社会的知能に関する科学の形成及び発展
2012年 2月 6日
戴 汝為(Dai Ruwei):
中国科学院自動化研究所・中国科学院 院士
1932年12月生まれ。1955年、北京大学卒業。後に有名な科学者、銭学森に師事。中国科学院に勤務、現在に至る。1980年、米国に赴き、有名なモデル識別の大家、傅京孫(K.S.FU)教授に師事。1991年、中国科学院の院士に選出。自動化研究所学術委員会、学位委員会主任、中国自動化学会理事長、国際自動制御聯盟(IFAC)委員、中国中医科学院中医薬国際連盟委員。自動制御、システム科学、思考科学、モデル識別、人工知能の研究に従事。いくつかの先進的領域で学際的な統合研究を行い、経済、軍事、社会発展領域の重大問題における意思決定に重要な役割。清華大学等の大学教授を兼任。国家レベルの重要な賞を多数回受賞。
1 「社会的知能の科学」の時代的使命
いかに重要な学術的概念の提起又は学問の発展も、特に現代においては、必ずや科学の発展と社会の進歩によって明らかになった必要性と可能性の双方により促進された結果である。「社会的知能の科学」とは、現代のグローバル化という条件下で、人類と社会の歴史が現在の段階まで進化しために必要とされ、人類がコンピュータ技術を掌握し、世界がインターネット時代に突入した必然の結果であり、「マン・マシン系」条件下で人類の知恵が高度に拡大され、インターネットを背景に人々が相互に刺激し合い、歴史と現実を融合させ、世界各地の人類の知恵を集結し、大成させた客観的な成果である。
つまり、現代では、いかなる科学の進歩もランプの灯りの下で著述に没頭する時代は終わり、一部の天才によって「現象」から「本質」を連想するという発明の時代も終焉を告げた。世界が直面する問題は、例えば自然界の気候変動や地震による津波、度重なる災難であったり、社会制度の発展による競争、国・地域間の協力・紛争であったりするが、いずれも個人や関与する集団の知恵で解決できるレベルをはるかに超える。必要とされるのは、分野を超えて古今の経験を内包し、さまざまな知恵を統合することであり、情報をさまざまな知識を集約した「知識の大成」へと転化し、社会を受け皿として湧出する知恵へと転化させることである。このような社会的な知能の構築や、特にその湧出条件及び問題解決に必要となる手段の研究は、人類社会に総合的に貢献する学問分野であり、これこそが「社会的知能の科学」である。
2 社会的知能の形成及び発展の基盤である「思考科学」
銭学森が創出した「思考科学」は自然科学及び社会科学から構成され、エンジニアリング、科学、哲学等、異なる次元のさまざまな学問分野に立脚した学際的な交わりと融合を充分に体現している。現在の科学技術と人文科学の融合や、自然と社会の発展に対し、銭学森はシステム科学、思考科学、複雑性科学 (complexity science)の交差・融合を基盤に、創造性豊かに「定性から定量までのメタ合成工学」を唱え、かつ、思考科学の応用技術として「メタ合成工学のワークショップホール」を構築した。思考科学は国内外で大きな反響を呼び、20年余り前に西洋の認知科学の大家、H. Simonをして、協力して一つの思想を作り上げることができるとまで思わせたほどであった。
2.1 「知恵」の源泉である「創造的思考」
銭学森によれば、「思考科学」の基礎科学は「思考学」である。研究者たちが主に意識的に思考する「法則」は、抽象(論理的)思考学、イメージ(直感的)思考学、創造的思考学の3つの要素に細分化でき、このうち創造的思考は知恵の源泉であり、抽象(論理的)思考及びイメージ(直感的)思考はいずれも実現のための手段である。創造的思考は知恵の源泉であるとともに、イノベーションを実現するための内的メカニズムと深層の原動力でもあり、そこから生まれる知恵はイノベーションのプロセスのさまざまな段階を貫く。
2.2 思考方式の発展 -- 社会的思考及び集団的知性
人類の思考方式がたどってきた変化の歴史から見れば、社会科学と自然科学は当初は一つだったものが科学の発展に伴い二つに分かれた。社会が今日の状態まで発展し、思考方式に変革が生じた以上は、社会科学と自然科学にはより高い次元での「協調」と「融合」が求められる。このことから、「社会的思考」が創出された。
