青樹明子の中国ヒューマンウォッチ
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【20-04】過激になった"光盤行動"―アップデート版中国食品ロス対策

2020年10月09日

青樹 明子

青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事

略歴

早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。

日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中

近著に『中国人が上司になる日』(日経プレミアシリーズ)

主な著作

 「中国人の頭の中」(新潮新書)「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、「中国人の財布の中身」(詩想社新書)、「中国人の頭の中」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」 

 10年ほど前、東京都内の有名中華料理店でのことだった。その日は、母の友人のおばさまが、北京から帰っていた私のために食事会を開いてくださった。店はおばさまの行きつけの店で、豪華な内装はもちろん、味も本場中国に負けず劣らず、美味しかった。

 楽しい時間を過ごし、そろそろお開きという頃、おばさまが可愛らしい小さな容器を取り出した。

 「最近、日本でも出始めているのよ、こんなかわいいドギーバッグ」

 おばさまは以前から食品ロス問題に関心が深く、食料が無駄に廃棄されることに胸が痛んでいたという。

 日本にもついに持ち帰り文化が普及し始めたか、と嬉しくなったその時、店のマネジャーらしき女性が部屋にやってきて、主人役であるおばさまに耳打ちした。

「そういうことはお控えください」

 そういうこととはドギーバッグだ。つまり料理の持ち帰りはやめて欲しいということである。持ち帰ったものを食べて、食中毒を起こしたら、店の評判にかかわるというのが店側の論理で、安全と店の評判を何より大切にする日本を象徴している。

 そんななか思い起こされるのが、初めて中国に住み始めた時の体験である。長期で中国に住み始めたのは1995年のことで、私が最初に覚えた中国語は、「打包」「带回去」などという食関係の言葉だった。「テイクアウト」「持ち帰り」である。

 初めて中国のレストランに行くと、外国人は一様に驚くだろう。テーブルに所狭しと並べられた料理の数々、並べきれない皿は、二段に積まれている。これがいわゆる「食べ残してはじめておもてなし」という習慣か...、と批判的に見てはいけない。食べきれなかった料理は持ち帰るのである。

 当時中国では「不要浪費」の標語が掲げられ、食べ残しは持ち帰るというのを、国が推奨していた。食品ロスをなくすためである。

 普通の料理はもちろんのこと、鍋料理でさえ、余った肉類、野菜、麺類にいたるまで「打包」の一言で、従業員が専用の容器を持って飛んでくる。私は烏骨鶏丸ごと一羽で取っただし汁まで持ち帰ったことがある。翌日おじやにしていただいたら、本当に美味だった。

 こんな常識も、豊かになるにつれ「面倒くさい」と思うらしく、残った料理も打包されず、廃棄されることが増えてきた。

 中央電視台の報道によると、中国人が一年に食べ残す量は2千億元(約3兆1千万円)に達し、これは2億人分の食糧費に相当すると言う。より細かい数字では、浪費される食糧は一人一食あたり93グラム、率にして11.7%。特に都市部では、一年に1800万トンが無駄に捨てられ、これは3000万から5000万人分の一年分の食料に相当する。(2018年《中国城市餐饮食物浪费报告》)ちなみに日本の場合、食べられるのに廃棄される食品は612万トンと推計されていて、(農林水産省・環境省「平成29年度推計」)人口の違いはあるものの、中国の数字の大きさがよくわかる。

 対して危機感を募らせたのが習近平政権である。政権は2020年8月、二度目となる食品ロス対策を打ち立てた。第二次「光盤行動(皿を空にする)」である。

 政府の危機感を反映してか、飲食業界の取り組みは、まさにバージョンアップされて行った。

 何事も結果を出さないと認められないお国柄なので、各レストランは独自の対策を次々と打ち出していく。ひとつひとつが実にユニークで、なかには過激とも言えるものもある。

 理にかなっていると思われるのが、「小鳥のような胃の人専用(小鸟胃专属餐)」定食である。これはまず、上海大学・学生食堂から始まった。いわゆる「料理少な目」「半人前」というメニューで、学生たちからは好評である。

