第162号
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イテレーションによる成長―AIチップが求められる実用化という難題

2020年3月23日 唐芳(科技日報記者)

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国家モデルプロジェクトとして設置されている太陽光パネル(画像提供:青海省科技庁)

 人工知能(AI)産業の規模は急速に成長している。国際的市場調査研究機関のIHS Markitが発表したデータによると、2025年のAI応用市場規模は2019年の428億ドルから1,289億ドルに激増すると予想されている。

 2019年を振り返ると、AIロボットは、グループチャットをし、道路や橋の冠水状況を監視し、文章を書き、スマート・カスタマーサービスをするなど、もともとは人間にしかできなかった多くのことをやるようになった。これらの数えきれないほどの複雑な応用は、AIチップの支えが欠かせない。

 先ごろ、世界最大級の家電見本市「国際コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(International Consumer Electronics Show、CES)」にAIチップの新旧メーカーが出展し、クラウド・トレーニングやクラウド推論、スマートフォン、AIoT(モノの人工知能化)視覚推論、AIoT音声推論、自動運転など、現在のAIにおける主な六大実用化シーンを網羅し、中国国内のAIチップは実用化段階に入った。

 中国AI産業発展連盟(AIIA)が提供したデータによると、2019年以降、中国内外のチップメーカーは計30近くのAIチップ製品を発表している。

 AIチップはどのようにして多様なAIの実用化を支えているのか?その評価基準の策定はどの程度進捗しているのか?今年の注目点と見どころは何か?この点について、専門家に話を聞いた。

スマート製品を動かす大脳、AIチップ

 2019年を振り返ると、AIロボットがグループチャットをし、道路や橋の冠水状況を監視し、文章を書き、スマート・カスタマーサービスをするなど、AIは人間にしかできなかった多くのことをやるようになった。数えきれないほどの複雑な応用には、AIチップの支えが欠かせないが、AIチップはどのようにしてAIを動かしているのだろうか?

 現在、一般消費者向けスマート製品はAIやビッグデータなどの技術を大量に応用しており、チップはハードウェアの「媒介」として、「スマート製品にその役割を発揮させる」機能を担っている。鯤雲科技の創業者でCEOの牛昕宇氏は、「AI業界には、アルゴリズム、演算能力、データという3つの核心駆動力がある。AI応用の基盤となるハードウェアであるAIチップは、演算能力を支えている。技術革新を通して、AIの計算性能を絶えず向上させ、そのコストとエネルギー消費を低減させることで、ますます複雑になるAI応用に対応している」と説明する。

 AIを動かすさまざまな技術の集合体を一人の人間と比較した場合、AIチップは大脳であり、会話や動画制作、自動運転といった各種応用は、AI自体がアクセス可能なデータと、学習した経験・知識に基づいて行う操作である。データや経験が蓄積されるにつれて、実現されるAI応用はますます正確になる一方で、その学習は大脳の容量(チップの演算能力)や育成コスト(チップコスト)、そして大脳が演算で消耗するカロリー(チップのエネルギー消費)の制約を受けるようになる。

 牛氏は、「AIチップの研究開発で取り組むべきは、このようなますますスマート化する『大脳』を提供することで、さまざまな技能(AI応用)を学習し、最終的に各種スマート端末設備に応用し、自動運転やスマートシティー、産業用画像識別、スマートセキュリティーなどの分野で役割を発揮することだ」と説明した。

スタート段階:チップ演算能力を加速するイテレーション・最適化

 AIチップの発展とAI技術の発展は切り離すことができない。AIは1956年の誕生から現在に至るまで、計3回の大きな波を経験してきた。21世紀に入り、コンピュータ性能の向上と大容量データの発生で、マシンラーニングとCNNネットワーク(畳み込みニューラルネットワーク)が飛躍的に進歩し、アルゴリズム、演算能力、データがAIの商業・実用化のニーズを満たし、AIは急速な発展の段階を迎えた。

 牛氏は、「特に2017年から、AIの商業・実用化が加速し続けている。チップの導入期、成長期、成熟期の3段階で考えると、AIチップは依然として導入段階にある」という見方を示す。

 AIチップには主に3つの発展フェーズがある。1つ目は、それまでのAI実用化に対する旺盛なニーズを背景に、CNNなどアルゴリズムネットワークに対応でき、基本的なAI実用化ニーズを満たすことができた米国の半導体メーカー・エヌビディア(NVIDIA)のグラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)がこの時期に大規模に応用された。そのチップアーキテクチャは絶えずイテレーション(一連の開発工程の繰り返し)され、エヌビディアは徐々にAIチップのサプライヤーに転じていった。2つ目は、アルゴリズムが絶えずイテレーションされたことで、チップと演算能力への要求が高くなり、この時期に中国内外のスタートアップ企業や華為(ファーウェイ)などがエヌビディアに類似した命令セット技術路線を採用し、アーキテクチャの革新を行うことで、新しい専門的なAIチップを打ち出した。3つ目は、チップ性能に関わる製造技術の発展がますます成熟し、ムーアの法則の鈍化により命令セット技術路線の発展に挑戦がつきつけられた。現在では全く新しいデータフロー技術路線を採用して新しい専門的なAIチップを打ち出すスタートアップ企業も出てきている。

 現在中国国内のAIチップは主に2つ目と3つ目のフェーズに属しており、各企業はいずれも製品を打ち出し、市場化を進めている段階にある。例えば、鯤雲科技は昨年汎用AI基盤CAISAチップアーキテクチャを発表し、98%にも達するチップ利用率を実現し、スマートシティーや産業用検知、電力セキュリティなどの分野で大規模な実用化が実現した。