社会的思考とは、社会全体から見た客観的現実に対する、「人」による認識である。それは、社会全体や社会的関係を基盤に、無数の個人による思考やさまざまな集団の思考が互いに影響しあう、多元的・複合的な観念の体系である。集団的思考とは、思考する若干の個人により構成される集団が思考主体となってシステムを構成する特有の機能であり、個人では到達し得ない全体的な思考能力が生じる。銭学森によれば、「社会的思考とは、情報ネットワークの繋がりの下で多数の大脳により形成される、個別の大脳よりも複雑で、高次な思考体系である。イメージ的思考が平行する多数の線が交錯した思考であるとすれば、社会的思考はこの性質がさらに強い」。「社会的思考学」とはまさに、研究者たちが集団として思考した法則、ならびにそれと集団的思考との相互関係、相互作用による科学である。
社会の中の集団がこのような思考状態にあれば、思考能力は大いに高まって過去にないレベルに達し、思考の結果によりブレイクスルーが生じ、さらに高いレベルの集団的知性が湧出することが予想されるが、このような集団的知性の実現はメタ合成科学によるものである。銭学森は社会的思考学を「定性から定量までのメタ合成工学」と融合し、「人を主体としたマン・マシン系の、定性から定量までのメタ合成工学のワークショップホール体系」にまで発展させ、「マン・マシン系」の思想を充分に体現させ、現代の科学技術とそれを主体的かつ相互に高める現代の集団的知性とを統合した。
2.3 思考主体のブレイクスルー --「マン・マシン系」
思考科学では、既存の手段から情報化時代にふさわしい手段へと認識手段の改革を実現する必要があると考える。コンピュータを代表とする現代の科学技術の発展により、人の認識能力は大いに高まった。コンピュータは人の脳の延長であり、人の思考手段であり、新しい認識手段でもある。社会的知能の科学において、精密な数量分析を運用できると同時に実験室で研究できるようになったことは、知能科学が現代的意味での「科学」となったことを意味する。思考方式の転換が認識手段の転換を決定づけ、認識手段の転換はさらに客観的事物に対する人々のさまざまな判断と認識に影響する。情報技術、シミュレーション技術、コンピュータ及びマルチメディア・バーチャル技術等の現代科学技術の運用により、人々の認識方式に転換が生じ、社会的知能を実現する新たな認識手段となった。
3 イノベーションのプロセスにおける社会的知能の湧出
人の思考プロセスで発生する新しい意識及び長期記憶となるプロセスに関する研究によれば、人間の創造は異なる事物に対する飛躍的な連想にまずは由来する。このため、創造のひらめきが起きたとすれば、それはいわゆる「イメージ的思考」の一般化である。その後、厳密な科学実験又は数学的計算により検証を加えたいとするなら、ここでもいわゆる論理的思考を用いる必要がある。このため、「創造」とはイメージ的思考に始まり論理的思考に終わる、イメージ的思考と論理的思考の結合であり、マクロ的思考とミクロ的思考の結合であり、進化により生じた創造の成果でもある[6]。
「自主的な」イノベーション能力の向上はイノベーション型国家発展戦略の核心であり、イノベーションのプロセスは一貫して創造力の影響を受けるため、創造力に対する研究は学術界における重要なミッションである。米国の認知心理学者チクセントミハイは、想像力の問題を研究するプロセスで想像力のシステム観を提起し、想像力とは実質上、さらに追究すれば一つのシステムと認識できることを打ちだした。このシステムは当然ながら一般のシステムとは異なり、「社会システム」の範疇に含まれる。
3.1 創造力のシステム観及び社会性
20世紀から現在に至るまで、人々は創造力及び人類社会を発展させる創造的現象に注目してきた。創造力とは実質上、多様な要素を持つモデルである。創造力は2つの参照系、つまり個人的参照系及び歴史的参照系と関わる。チクセントミハイは創造力のシステム観を提起し、創造力とは実質上、3つの要素の有機的結合により決定づけられると考えた。
創造力の研究史においては、H. Simonとチクセントミハイの2人の科学者による議論を創造力システムの論争と位置付けることができる。創造力を巡っては問題の解決なのかまたは発見であるのか、また、コンピュータによる再現の是非に関する問題について議論された。
