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【11-001】日本を追い抜いた中国の科学技術

2011年 1月26日

沖村憲樹

沖村憲樹(おきむら かずき):独立行政法人科学技術振興機構(JST)顧問、JST中国総合研究センター上席フェロー

昭和15年生まれ。
昭和38年 3月 中央大学法学部法律学科卒業
41年 4月 科学技術庁研究調整局調整課
55年 7月 振興局管理課情報室長
61年 7月 科学技術政策局調整課長
平成 1年 6月 科学技術庁科学技術振興局企画課長
6年 7月 研究開発局長
7年 6月 科学技術政策研究所長
7年12月 科学技術振興局長
8年 6月 長官官房長
10年 6月 科学審議官
11年 7月 科学技術庁参与
11年 9月 科学技術振興事業団専務理事
13年 7月 科学技術振興事業団理事長
15年10月 独立行政法人科学技術振興機構理事長
19年10月 独立行政法人科学技術振興機構顧問

※科学新聞投稿文より修正

 中国は、本年4月から6月期、GDPがついにわが国を抜いて世界第二位となるなど、経済分野はもとより、外交、軍事、文化、科学技術等あらゆる分野で、世界中に圧倒的存在感を示している。

 科学技術の面では、総合的に見ると、日本は最早中国に追いつかれ、その差は猛スピードで開きつつあり、長期に亘って取り返しのつかない状況になりつつあると考えている。そう考えるに至った現状をいくつかの面から説明したい。

1 世界のトップを目指す世界最高最大の大学集団

(1)圧倒的に膨張する大学

 中国は、建国以来一貫して、「科教興国」を国の最重要政策として掲げ、科学技術の振興、教育の充実を強力に進めてきた。その結果、大学(普通大学、高等専門学校、民営大学等)は、2008年には、3446校となり、2007年から1年間で、316校増えている(図1-1)。その在学生数は1104万人、日本は、251万人である(図1-2)。現在の高等教育就学率は、23.3%である。ちなみに、日本は58%、韓国は98%。急速な経済発展、国民の強烈な向学心、政府の強力な政策を考慮すると、今後も、これまでと同様に、急速なる大学及び大学生の増加が予測される。

図1-1

図1-1 日中大学総数の推移

注:日本の数字は、大学と短大の数の合計である。
中国の数字は、「科学研究機構大学院」、「普通大学」、「民営大学等」の数の合計である。

出典:日本のデータは、「文部科学白書2008」、中国のデータは中国統計年鑑2005~2009をもとに作成。

図1-2

図1-2 日本と中国の大学・大学院在学者数の推移

注:中国の場合は、高等職業学校(専科)を除く普通高等教育機関の在学者数である。

出典:「中国統計年鑑(2009年)」及び「文部科学統計要覧・文部統計要覧」(平成21年度版)により作成

(2)大学への投資拡大と選択、集中政策により、世界最高水準に近づく

1)高等教育機関への投資拡大

 膨大な数の大学のレベルを上げるため、中国は、高等教育経費を年十数パーセントと急速に拡大している。(図1-3)その結果、2006年には、中国11兆円(購買力平価35.96円換算。以下同じ。)わが国は、3.5兆円と3倍以上の格差が生じ、益々開きつつある。

図1-3

図1-3 日中高等教育機関の教育経費推移

注:中国の経費は、「科学技術要覧 平成21年版」の「購買力平価による円換算率」による計算されたものである。

出典:日本のデータは「文部科学白書」2005~2008年、中国のデータは「中国統計年鑑」2005~2008年を基に作成。

2)選択集中投資

 中国は、大学の水準を世界レベルに上げるため、選択集中投資政策をとっている。

 1993年、21世紀までに世界レベルの大学を生み出すための集中投資政策「211工程」政策が提唱され、今日112大学が選定されている。1996年から2005年までの10年間で約2兆8千億の特別投資が行われた。