 牛氏は、「チップ業界は絶えずイテレーションが必要な業界だ。ディープランニングのアルゴリズムは日進月歩で、演算能力に対する要求も高くなっている。AIが急速に発展するためのニーズを満たすには、依然としてチップ企業が市場に素早く反応し、製品の急速なイテレーションと最適化を行うことが必要だ」と述べた。

2020年の注目点:「実用化」が繰り返し強調される

 AI産業の規模は急速に成長しており、国際的市場調査研究機関であるIHS Markitが発表したAI普及度調査によると、2025年までにAI応用市場規模は2019年の428億ドル(約4.8兆円)から1,289億ドル(約14.4兆円)まで激増すると予想されている。

 2018年年末から、AIチップの「実用化」が繰り返し強調されている。「短期目標であれ、長期目標であれ、目標はいずれも実用化だ」と牛氏は言う。こうしたことからすると、AIチップの2020年の主な注目点は、やはり新製品のイテレーションと実用化にあると言えるだろう。AIの応用・実用化を加速するには、市場ニーズを原動力としたチップが必要であり、そうすることで初めて継続的に価値を創造することが可能となる。

 当然ながら、AIの応用には、性能がより高く、価格がより安く、エネルギー消費がより少ないチップが常に求められる。これらを満たしたうえでいかにして市場のニーズに応えることができるか。この点で、AIチップ企業のコア技術と、市場が求める製品に対する洞察が試されている。

 AIIAコンピュータアーキテクチャ・チップグループ共同事務局長の張蔚敏氏は、「チップとコンピュータアーキテクチャはAIの発展において重要な役割を果たしている」と指摘する。2019年から、多くのAIチップ製品は基盤となるアーキテクチャ設計におけるアーキテクチャの革新を重視するようになり、2020年にはこの傾向がますます顕著になっている。その核心は、チップが提供できるより高い実際演算能力に対する市場の追求であり、この点が実際の使用シーンの中で検証されることになるだろう。

 牛昕宇氏によると、セキュリティは相対的にAI実用化が可能な分野だとし、「今年、我々はより多くの細分化された分野の実用化シーンを目にすることになるだろう。例えばGDPの30%近くを占める製造業だ。鯤雲科技を含む多くの企業も、スマート製造分野の産業用画像識別検知向けに、ディープランニングに基づいた一体化演算能力ソリューションを提供している」と語った。

三大難題:AIチップ実用化のためのカギ

 AIチップ実用化は、今年の注目点であり、また、難しい点でもある。張蔚敏氏は、「現在AIの業界応用は、大規模な爆発的進展というにはほど遠い状況にある。AIチップのスタートアップ企業は、製品の実用化が困難で、未だ研究開発と応用を効果的に結び付けられていない等の問題に直面している」と指摘。チップ専門化の傾向がますます顕著になり、応用・実用化が差し迫って求められているとの見方を示した。

 牛昕宇氏によると、研究開発には現在AIチップは主に3つの問題に直面していると考えている。それは、チップ設計の基盤となる技術路線が非常に同質化していること、ソフトウェア開発対応が依然として不足していること、そしてチップ性能テストがスタート段階にあり、権威性があり統一された評価基準ができるまでにはまだしばらく時間がかかるということだ。

 明らかに、技術路線の同質化は製品の同質化を招きやすく、独自の価値を創造する可能性を減らしている。基盤となるハードウェアチップは、どの指標も最高である必要はないが、市場ニーズに対する唯一無二の価値を見つけ出し、核心的な問題を解決することが求められる。それには、技術路線の面で革新し、独自のコア技術をものにすることで、チップ性能と技術対応の上でより多くの主導権を握る必要がある。

 一方、チップの使用とアルゴリズムに対するサポートは、ソフトウェアツールと切り離すことができない。現在、一部のAIチップは依然として使用可能なソフトウェア開発ツールが不足しているか、ソフトウェア・コンパイル・ツールの設計が複雑で、ユーザーの開発と使用のハードルが高すぎる。これらを解決するには、実用化の過程で絶えず改善を行い、イテレーションを行うことが必要だ。確かに、牛氏が言うように、もしこの問題が解決できなければ、AIチップの大規模な商業・実用化も妨げられてしまうだろう。

 AIチップ評価基準策定の進展について、牛氏は率直に、「現在この基準はまだ推進早期にあり、各社が採用しているテストネットワークとテスト基準には統一性がなく、クライアントがタイプを選択するうえで一定の困難になっている」と述べた。

 2019年から、中国内外のAIチップを対象とした評価プランが続々と打ち出されている。例えば百度やグーグル、スタンフォード大学、ハーバード大学などが共同で発表したマシンラーニングのソフト・ハードウェア性能を測定・向上させるMLPerf国際基準や、AIIAと国内のAI企業が共同で打ち出したAIIA DNN benchmarkプロジェクトなどだ。牛氏が率いる鯤雲科技も引き続き積極的にAIチップ評価の標準化を進めている。牛氏は、「我々は中国情報通信研究院(CAICT)やAIIAと密接に協力し、AIIA DNN benchmarkプロジェクトの基準イテレーションに取り組み、国家基準の策定に参画している」と語った。


※本稿は、科技日報「在迭代中変強 AI芯片需破解落地難題」(2020年2月17日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。