チクセントミハイによれば、創造力は人と社会文化システムの発展における相互作用に存在し、彼の創造観は社会と文化の進化における創造観である。H. Simonの考え方には非理性的要素の分析が欠けており、現実の認知プロセスを完全に特徴づけることはできず、重要な社会性による人に対する影響を見過ごしているとチクセントミハイは考える。
3.2 集団的創造力
認知心理学者たちは、人の心理活動と推進効果の面から見て、創造力を2つに分類する。すなわち、個人の心理に基づくP創造力と、歴史及び社会に基づくH創造力であり、人類史全体及び所属する社会条件の中で所有される思想の成果や商品、行為を参考系とする。継承的問題の解决と学習により発見され、体現されるのがP創造力であり、発展性及び社会性問題の解決と科学により発見され、体現されるのがH創造力である。
発展の経緯から見れば、創造力の研究は当初は個人の創造力に関するものであったが、システマティックな観点からの分析により、後にようやく集団的創造力が重視されるようになった。集団的創造力は個人の創造力とは異なり、その最大の特徴は、ある個人の内的思考活動のプロセスではなく、集団メンバー間の情報交流を観察及び分析の対象とする点にある。このことは、創造学の領域全体の発展を牽引する突破口となる可能性があり、より開放的な方法で人の創造力の問題に注目する方向に創造学を導くことで、システム科学と社会における実践をより緊密に連携させ、イノベーションのプロセスと創造力の持つ主体的集団性及び客観的社会性を一層明らかにできる可能性がある。
3.3 社会的知能の湧出
1990年に銭学森らは「科学の新しい領域――オープンで複雑な巨大システム(OCGS)及び方法論」という文章を発表した。この文章では「オープンで複雑な巨大システム」という概念、ならびにこの種のシステムを処理する「方法論」が提起された。しかし、発表されてから相当長い間、人々は「オープンで複雑な巨大システム」について全く理解できなかった。当時、海外のシステム科学研究者の一部により検討されたのも単純な巨大システムに過ぎず、「オープンで複雑な巨大システム」は認識されなかった。彼らが対象とした単純とは科学技術面の問題であり、例えば物理学や化学面でのシステムであった。「オープンで複雑な巨大システム」は多くの人にとってなじみのないものであり、研究者たちはまだ、自然科学の範疇にあるシステムと社会経済システム、人体システム、人の脳システムのような人と密接に関係する各システムを結び付けて分析することができなかった。
1992年に、「オープンで複雑な巨大システム」の処理方法、すなわち「人を主体とするマン・マシン系ならびに定性から定量までのメタ合成工学」を基礎に、いかに人間の思考能力を高めるかについて、銭学森は国際的な学術グループにおける経験、C3/I業務及び作戦シミュレーション、人工知能、バーチャルリアリティ技術、「マン・マシン系」の知能システム等における経験を総括し、さらには今後の目標として「人を主体とするマン・マシン系ならびに定性から定量までのメタ合成工学のワークショップホール」(Hall for Workshop of Metasynthetic Engineering)を構築することを打ちだした。これは、専門家たちが高性能コンピュータ及び情報データ・情報システムと共に仕事をする「ホール」である。これは、専門家たちと知識データベース情報システム、各種人工知能システム、数十億命令/秒のコンピュータを、あたかも作戦指揮センターのように組織化して巨大な「マン・マシン系」による知能システムを構築するものである。「組織」は論理、理性を代表するが、専門家たちと各種人工知能システムは実践・経験を基礎とする非論理的・非理性的知能を代表する。このため、この「ホール」は21世紀における集中業務を行う民主的なホールであり、思考弁証の体現である。こうして、人の知性、機械の知能、古今東西の各分野における知的情報を総合し、集積することにより、認知科学、思考科学と関係する「マン・マシン系」の知能研究の成果を体現すると同時に、コンピュータ、情報ネットワーク等のさまざまな分野の先進技術の利用により成熟したオペレーション・プラットフォームを構築した。このプラットフォーム上において、「マン・マシン」のダイナミズムにより新たな「インテリジェンス」が共同で創造された。これらのインテリジェンスは当時の社会背景を反映し、社会に存在する問題を解決するために国際的なインターネット上の大勢のネットユーザー及び特定分野の専門家たちといった集団的知性を集約することで、ある程度の「社会的知能の湧出」を実現させた。