 一品が日本の2倍以上ある中国の料理は、女性や高齢者にとって一度に食べられる量ではない。半分ほどは捨てられていたことを考えると、光盤行動の理念に最もかなっていると言ってよく、大学の掲示板には「我要光盤、拒绝剰宴(食べきろう!NOと言う、食品ロス宴会!くらいの意味か)」という標語が掲げられ、少な目メニューは一般社会にも浸透し始めている。

 それでも理念だけで人は動かない。そこで、より現実的に「お得感」を前面に打ち出す光盤行動もある。

 客がオーダーする際、従業員は人数を見て提案する。「4人なら小皿で充分ですよ。値段も安くすみます。羊のスペアリブは216元だけど、小皿だったら108元。茄子の料理は69元だけど、小皿だと46元。余ったら持ち帰って次の日食べれば家計も助かるよ」

 数字で示されれば、説得力がある。

 その他、各レストランは、独自の方法で「光盤行動」を推し進めている。

「弁当・男女別」

― 道理にかなっている。肌感覚で言えば、中国のお弁当は日本のコンビニ弁当の2倍の量がある。

「体重によるオーダー」

― 入店時に体重を測ってそれに合わせてオーダーするというもの。一日に必要なカロリーに則りオーダーするのは科学的とも言えるが、強制的に体重を測らせるのはプライバシーの侵害だと、客からは評判が悪い。

(後日、当該レストランは、WeChat上で謝罪したという)

「客が食べ残すと係の従業員が罰を受ける」

― 「中国あるある」だ。昔、デパートやスーパーなどで万引きが起きると、そのエリア担当の従業員が罰則を受けるという規則があった。一人一人の客に従業員がぴったり張り付き、監視するという状況は、ショッピングを楽しむというのとは程遠かったことをよく覚えている。

「罰金&報奨金」

― 北京の某老舗レストラン。しゃぶしゃぶをビュッフェ形式で提供しているが、食事後、鍋やテーブルに食べ残しが100グラムを超えた場合、一人分の料金が加算される。

 郊外にある別の某有名レストランでは、食べ残しゼロの客には金券が贈られる。

「腹八分目くらいでオーダーをやめる」

― 某火鍋有名店によると、最も廃棄率が高いのは、野菜や麺などだそうだ。つまりメインの肉や海鮮で満腹状態になっているので、最後にオーダーする野菜や主食はそのまま食べ残してしまうらしい。腹八分目でオーダーをストップすると、浪費を減らすことにつながる。

「人数マイナス1のオーダーをする」

― 大人数の会食などではいい方法である。

「小皿料理を増やす」

「余った食品を捨てずに、焼餅など他の料理に再生する」

― これは少々危険だが。

 こういう状況で懸念されるのが、行き過ぎた監視体制である。「自粛警察」ならぬ「光盤行動監視ボランティア」が出現した。文化大革命の時代、民間の相互監視体制が多くの悲劇を生んだことは記憶に新しい。

 余談になるが、光盤行動は最近突然現れたのではなく、清朝の頃にすでに存在していた。

 雍正帝は、清朝中期の皇帝である。史上まれに見る勤勉な皇帝として有名だが、民衆の手本として自らも質素倹約に努めた。

 特に光盤行動は積極的に取り入れ、宮廷の料理担当者に、食料を簡単に廃棄しないよう、強く戒めていたそうだ。余った料理はまず服役中の罪人に与え、また残飯は犬猫など動物の餌にするよう命じたうえ、食べ物を粗末に扱ったら、関係者を棒叩き四十回の刑に処したという。雍正帝自身の食事も質素で、ご飯一膳にスープ、簡単な野菜料理が二皿ほどだったそうだ。

 光盤行動は基本的には良いことである。行き過ぎはともかく、「持ち帰り」など、いい面は日本でも積極的に取り入れて欲しいと切に願う。