【19-11】【私見】中国での研究生活及びそれに必要なアイテム
2019年9月4日
野和田 基晴 (Nowada Motoharu)
山東大学威海校 空間科学与物理学学院 空間科学研究院 空間天気物理与探計測研究中心 研究員
略歴
東海学大学及び宇宙航空開発研究機構宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)共同利用研究員を経て、台湾國立中央大學太空科学研究所博士后(ポスドク)研究員、北京大学地球与空間科学学院空間物理与応用技術研究所博士后研究員を経験。2015年より現職。
[1]中国で研究するきっかけ
1) 北京大学の博士后(ポスドク)職
台湾から帰国後、次の就職先を得るために研究活動と就職活動を並行して行っていました。その時に読んでいた論文の内容が面白く、主著者にメールを出してみようと思いました。メールには私も論文の内容に関する研究をそちらで行ってみたいという趣旨を書きました。お返事は論文とは違う内容の仕事だが受け入れはOKというものでした。いざ北京に到着し、タクシーで研究所に向かうと、巨大な首都空港などの近代的な大きなビルやオリンピックスタジアムなどが立ち並ぶ光景を目の当たりにしたりにしました。研究所の先生方・大学院の学生さんの親切な対応やお世話を受けました。北京大学では与えられた研究テーマが今までやったことのないテーマでしたので成果を上げられるか心配でしたが、非常に仕事がしやすい環境を与えて頂き、研究に邁進することもでき、楽しく研究生活を送ることが出来ました。中国の研究者とのパイプも築き上げていくことが出来ました。
2) 山東大学威海校の研究員職
北京大学での研究生活を終え、日本で就職活動していました。北京大学でお世話になったボスにメールを送り当時の現状をご報告したところ、"自分の教え子が一緒に仕事をしている人を探している"とのことで、早速彼に自分のCV(履歴書)と自分の論文をメールで送付しました。彼は私が北京大学でPDをしていた際に既に知り合っていたのは幸運でした。早速、山東大学の研究院のDeanに掛け合ってもらい、送付した私家版CVのみで面接やセミナーもなく山東大学への研究職が決まりました。
[2] 自身の研究テーマ
研究分野: 宇宙空間プラズマ物理学
研究内容: 地球は一つの巨大磁石になっています。その周辺に地球磁気圏と呼ばれる磁気バリアを形成します。この磁気圏には常に太陽から高エネルギー粒子が毎秒400km程度という速さで吹き付けて来ます(これを太陽風と呼んでいます)。磁気圏はこの太陽風粒子を遮ってくれますが、ある条件になるとその磁気バリアが剥がれ、それらが地球に入り込んでくる場合があります。そうなると地球磁気圏内では様々な現象が起きます。その代表例が南北の極地方の天空で鮮やかに舞う"オーロラ"で、太陽風粒子が地球上空の大気の粒子と衝突することにより発光する現象を指します。オーロラの時間と空間のスケール及び色彩はどの程度の太陽風エネルギーがどのような種類の大気の粒子がどの高度で衝突するかで決定されるので、オーロラ発生メカニズムを追うことで太陽風から地球磁気圏内に入り込んだ太陽風粒子が"どのようにして"、そして"どのくらい"地球上空まで輸送されていくのかを定性・定量的に議論することが出来ます。
一般に宇宙空間から見るオーロラと地上から見るそれとの全体像は異なります。図1に示した様に、地上で見るオーロラは非常にダイナミックに緯度・経度方向に動くカーテン状の形をしていますが、宇宙空間からオーロラを見ると極域地方を囲むように楕円形の形に見えます(これをオーロラオーバルと呼びます)。
図1: 左から、地上(南極)で見られるオーロラ(1枚目)と人工衛星搭載の特殊なカメラ(可視光帯及び極端紫外光カメラ)によって捉えられたオーロラ(2,3枚目)。2枚とも北半球に現れたオーロラを捉えた。暖色系が濃いところほどオーロラの輝度が強い。1枚目のオーロラの写真は我々の研究グループの博士生の学生が南極観測隊員に参加し、撮影したもの。
しかし、1980年代に入ると奇妙な形をしたオーロラが観測されることがありました。図2の左図は衛星搭載の可視光帯を捉えるカメラから撮像したオーロラの例ですが、図1と比べるとオーバルの内側を貫く"棒状"が付加されたオーロラが観測され、その形から"Θ(シータ)オーロラ"と名付けられました。この発見以降それらの発生機構や太陽風変動との関連を調べる研究がなされました。
図2: 左から、1980年代に発見されたΘオーロラを衛星搭載の可視光帯カメラによって撮像されたもの (Frank+ 1986から抜粋, 1枚目)とIMAGE衛星搭載の極端紫外光カメラから撮像した"J"(2枚目)及び"L"型オーロラ
更に、衛星搭載のカメラによって撮像されたデータを調べていくと、図2の中央及び右図に示す様に、棒状オーロラが捻じ曲がったΘオーロラが観測されてきました。我々はこれらをその形から"J"及び"L"型オーロラとして新たに分類し、現在このようなオーロラがどのようにして形成されるのか、それに伴い太陽風の粒子はどのようなルートで地球の上空にまで輸送されるのかを調べており、結果が纏まりつつあります。
