第47号:脳・神経科学
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プラシーボと疼痛

2010年 8月27日

秋雲海

秋雲海(QIU, Yunhai):
中国科学院深圳先進技術研究院生物医学・健康工学研究所神経工学研究センター研究員

1974年7月生まれ。2004年、日本総合研究大学院大学、生命科学専攻科、理学博士。研究分野:神経精神系疾患画像学研究及び診断治療、日本学術振興会(JSPS)特別研究員(2004~2006)。2005年、国際疼痛学会Bonica賞受賞。

共著者:柯 喜潔(広東医学院深圳南山医院疼痛科)

要旨

 プラシーボを服用した後に生じる疼痛緩解等の神経生物学的現象をプラシーボの鎮痛効果という。多くの文献資料がプラシーボの疼痛に対する鎮痛効果を報告している。国際的な44の大型臨床薬物実験による発見を総合すると、プラシーボは鎮痛の面で明らかな作用を有している。視覚的アナログスケール(Visual Analog Scale、0は痛みなし、100は耐えがたい疼痛値)を使用し、プラシーボによる鎮痛は平均でVAS値を6下げることが証明されている[1][2]。人体の大脳機能画像技術は、非創傷の条件下でプラシーボ鎮痛の大脳機能解剖学的構造と神経生物学的メカニズムを研究することができる。今日の研究では、大脳のいくつかの領域はプラシーボ鎮痛の媒介メカニズムにおいて顕著な機能活性を有していると考えられている。機能的磁気共鳴断層撮影と陽電子放射断層撮影の応用により、我々は被験者のプラシーボの鎮痛効果の下における大脳領域の機能活性の変化、ならびにプラシーボの鎮痛メカニズムに関わる内因性オピオイドペプチドとドーパミンの生理メカニズムを観察することができる。

プラシーボの応用の歴史

 早くも1799年に、最初のプラシーボ対照実験が出現している。20世紀50年代には、大量の無作為化臨床試験を通じて、人々は一般に、プラシーボは疼痛またはその他の疾患の改善に対し大きな作用を有していると考えるようになった。プラシーボ効果というのは、患者に事実を知らせないまま、まったく薬効のない糖衣錠などを服用させても、良好な治療効果が得られてしまうことをいう。Beecherが1955年に発表した『The powerful placebo』は、「多くの証拠がプラシーボは多数の被験者にとって有効であることをはっきりと示し、全体的な有効人数は35.2±2.2%にも達しているが、それに関連したメカニズムは今のところまだはっきりしていない」と結論している。1978年、Levin[3]らは、プラシーボの鎮痛効果はオピオイド受容体拮抗薬Naloxone(ナロキソン)によって遮断されることを発見したが、これはプラシーボの鎮痛作用が内因性オピオイドペプチド系と密接に関連していることを示していた。その後、学者のさらなる研究により、ナロキソンはプラシーボの鎮痛作用を部分的に遮断するだけで、プラシーボの鎮痛を完全に遮断するわけではないということがわかったが、これはプラシーボの鎮痛メカニズムにはさらに内因性オピオイドペプチド以外のその他の内因性神経伝達物質の関与の可能性が存在していることを示していた。AmanzioとBenedettiの1999年の研究は、プラシーボの鎮痛作用はプラシーボへの期待と関連があり、患者がある療法の有効性を期待していると、疼痛を調節する大脳領域が活発になり、エンドルフィン、ドーパミン等の内因性神経伝達物質のような鎮痛物質の放出を引き起こし、それによってプラシーボの鎮痛効果が生まれるということを発見した。

