青樹明子の中国ヒューマンウォッチ
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【20-01】中国では健在「少年よ、大志を抱け!」

2020年1月20日

青樹 明子

青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事

略歴

早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。

日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中

近著に『中国人が上司になる日』(日経プレミアシリーズ)

主な著作

「中国人の頭の中」(新潮新書)「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、「中国人の財布の中身」(詩想社新書)、「中国人の頭の中」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」 

 北京郊外の学生街近くで暮らしていた頃、休日によく通った場所がある。図書城といって、本屋さんが集まる街だった。東京でいえば神田・神保町といっていい。しかしITの発達で、中国の出版界も不況である。北京屈指の本屋街も閑古鳥が鳴くようになった。

 それでも中国は簡単に負けない。図書城も近年見事に変身を遂げ、北京のみならず中国全土から注目を集める場所となった。中国全土に名を馳せた「創業ストリート」は、この図書城が変身した姿である。

 創業ストリートとは、「創業カフェ」をはじめ、ベンチャー企業に投資するファンドなどが集まっていて、起業を目指す若者たちが集まる場所である。

 創業カフェとは何か。

 その草分け的存在が「3WCoffee」である。オフィスを持たない、いや、まだ持てない起業を志す若者たちに、オフィス空間を提供する。デスクの他、会議室もあり、テレビ会議も可能らしい。訪れる顧客と商談をするスペースもある。

 ここまでは日本にもあるテレワークオフィスだが、3Wの場合、投資者・出資者が会員として名を連ねている。何か将来性のあることに投資したいと考えている人が会員に100名以上いて、一般会員数百名の生み出す案件を、常にウオッチしているのである。投資者のなかには、大手企業もいて、若者たちが生み出す新しいアイディアに、新しいビジネスを期待する。

 この3Wは、李克強総理も視察に来たことで、一段と名を上げた。総理が訪れたとき飲んだコーヒーは「総理珈琲」として、人気メニューになっている。

「車庫珈琲」が開業されたのは、3Wより早い。起業を志す人々に、安価なオフィス環境を提供し、資金がなく操業できない若者に、投資者を募る。

 創業カフェが目指した創業者と投資者を引き合わせるというのは、今では中国全土に広がり、中国経済発展の一翼を担っているのである。

 中国で学生の就職難が言われて久しい。その中で自ら起業を目指す若者たちは多く、一説によると約3割の学生が、卒業後は起業を志しているのだそうだ。若者の特性である「大志を抱いて」いる。

 それは実現不可能な夢物語とも言えない。何故なら彼らは、自分たちと同世代の若者たちが起業し、世界的な企業を創り上げるという奇跡を見ているのである。

 現代中国を語るとき、よく例に挙げられるのが、シェア自転車とフードデリバリーである。このふたつは中国人の生活を一変させるほどの一大発明だが、これらの新進ビジネスはすべて若者たちの起業によるものである。

「ofo」は、世界最大級のシェア自転車を展開する企業である。このところ不振も伝えられてはいるが、それでも2014年に設立された後、2017年には、250の都市と20か国に1000万台以上の自転車を配備したという。評価額は20億ドル以上、ユーザーはひと月で、6270万人を超えるという情報もある。

 ofoの創業者・戴威は、1991年生まれである。子供の頃から自転車大好き少年だった彼は、北京大学時代、学内の自転車愛好者たちの部活動「自転車協会」に参加する。

 彼は、広大な北大の校内を移動するたびに思った。いくら車社会になったとしても、自転車はやはり生活に欠かせない。自転車をもっと便利に活用できる事業はないだろうか。

 彼はそこでシェア自転車事業を思いついたのだそうだ。

 フードデリバリーでは、今ふたつの会社がシェア獲得競争を繰り広げている。「美団外売」と「餓了麼(Ele.me)」である。このふたつの会社は、両方とも当時学生だった若者が創業した。

 2008年、上海交通大学の修士課程一年生だった張旭豪は、ある晩、宿舎の大部屋で、友人たちと雑談しながらゲームに興じていたという。

 その時、彼らは突然空腹を覚えた。

「腹減ったな」

「そうだな。何かとろうぜ」

 ということになり、近所の飲食店に注文の電話をかけた。しかし、電話が繋がらなかったり、繋がっても「出前はしていない」と断られるのが落ちだった。

 そこで張は考えた。

 ―もっと便利に出前が頼めたら、みんな喜ぶだろうな。

 張は学生仲間たちと話し合い、小冊子を発行することにした。交通大学近くの食堂やレストランの情報を収集し、店側からは広告の形で資金を提供してもらい、大学宿舎を中心に配布したのである。

 この小冊子の名前が「餓了麼」だった。学生寮において、ほんの2、3人の仲間で始めた小さなアルバイトが、あっという間に巨大企業へと押し上がったのである。

 若者たちのちょっとしたアイディアが、彼らの起業精神を刺激し、それが常に新たな投資先を求める投資者たちと結びつけば、メガ級の巨大企業が誕生する。

 これはまさに現代中国の奇跡である。

 奇跡の実現にはもちろん資金が必要である。しかしそれ以上に、若者たち自身が、夢に向かえるか否かが重要となる。

 日本の若者たちにも、やはり言いたい。

 少年よ、大志を抱け!