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【19-29】日本の技術に海外研究者から期待の声 温暖化の影響か台風19号被害

2019年10月18日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 12日夜、首都圏に近い伊豆半島に上陸した台風19号は関東甲信越、東北地方を縦断し、各地に大被害をもたらした。被害が広域にわたるため、実態の把握に時間がかかったが徐々に被害の深刻さが明らかになっている。日本の治水対策は十分だったのか、などさまざまな議論も巻き起こした。一方、たまたま15日に東京で開かれた地球温暖化に関するシンポジウムでは、海外からの参加者から日本の防災・減災技術に対する高い評価と海外諸国への技術支援に対する強い期待の声も聞かれた。

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気候変動に関する政府間パネル(IPCC)海洋・雪氷圏特別報告書公表記念シンポジウム(笹川平和財団)

気候変動関連シンポジウムでも大きな関心

 台風19号による被害の大きさ、被災地の広さが徐々に明らかになってきた15日午後、東京で笹川平和財団が主催する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)海洋・雪氷圏特別報告書公表記念シンポジウム」が開かれた。9月20~24日にモナコで開かれた「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第51回総会」で議論・受託されたばかりの特別報告書の内容を国内外の報告書執筆者たちに紹介してもらうのが目的のシンポジウムだ。台風19号による被害についても報告書執筆者たちの関心は高く、地球温暖化との絡みで発言が相次いだ。

 特別報告書をまとめたIPCCは化石燃料の大量消費など人為起源による気候変化と影響、これに対する適応策と緩和策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行っている。1988年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)によって設立されて以来、5~6年ごとに最新の知見を評価した報告書(assessment report)を公表し、国際協力の下に進められている温暖化対策の基礎的資料として活用されている。今回のシンポジウムの対象となった特別報告書は、海洋・雪氷圏に関する過去から現在までの変化と将来予測、高山地域、南極・北極域、沿岸域、低くて平らな島嶼に及ぼす影響、さらに海面の水位上昇や極端あるいは急激な現象など外洋への影響に関する科学的文献を評価している。

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Hans-Otto PörtnerIPCC第2作業部会共同議長

 シンポジウムでは、IPCC第2作業部会共同議長のHans-Otto Pörtner博士が、基調講演者として特別報告書の内容を詳しく紹介した。IPCC第2作業部会は、気候変動が自然システムや製造業、サービス産業さらに人間の居住環境や健康などにもたらす影響を評価する役割を課されている。Hans-Otto Pörtner博士は、国際的な枠組みの中で進められている温暖化対策が「十分な実施には至っていない」現状を率直に認めた。続いて6章から成る特別報告書の各章を書き上げた主要執筆者である日本、中国、インドネシアの研究者が担当した章の内容をさらに詳しく説明した。

 講演者、報告者たちの台風19号に対する関心の高さが明らかになったのは、続いて行われたパネルディスカッションの場。「世界全体の海洋は、ほぼ確実に1970年から弱まることなく温度が上昇しており、さらに1993年からはこの昇温速度は2倍以上に加速している」。「海洋熱波は、1982年から頻度が2倍以上に増えた可能性が非常に高く、強度も増大している」。こうした特別報告書で指摘された現象と、今回の台風19号による広域被害に関係があるとの見方にたった見解がパネリストたちから示された。

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須賀利雄東北大学大学院理学研究科教授

日本近海の海面水温上昇が台風19号の強大化に影響

 特別報告書の第5章「海洋、海洋生態系、依存するコミュニティの変化」の主要執筆者である須賀利雄東北大学大学院理学研究科教授が会場の参加者たちに示したのは、気象庁がホームページで公表したばかりの地図。毎日、気象庁が更新している地図で、人工衛星とブイ・船舶による観測値から割り出した日本周辺海域の前日の海面水温分布が分かる。台風19号が伊豆半島に上陸した12日は日本列島の南側にセ氏27度の海面温度が観測された海域が広がっていた。気象庁は、観測された海面水温が平年値と何度違うかを示した図も毎日公表している。平年値というのは1981~2010年の平均値。二つの地図を比較すると27度というのは、平年より1度高いことが分かる。「世界全体の海洋は、ほぼ確実に1970年から弱まることなく温度が上昇しており、さらに1993年からはこの昇温速度は2倍以上に加速している」。特別報告書のこうした指摘に合致する現象が、台風19号の通り道になった日本列島すぐ南の海域でも起きている、と須賀教授は見ている。

