【19-06】上海と海外における研究生活のこれまでとこれから
2019年4月3日
三木 大介(みき だいすけ):
中国科学院上海植物逆境生物学研究中心 研究員
略歴
岡山県出身。2004年奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科博士後期課程修了後、同大学、東京大学、UC Riverside、Ghent Universityを経て、2012年より中国科学院上海植物逆境生物学研究中心・副研究員、2019年より現職。一貫して植物のエピジェネティクス制御機構について研究を行ってきたが、最近ではゲノムエンジニアリングにも興味を持ち、両方を融合した研究を行っている。
上海に来て早7年が過ぎました。2012年に上海に来た当時は、2-3年、長くても5年ぐらいでひと仕事をし、日本に凱旋するという青写真を描いていたのですが、上海の居心地が思いの外よく、気がつけば上海歴も8年目に突入しました。これまでは、上に教授がいるものの、半独立という形で好き勝手にやらせてもらっていましたが、2019年より研究員(日本の教授相当)として自分のラボを運営することになりました。責任も重大ですし、気が引きしまる一方で、私のようにちゃらんぽらんな人間にPIが務まるのか、非常に先行きが心配でもあります。小さなラボですが、高い活性を持って頑張っていきたいと思います。
中国におけるラボの立ち上げや、研究費についてはすでに他の先生方が詳しく述べられておりますし、特に私は2018年12月に寄稿されている河野さんと同じ研究所所属なので重複するところが多いため、以降は視点を変え書いてみたいと思います。
海外に渡った経緯
私は、奈良先端科学技術大学院大学の故島本功教授の指導のもと、2004年に博士号を取得いたしました。その後、2007年に、University of California RiversideのJian-Kang Zhu教授のラボにポスドクとして参加しました。この時は、今よりもっと英語がわからず、将来的な方向性も描けておらず、よくZhu先生がラボに加わることを許可してくれたなと、冷や汗が止まりません。こんな私をZhu先生が引き受けてくれたのは、指導教官であった島本先生に強く推薦していただいたおかげです。UC Riversideにいた4年間は、植物のDNAの脱メチル化分子機構を中心としたエピジェネティクスの研究に没頭していました。研究器具やラボなどは、奈良先端大と比べだいぶ古めかしく、居室も狭かったのですが、他のラボや大学で行われている第一線の研究情報がどんどん入ってくることが新鮮でした。この4年間は研究だけでなく、現在私が所属する上海植物逆境生物学研究中心で数年間一緒に在籍し、今は福建農林大学に移られた山室さんや名川さん、日本大学に移られた土屋さんなど、他の日本人ポスドクとも知り合うことができました。ちなみにUC Riverside時代に、私たち日本人グループが一番好きだったご馳走は、車で30分ほど走ったChino Hillsにある半島酒店という中国語しか通用しない中華料理店でした。あの頃のメンバーの多くが中国にいる今では、まさかまた中華料理を中国で一緒に囲んでいるなんて、ちょっとした笑い話です。
2011年、ポスドクとしてベルギーのGhent Universityに移動し、ナタネのDNAメチル化の研究を行いました。近代的で綺麗な施設が揃っている研究所とは対照的に、ベルギーの町並みは古式ゆかしく保存されており、アメリカとはまた違った欧州の雰囲気に圧倒されたものです。EUでは、GM(遺伝子組み換え)食品や、ゲノム編集技術を用いて作出した作物等が規制されています。研究所が所有するGM圃場が、環境保護団体によって破壊された時には、その過激さに驚かされました。歴史は詳しくありませんが、数百年前よりヨーロッパ諸国で発見され、発展してきた科学技術は、多数多岐に及びます。しかし、その反面、一般庶民は非常に保守的なのかもしれないと思った次第です。
そのようなおり、UC Riversideでお世話になったZhu先生が、アメリカのラボとは別に上海にも研究所を設立するということで、2012年に本研究所に副研究員として着任いたしました。ベルギーにいた時にお話をいただいたのですが、その時には中国に来ることになるなど全く想像していませんでした。様々な人に話を伺い、少々不安はありましたが、なんとかなるだろうと持ち前の能天気を発揮して、上海にやってまいりました。上海について何より驚いたのは、電動バイクが2012年にはすでに実用化されていてブンブンと大量に走り回っていること、想像していた以上に街が賑やかで華やかであることです。そして物事の遷移の速さには、未だに驚かされます。上海ではUC Riversideにいた時と同様、植物のDNA脱メチル化分子機構を中心とした研究を行なっていましたが、時期を同じくして、世の中の研究はCRISPR/Cas9などのゲノム編集技術がにぎわしくなってきました。流行り物を追いかけるつもりはないですが、遺伝子を思うように操作することができるようになる可能性を秘めた研究には惹かれます。そのため、現在はエピジェネティクスに主軸を置きつつ、ゲノム編集研究と融合させた領域の研究を進めています。