 さらに、1998年、江沢民の提唱により、一層の集中投資を行い、世界一流、国際的知名度の高い大学を生み出すため、江沢民の提唱に基づき、1998年、「985工程」政策が決定された。現在、「211工程」で選ばれた112大学から39大学が選定され、教育部のみならず、国務院、各部、地方政府などが集中投資を講じ、国を挙げて、世界一流の大学の育成に努力し、成功している。全体予算は、定かではないが、例えば、清華大学北京大学には、初年度、科学技術部から、それぞれ、684億円の投資が行われた。凄まじい集中投資が行われていることが窺え、これらの大学は、最先端の設備機器を備えた世界一流の研究開発型大学に変貌している。

3)優秀な大学の人材確保、人材の国際交流

 これら大学には、世界中から、特別な待遇で、最優秀の研究者が呼び集められている。特に、中国出身の研究者に対しての「海亀政策」という誘致政策が名高い。

 これら大学の学長の70パーセントは海外大学出身者、40、50歳代の若手中心で、60歳代は、わずか24パーセントである(図1-4)。研究者の80パーセントは40歳代以下である。欧米の研究スタイルを身につけ、欧米とネットワークをもった若々しい世界一流の巨大な大学集団が中国に出現している。

図1-4

図1-4 211プロジェクト各認定大学学長の年齢構成及び留学歴(2008年8月時点)

出典:中国科学技術力研究会「平成21年版中国の科学技術力について 総論編」を基に作成

 研究者の卵、大学院在籍者を比較すると、中国2008年128万人(2000年の4倍以上)、日本は微減26.3万人と中国の五分の一(図1-5)。中国からは2007年、世界中に14.4万人が海外留学、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本において外国人留学生第一位(表1-1、2006年)。アメリカでの非移民ビザ取得博士号取得者は中国32%、インド13%、韓国7%、日本3%である(図1-6)。アメリカの研究社会は、中国人なしでは成り立たない。ここ10年間のハーバード大学留学生数をみると、2009年、日本からは激減101人に対し、中国からは2倍以上増え、463人。特に、学部への日本人留学生はわずか5人という。ハーバード大学は、清華大学に、学費、旅費、滞在費持ちでの留学生派遣を要請していると聞く。

図1-5

図1-5 日本と中国の大学院在学者数の推移

出典:中国科学技術力研究会「平成21年版中国の科学技術力について 総論編」を基に作成

表1-1

表1-1 高等教育に在学する留学生及び外国人学生の前居住国・出身国(2006年)

出典:中国科学技術力研究会「平成21年版中国の科学技術力について 総論編」

図1-6

図1-6 米国H-1B非移民ビザ新規取得者博士号取得者の国籍別の構成(2008年)

出典:中国科学技術力研究会「平成21年版中国の科学技術力について 総論編」

 研究成果である論文の量は急増、2010年は日本を抜いて世界第二位、論文の質も急速に上昇し、大学のレベルの向上をしめしている。

 イギリスの教育専門誌「タイムズ・ハイアー・エデュケーション」の大学ランキングによれば、2009年、200位以内に、日本は11校。中国は、香港を含めると11校と評価も急上昇である。

(3)中国の大学は、イノベーション戦闘集団

1)社会貢献、産学連携は、本質的義務

 中華人民共和国成立以降、大学は社会への貢献を義務づけられ、改革解放後は、大学の産学連携活動は、大学の本質的に重要な活動と位置づけられた。あらゆる大学で産学連携活動は極めて活発である。その活動は、単に特許の保有、技術の移転のみならず、サイエンスパーク、校弁企業(大学関係企業)の設立運営、教育訓練、仲介サービス、地域振興など多様な活動を含んでいる。