 de Craenらの学者は1999年、大量の資料を収集し、現代的な統計分析の手段によって分析を行い、無作為化対照試験の中で、プラシーボによる臨床症状の改善には大きな個人差があることを発見した。プラシーボ治療は最高65%の患者に有効だという報告もあれば、5%の患者にしか有効でないという報告もあったが、このような差が生じたのは中枢神経系の神経伝達物質の発生・伝達過程や、被験者の個人差に関連していた可能性がある[4]。2001年に、ある学者[1]が130の大型臨床試験の総括を行った。どの試験デザインも治療グループ、プラシーボグループ、無治療グループ等を含んでいたが、メタ分析を採用したところ、プラシーボは疼痛の治療に対してやはり一定の効果を有し、疼痛に関する27の臨床試験において、VAS値(0は痛みなし、100は耐えがたい最高疼痛値)を約6.5も引き下げていた。臨床試験の中で、Lene Vaseら[5]は、プラシーボを別の一種類の活性薬物の対照グループとして使用した試験と、プラシーボを一種類の活性薬物とみなして、プラシーボの鎮痛効果を研究した試験とを比較すると、後者は前者に比べてより大きな鎮痛効果を有しているということを発見した。ある学者(Wickramasekera, 1980年)は、条件反応(conditioning)はプラシーボの鎮痛において非常に重要な役割を演じ、示唆(suggestion)もまたプラシーボの鎮痛に対して一定の作用を果たしているということを発見した。条件反応と示唆が結びつくと、プラシーボの鎮痛効果は単に条件反応を応用し、または単に示唆を使用した場合の2倍となる。そのほか、プラシーボの物理的属性とその使用方式、研究の全体的デザイン、被験者のインフォームドコンセント、試験前の教育とトレーニング、実験の段取りなどは、いずれもプラシーボの鎮痛効果に影響を与えることがある。

プラシーボ効果の神経画像学的研究

 さかのぼること30余年、科学者Levine[3]は1978年、内因性オピオイドペプチド系がプラシーボの鎮痛作用を媒介していることを発見したが、これは臨床条件の下でのプラシーボ効果のメカニズムに関する研究の非常に大きな進展であった。近年、疼痛の分野だけでなく、多くの大型薬物臨床試験においても、プラシーボ効果はますます多く取り上げられている。患者がある療法の有効性を期待すると、疼痛を抑制する大脳領域が活発になり、エンドルフィン、ドーパミン等の内因性神経伝達物質のような鎮痛物質がプラシーボ効果に関与することになる。だが、その詳しいメカニズムはまだはっきりしていない。技術のさらなる発展、近年の機能的磁気共鳴断層撮影(fMRI)、陽電子放射断層撮影(PET)等の神経画像技術の出現にともない、プラシーボ鎮痛の大脳機能解剖画像や、エンドモルフィンの媒介する鎮痛作用、ドーパミンの媒介するプラシーボに対する報酬期待を含むその神経生物学的特性について、詳しい研究が行えるようになった。

