第73号
トップ  > 科学技術トピック>  第73号 >  現地調査報告・中国の世界トップレベル研究開発施設(その6)中国エコシティの現状について

現地調査報告・中国の世界トップレベル研究開発施設(その6)中国エコシティの現状について

2012年10月24日

和田 智明(わだ ともあき):東京理科大学特命教授 兼 科学技術振興機構研究開発戦略センター 特任フェロー(海外動向ユニット

 1977年4月科学技術庁計画局入庁。原子力局原子力開発機関監理官、科学技術振興局科学技術情報課長、神奈川県企画部科学技術政策室長、科学技術庁原子力局動力炉開発課長、文 部科学省研究開発局原子力課長、開発企画課長、大臣官房政策課長、内閣府大臣官房審議官(沖縄政策担当)、独立行政法人日本原子力研究開発機構執行役、文部科学省科学技術政策研究所長を経て、2 010年4月政策研究大学院大学政策研究科連携教授。同年10月東京理科大学特命教授、科学技術政策研究所客員研究員、科学技術振興機構特任フェロー。11年8月国立極地研究所北極気候変動研究事業運営会議委員。< /p>

1.中国エコシティの状況

 中国では、農村部からの人口の流入により、急速な都市化が進展しており、2020年には人口100万人以上の都市が200以上になると予測されている。このような都市人口の急増に対応して、雇 用の創出や住宅の確保など新たな都市開発が喫緊の課題となっており、現在、環境配慮やエコを理念として掲げる「エコシティ」計画が全国各地で進められている。

 その数は200近くに上り、「低炭素都市開発」(国家発展改革委員会)、「エコ工業園区」「環境保護モデルシティ」(環境保護部)、「スマートグリッドパーク」(中国国家電網)、そ して主に各地方政府が自主的に進めている「生態城(エコシティ)」等に関する計画が併存しており、モデル事業としてはいささか乱立気味の状態にある。

 今回、そのような数あるエコシティ建設計画の中で、規模が大きく、歴史があり、国家・省レベルの何らかの関与が認められるモデルのうち、地域性(南北沿海部、内陸部)も考慮して4地域を選び、プ ロジェクトの概要(開発の経緯・政策上の位置づけ、環境上の達成目標、進出企業等の状況等)と、グリーンエネルギー等新技術の導入計画を中心に調査を行った。参考までに、今 回選択した四つの地域の場所を図1に示す。

図1 今回調査したエコシティの位置

図1 今回調査したエコシティの位置

 この四つの地域の中で、開発が進んでいるのは、中新天津生態城(天津市濱海新区)と曹妃甸国際生態城(河北省唐山市曹妃甸新区)であるが、この二つの地域では環境上の技術達成目標を設けるとともに( 中新天津生態城の場合は22、曹妃甸国際生態城の場合は141)、それに伴うグリーンエネルギー技術の導入計画を有している。

 これらを明確に示すことにより、環境配慮型の企業の誘致を積極的に行うとともに、新都市に居住する住民のための住宅開発を着々と行っている。日本企業をはじめ、内 外の企業が将来の市場拡大を期待して大きな関心を有しており、技術供与を行うとともに、進出を検討している状況にある。(詳細については、JST「中国の科学技術力について~世界トップレベル研究開発施設~」第 5章を参照されたい。)

写真1 天津エコシティの完成予想模型

写真1 天津エコシティの完成予想模型

和田撮影

写真2 曹妃甸エコシティの完成予想模型

写真2 曹妃甸エコシティの完成予想模型

和田撮影

2.中国都市開発の歴史とエコシティのねらい

 過去において、国土が広大な中国における改革の多くは、いくつかの先進的なモデルを作り、そこでの成功体験、得られた知識・ノウハウを政府として広く宣伝するとともに、そ れを全土に広げる形で進められてきた。中国では長い社会主義体制の下で保守的な考え方が根強く、最も効果的な時・場所でのモデル事業の展開が、現 状維持勢力に対して突破口を開く推進力となることが期待されるからである。

 具体的には、1980年代における"深圳"での経済特区の建設、90年代の"上海・浦東地区"における対外開放都市の建設が成功モデルとして挙げられる。しかしながら、2000年代にかけて全土に多くの" 経済技術開発区"が作られると、各種の概念に基づくモデル都市・地域の乱立が目立つようになってきた。

 そのような流れの中で、中国のエコシティの現状は、産業団地、住宅団地の形成計画の中で、「エコ」という看板の下にグリーンエネルギー技術導入をショーケース的に行い、企 業の誘致や住民の定着を図っていくというものである。

 今回の4地点の調査で中国エコシティの全貌が明らかになったわけではないが、中国においてエコシティ(生態城等)が200近く存在していることにより、中国のこれらの都市が市民のエコ意識の高まりの下、環 境上の配慮を至上目標にして、新エネルギーの導入やCO2の発生を抑制する施策を積極的に導入しようとしているととらえる向きが我が国にあるが、これは正確ではない。

 今回の調査では訪問していないが、NEDO北京事務所による調査では、低炭素モデル都市に指定されている某都市では、低炭素開発区に低炭素製品交易所、低炭素国際会議場、低 炭素研修センターなど低炭素と名前がついているのみで、実質は普通と変わらない建物があるだけ、との報告もあり、また、別の生態城ではこれまでの地区開発の看板の上に「生態」と いうスローガンを追加して貼り付けただけのものもある、とのことであった。

