイルスが検出されたら、当該養鶏場だけでなく、その地域の養鶏場の鶏を全部殺処分してしまうやり方である。それでも、毎年、どこかで鳥インフルエンザが発症する。原因は養鶏場に忍び込んで餌を横取りする野鳥やネズミなどの野生動物にあるといわれている。
中国で実施されているゼロコロナ政策は確かに感染の爆発を抑制できているが、そのために払った対価も大きい。すなわち、都市封鎖によって経済活動が完全に妨げられている。
2021年の中国経済を振り返れば、第1四半期の成長率は18.3%だった(前年同期は-6.8%だったから、成長率が大きく跳ね上がった)。第2四半期は7.9%と、人間に喩えれば、平熱に近いレベルに戻った。しかし、第3四半期になって、経済成長率は急減速して4.9%と5%を下回った。政策当局は景気の底上げを図ったが、ほとんど効果が現れなくて、第4四半期はさらに落ち込んでしまい、4%だった。ちなみに、中国経済のファンダメンタルズをもとに推計すれば、今の中国経済の潜在成長率は5.5%前後とみられる。2021年下期の経済成長率は潜在成長率を大きく下回った。
なぜコロナ対策の優等生とみられていた中国経済は急減速したのだろうか。
原因は明白である。まず、無理なゼロコロナ政策によって経済活動が妨げられている。とくに、都市が封鎖され、個人消費が軟調になってしまった。そして、恒大集団をはじめとする大手不動産デベロッパーはデフォルト(債務不履行)を起こして不動産バブルの崩壊が心配されている。中国で家具やビルメンテナンスなどを含む不動産関連産業のGDP寄与度は30%に達しているといわれている。さらに、景気対策として思い切ったpolicy making(政策立案)がなされていない。否、むしろ、policy makingの実態をみると、かなり混乱しているようにみえる。一例をあげれば、2021年10月、中国の沿海主要大都市で大停電が起きた。原因は石炭不足だった。電力の供給が不足しているのなら、停電しても仕方がない。しかし、停電するときには、まず大口ユーザーの産業用電力を事前通告したうえで止めるべきだった。実際は、事前告知がなく、産業用電力、生活用電力に加え、道路の街灯と信号機まですべての電気が止められた。その結果、エレベーターに閉じ込められた人が続出し、道路は大渋滞に陥った。これでは、経済が順調に成長するはずがない。
では、2022年の中国経済はどのようになるのだろうか。
世界通貨基金(IMF)は2021年に発表した世界経済見通しでは、2022年中国経済は5.6%成長するとしていたが、2022年1月改定された同経済見通しでは、中国経済について4.8%に引き下げた。その理由はやはりゼロコロナ政策の失敗にあるのだろう。
北京で冬季オリンピック・パラリンピック(オリパラ)が開かれている。オリパラを成功裏に開催するために、中国政府はゼロコロナ対策をこれまで以上に厳格に実施している。1日の感染者が2万人を超えた東京からすれば、想像できないことだが、中国でわずか数人ないし数十人の感染が確認されるだけで町全体がロックダウンされてしまう。とくに厳しいのは省(日本の県に相当)や市を跨る人の移動が厳しく制限される。たとえば、天津市の港などで感染者が見つかって、その周囲の区がロックダウンにされたと同時に、天津市全体(1400万人の人口)でPCR検査がわずか2日間に漏れなく実施されたといわれている。しかし、PCR検査の陰性証明を持っていても、北京に入ることが許されないことがある。
ゼロコロナ政策の弊害はすでに明らかになっているが、それを方針転換する兆しはみえない。その結果、内需が弱くなったのを受けて、零細中小企業の存続が難しくなり、多くの企業は倒産またはリストラを余儀なくされている。
ここで問われているのは、目下の景気減速はpolicy makingの混乱などの短期的な要因によるものなのか、それとも構造的な問題によるものかである。答えはその両方である。もともと、中国経済は2008年の北京オリンピックと2010年の上海万博を境に高度成長期が終わったとみられている。その後、生産年齢人口が減少し、人口ボーナスがオーナスになると予想されている。景気減速を食い止めるために、抜本的な構造転換が求められている。具体的に産業構造の高度化を図る必要があるが、具体的な制度改革が行われていない。
こうしたなかで、中国経済をけん引しているのが民営企業であることは明白であるが、近年、インターネットプラットフォーマー企業などのIT民営企業に対する締め付けは民営企業に与えるダメージは予想以上に大きい。要するに、中国経済の構造は逆回転している。すなわち、民営企業主導の経済から国有企業主導の経済へと逆戻りしているだけでなく、自由な市場経済をさらに目指さないといけないはずが、反対に政府による経済統制がますます強化されている。さらに、問題を深刻化させているのは先進国を中心とする国際社会との関係を悪化させてしまったことである。これまでの40余年間で、中国経済がすでにグローバル化しており、とくに技術面において先進国への依存度がいまだに高い。米中対立の激化をきっかけに国際社会における孤立感が強まっている。統計的に中国経済はまだ成長を続けているが、質の高い成長、すなわち、高付加価値の経済行動に転換するには、G7を中心とする先進国と協調することが重要である。このままでは経済が順調に成長するはずができない。
実は、中国経済を再び成長軌道に乗せるのはそれほど難しいことではない。具体的な処方箋を提示すれば、下記のようなものになる。
まず、さらに自由な市場経済を構築することである。国有企業を特別に優遇する政策を撤廃すれば、中国は環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)に加入できるようになる。そして、ゼロコロナ政策を撤廃し、ウィズコロナ政策に方針転換すれば、経済活動がすぐに回復できる。さらに、国際社会に協調姿勢をみせれば、中国国際貿易と直接投資も一段と拡大するだろう。2022年はソ連崩壊から30年の節目の年である。統制された計画経済に未来がないのはソ連の崩壊からも実証されている。中国が突き進むべき道は自由で開かれた市場経済である。