2)サイエンスパーク

 中国のイノベーションを支えているサイエンスパーク・ハイテクパーク政策の一環として62大学に「国家大学サイエンスパーク」が設置され、ベンチャー企業の育成、インキュベーション事業が行われている。合計の面積は、516.5万㎡、入居企業数6720社。136万人が就業。生産高1兆191億円。単年度で、1384企業が入居し、1794企業が育ってパーク外に移っている。(2006年)

 例えば、北京の精華大学サイエンスパークには、サンシステムマイクロシステム、P&G、トヨタ、東芝、NEC等IT,光学機器、バイオ製薬、金融等世界一流企業が研究室を設けている。北京航空航天大学サイエンスパークには、50万㎡の建物に、宇宙航空関係のハイテク企業が入居。それぞれ、大学は、パーク内に、研究施設を有し、共同研究を行っている。

3)校弁企業

 中国の有名大学は、校弁企業という関係企業を多数保有している(表1-2)。

表1-2 科学技術型校弁企業の総売上上位10社

順位

企業名(出身大学)

総売上高(億円)

1

北大方正集団有限公司(北京大学

17,260.8

2

清華同方股份有限公司(清華大学

5,394

3

浙江浙大網新信息控股有限公司(浙江大学

1,783.9

4

清華紫光股份有限公司(清華大学

1,282.6

5

東軟集団有限公司(東北大学)

1,064.6

6

山東石大科技集団有限公司(山東石油大学)

812.5

7

武漢凱迪電力股份有限公司(武漢大学

710.3

8

西安交通大学産業集団総公司(西安交通大学

545.3

9

誠志股份有限公司(清華大学

528.8

10

武漢華中科技大産業集団有限公司(華中科学技術大学)

440.1

注:①"1北大方正"と"2清華同方"について、総売上高は2009年の値である。その他の企業は2005年の値である。
②総売上高は「科学技術要覧平成21年版」の「購買力平価による円換算率(2005)」により計算されたものである。
出典:中国科学技術力研究会「平成21年版中国の科学技術力について 総論編」を基に作成。
"1北大方正"と"2清華同方"は方正集団及び清華同方股份(株式)有限公司のウェブサイトに基に作成。

 主な大学の校弁企業群の売り上げは、北京大学1兆1291億円、清華大学8239億円、浙江大学2481億円等々である(2006年、表1-3)。本年10月にお会いした、中国の最大の校弁企業は、北京大学の「方正集団」企業群であるが、その日本企業「方正」の管祥紅社長によれば、2012年の方正集団企業群の売上げは、2兆円以上になるという。

 これらの企業は、産学連携活動を行い、その収益は、大学の財政に大きく貢献している。中国の大学は、多様な局面で社会の先頭に立って、中国のイノベーションを牽引している。

表1-3 大学別校弁企業の売上高ランキング(2006年、教育部直属大学)

順位

大学名(所在地)

総売上高(億円)

従業員数(人)

1

北京大学(北京)

11,291.4

20,107

2

清華大学(北京)

8,239.2

26,249

3

浙江大学(浙江)

2,480.5

7,717

4

東北大学(遼寧)

1,613.5

10,617

5

中国石油大学(山東)

1,328.7

2,183

6

武漢大学(湖北)

800.5

2,081

7

同済大学(上海)

753.0

4,132

8

復旦大学(上海)

669.2

6,307

9

上海交通大学(上海)

517.8

3,584

10

華中科学技術大学(湖北)

514.2

5,695

全国合計

41,976.5

160,652

注:総売上高は「科学技術要覧平成21年版」の「購買力平価による円換算率(2006)」により計算されたものである。出典:中国総合研究センター「平成21年版中国の科学技術の現状と動向」を基に作成。