 fMRIは神経解剖断層面において、大脳のどの部位がプラシーボの鎮痛効果に関与しているのかを提示することができる。最近、fMRI-BOLD血中酸素濃度依存的シグナル(blood oxygen level dependent, BOLD, 神経の興奮との関連性を表し、領域の電位を示す)技術を利用した一つの研究により、プラシーボは熱痛刺激に対し明らかな鎮痛効果を有していることがわかった。大脳視床、吻側前帯状回(rostral anterior cingulate cortex, rACC)、島葉(insula)等の疼痛に関わる領域の活性は、プラシーボ効果の下で明らかに低下する。同時に、これらの領域の活性低下は被験者の主観的な疼痛値の低下と正比例を成している[6]。これに似たfMRI試験を利用した、fMRI関連性分析(fMRI connectivity analysis)では、プラシーボの鎮痛効果と吻側前帯状回、扁桃核(amydala)、脳幹の中脳水道周囲灰白質(periaqueductal gray, PAG)の間の機能増進には、正比例の関係があることが明らかになった[7]。さらにfMRIとエンドモルフィン拮抗薬Naloxoneの利用を結びつけた研究によれば、Naloxoneはプラシーボの鎮痛効果を解除することができ、しかもこの効果は疼痛に関わる大脳領域―rACC、脳幹の視床下核、PAG、吻側延髄腹側部(rostral ventromedial medulla, RVM)と関連がある。同時に、rACCとPAG、RVMの機能相関性の解除とも関わりがある[8]。PETは放射性同位元素トレーサーを利用して神経伝達物質受容体を直接標識し、その代謝及び受容体の分子レベル面の大脳機能画像を表示することができる。最近、人体のPET画像実験の結果から、大脳のエンドモルフィンとドーパミン及びその受容体は、疼痛認知のプロセスで重要な作用を果たしていることが明らかになった。Levine[3]らは1978年、プラシーボの鎮痛効果がオピオイドペプチドの拮抗薬Naloxoneによって解除されることを指摘し、大脳のエンドモルフィンがプラシーボの鎮痛メカニズムに関与していることを証明した。Petrovic[9]らはPET分子画像技術を利用して、プラシーボの鎮痛効果がエンドモルフィンmu受容体アゴニストremifentanilによる脳血流変化の画像とほとんど合致し、しかもrACCにおける血流増加とも関係があることを発見した。[11C]carfentanilで標識したエンドモルフィンmu受容体及び[11C]racloprideで標識した内因性ドーパミンD2/D3受容体のPET画像実験の結果からは、健康な被験者が持続的な疼痛(5%の生理食塩水を咀嚼筋に20分間続けて注射)刺激を受けると、エンドモルフィン及びドーパミンの放出が活性化されることが明らかになった[10][11]。エンドモルフィン及びその受容体の活性化は、視床前部、側坐核(nucleus accumbens, NAC)、amygdala等の部位において疼痛の情動面と関係があり、反対に、ACC等領域は疼痛の感覚面と関係がある[10]。他方で、内因性ドーパミンの放出とそのD2/D3受容体の活性化は、尾状核(caudate)及び被核(putamen)において疼痛の感知面と関係があり、側坐核は疼痛の感覚面と関係がある[11]。上に述べた実験をベースとして、アメリカミシガン大学のZubieta研究チームは、エンドモルフィン及びドーパミンのプラシーボ鎮痛メカニズムにおける役割について、さらなる研究を行った。プラシーボはエンドモルフィンとドーパミンを放出し、さらにそれらの受容体を活性化することによってその鎮痛効果を達成することができる。それが活性化する脳領域は、rACC、眼窩前頭皮質(orbitofrontal cortex, OFC)、insula、視床(thalamus)、amygdala、NAC、PAG、caudate、putamen等であり、しかもこれらの部位の活性化はプラシーボの媒介する疼痛主観値の低下との関連性を示している。このうち疼痛値の低下と関わりのある脳領域はrACC、insula、NAC、疼痛のもたらす不快値と関わりのある脳領域はrACCであり、McGill Pain Questionnaire (MPQ)感覚値と関わりのある脳領域はrACC、insulaであり、MPQ情動値と関わりのある脳領域はNACである[12][13]。

 以上を要するに、fMRIとPETの脳血流測定によれば、大脳のrACC、insula、thanlamus、脳幹のPAG及びrVMの神経興奮性の低下はプラシーボ鎮痛の調節と関係がある。エンドモルフィン系及び活性オピオイドペプチドμ受容体はプラシーボの鎮痛作用に関与している。オピオイドペプチドmu受容体の標識されたPET画像の研究は、プラシーボ鎮痛が疼痛に関わる大脳部位(例えば、rACC、OFC、insula、thalamus、amygdala、NAC、PAGなど)におけるエンドモルフィンの活性低下に随伴するものであることを示している。また、ドーパミンD2/D3受容体を標識したPET画像実験から、NACを含む基底核のドーパミン活性はプラシーボ鎮痛と関連があることが明らかである。プラシーボの鎮痛が引き起こす側坐核のドーパミン放出は、プラシーボへの期待と関連がある。以上の結果は、上述した大脳領域及びエンドモルフィン、ドーパミンが、プラシーボ鎮痛の面で重要な役割を果たすことを示している(図1)だけでなく[14]、プラシーボ鎮痛がポジティブな期待(positive expectation)に関連した報酬系に属していることを暗示している。

図1

図1:Placebo-induced neural activity in pain-modulatory brain regions (Adopted from Qiu et al., 2009)

点線はプラシーボ鎮痛時のエンドモルフィン伝達性神経回路を示す。
実線はエンドモルフィンとドーパミンの媒介する神経回路、とくにドーパミン作動性ニューロンの関与したプラシーボ鎮痛時の関連のある報酬系を示す。

 

