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【13-003】中国の草の根NGO(中)―市民社会と日中交流

2013年 9月 3日

麻生晴一郎

麻生 晴一郎(あそう・せいいちろう):ノンフィクション作家

略歴

1966年福岡県生まれ。東京大学国文科在学中、中国ハルビン市の格安宿でアルバイト生活を体験し、出稼ぎ労働者たちと交流。現在はルポライターとして中国の草の根の最前線を伝える。また、東 アジアの市民交流のためのNPO「AsiaCommons亜洲市民之道」を運営している。主な著書に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『 こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)など。

NGOと公民社会

 2008年の四川大地震発生の頃から、公民社会という言葉が盛んに用いられるようになった。公民社会とは市民社会の意味で、政府と別個に政治・社会に関わる民間勢力の台頭を示す。公 民社会が注目され始めたのは、四川大地震の際に政府だけでは被災地での救助・支援活動ができず、政府の規制を無視してまで行動した報道機関や民間人が数多く現れたからだ。

 公民社会はその後、深圳市が11年からの5カ年計画の目標に市民社会化を掲げる [1] など、一部の地方政府や民間で取り上げられる一方、11年1月には全国の報道機関に公民社会という言葉の使用を禁じる通達が出される [2] など紆余曲折の最中にあるが、少しずつ根付きつつある。

 近年、インターネットが世論形成に大きな役割を果たしている。その影響力は、テレビ、新聞、雑誌がある程度国民の間で親しまれてからインターネットが入ってきた日本よりも格段に大きいはずだ [3] 。大勢の無名ユーザーが中国版twitterの「微博」(ウェイボー)で社会問題に関する個人的意見を述べ、警官に理不尽な仕打ちを受けた人の投稿記事に賛同の意を示す。こ うした潮流はまさに市民社会化の兆しを示すものだが、微博を見ていると、無名ユーザーの中にハンドルネームや職業で「公民」と名乗る者が多いことに気付く。

 以前であれば「人民」だが、「公民」と名乗るところに新興の市民意識がうかがえる。公民を名乗るのはネットユーザーだけではない。筆 者は河南省鄭州市や広東省広州市などで地元NGO主催の交流会にしばしば参加するが、出席者の中に自己紹介で自らを「普通の公民です」と呼ぶ者が実に多い。

 江蘇省に住む48歳の潘龍義(パンロンイー)もその1人で、工場の一般労働者である彼は少ない月給の一部を安徽省のNGOの活動に寄付するなどボランティアとしてNGOに関わる。「公民潘龍義」の ハンドルネームで微博もやっており、社会問題に関して厳しい意見も述べている。

写真1

図1 潘龍義。工場の有給休暇を取って安徽省の農村のNGO集会に参加

 前回述べたように、特に地方でNGOの活動は必ずしも歓迎されるわけではない。農村で青少年のための無料図書施設を運営する活動でさえ規制を受けることがある。草 の根NGOの活動は制度や法律に支えられたと言うよりも、政府が放置した問題を自発的に補うために民の側から立ち上がったものだ。彼らがあえてこのような活動をするのは、同 様に21世紀に入ってから庶民の間で広まりつつある権利意識や愛国心・公共意識を強く持つからであろう。公民社会は公民の権利と社会参加を求める動きであり、草 の根NGOの台頭も公民社会の現れの1つにほかならない。

NGOの担い手

 河南省鄭州市には、地元住民が数千人しかいなかったエリアに地方出身者数万人が住む「城中村」と呼ばれるエリアが郊外を中心にいくつもある。経済成長に陰りが出る中、沿 海部の出稼ぎ労働者や大学を卒業したものの就職できなかった若者が沿海部を離れて故郷に近い大都市である鄭州に集まっているのだ。

 筆者は鄭州で、出稼ぎ労働者の子女向けに無料自習施設を営む若木書院と、売血ビジネスが原因のHIV感染者の人権擁護を行なう和而不同(フーアルプートン)の2つのNGOを訪問してきた。両 者はここ数年で設立された新しいNGOで、運営するのはそれぞれ30代の胡聖年(フーションニエン)と20代の常坤(チャンクン)だ。ともに20代の専門のスタッフがいるほか、2、3 0代のボランティアスタッフを多数抱える。

写真2

図2 若木書院でボランティア先生をする若者(左)

