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【19-27】日本企業の進出歓迎 介護フォーラムで中国代表呼びかけ

2019年10月3日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 世界で最も高齢化対応を迫られている国となっている日中両国間で、介護サービスに関する協力を推進しようとする動きが加速している。9月26日東京で開かれた経産省と中国国家発展改革委員会共催の「第2回日中介護サービス協力フォーラム」では、講演者の郝福慶中国国家発展改革委員会社会司副司長が「日本企業のさらなる進出と投資を歓迎する」と日中協力のさらなる強化を呼びかけた。

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第2回日中介護サービス協力フォーラム(9月26日、東京国際展示場)

 日中両国は既に昨年10月に北京で1回目の日中介護サービス協力フォーラムを開催している。安倍晋三首相と中国の李克強首相は、昨年5月、東京で行われた首脳会談で、急速な少子高齢化への対応の中での新たな協力分野を開拓することで一致した。この首脳会談では世耕弘成経産相(当時)と何立峰中国国家発展改革委員会主任が「サービス産業協力の発展に関する覚書」に署名している。この時、日中介護サービス協力フォーラムの開催が世耕経産相から提案され、北京での第1回フォーラム開催につながった。

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「サービス産業協力の発展に関する覚書」に署名した世耕弘成経産相(左)と何立峰中国国家発展改革委員会主任(2018年5月10日)=経済産業省プレスリリースから

11の協力覚書交換

 1回目のフォーラムにも日中から約450名が参加し、介護サービス・福祉用具にかかわる協力について11の覚書が日中間で取り交わされている。今回の「第2回日中介護サービス協力フォーラム」にも、日中の政府関係者、専門家、介護サービス事業者、福祉用具メーカーなどそれぞれ約200人ずつが参加し、1回目同様、11の覚書が交換された。日立(中国)研究開発有限公司と清華大学が、健康養老分野での日中の比較研究を行い、中国の認知症に関する課題解決策を共同開発することなどが含まれている。

 「中国の養老サービス政策および日中養老サービス協力の展望」について講演した郝福慶氏は、規模が大きく、速度が速いことに加え、長期的に続くという中国の高齢化の特徴を、さまざまな数字を挙げて紹介した。2000年に1億2,600万人だった60歳以上の人口が2018年には2億4,900万人に増加した。総人口に占める比率も10.2%から17.9%に増え、この増加率は世界平均の倍以上。2017年時点で60歳以上の総人口に占める割合が世界一高いのは日本(33.4%)だが、30年後には中国も今の日本と同様の高齢化社会になる。こうした現状と見通しを示し、郝氏は中国が対応を急がざるをえない状況にあることを強調した。

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郝福慶中国国家発展改革委員会社会司副司長((9月26日、東京国際展示場)

 中国の取り組みの骨格として郝氏が示したのは「医養老結合の養老サービス体系の構築」。「養老」は中国の伝統文化であることを挙げて、まず子と高齢の両親が同居ないし近隣で居住することを奨励する。加えて「社区」と呼ばれる都市の一定区域(コミュニティ)にも介護の責任を担ってもらう「在宅社区養老サービスネットワーク」を実現する。さらに介護施設の専門的なサービスを在宅や社区にまで延伸し、「在宅社区養老サービス」を支える。一方、医療機関と高齢者施設との間をつなぐ医療結合を構築する、という取り組みだ。

 基本的な養老サービスについては、施設の建設は中央政府、地方政府が担うが運営は民間にまかせる。その他の養老サービスについては市場を全面開放し、市場の決定機能を十分活用する、としている。関連する経済を発展させることも重視し、高齢者向け食品、医薬品、サプリメントから歩行、入浴、排泄補助に関わる生活用品や補助器具といった製品市場の拡大も目指す。高齢化社会に向けたイノベーションが介護に関わる人材不足解消からも不可欠としており、介護ロボット、動き支援スーツといった高齢者サービスに力を発揮する製品など大きなポテンシャルを持つ産業の発展にも期待をかけていることを、郝氏は強調した。

明るい健康養老市場の見通し

 郝氏によると、中国の健康養老市場が発展するのは、高齢者人口の予測からも明らか。2018年に2億4,900万人だった60歳以上の人口は、2022年に2億6,000万人、2035年には4億2,000万人、2050年には5億人に達すると見込まれている。現在4,000万人いる重・中度要介護高齢者の生活をケアするには1,000万人以上の専門的な介護人材が必要。2020年にリハビリ補助器具産業の市場規模は7,000億元(約10兆円)に達するという調査結果があることを紹介した。実際に養老サービス市場に進出する海外や中国大陸外の企業が増えており、香港・マカオの企業が中国国内で89カ所の養老施設を運営し、他地域の海外企業も132の養老関連企業を設立している現状を明らかにした。

