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【19-13】国境を知らない基礎科学とコスモポリタンのすすめ

2019年10月9日

関根利守

関根利守:
北京高圧科学研究中心・研究員、四川大学・客座教授、大阪大学大学院工学研究科・招へい教授

略歴

埼玉県出身。1974年東京工業大学理学部卒業後、同大学大学院博士課程修了し、シカゴ大学、モナッシ大学、オーストラリア国立大学、無機材質研究所(現NIMS)、カルフォルニア工科大学、広島大学などで研究や教育に携わる。2017年より現職。米国物理学会フェロー。中国外籍千人項目入選。動的高圧実験を通した地球・惑星科学を含む広範囲領域への応用を目指す。

 私の中国との関わりは25年以上にわたります。当時の科学技術庁無機材質研究所で超高圧研究が主体の第1期COEプロジェクトが1993年度に始まり、多数のSTAフェローを急遽募集することになりました。その時、清華大学からの応募者が、私が中国で研究活動をする最初のきっかけになっています。彼は現在、イギリスの大学で教授になり、上海の当HPSTAR(北京高圧研究中心、英語名Center for High Pressure Science & Technology Advanced Research)にも、2度来所し現在も交流が続いています。その後も中国の大学や研究所からCOEプロジェクト継続中に応募してきた多数の若い研究者と知り合う機会に恵まれました。また、中国からのドクターコース院生を短期招待したり、広島大学在職中には、中国国費留学生をドクターコース院生として受け入れ地球コアの問題を含めた研究行い、現在に至っています。

 当HPSTARは大学院生(博士と修士)を受け入れる、高圧力の発生と応用(物理、化学、地球惑星科学、物質科学など)に関する基礎研究を行う新しい研究・教育機関です。本部は北京・海淀区に2018年暮れに建物が出来たばかりですが、最初2012年に上海・浦東新区で開始したことから、まだ上海に半分以上の研究者がいます。インターン院生も短期的に受け入れたり、パートタイム院生としても多数受け入れ、活発な共同研究が行われています。今秋、私も日本から一人インターン院生を受け入れ準備中です。

 私の研究テーマは、高速衝突現象を実験的に再現し、その場観察と回収物の分析からの宇宙での天体衝突や惑星形成時の物理化学的過程の再現あるいは惑星内部の高密度物質状態や衝突現象と生命起源物質の生成・進化の理解を目指しています。また、衝撃波が発生する極限環境を利用した新物質探索研究も行っています。

 使用する装置は、比較的大規模な装置の衝撃銃や高強度レーザーによる衝撃波の発生を行い、その場観察には数ナノ秒の現象まで高速度カメラ(ストリークカメラやフレーミングカメラ)やシングルモードでのオシロスコープなどでの記録装置を使い、光学的な信号や電気信号で測定します。最近では、第四世代の放射光、X線自由電子レーザー(XFEL)が利用できるようになり、レーザーショックと同期することで、従来は困難であった衝撃波の伝搬中の物質の構造状態を高時間分解で、種々のX線検出器を使用してその場観察することができるようになりました。

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写真1 上海のSIOMにある高強度レーザー施設の神光SG IIレーザー

 現在、中国でも硬X線用XFELの建設が上海で進んでいます。このようにその場観察には、高時間分解かつ高空間分解の手法が不可欠です。回収試料の分析は、物質科学的な分析手法をとります。隕石等の分析結果と比較することで、高圧鉱物の有無や衝撃変成の程度からその隕石が受けた衝突状態の推定を行います。あるいはアミノ酸等生命起源有機分子の場合には、コンタミを識別する実験・分析方法を採用し、地球・惑星環境下での衝突エネルギーがもたらす生命起源分子の生成・進化を確認します。

 中国と日本との研究環境の相違につては、分野によっても差があるのではと思いますが、科学に国境はないと言われるように、私の関わる分野では必要な装置は比較的オープンになってきているのではと感じています。無論、現在でも種々の問題がない訳ではありませんが、10年前20年前とは大差があると実感しています。中国での研究活動は、おそらく日本以上に激しい競争社会で、中国は商売上手でもあるNature, Scienceの日本に劣らないほどの良いお得意さんとなっているように見えます。

 中国では、その研究成果は研究費や給料に明瞭に反映され、豊かな研究活動・生活になるかどうかに顕著な影響が及びます。従って、アグレッシブな若者にとっては短期決戦にはもってこいの環境です。逆説的には、長期的な視野・展望に立つ若者にはちょっと厳しく、時限的な成果を問われると苦労するのではと思います。このような状況下では、研究課題もこの可及的思考で短期的な成果が主体となり、深く掘り下げ時間のかかる課題は敬遠される運命になるでしょう。しかし、時代は生きているので、若い人がシニアになるとどんな中国になっていることでしょうか?将来にわたって海外の状況と比較するのが楽しみです。

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写真2 2019年1月に上海HPSTARで行なった、レーザーショックに関するワークショップで中日韓の研究者が参加しました。

 日本の大学院では、ほぼどこの大学院でも理工学系博士課程は定員に達せず、大問題になっています。この問題の一つは日本における院生の支援の問題があると言われています。

 中国を含めて海外では、フェローシップを持つ教授のみ院生を募集し雇用し、受け入れます。日本の大学では定員制で、予算を持たない教授でも院生の受け入れが可能で、院生の労働力としての対価が殆ど認知されず、教育の対象として位置付けられ、学生として非雇用人となっています。学生はもっぱら学外アルバイトで生計を立てなければならない状態で、将来に必要とする広範囲の知識を習得する時間的余裕などない状態です。これでは日本の将来をそのような若者に託すわけには行かず、シニアが頑張らなければならず、別の問題が生じる恐れがあります。現在問題となっている、無給研修医と同様の問題があるのではと感じます。

 その点を考えると、分野に限らず、日本の若者はもっと海外での大学院で楽しく挑戦する機会が増えると、経済的支援を受けながら多様性の文化や思考方法を、余裕を持って学べます。コスモホリタン日本人いやコスモポリタンの数が増え、より良い、より活気のある一層魅力的な日本や世界の創造に結びつくのではと、北には上海の高層ビル群を、南の空には中秋の月を眺め、月餅を頬張りながら考え込んでいます。

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写真3 四川大学・原子分子物理研究所の高速飛翔体発射装置。全長約20m。

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