4 社会的知能の科学における方法論
方法論から見れば、近代科学から現代科学までの発展プロセスにおいて、「還元論」は重要な役割を果たし、特に科学技術分野で大きな成功を収めた。還元論においては全体を細部に向かって分解し、より詳しく研究する点が長所であるが、下から上へ戻ることはできないため、高次又は全体的な問題には答え切れないことが欠点である。「還元論」ではシステムの「全体性」の問題、特に社会システムの全体性という問題を処理しきれないため,社会と自然が共存する分野での関連問題を処理する際に、一方を立てるともう一方が経たないという問題がある。
4.1 メタ合成法の提起
1986年、銭学森はスピーチの中で、ソフトサイエンスとは「定性的手法と定量的手法が結びついたもの」であると語り、ソフトサイエンスの研究には次の3つの要素が不可欠であるとした。すなわち、1) 情報、情報データ、状況をはっきりさせること。2) 定性から定量までを結びつけるには専門家の意見が非常に重要であり、専門家の経験と判断を収集できるルートが必ず必要であること。3) 定量分析を行い、モデルを構築する場合は、データを収集した後に専門家を招いて討論し、意見を述べてもらうこと。その後、専門家の意見に基づいてモデルを構築し、電子コンピュータで計算する。計算結果については、再び専門家を呼んで審査してもらう。これを繰り返す。このプロセスこそ、理論と実践の結合、定性と定量の結合のプロセスである。この手法を「定性と定量の結合したシステム工学手法」と称する。
この方法は社会システム、人体システム、地理システムという3つの「オープンで複雑な巨大システム(OCGS)」の研究・実践の基礎として帰納され、総括され、抽象化されたものである。
4.2 メタ合成法の形成及び発展
1991年、多数回にわたる学術討論を土台に、われわれは「定性と定量が結びついたメタ合成法」を「定性から定量までのメタ合成法」に発展させた。ここでは、思考のダイナミズム、弁証の性質が重視される。この方法の核心は、複雑な情報処理プロセスにおいて、特にメタ合成の重要な役割を突出させたことにある。
ある複雑な事物を認識するプロセスは、次の形で全容が表現される。
感性の具体化→思考の抽象化→思考の具体化(感性の認識)→理性の認識
これはすなわち、1つの複雑な事物に直面すると、人は大脳を通じ、ぼんやりとした表象からある明晰かつ豊かな全体を得るが、思考の抽象化と具体化という2つの段階には、抽象化のみならずイメージ的思考におけるメタ合成のプロセスが含まれ、感性的認識から理性的認識への橋渡しを体現している。
われわれの論ずる「メタ合成」とは人と機械の結合、つまり「人を主体とするマン・マシン系」であり、人の脳における情報処理とコンピュータの情報処理の結合である。これこそ、「マン・マシン」が共同で創出した知恵と言える。
「定性から定量までを結合する手法」をいかに運用するかは、人が経験に基づき適切な枠組みを模索した後に数学でこの枠組みを構成するという、一連の流れを効果的に結びつけることにある。また、人も一人に限定せず、専門家の集団とすることこそ、「定性と定量の結びついた方法」の長所である。
このため、メタ合成法の実際は、専門家体系、データ・情報体系、コンピュータ体系の三者による有機的結合であり、それ自体がオープンで複雑なシステムである。「メタ合成法」と「ワークショップホール体系」はまた、イメージ的思考と論理的思考を結び付けるため、「創造的思考」の良い事例と言える。
この方法論は、「還元論」と「全体論」を結びつけたものである。すなわち、還元論を超越し、全体論をも発展させた、「システム学」の新たな方法論と言える。
4.3 時代的必要性
経済のグローバル化と急速な発展を背景に、各国・各地域社会の変化は、システム性、全体性、複雑性、突発性、可変性、ランダム性等の重要な特徴を呈するようになった。社会問題の処理も各要素の影響をさらに受けるようになったため、全体性・複雑性思考を運用し、複雑な各要素を全面的に考慮し、専門家集団の力を借り、先進的な情報技術手段を運用し、人の脳にコンピュータを加えた方法で問題を解決する必要が生じてきた。