 通常、台風は日本列島に近づくにつれ、海面水温が低下して水蒸気量も減ることから勢力が低下する。こうした解説をした後で須賀教授は、「27度という平年値より1度高い海面水温が、台風19号が巨大な勢力を維持したまま上陸した要因の一つに間違いない」との見方を示した。

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台風19号伊豆半島上陸日の日本周辺海面水温分布
(気象庁ホームページから)

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台風19号伊豆半島上陸日の日本周辺海面水温平年差
(気象庁ホームページから)

 台風19号については、上陸した日の3日前から気象庁が大きな被害を与える可能性があるという警報を発していた。その時点で既に日本列島のすぐ南の海域の海面水温がセ氏27度と高くなっており、気象庁のそうした判断の根拠になったと考えられる。その日の海面水温と平年温度との差を示す分布図を見ると、上陸した日とその3日前の日とも日本列島のすぐ東側には平年よりセ氏2度あるいは3度高い海域が広がっていることも分かる。

「(日本列島のすぐ南の海域の)海面水温が平年値より3度高くなることは十分考えられ、これは日本列島に常時、巨大台風が到来しうるという大変なことを意味する」。須賀教授はこのように述べて温暖化対策の重要性を強調した。

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蔡榕碩中国第三海洋研究所副主任・教授(中央)

日本の技術に期待

 一方、外国の特別報告主要執筆者からは、日本がこれまで進めてきた温暖化対策を評価し、技術提供などさらなる貢献を期待する声が聞かれた。特別報告書第4章「海面水位上昇ならびに低海抜の島嶼、沿岸域およびコミュニティへの影響」の主要執筆者、蔡榕碩中国第三海洋研究所副主任・教授は、グリーンランドや南極の氷床が溶けることや海洋の熱膨張などによる海面水位の上昇や台風による被害が大きくなっていると指摘した。日本の護岸対策、排水対策、早期警戒システムなど優れていることを評価し、「もし発展途上国に台風19号のような台風が襲来したら被害はさらに甚大になっていただろう」と述べた。

 蔡氏は温暖化にはいろいろな適応策が必要なことを強調し、特に若者に対する教育、啓蒙の重要性を指摘している。「未来に対してどう責任を負うかを若者に知らせないといけない。また政策立案者に対して必要な政策提案をしていくことも重要だ」と語った。

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Raden Dwi Susanto米メリーランド大学大気海洋科学部主任研究員

 インドネシア人で、特別報告書第6章「極端現象、急激な変化およびリスク管理」の主要執筆者、Raden Dwi Susanto米メリーランド大学大気海洋科学部主任研究員も、温暖化による降雨量の増加やエルニーニョやラニーナといった海面水温の極端な現象による影響が大きくなっていることに注意を促している。治水や早期警戒システムが経済的損失を抑える効果が高いことを強調し、防災・減災対策について日本から学ぶことは大きいと期待を示した。防災・減災への投資、国土強靱化などで日本が模範を示すことも求めた。

 Raden Dwi Susanto氏はまた、多くの島から成るインドネシアがとりわけ温暖化の大きな危険にさらされていることを理解させるよう政府を説得する必要を強調した。インドネシアが温暖化に備えた適応策と、温室効果ガスの排出量を削減する緩和策をいずれも急がなければならない状況にあることを明らかにしたうえで、特に再生エネルギー活用の重要性を指摘し、「島の多いインドネシアに適していると思われる潮流発電、潮汐発電などの技術で貢献してほしい」と日本の協力を訴えた。

 Hans-Otto Pörtner IPCC第2作業部会共同議長もまた、日本に対する強い期待を表明した。特に海面上昇についての効果的な緩和策について、「海洋温度差発電や潮汐発電など海洋再生エネルギーに関する技術を日本企業は持っている。沿岸国、島嶼国などがそれらの技術を使用できるよう日本はリーダーシップをとってほしい」と要請した。

関連サイト

笹川平和財団プレスリリース 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)海洋・雪氷圏特別報告書(SROCC)公表記念シンポジウム

気象庁 日別海面水温

環境省プレスリリース 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)『海洋・雪氷圏特別報告書』の公表(第51回総会の結果)について

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