 若い世代が多いのは中国の草の根NGOの特色で、インターネットに慣れ、社会参加意識が強いことも原因であろうが、就職難も背景にある。中国では大学生の就職難が慢性化しており、N GOへの就職を考える若者も出てきた [4] 。正規に認定されたNGOだけでも10年末時点で就業者は544.7万人に達し、前年比13.5%増と、NGOは就業者の受け皿にもなっている [5]

 和而不同でもうひとつ目に付くのは、農民ら庶民の参加者である。人権擁護活動などに取り組むNGOでは、以前擁護の対象になった庶民が他人の裁判を手伝うなどのケースを目にする。和 而不同によく顔を見せる李春霞(リーチュンシャー)もそうで、彼女は以前、経営する工場が取引先からの代金未納により裁判に訴えたものの、賄賂を要求した裁判所によって裁判を中断され、倒 産の憂き目に遭った経験を持つ。北京に陳情に行ったことで自身の問題が解決してからは、農民の裁判を手伝うなどボランティアで社会活動に従事している。

草の根NGOとの交流

 12年9月の反日デモでは中国にある日本の企業や店が大きな被害を受けた。深圳の反日デモで暴れたという出稼ぎの青年は「デモで興奮していただけで実は日本のことはよく知らない。後 になって警察から事情聴取されて後悔するようになった」と話していた。デモで暴徒と化した人の中には彼のような地方出身の若者が数多く含まれていたのではなかろうか。

 筆者がデモ参加者の話を聞く限り、彼らの頭の中には「抗日戦争のあの日本が中国の領土を侵害しようとしている。中国の権利をわれわれがまもらなければならない」との彼らなりの正義感があり、そ れは自らや他者の権利意識を強く持ち、公共(国家)の問題に働きかけようとする公民社会の発想そのものである。暴徒という残念な結果を招いた一因は、暴 力行為を思いとどまらせるだけの日本に関する知識がないからでもあるだろう。河南省各地の出身者と会うと、彼らにとって日本という国のイメージがテレビドラマを通じた抗日戦争しかないことを感じさせる。

 一方、インターネット上では反日デモの暴徒化を批判する意見もかなり出ていた。このような批判をする者は市民意識が強く、デモや愛国的行動をいかに起こすべきかの見地から暴徒を批判する。つまり、反 日デモで暴徒と化した者も、その暴力行為を批判した者も、ともに自らの市民感覚から行動を起こしたと言える。今後日中間の交流を考える上では、草 の根NGOも含めて公民社会の台頭とともに表面下してきた人たちとの交流が必要ではないか。

 12年8月、筆者は「日中市民交流対話プロジェクト」を開き、5人の草の根NGO関係者を日本に招き、日本の市民活動家たちとの交流を図った。招へい者を決める際に重視したのは(1)純 粋な草の根NGOであること(2)地方で活動していること(3)庶民であることの3点で、日ごろ日本であまり紹介されず、彼らにとっても日本が身近でないような人たちを選ぼうと努めた。

写真3

図3 「日中市民交流対話プロジェクト」は東京と大阪で中国のNGO関係者による
シンポジウムや交流活動を行なった(写真は東京でのシンポジウム) 

 結局、全国でB型肝炎感染者や障がい者たちの差別問題に取り組む「北京益仁平(イーレンピン)中心」の陸軍(ルージュン)、河北省の農村などで民主化モデルの村作りを進める「北京新時代致公教育研究院」の 周鴻陵(チョウホンリン)、「自然之友」河南チーム代表の崔晟(ツォエション)、それに先述の常坤、潘龍義の5人を招いた。こうした試みは困難も伴うが、今後も行ないたい。



[1] 人民網10年11月27日「 深圳开全国先河将建公民社会写入十二五规划

[2] 自由亚洲电台11年1月5日「 中宣部禁媒体使用“公民社会”

[3] 中国のインターネット事情については、古畑康雄『「網民(ワンミン)」の反乱 ネットは中国を変えるか?』(勉誠出版、2012年)が詳しい。 

[4] 大学生の就職難については、廉思著、関根謙訳『蟻族―高学歴ワーキングプアたちの群れ』(勉誠出版、2010年)が 原因の分析も含めて詳細にリポートしている。

[5] 人民網12年05月21日「 中国共有民间组织44.6万个基金会2200个 吸纳618万人就业