 エコシティが成り立っていくためには、住民のエコへの協力が不可欠であるが、住民のエコ意識の醸成のための努力は現時点で十分とはいえず、今後もかなり困難を要するものと考えられる。

3.エコシティ乱立の背景と今後の予測

 第12次5カ年計画では、第19章「主体的機能区戦略の実施」の項目の中で、「最適開発をすすめる都市化した地区については、経済構造、科学技術革新、資源利用、環境保護などの評価を強める。重 点的に開発する都市化した地区については、経済成長、産業構造、質・効率、省エネ・排出削減、環境保護及び人口受け入れなどを総合的に評価する」との都市の評価基準が明確に示されており、経 済成長が評価の第一項目となっている。

 このような共産党の方針の下で、中国のエコシティが乱立する背景には、天津や重慶のような中央直轄都市の市長は共産党中央によって、唐 山市のような地方都市の市長は省レベルの共産党によってそれぞれ実質的に任命されていることが深く関係していると推測される。共産党内の出世競争と都市間競争、差別化競争の中で、「低炭素」「エコ」な どを看板に掲げて他の都市と差別化し、国や省の支援を獲得することが大きな目的となっている。

 各市の本音は企業等の投資誘致、工場誘致と雇用の増大による域内GDPの拡大にあり、実質的に「エコ」はそのためのスローガンとして掲げられているのが実態であると考えられる。エ コシティはこのように誕生してきたため、例えば曹妃甸国際生態城における再生可能エネルギーの利用率の目標は90%で、実現不可能な数値となっている。現場の技術開発の責任者とすれば、一 旦設定した技術上の目標を現実的に実行可能な数値に変更しなければならないが、施政者と現場の間に立って苦慮するという事態が生じている。こうしたことは今後、他 のエコシティでも生じてくる問題であると予測できる。

 このようなエコシティ誕生の経緯を考えると、実際にエコシティに住む住民にどれだけ環境保護や温暖化ガス排出抑制に対する意識が浸透するかは大いに疑問がある。

4. 新技術の導入

 一方で、過去の経済特区や対外開放都市がモデル都市としてスタートし、各地に広まった実態を考えると、今回の場合も数カ所の先進的エコシティに導入された先端的技術と技術達成目標が、中国各地の生態城、エ コシティに採用されていく可能性があるといえる。新エネルギー開発の面からみれば、中国での国産技術の発展は目覚ましく、2010年には既に、太 陽光発電市場においてサンテックパワーを初めとする中国企業が世界の四分の一以上の生産量で第1位を誇り、また風力発電においても世界第3位の国内設備容量を達成、世 界トップテンの製造企業に3社の中国企業が名を連ねている。

 エコシティのモデル事業の展開を通して、世界の企業から導入された個々の先端技術が、中国が自主技術として吸収するのに要する時間は、現在の中国の技術力から判断すれば、それほど長くはないと考えられる。< /p>

5.日本の技術導入の可能性

(1)日本のスマ―トコミュニティ技術との比較

 現在、日本では、北九州市、豊田市、横浜市、けいはんな地区(関西文化学術研究都市)で、スマートコミュニティの実証試験が2011年度からスタートしており、各地域で、新エネルギーの導入、電 力の効率的管理システムの導入等の実証が展開されつつある。

 現在利用されている太陽光、太陽熱、風力について比較した場合、日中間の技術レベルに大差はないと考えられる。またCEMS(地域節電所)、BEMS(スマートビル)、HEMS(スマートハウス)等 のエネルギー管理システム、EV(電気自動車)、PHV(プラグイン・ハイブリッドカー)と家庭の電力との連結システム(豊田市)、電力料金が需給関係によって毎日変わるダイナミックプライシング( 北九州市及び豊田市)などでは、日本の技術レベルが一歩先を行っているが、効果的に中国に導入されれば規模拡大の可能性を十分に有している。

(2)導入の方策と市場規模

 今回の訪問先での議論では、中国でエコシティとして一番進んでいるのは天津エコシティであり、曹妃甸国際生態城、無錫、深圳等が天津に追いつこうとしているとの感触をもったが、こ のような先進的エコシティの導入技術に日本が協力していくことは、市場の拡大という点から見れば重要である。各地のエコシティの実施主体となっているのは、市政府(官)、開発会社(民)、不動産会社(民)、運 営会社(民)であり、これらの組織と緊密な連携をとりつつ、我が国の技術を売り込む努力が必要であろう。また、個々の技術の売り込みだけでなく、シンガポール政府等のように計画の初期段階から、エ コシティ計画全体に深く関与していくことも、我が国の技術を中国に普及するために必要と考える。

 現時点で将来の市場規模については予測不可能であるが、上述したように、ほとんどのエコシティ計画はトップダウン方式で進められ、経済成長を第一義の目的としており、市 民サイドのエコ意識が醸成されていない状況では、導入された技術をエコシティ全体に普及させることは難しく、限定的な範囲に留まる可能性があることにも留意する必要がある。

[キーワード : エコシティ、生態城、モデル都市、グリーンエネルギー、スマートコミュニティ]


[編集部注]
本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS)の海外動向報告書「 中国の科学技術力について~世界トップレベル研究開発施設~」(2012年6月刊)にまとめられた成果を基に、< 執筆者にリライトを依頼し、掲載したものである。(中国総合研究センター 鈴木暁彦)