Dream Plants:当研究所のスローガン「Dream Plants」。我々が開発した遺伝子ターゲッティング法によりLuciferaseを導入したシロイヌナズナ(モデル植物)を用いた。
簡単ではありますが私の研究と、アメリカ・ベルギー・中国と在住したそれぞれの国について、私なりの感想を記してみました。どの国でも所属したのは一つの街およびラボだけですし、立場や時期も異なるので、かなり偏った一面のみを見ていると思います。それを踏まえた上で、やはりどの国にも根付いた文化や風土があり、そのそれぞれが興味深いです。
中国での生活について
もう少し中国のことを掘り下げるため、この「中国の日本人研究者便り」の一連の掲載に、どの先生方も未だ書かれていないことはないかと、自分の中国生活を振り返ってみます。いくつかは思い当たりますが、さすがに中国で外科手術を受けられた方はいらっしゃらないのではないでしょうか。上海に来て1年も経たない頃、左肩骨に早急な手術が必要な怪我をしてしまいました。今考えれば、すぐに帰国して手術というのがより良い選択だったとは思いますが、日本では保険に入っておらず、こちらの医師になるべく早く手術をするべきと言われ、そのまま上海の病院に入院・手術をすることになりました。その日の二番目の手術だったのですが、私は中国語がわからない、通訳もお願いできない、できても手術室に入ってこられない、執刀医のマスクには血が飛んでいる、手術室の天井には血痕があるなど(全く誇張なしの事実です)、これは非常に好ましくない状況なのではないかと不安になりました。しかし、今更手術を中止することもできず、まさに身をまかせることしかできなかったわけです。上海で入院していた時は、仲のいい中国人の同僚がお見舞いに駆けつけてくれ、ラボマネージャーさんには入院・手術・退院の手続きまでやっていただき、先にも出て来た山室さんにはこの時もいろいろと助けていただきました。おかげさまで、今では怪我も完治しましたが、中国での外科手術は強烈な経験でした。この時の教訓から、私は海外もしくは日本での国民保険なりなんらかの形で保険に加入しておくことを強くお勧めいたします。実際、私はこの後、膝の前十字靭帯を切るという怪我をするのですが、この時は前回の轍を踏んで日本の保険に加入しており、日本に一時帰国し手術しました。
こうやって振り返ってみますと、アメリカに飛び出した時も、ベルギーに行き、その後上海にやって来た時も、またそれぞれの生活や研究面においても、全てにおいて様々な方々の援助・助言・指針があったからこそ今の私があるということを再認識いたします。私は本当に幸運であったし、周りの人に恵まれていると思います。今後とも、このような人の繋がりは大切にしていきたいです。
これから留学を考える人へ
どの先生方も述べられているので重複は避けますが、中国の研究分野は政府が力を入れていることもあり、現在上り調子です。論文の数はもちろんですが、トップジャーナルをみても中国人の名前が入っていないことなどないぐらい、幅広く一流の研究が遂行されています。日本にいるこれからキャリアをスタートしようとしている方々へ、研究者として海外なら欧米に行きたいという気持ちはよくわかりますが、中国も選択肢の一つとして考えてみてはいかがでしょうか。中国では、当研究所の河野さんと科学技術振興機構の北京事務所が中心となり、在中日本人研究者の会(http://www.sti-lab.org/japan.html)が設立され、活動しています。私は飲み会に参加しているだけですが、こういった研究分野の垣根を超えたつながりができるということは、今後いろいろな形で活きてくると思います。
最後に
このコラムには何を書いても良いとのことでしたので、日本の研究方針に関して個人的な意見です。私は、「選択と集中」戦略には反対です。世界規模に見ても応用面での出口がわかりにくい基礎研究は縮小方向に向かい、比較的自由度が高いと言われる中国でも、応用や直接産業につながる研究結果が求められています。アメリカや中国といった研究者の母数が多く、研究資金も豊富な国々に、日本が同じ土俵に立って勝ち抜くことは現状では難しいのではないでしょうか。それならば、いっそ逆に、日本は基礎研究を重点的に行う方向に舵を切るべきではないかと私は考えます。そうすれば、世界中から基礎研究をやりたい研究者が集まり、日本の研究がより活性化できるのではないでしょうか。アメリカとか中国とか日本とか、そういった国にとらわれず、これからもっともっと研究がやりやすくなって進んでいくことを期待します。
研究室のメンバーと
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