(4)国際化を進め、世界の大学の要を目指す。

1)人材の国際交流の戦略的施策

 わが国は勿論のこと、欧米のどの国にも、圧倒的な数の優秀な中国人留学生、研究者が存在し、増えつつあることは、前述のとおり。各国、外国の各大学の留学生招聘制度の利用、裕福なった中国人子弟の私費留学に加え、中国政府は、中国人海外派遣に極めて戦略的に増加を図っている。その概要を紹介する。「訪問学者公費派遣」(1996年より。毎年1000人)「西部地域人材育成」(2001年より。毎年610人)「国家ハイレベル研究者公費派遣」(2003年より。毎年190人)「ハイレベル大学院生派遣」(2007年より。2011年まで、5000人)「公費派遣大学院生」(2008年より。毎年1000人)このほか、各大学、各研究機関、各行政府、地方政府などの留学、交流制度が存在し、膨大な人数が派遣されている。

 また、多様な制度を設け、海外で働く優秀な中国人研究者を戦略的に招聘している。

 「海外傑出人材招聘計画等」(中国科学院、1997年より。世界的に傑出した人材を1997年から2001年までで1070人招聘。その後の数字は不明)「留学生創業園」(1994年より。人事部、教育部、科学技術部が実施。海外にいる留学生の中国での起業支援。全国110創業園に、6000社が入居。)「国家帰国留学人員創業パーク」(更に規模の大きい国家レベルの留学生創業支援パーク、全国21パーク)「春暉計画」(1996年より。教育部。海外研究者の帰国支援。2006年までに12000人以上。)「長江学者奨励計画」教育部。世界トップクラスの学者の招聘。1998年から2006年までで、1107人)「千人計画」(2009年より。中国共産党中央組織部が実施。外国籍も含む各分野のハイレベル人材の国内への招聘。2010年5月までに662人)このほか、各大学、各行政府、地方政府の招聘があり、膨大な数と思われる。

 最優秀の人々を世界に出す。その中の、世界の叡智を身につけた最優秀の人々を積極的に迎え入れる。世界の大学とリンクした人々が、大学、研究機関、行政府のトップとして活躍する。その相手は、欧米の最優秀大学がメインで我が国の大学は少ない。戦略的な政策が窺える。

図1-7

図1-7 中国から海外への留学生数及び留学帰国生数の推移

注:「留学生数」「留学帰国生数」は、主に国または所属機関が海外機関に派遣した人材及び私費留学生により構成されている。
国または所属機関が海外機関に派遣した人材については、訪問研究員やポスドク、大学院生、学部生など様々な形で海外の大学、研究機関で研究または学業に従事している。

出典:「中国統計年鑑2009」をもとに作成。

2)各大学の国際交流

 これらの人々を幹部に迎えた各大学は、国際交流に極めて熱心である。各大学とも、海外の大学と協力協定を締結、学生の世界への派遣、世界中の国からの学生の迎え入れ、研究協力を熱心に行っている。欧米の大学も中国の大学との協力に極めて熱心であり、イギリスノッチンガム大学は、復旦大学と共同で大学を設立している。ハーバード大学は、清華大学と共同で、上海に新たな大学を設立する計画を進めていると聞く。

 中国の将来を考えると、日本は、中国への留学生を増やすべきだが、北京大学への留学生は、韓国の10分の1、国家規模を考えると30分の1しかない。本年9月訪問した上海同済大学には、2700人の留学生がいたが、日本人は極めて少なかった。

 政府も企業も、中国への留学生を抜本的に増加すべきと考える。

 中国留学服務センターは、欧米のみならず、アジア、東欧、中東、アフリカなど世界中の国からの留学生募集を熱心に行って、世界中とのネットワーク作りを目指している。

 上海交通大学は、2003年から毎年、世界の大学ランキングを発表している。イギリスの教育専門誌「タイムズ・ハイアー・エデュケーション」のランキングが著名であるが、英語系に偏っているという噂もある。上海交通大学は、大学評価を理論的に極め、大学評価の国際基準つくりを目指している。

 中国の大学は、将来、世界中にネットワークを張り巡らして、量的にも、質的にも、世界の大学をリードするようになると思う。

(つづく)


 

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