 日中政府間での政策対話に加え、日中企業間の技術交流、日中都市間の連携を図るプロジェクト協力などを進めるプラットフォームを日中政府が構築することに大きな期待を表明し、特に日本企業に中国市場への参入を郝氏は呼びかけた。協力の方式としては、1社での進出でも中国企業との合弁でもよく、中国で進められているプロジェクトに日本企業が加わる方式もあり得る。協力内容も養老サービス業の人材育成、補助用具の製造、介護用品のレンタル、スマート医療・養老、介護用品の展示、モデルプロジェクトなどさまざまな可能性がある、と郝氏は日本企業への期待を重ねて示した。

民間の力重視する多元主義

 高齢化対策を含む社会保障が中国の大きな課題になっていることは、7月に科学技術振興機構中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演した澤田ゆかり東京外国語大学総合国際学研究院教授も、くわしく紹介している。澤田教授によると胡錦濤政権(2002~2012年)時代に本格化した中国の社会保障改革は、「商業保険との共存」「社会保障事業の民間委託」「民間からの資金調達」を並行して進める多元主義が特徴。郝福慶中国国家発展改革委員会社会司副司長が「第2回日中介護サービス協力フォーラム」で強調した民間の力重視に合う例とみなされる介護保険の取り組みが、澤田教授の講演でも紹介されている。

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澤田ゆかり東京外国語大学総合国際学研究院教授(7月26日、科学技術振興機構中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催研究会)

 介護保険は、当初、台湾系民間企業が投資向け理財商品として売り出した。介護費用を調達するという目的から乖離していたことから2011年に国務院弁公庁が「社会高齢者サービス体系の構築に関する計画」を公表し、翌2012年に民間の保険会社を想定した介護保険の実験が青島市で行われた。実験は、医療保険を財源としているのが特徴。2016年からは15の都市でモデル実験が始まったが、南通市の実験では、財源は1人当たり個人30元、医療保険30元、政府補助40元となっている。1日1人当たりの給付額は在宅の重度介護者で1日15元など、在宅、施設、病院、重度、中度に分けてそれぞれ金額が設定されている。運用については設計を国有保険会社が担当し、民間の介護関連企業に応札させるやり方だ。

 養老サービスについては市場を全面開放し、市場の決定機能を十分活用するという郝副司長の言葉に沿っているとみられる新しいサービスも澤田教授は紹介している。アリババグループのオンライン決済サービス「アリペイ」が2018年10月に始めた「相互宝」というサービスだ。従来の保険の考え方とは全く異なり、アリペイ独自の信用ポイントが一定以上という条件で会員になることができ、病気になるとお金を受け取れる。そのお金は会員が均等に負担するという仕組みで、わずか半年強で5,700万人の加入者を集めているという。

 他方、澤田教授は、中国の社会保障改革が日本以上に難しい問題を抱えている現実にも注意を促している。少子高齢化が急速に進むという点では、日本とよく似ているものの、中国の社会変化は激しく、また社会保険の歴史が相対的に浅いことに起因する問題だ。都市で働く企業就労者と自営業者基礎年金を対象にした企業従業員基礎年金と、都市戸籍の非就労者と農村住民を対象にした住民基礎年金のいずれも保険料の収支が悪化、2016年には合わせて4,000億元(約6兆円)を超す赤字に陥っている。基礎医療保険の方も、企業従業員基礎医療保険こそ黒字を維持しているものの住民基礎医療保険の赤字額は2016年で4,000億元に上る。

 さらに、 IoT(モノのインターネット)による社会のビッグデータを活用していることに伴い、プライバシーとデータの安全性をどう確保するかという問題も抱えている、と澤田教授は指摘している。

関連サイト

経済産業省プレスリリース「第二回日中介護サービス協力フォーラムを開催しました」

「郝福慶中国国家発展改革委員会社会司副司長講演資料」

経済産業省プレスリリース 「世耕経済産業大臣が鍾山中華人民共和国商務部部長及び何立峰中華人民共和国国家発展改革委員会主任と会談を行いました(結果概要)」

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