我々の山東大学威海校の空間科学与物理研究学院は太陽物理、地球物理、理論物理など様々なグループで構成され、私の研究テーマを含む"宇宙天気"に関連する問題解明に取り組んでいます。我々のグループはPIの教授1名, 准教授1名, 外国籍研究員4名 (日本、韓国、フィンランド、カナダ/オーストラリア)そして、博士・修士の学生及び学部生20名程度で活動しています。図3には我々の研究所(院)に掲げてある、研究院と我々のグループの紹介及び私の研究テーマに関するパネルです。
図3: 研究所(院)の入り口及び廊下に掲示されている空間科学研究院及び我々のグループと研究活動紹介のパネル。
[3]大学で特筆すべき設備や支援制度
山東大学威海校では、大学院生の留学奨学金獲得を奨励しています。どのグループの博士生でもほぼ海外に1年程度の留学をしています。奨学金を取るには成績や論文を出版しているかなど条件はありますが、殆どの大学院生はその制度を利用して海外で経験を積んでいます。
図4: 山東大学威海校キャンパス全景、空間科学研究院がある建物(聞天楼)近影及び威海市国際海水浴場
我々の大学は中国でも非常に風光明媚な場所にあります。研究院がある建物はキャンパスの一番奥の小高い丘にあり、その裏山の頂上には2台の天文台もあります。また図4に示す建物から歩いて5分程のところに威海市の国際海水浴場があります。夏は特にリゾートビーチとして人気を博し観光客も大勢訪れます。研究院のある建物内でも様々なサマースクールやワークショップも開かれます。我々のグループも8月の終わりに年1回ワークショップを開催し、中国各地から研究者が発表に訪れ、威海の海岸も満喫しに来ます。
[4] 日本と中国の研究環境の違い/中国で研究活動を考えている研究者にアドバイス
研究の分野によっても異なりますが、私は中国と日本での研究スタイルが顕著に違う点が2つあると考えています。
1. 研究室全体のコミュニケーションがうまく取れている。横にも縦にも結束感が非常に強い。
2. SNSを使いこなす。
中国では研究室全体の結束力が強く、PIを頂点として、研究活動や行事の準備を学生・スタッフがテキパキとこなしています。その連携を支えているのはSNSです。伝言はもちろんのこと、教員同士の連絡、グループ内での研究議論、学会の様子の他のグループメンバーへの伝達、個人やグループ内での研究論文に関する議論 etc..はSNS (WechatやTencent QQ)を使って行われるケースが日常茶飯事です。
中国で研究活動を行ってきて痛切に感じたことはグループやチームを大切にし、個々のメンバーと協力し合っていくことが研究者個人を孤立させることを防ぎ、結果的に個々の成果を上げることに連動していくという考えが根付いているということです。実はこの考え方が現代の中国における研究成果が右肩上がりに増加している根本にあるのではないかと考えています。昨今、中国では日本より研究費が潤沢であることが中国の科学技術の急速な発展の原因であるといわれています。これはある意味正解ではありますが、それだけで質の高い研究論文の発表率増加には繋がりません。従って、これから中国で研究しようとする研究者にもとめられるものは"研究力"や"業績"はもちろんのこと"コミュニケーションを周囲と上手く取ることで自分の味方を集め自分を伸ばす能力"だと考えます。この能力を伸ばすことが中国での研究活動をうまく進め自分の成果を伸ばす"近道"ではないかと考えます。
さらに、もう一つ中国での研究・プライベートでの生活を充実させるアイテムは"中国語"の能力です。多かれ少なかれ中国においてアカデミックコミュニティーにいち早く溶け込むには中国語の習得が重要だと考えています。"英語が出来れば十分でしょ"的な考えは捨てて、簡単な表現の中国語1つでも勉強しておくと中国での研究や生活がスムーズに運ぶことは間違いないと思います。私も中国語の勉強のため学部生や学内外の一般の人にしゃべりかけたり話したりするときは下手でも中国語で喋るように心がけています。
[5] 最後に...
近年"中国は研究費が潤沢、ポストも沢山ある、さぁ中国へ行こう!"的な風潮がいろいろな基礎科学コミュニティーやTwitterなどで流されているのをよく目にします。しかしそれは全くと言っていいほどの"幻影"に過ぎません。"研究内容の新規性が無い"、"主著者や責任著者の論文の近年の出版が無い"となれば当然科研費は配分されず、ポストも確約されません。また最近、中国の各大学は研究成果の質の指標としてインパクトファクタ(IF)の数値を重視します。IFが3以上の論文の出版やNature, Science, Cell(NSC)といった高インパクトファクタの論文を出すことを強く奨励しており(ちなみにNSCの論文が出版された際にはボーナスが支給されます)、このことは中国国内における研究競争をますます激化させています。昔は欧米諸国が研究の"最先端"に位置していて、多くの日本のポスドクや研究者は欧米諸国を目指しました。しかし現在は"中国"が研究の最先端に位置していることが多く、日本からも近いこの中国を目指す若手・シニア研究者がますます増えることを期待したいと思います。
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