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【11-11】スマートシティブームからみた中国のIT戦略

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2011年11月10日

 中国では、今はスマートシティブーム。中国語では、スマートシティのことは「生態城」、「智慧城」または「知識城」と呼ばれている。もともと、温家宝首相の故郷の天津、そして、唐山市の曹妃甸(そうひでん)で環境にやさしい「生態城」の建設が国家プロジェクトとして認可された。その後、全国各地で同じようなスマートシティ建設の構想が打ち出され、最近の集計によれば、全国に500か所以上ものスマートシティが建設されようとしている。

 そもそもスマートシティとは何かについて明確な定義はなく、一般的にいわれているスマートシティとは、人・物を情報のネットワークによって結ばれより利便性が高く、より環境にやさしい、安心安全社会のことがイメージされている。具体的に、クラウドコンピューティングのICTの利活用によって高度な情報の共有が実現され、電力の需要と供給をこれまで以上に合理化し、医療や介護のサービスの向上をめざし、ITSシステムの導入により渋滞を最大限に解消する快適な都市生活はその目的である。

1.スマートシティよりもIT投資を優先する地方政府

 スマートシティの建設は多いほどいいはずだが、多くの地方政府はほんとうのスマートシティを建設するというよりも、こういうプロジェクトを建設する口実でIT関連の投資を誘致しようとしているだけである。

最近、中国国内で開かれた情報サービス産業フォーラムに参加した。関係者の発言を聞いていると、地方レベルでは、依然IT関連のアウトソーシングビジネスを受注するレベルに止まり、スマートシティやエコシティの建設ほど考えは熟していない。何よりも、地方政府の幹部のほとんどはスマートシティとは何かについてほとんど理解できていない。

 中国のIT産業の実態をみると、まず、ITベンダーはソフトウェアのアウトソーシングを受注する中小企業が多い。それに対して、ICTのアーキテクチャーを担当する大型ベンダーはほとんど育っていない。そして、政府は第12次5か年計画のなかで新しいIT戦略をうちだしているが、具体的なコンテンツとアプリケーションの開発への努力は不十分である。さらに、ネットショッピングなどe-commerceの振興に力を入れられているが、データーセンターの建設によるクラウドコンピューティングの構築が大幅に遅れている。

 中国の現状をみると、エネルギー資源は極端に不足しており、節電などの努力は待ったなしの状況にある。また、少子高齢化は急速に進展しており、限られた医療資源を最大限に有効利用するために、ICT利活用によるスマートシティの建設も重要である。それを実現するためには、まず、市民生活の情報化を促進するとともに、企業の情報化も必要である。これらの努力は決して十分に行われていない。

2.手段か目的か―ICTの利活用

 マクロ統計によると、現在、中国のインターネット利用者は5億人を超えているといわれている。今後、都市化率の上昇に伴い、ネット人口はさらに増えるものと思われる。したがって、中国は他の振興国に比べ、ICT利活用の可能性がかなり大きいと思われる。

 こうしたなかでIT産業発展の方向性について一つ重要なポイントを指摘しておきたい。すなわち、これまでIT産業の発展をけん引してきたアウトソーシングビジネスは人件費の上昇と人民元の切り上げにより徐々にピークアウトすると予想される。今後のIT産業発展の方向性はアーキテクチャーの強化によるICT利活用と情報サービスの強化であると思われる。

 これまでの10数年間、中国政府は経済構造と産業構造の転換を重要な政策として掲げてきたが、いまだに実現されていない。中国は経済成長を持続するために、従来の輸出と政府投資に依存する成長モデルを改めて内需を振興し、国内消費に依存する新たな成長モデルを構築しなければならない。

 消費を刺激し内需依存の成長モデルを構築するためには、サービス産業の振興が不可欠である。その中核を成しているのは金融、情報と物流といったネットワークサービス産業である。これらのサービス産業が発達する前提はまさにICTの利活用とクラウドコンピューティングの構築が重要である。

 現在、各地方が打ち出しているスマートシティの構想を詳しくみると、そのほとんどは従来の経済開発区のなかでスマートシティを建設しようとする。住民生活の情報化という観点から生活区域を遠く離れたスマートシティを建設しても、所期の効果は実現できない。何よりも、ICTの利活用は目的ではなく、人々の生活の利便性を改善し、環境をよりクリーンにするのは目的である。

3.スマートコミュニティの実現に向ける日中の協力

 日本でも、スマートコミュニティの実現に向けた努力が全国でみられる。とくに、震災以降、安心安全社会作りのためのICT利活用の強化が実施されている。そのなかで、電力不足を軽減する節電努力としてスマートグリッドの実験が急ピッチで進められている。

 また、高齢化社会の日本だからこその努力として、遠隔医療を強化するための電子カルテの普及も試みられている。患者は自宅にいながら遠隔医療システムによって診察を受けられるようになる。レントゲンや心電図などの医療情報も電子化され、複数の病院間で共有されるようになる。

 日本で行われているこれらの試みは中国にとっても重要な参考になる。中国は一人っ子政策を実施している結果、高齢化が急速に進んでいる。国連の人口統計によれば、中国の高齢化人口の割合はすでに10%を超えている。また、13億人の人口を有する中国にとり、医療資源は絶対的に不足している。それゆえ、中国でも電子医療システムの導入は緊急な課題となっている。

 中国政府は今年から始まっている第12次5か年計画において経済構造と産業構造の転換を図るとしており、また、生態環境を改善し、都市化を推し進めるとしている。中国政府の正式な試算によれば、今後、毎年1200万人の農村住民は都市化されると予想されている。新しい都市の誕生はスマートシティ構築の機運を高めることになる。

 最後に、こうした背景を踏まえれば、中国では、ICT利活用を強化するための政策課題を次のように指摘しておきたい。

 まず、地場のベンダーを育成することである。現在、中小のITベンダーは研究・開発の力が不足しており、アーキテクチャーの能力も不十分である。そして、ICTの利活用もスマートシティの構築も人材育成が欠かせない。さらに、情報共有の邪魔になっている縦割り行政の障壁を取り除くために、政府の強いリーダーシップが求められている。