【09-011】京都大学経済学研究科付属上海センター
2009年8月21日
劉徳強(りゅう とくきょう):
京都大学経済学研究科教授・上海センター長
1963年5月生まれ
1991年3月 一橋大学大学院経済学研究科博士課程理論経済学専攻。経済学博士
1991年4月から東京都立大学経済学部助手、1992年10月から東京学芸大学教育学部講師、助(准)教授を経て、2007年4月から教授。2008年4月から京都大学経済学研究科教授。
主な研究業績
- 『中国のミクロ経済改革:企業と市場の数量分析』(共著)、日本経済新聞社、1995年(1995年度日経・経済図書文化賞受賞)
- 「国有企業における経営者の能力・努力と経営効率:中国鉄鋼企業に関する実証研究」、『アジア経済』第43巻第3号、2002年。
- "A Comparison of Management Incentives, Abilities, and Efficiency between SOEs and TVEs: The Case of the Iron and Steel Industry in China",Economic Development and Culture Change, Vol.52,No.4, 2004(共著)。
- 「経済改革の企業規模と生産性への影響:中国工作機械企業に関する実証分析」『経済研究』、第57巻1号、2006年。
1. 上海センターの設立経緯
中国は1978年に改革開放が開始されて以来驚くべき経済発展を遂げ、2001年にWTO加盟を果たし、今や東アジア共同体構想が検討される時代に入っています。このような東アジアの情勢の下に京都大学大学院経済学研究科は、東アジア経済、中国経済の発展を調査研究する拠点として、2002年12月に研究科内に上海センターを設立しました。
中国経済研究センターではなく上海センターと命名したのは、中国のみならず東アジアに広がる研究ネットワークを形成する目標を有しているからです。京都大学経済学研究科はすでに学術交流協定に基づき、中国の復旦大学経済学院及び日本研究中心、中国人民大学経済学院、社会科学院経済研究所、西安交通大学公共政策と管理学院、韓国のソウル大学経済学部及び経営学部、慶北大学経商学部等との交流を活発に行っており、上海センターがこの研究ネットワークの強化・拡大に貢献することは一つの重要な使命です。
2. 上海センターの主な活動
上海センターが主な研究対象としている中国経済は、改革開放政策の下で急成長を遂げたとは言え、依然として発展途上国であり、工業化、近代化の途中にあります。それに加えて、計画経済から市場経済への転換とグローバル経済化の衝撃をも受けているため、他の国では見られないほど多くの問題を同時に抱えているのが実情です。貧富の格差、環境・エネルギー問題、三農問題、失業問題、社会不安、政治腐敗等。これまで、上海センターはこれらの諸問題の研究を深めるために、様々な活動を展開してきました。
①研究プロジェクトの実施
上海センターは設立してから中国経済に関する研究に積極的に取り組んできました。主な研究として以下のようなものが挙げられます。
- 「中国産業の構造変化と日本企業の対中国投資に関する研究」:中国の重要産業の現状と日本企業の投資活動の関連について、具体的な事例に即して集中的に研究を行いました。これまでに、自動車産業や家電・エレクトロニクス産業等について研究成果を公表しました。
- 「長江流域経済圏に関する総合的研究」: 上海を中心とした長江流域は中国経済発展の中心として、きわめて重要な地域ですが、同時に新たな課題や矛盾が噴出しているところでもあります。この経済圏について、工業のみでなく、農業、環境、労働、教育やインフラストラクチャー等の多様な側面について、現地調査を行いながら総合的に認識を深める研究を行いました。
- 「中国の国内経済格差に関する研究」: 中国の沿海部と内陸部との間における経済格差は大変深刻であり、内陸部においては、貧困問題、農業問題、環境問題、医療保険問題といった様々な問題が絡み合う複雑な相を呈しています。これらの諸問題に対し、現状を分析し、結果を提言として社会に還元する活動を進めています。
- 「東アジア地域経済の相互連関に関する研究」: 現在の日本や中国は、それぞれ個別に世界経済と繋がっているのではなく、日中を軸としながらも、韓国、台湾等が相互に連携し合い、ひとつの東アジア地域として成長してきたことが大きな特徴となっています。このような東アジアレベルにおける経済の相互依存関係や政策の関連等を明らかにするために、地域内の各国の大学・研究機関をむすんだ研究ネットワークを構築し、国際共同研究として取り組んでいます。