 ポジティブな期待に関連した報酬系はプラシーボ鎮痛と関わりがあるが、しかしそれらの間の相互作用のメカニズムはまだはっきりしていない。報酬に関わる大脳神経回路には腹側被蓋野(ventral tegmental area, VTA)から側坐核に至るまでのドーパミンニューロンが含まれ、また大脳吻側前帯状回―側坐核―中部背側視床等から成る前脳‐基底核神経回路も含まれている。前記の論述において、これらの脳領域がプラシーボの鎮痛メカニズムに関与していることはすでに言及した。ポジティブな期待は報酬に関わるどの神経回路を通じてプラシーボ効果をもたらすのであろうか。これは第一に追究すべき原理である。第二に、ポジティブな期待ではない(neutral expectation, negative expectation など)場合、報酬に関わる神経回路のもたらすプラシーボ効果は存在するのだろうか。以上の科学的問題についてはさらに深く追究する必要がある。これらの科学的問題がはっきり解明されれば、我々はさまざまな程度の期待の下でのプラシーボ鎮痛のメカニズムが理解できるだけでなく、同時に、さまざまな期待の下での報酬に関わる神経回路とプラシーボ鎮痛の間の相互作用メカニズムも解明することができる。最終的に、研究成果をその他の医療分野におけるプラシーボ効果のメカニズム研究にまで広げることができれば、新しい疾患治療方式を模索し、あるいはこのプラシーボ効果を通じて、薬物治療対応の疾患を助けることができるのではないだろうか。

プラシーボの応用と展望

 神経画像学のさらなる発展にともない、現在、プラシーボの内因性オピオイドペプチドメカニズムとドーパミンメカニズムは徐々に人々に認識されてきているが、しかし、プラシーボ鎮痛にはその他の潜在的なメカニズムも存在しているのであろうか。プラシーボのメカニズムが完全に解明されれば、我々はプラシーボを適正に利用し、それに最大の臨床作用を発揮させることができるのだろうか。さらに、プラシーボの臨床作用はいったいどのくらいあるのだろうか。患者がある薬または治療が有効であることを期待し、しかも臨床医の投薬を深く信じて疑っていない場合、臨床医の患者への指導が加わると、このとき、プラシーボは極めて大きな作用を果たすことがある。だが、一部の患者の身体には、プラシーボは少しの作用も及ぼすことができない。では、プラシーボの作用には個人差があるのだろうか。ある者がプラシーボに対して高反応者であるのに対し、ある者はプラシーボに対して低反応者、さらには無反応者であるのだろうか。臨床において、一部の患者には、いかなる薬理作用もないプラシーボを応用した後、活性のある薬物に類似した吐き気・嘔吐、眩暈、頭痛などのような不良反応が出現しているが、どうしてプラシーボの作用とは相反するこれらの反応が現れるのだろうか。このとき、大脳中の相応の脳領域内の内因性オピオイドペプチドとドーパミンの分泌は依然として活発なのだろうか。プラシーボの効果は疼痛の方面に応用できるだけでなく、その他の疾患の方面でも一定の治療効果を有しており、医学界のみならず、広範な社会分野においても注目を浴びている。2010年3月29日のアメリカ・フォーブス誌は、プラシーボ効果の影響について特に報道している。同誌は「プラシーボは心臓疾患または癌を治すことは永遠にできないが、腰背部痛の軽減、パーキンソン病患者の症状改善、抑うつ症の緩解、吐き気・逆流の軽減といった面では作用を発揮することができる」と述べ、ハワイ大学医学部のKaptchuk教授の「プラシーボの作用を軽視するよりも、医者はむしろそれをもっとうまく利用すべきだ」という言葉を引用している。この文章の結びは「医者は患者に高い薬を提供する際、これらの薬のプラシーボ作用に注目すべきではないか」と特に問いかけている。これは明らかに、一部の薬品の実際の治療効果に疑問を呈したものである。いくつかの疾患において、プラシーボの治療が高価な薬品に取って代わることができ、あるいは明らかな治療効果を持つのであれば、その医療業界全体、社会・経済効果に対する作用は軽視することのできないものである。

参考文献:

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