前衛的な科学者として、銭学森は早くも1970年代に次のことをはっきりと提起している。すなわち、「われわれと提唱するシステム論とは、全体論でも還元論でもなく、全体論と還元論の弁証的統一である」。このシステム論の思想はメタ合成思想を形成した。1980年代末に銭学森は、今度は「定性から定量までのメタ合成方法」を提起した。その実際は、専門家体系、情報・知識体系及びコンピュータ体系を有機的に結びつけて高度でスマート化した「マン・マシン系」融合体系を構成し、多くの面からの定性的認識と必要とされる定量的認識を充分かつ有機的に結びつけるものである。これこそ、「人を主体とした、マン・マシン系による、定性から定量までのメタ合成方法論」である。
5 社会的知能工学の実践
5.1 「メタ合成ワークショップホール」の構築と社会的知能のプラットフォーム
人工知能、知識工学、情報デジタル技術等のさまざまな技術的手段を「メタ合成ワークショップホール」に導入した、「人を主体としたマン・マシン系によるメタ合成」については、現代の情報技術による構築を経て、「ホール」から情報空間への発展段階で創造的思考及び社会的知能の湧出を実現した。
5.1.1 「メタ合成ワークショップホール」
「メタ合成ワークショップホール」とは、情報ネットワーク/情報ネットワークモデル、マルチメディア技術、バーチャルリアリティ技術、データ及び知識データベース(過去及び現在の知識、研究プロセスで得られた知識、各種関連データ及び情報、専門・経験に基づく知識等ならびにデータベース管理システムを取りまとめた物)、モデルバンク(モデル、パラメータ、アルゴリズム、実例、現場モデルの構築等及びモデルバンク管理システムを取りまとめた物)、マルチチャネル「マン・マシンインタラクティブ」(手書き及び発音入力)ならびに情報家電等に基づく端末及びサーバへのアクセスを採用することである。こうすれば、広範囲に及ぶリモート・ディスカッションを持ち、多数の人が参加し、専門家グループが中心に存在するワークショップホールにより最終的に検討され意思決定される、大規模かつ分散式の、下から上へ段階的な「マン・マシン」間のダイナミックでインタラクティブな討論・意思決定体系が構築できる。
5.1.2 「ホール」から情報空間まで
「メタ合成ワークショップホール」の概念において、「ホール」とは、専門家たちがコンピュータや情報データ・情報システムを用いて仕事をする場所である。
情報及びネットワーク技術が急速に普及し、人々の仕事や生活のあらゆる場面に深く入り込むのに伴い、「Cyberspace(情報空間又はデジタル空間)」は重要な概念となった。Cyberspaceはかかわる者に時代や地域の制約を超えていつでもどこでも関心のある問題について研究し、交流・討論できるようにさせ、かつ、国内の物か遠隔地の物であるかに関係なく、インターネット上の大量のリソースをいつでもどこでも利用可能にした。情報及びネットワーク技術のこのような発展は、メタ合成ワークショップの実現に新たな可能性を提供し、既存の「ホール」の拡大と言える。このため、Cyberspaceに基づくメタ合成ワークショップ工学、すなわちCyberspace for Workshop of Metasynthetic Engineering(CWME)を構築することができた。「メタ合成ワークショップホール」からCWMEへの発展は、情報社会という条件下でのワークショップホール体系に対する具体化、拡大である。
5.1.3 メタ合成の出現する創造的思考及び社会的知能
情報ネットワークを基礎とするメタ合成ワークショップシステムには強い操作性があるとともに、進行プロセスの中で創造的思考を生じることから、この体系に資する社会システムに対して言えば、社会的知能を湧出していると言える。それは、次の面で表れる。
(1) 「マン・マシン系は人を主体とする」。人は当該システムの中で一貫して指導的役割を果たし、使用者を現実社会の人と人との意思疎通、交流に回帰させ、創造的思考を啓発する。
(2) ネットワークへの直面。現時点で最も信頼性があり、利用が簡単な、Webに基づいた共同作業プラットフォームを提供していることから、広範な交流・意思疎通を必要とするすべての企業、団体、研究機関にふさわしい。社会の各領域からの情報を総合し、知識を知恵に昇華させる。