②シンポジウムとセミナー、研究会の開催
2009年6月29日
中国環境シンポジウムにおける楊志教授(右)の講演
研究活動の一環として、そして、研究成果の社会への還元のために、上海センターは日本国内および東アジアで作り上げた研究ネットワークを利用して、毎年様々なシンポジウムやセミナー等を開催しています。以下では、昨年度以来行われた主なシンポジウム、セミナー、研究会などをご紹介させていただきます。
毎年6月に、上海センターでは大型の国際シンポジウムを開催することにしています。今年の6月29日に、深刻度が増す中国の環境問題を議論するために、大西広教授をコーディネータとして「中国の環境問題と循環型経済への転換」をテーマに国際シンポジウムを開催しました。中国人民大学の楊志教授、京都大学経済学研究科の植田和弘教授、フジワラ産業株式会社の藤原充弘社長、日中環境協力支援センター有限会社取締役の大野木昇司氏の4人が学術的な観点と実務的な観点から中国の環境問題の解決、循環型経済への転換、そして、対中環境ビジネスの課題について報告されました。
2009年7月28日
中国経済特別講演会における楊偉民氏の講演風景
国内シンポジウムとして昨年11月1日に塩地洋教授をコーディネータとする中国自動車シンポジウム「持続的成長は可能か―サステイナビリティと製品開発力、輸出競争力―」が開催されました。総勢11名の講師が中国の自動車産業を中心テーマとして環境・燃費・事故・渋滞、製品開発能力、廃車サイクル、地域所得格差と需要の偏在、自動車保険など様々な視点から中国自動車産業発展の可能性と課題について分析されました。中国自動車産業に関するシンポジウムは毎年開催されており、大変好評を受けています。
中国とのこれまでの交流は研究機関や大学を中心としてきましたが、中国経済の現状を把握し、将来の発展動向をつかむために、政府機関との交流も重要となります。そのために、7月28日に、中国発展改革委員会の楊偉民副秘書長を本学にお招きして、中国における景気対策の実態、成果、今後の取り組みなどについて特別講演をしていただきました。
このほかに、京都大学における中国経済に関心のある研究者や学生のために、「中国経済研究会」をこの四月から立ち上げ、原則として授業期間中の毎月第3火曜日に開くことにしました。このような交流を通じて、研究者同士の情報交換と学生の研究レベルの向上に資することが期待されています。
これ以外に、昨年度から行われたシンポジウムや研究セミナー等は以下の通りです。
- 2008年6月30日、国際シンポジウム「"アジア共同体"を京都から構想する」
- 2008年8月12日、研究セミナー『アジアの防災・減災にたちはだかるラスト・マイルと重層的なimplementation~分かっていても実践されない社会のボトルネックとその克服への挑戦課題~』
- 2008年12月18-19日、京都大学・ソウル大学共同国際シンポジウム「東アジア経済の競争力と持続可能性」
- 2009年2月16日、国際学術セミナー「中国農業:持続的発展への諸課題」
- 2009年3月16日、中国企業シンポジウム「中国の内需拡大政策下における日本のビジネスチャンス」
- 2009年5月6日、京都大学・武漢大学共同国際研究セミナー「統合される経済の下での地域変容と社会政策:中国と日本」
- 2009年7月27日、International Workshop for Young Scholars "Comparison of the Economic Transformation in Eastern Europe, the Commonwealth of Independent States and East Asia"
2009年5月6日、京都大学・武漢大学共同国際研究セミナー参加者の皆さん
③教育プログラムの実施
2004年度より数年間、学部学生の海外体験や海外留学を促進することを目標に、全学共通科目として、夏期ないしは春期の休業期間中に2週間程度の海外研修を含む集中講義方式で行われる国際交流科目が創設された。若い学生に現地での研修を通じ、自然、政治、経済、文化、歴史など幅広い学習をさせることにより、彼らの将来に役立つ国際的な視点を持たせることが目的である。上海センターはこのような活動に積極的に協力してきました。
④ニュースレターの発行
