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【15-016】中国の大気汚染防止の法制度および関連政策(26)

2015年11月 2日

金 振

金 振(JIN Zhen):
科学技術振興機構中国総合研究交流センター フェロー

1976年 中国吉林省生まれ
1999年 中国東北師範大学 卒業
2000年 日本留学
2004年 大阪教育大学大学院 教育法学修士
2006年 京都大学大学院 法学修士
2009年 京都大学大学院 法学博士
2009年 電力中央研究所 協力研究員
2012年 地球環境戦略研究機関(IGES) 特任研究員
2013年4月 IGES 気候変動・エネルギー領域 研究員
2014年4月より現職

前回につづく

「大気汚染防治目標責任書制度」の拘束力について

 目標責任書の本質は、地方政府が中央政府に対し協定内容とおりの目標達成を誓う誓約書である。法令上、または共産党規律上における本制度の位置づけが不明確であるため、誓約書そのものに、地 方政府を拘束する規範的な効果があるとはいい難しい。目標責任書制度は以下のような制度的運用を通じてその実効性が保たれる。

目標達成の進捗管理の強化

 第1に、目標責任書において掲げた目標の達成状況は、体系化された評価基準によって年度別に評価される。2014年7月、環境保護部、国家発展委員会など6部・委は共同で、3 1の省級政府の大気汚染対策実施状況を把握するための目標達成評価基準を発表した。目標達成評価基準は、1)地方政府の濃度目標達成に関するものと、2)それを達成するための具体策(サブ目標)に 関するものに大きく分かれ、それぞれ100点満点の採点体系となっている(表1、表2)。目標責任書は原則、目標達成評価基準によって年度ごとの達成状況が判断されるが、例外もある。たとえば、地 方政府が目標責任書において掲げた目標値が、目標達成評価基準より甘いものであっても、あるいはそれを上回る厳しいものであっても、目標責任書の目標値が優先される [1]

表1 大気汚染濃度改善目標(任務)達成に関する評価基準(100点満点)

表1

表2 大気汚染防止重点対策目標の完成状況に関する評価体系(100点満点)

表2

出典:環境保護部「大气污染防治行动计划实施情况考核办法(试行)实施细则」に基づき、CRCCの金が作成。
http://www.mep.gov.cn/gkml/hbb/bwj/201407/t20140725_280516.htm

不利益措置

 第2に、地方政府が目標責任書とおりの目標を達成できなかった場合、様々な措置が適用される。

 まず、年度目標を達成できなかった地方政府(省、市、県)の域内では、大気汚染物質の排出につながるすべての域内新規事業(設備や工場の設置)の着工が制限される。中国の場合、新 規事業の着工が許されるためには、事前の環境影響評価手続を経る必要があるが、年度目標が達成できない地域では、関連手続の受理、審査、認可が一時的に凍結される。地 方環境行政の手続権限を一時的に抑制することによって、地方における投資活動を制限するこのような仕組みは、地方政府の環境行政と経済行政の連帯責任を負わせる中国独特な社会システムともいえる。

 つぎに、年度目標を達成できない地方政府には、環境補助金の減額措置が施される。一方、年度目標を超過達成した地方政府に対しては、補助金の増額が認められる。

また、環境保護部より目標を達成できない地方政府に対し、環境指定都市の称号の取消措置も発動されるが、この取消措置は環境補助金の減額事由になりえるだけではなく、地 方政府の人事評価におけるマイナス要素にもなる。

「個別面談」措置

 第3に、全体目標を達成しなかった場合、省級政府の首長を含む主要責任者は、国務院の指導者が召喚する「個別面談」に応じなければならない。中国語で「約談」という「個別面談」は環境保護部が発表した「 环境保护部约谈暂行办法」に基づいて運用されているが、地方政府責任者の「対策怠慢」に対する間接的「口頭注意」に近い性質を持ち、地方政府主要責任者に与える心理的インパクトはとても大きい。

 2015年に入り、環境保護部が地方都市(大規模都市を含む)を対象に実施した「個別面談」の数は急激に増えており、2015年10月まで、すでに20件の面談が実施された。これは、2 014年の実施件数(5件)の4倍に相当する(出典:京華時報「20城因环境问题被环保部约谈 河北5地居首」2015年10月7日)。個別面談に召喚された市長が、面談後、環 境政策担当者に対し定職や免職処分を下した事例も報告されている。

 中国の憲法、立法法、行政組織法、公務員法等を概観した場合、環境保護部と省級政府は法的地位においては同格であり、指揮監督上の上下関係にはない。従って、環境保護部のような中央政府機関が、省 級政府を介さず、省級政府の指揮監督下に置かれる地方政府の首長に対しダイレクトに何らかの措置を施すことは、実務上、比較的に珍しいことである。このような手法には、省級政府の管理監督責任を環境保護部が「 代行する」意味合いもあり、省級政府にとってすれば少なからず「屈辱」を強いられたことに等しい。これも中国独特な政策手法の一つであるということができよう。


[1] 2013年、国務院が発表した「大気汚染防治計画(国発[2013])37号」(2013年~2017年)は、国全体の大気汚染対策として、エ ネルギーインフラ、産業構造調整、道路交通などに関するダイナミックな目標を提示し、その目標は、省級政府が提出したそれぞれの目標責任書の中でさらに明文化、細分化された点については、すでに言及した(「 中国の大気汚染防止の法制度および関連政策」(Ⅵ)【 http://spc.jst.go.jp/experiences/chinese_law/13025.html】_ _ および(Ⅶ)【 http://spc.jst.go.jp/experiences/chinese_law/13028.html】_ _ 参照)。しかし、それぞれ地方政府が提出した目標責任書の中身は地域によって異なる。対策が急がれる北京市や天津市は、濃度改善目標やサブ目標をさらに年度目標までに細分化しているのに対し、そ うではない地域の目標責任書は年度目標を持たないケースが多い。したがって、年度目標を持たないこれらの地方政府は、目標達成評価基準に沿って評価される。

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