(3) さまざまな形式によるリソースの共有及びコンピュータ間の相互操作は、専門家の大脳に存在する知識を可視化の手法により共有するのに役立ち、創造的思考に資する。また、ソフトウェア集積の設計業務及びサーバの負担を軽減する。
(4) プラットフォームを跨いだリアルタイムでの連携は、WindowsからMac、Unix、Linuxにまで拡大し、ワークショップホールのユビキタス性を実現した。また、情報、知識、知恵への転化の空間を大幅に拡大した。
(5) マルチメディア・アクセス設計では、リアルタイム音声通信、手書き、漢字識別、指紋識別(身分認証に応用)、ビデオ会議等のマルチメディア手段を充分に利用する。思考の相互交流や創造的思考の活性化に役立つ。
(6) 知識管理と結びつけ、「ワークショップ体系」は知識の生産及びサービス体系であることを体現し、社会的知能が湧出するプラットフォームへと発展させた。
CWMEの情報システムにおいて、人と情報システムの相互作用はさまざまなセンシング手段及び情報ルートによる多次元情報の方式で進められる。外界の情報に対する人類の感知は視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚等による。なかでも視覚と聴覚が主な情報獲得手段である。研究の目標はこれら多数のルートによる構成される相互情報システムを確立することにある。第一には、複数ルートの物理的実現であり、聴覚、触覚、味/嗅覚、視覚に関する三次元モニタを設計する。これらがバーチャルリアリティを構成する重要な要素となる。その後、複数ルートによる相互補足情報の融合によりセンシングの確度を高める。「バーチャルリアリティ」の意義は、あたかもその場に身を置いているかのような臨場感を人に感じさせることにある。このことは人の創造的思考の向上に役立つため、科学技術または文学・芸術分野を問わず、人間の創造に重要な役割を果たす。これら創造的思考や知恵が湧出するプラットフォームこそ、個人及び集団に創造的環境を形成させ、「社会的知能」の誕生をもたらした。
長い歴史の中で、工学、技術、自然科学の各システムに由来する「コントロール」が「スマートコントロール」へと発展した。社会システムにおける「管理」は、スマート技術の応用に伴い「スマート管理」へと進展した。この両者が融合して生まれた新たな概念が「スマートコントロール及び管理」である。また、メタ合成ワークショップはさまざまな意思決定を支える中で思考の昇華、社会的知能の湧出を実現し、スマートコントロール及び管理プロセスの実現において、人類の進歩を促した。
5.2 「意味スマート検索」システムの誕生
尹紅風博士は1990年代、筆者の指導下でスマート科学の研究に力を尽くし、銭学森の思考科学の思想を発展・演繹させて思考の構造モデルを構築し、イメージ的思考、論理的思考とそれに対応する保存・演算との関係を詳細に分析し、イメージ的思考の連想・記憶にかかる数学モデル及び人工ニューラルネットワークのシミュレーションを実現した。われわれはこれらの成果を「思考及びスマートシミュレーションに関する考察」と題する論文にまとめた。銭学森によれば、「ここで論じる問題は非常に重要であるため、時代を超えて規範となるような文章にまとめるべきである」。
近年、尹紅風らは思考科学の思想及び理論を新世代検索エンジンの理論的基礎に据えた。新世代検索エンジンとはスマートコンピュータであり、その目的は、人の世界的な知識データベースのようなものを構築し、知識に基づく「検索」を提供することにあるため、「知識エンジン」とも言う。人と同様、すべての情報を理解し、莫大な情報を有用な知識に転換して初めて、最も良い形で情報を利用できる。このことは、情報技術から知識技術への大きな転換、すなわち、データを中心とする状態から人を中心とする方向への転換を切り開くであろう。また、彼はアルゴリズム及び工学面における多くの難題を克服し、世界初の英文インターネット「意味スマート検索」システムを開発した。このことは、社会的知能工学の新たな成果となった。彼の発明した「意味スマート検索」システムは、現在の国際的な検索分野において先駆者となったうえ、まさにこれら創造性における研究の成果であり、社会的知能分野の発展及び応用に貢献し続けている。