上海センターは2004 年から「京大上海センターニュースレター」を毎週発行することにしました。中国に関わる重要なニュースから毎週10本取り上げて掲載すると共に、中国や東アジア経済に関する小論文や記事、そして、上海センターが主催するシンポジウムや研究セミナーの報告内容の紹介なども掲載することにしています。今年の4月から、世界的な経済危機の影響により、中国経済も深刻な影響を受けており、このような情報をタイムリーに反映するために、「中国経済最新統計情報」を項目に加えることにしました。それを見れば、月ベースの中国経済の動きが一目了然となります。ニュースレターの主な内容は以下の目次通りです。
京大上海センターニュースレター
第275号 2009年7月20日
京都大学経済学研究科上海センター
目次
- 中国経済特別講演会のお知らせ
- 「中国経済研究会」のお知らせ
- 若手研究者による国際ワークショップのご案内
- 中国・上海ニュース2009.7.13-2009.7.19
- 中国の省エネ・環境ビジネスの留意点
- 稲荷神社と関帝廟
- 【中国経済最新統計】(試行版)
詳細については、以下のHPを参照。
http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/~shanghai/katsudoupage5.html
上海センターニュースレターについて語る時、触れなければならないのは上海センター協力会会員・理事の小島正憲(美朋有限公司董事長、中小企業家同友会上海倶楽部代表)氏の存在です。小島氏はアパレル企業の経営者として1990年代初めころから中国ビジネスを手掛け、大きな成功を収められました。経営の第一線から退いた現在は文筆活動を展開し、毎週ニュースレターに寄稿して下さっています。氏は経営者として長年培った鋭い感覚と洞察力で中国経済や社会を温かく、しかし、冷静に観察し、示唆に富む知見をまとめた小論文を毎週寄稿されています。
近年、中国各地で暴動が頻発し、日本のメディアでは「中国崩壊論」まで出ましたが、小島氏は中国で大きな暴動が起きる度に素早く現地を取材し、「暴動マニア」と自称するほど徹底的に調査しています。小島氏の説によれば、「中国は暴動で崩壊しない」ということです。中国の経済政策についても、昨年の新労働法の影響やオリンピック後の経済運営、そして、金融危機下の中国経済の動きなどについても大変優れた知見が示されました。
このような名物経営者の存在は上海センターニュースレターの大きな支えとなっています。お陰さまで、上海センターニュースレターは現在276号まで刊行し、関係者から高い評価を受けております。
3. 上海センター協力会の役割
京都大学経済学研究科上海センターには上海センター協力会という会員組織があります。この組織は2004年7月に上海センターの財政基盤を強化するために設立されたものです。当初、この組織は京都大学経済学研究科同窓会メンバーを中心としていましたが、その後徐々に拡大して、今は中国にご関心のある方々にも広く開かれた組織となっています。初期の会長はオムロン株式会社の立石忠雄副社長(当時)でしたが、2008年に京都銀行の役員森瀬正博氏が新たに会長に就任されました。現在、個人会員205名、法人会員32社、そして特別会員24団体の組織となり、会員からの資金が上海センターの活動の重要な支えとなっています。国立大学が法人化された後、予算が厳しく削減されることになりましたが、上海センターもその影響から逃れることはできませんでした。そうした中で、協力会の存在は一層重要なものとなってきました。
上海センター協力会は歴代の会長と理事、そして会員の皆様から多大なご尽力の上に成り立っていますが、この中でも、とりわけ大森経徳副会長のご努力によるところが大きいです。大森副会長は元住友銀行の重役を務められた後、関連会社の社長となり、退職してから65歳の高齢で中国の西安交通大学へ1年間留学し、中国語のみならず、中国社会についても大いに勉強されました。彼は組織の立ち上げ時から副会長として活躍し、会員の拡大から組織の運営まで、上海センター協力会にとって欠かすことのできない存在となっています。
それだけにとどまらず、大森副会長は肌で感じた中国経済や社会の問題、とりわけ所得格差を何とか解消しようと考えて、日本の経験から、中国における個人所得の累進税率の引き上げを中心とする「大森提案」を中国で発表し、大きな反響を呼びました。
このように上海センター協力会は、単なる資金集めの組織に止まらず、京都大学と社会とつながる重要なパイプとなり、共同作業を行う貴重な場となっています。