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【24-06】無理せず自分で決めた目標に 中国生活者の新しい姿

小岩井忠道(科学記者) 2024年01月25日

 目標は自ら決め、過度な負荷をかけず、軽やかに目標に向けて進もうとし始めている。新型コロナ禍を経験した後の、こんな中国市民の姿が「博報堂生活綜研(上海)」の調査で浮かび上がった。同研究所は「自分の世界を軽やかに、少しずつ啓(ひら)いていく」ことを意味する「軽啓」という言葉で、こうした中国生活者の最近の状態を表現している。

 博報堂の子会社として2012年に上海に設立された博報堂生活綜研(上海)は、中国での企業のマーケティング活動支援やこれからの中国の新しい暮らしのあり方を洞察・提言する活動を続けている。中国伝媒大学広告学院との共同研究として2013年から毎年1回実施している「生活者"動"察」調査が、そうした活動の一つ。「新たな時代へ再始動していく中国生活者の実態」をテーマとした11回目の調査結果が、1月12日に公表された。中国の「中国生活者ライフスタイル変化調査」など三つの調査結果を基にしている。

一人でできる多様な趣味増加

 同研究所が今回の調査結果から明らかになったとしているのは、自ら設定した目標に向けて自分に過度な負荷をかけず、より軽やかに進もうとし始めている中国生活者の姿。中国ではこの数年間、「内巻(ネイチュアン)」(仲間内で過度な競争をしていく状態)や、「躺平(タンピン)」(やや気力を失い寝そべっているかのような状態)という言葉が、人々の行動の様子を表す言葉として流行語のようになっている。今回の調査からは「内巻」や「躺平」からイメージされるのとはだいぶ異なる結果が得られた。同研究所は新しい中国生活者の状態を「軽啓」と名付けている。

「軽啓」と表現した根拠して挙げられているのは、「中国生活者ライフスタイル変化調査」の結果から明らかになった生活者の行動変化。この調査は中国主要都市(1-3級都市)に住む20~49歳の男女3000人を対象に昨年12月、インターネットアンケート調査法によって実施された。「生活者が取り組んでいるコト」という調査項目で、生活者が意識的に取り組んでいる、あるいは楽しんでいる活動として「学習/スキルアップ」、「ゲーム」、「友人との外食」、「球技」などの多人数で行うスポーツが、2019年の調査より2023年の調査では減少している。一方、「ボランティア」、「旅行」、「キャンプ」、「ペット飼育」に加えて、「茶道/書道/生け花」、「絵画」、「料理」など一人でも始められる多様な趣味が増えており、「取り組んでいるコト」が5年間で大きく変化しているのが見て取れた。

図1 中国生活者の取り組んでいるコト、楽しんでいるコト(2019年/2023年比較)

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*横軸に「2019年→2023年の回答結果の増減率」、縦軸に「2023年に取り組んでいる人/楽しんでいる」と回答した人の割合をとって分析
(出典:博報堂生活綜研(上海)「生活者"動"察2023」研究成果レポート)

プライベートな生活重視急増

 中国生活者の行動が変わり始めている背景は何か。まず挙げられているのが、スマートフォンに対する意識の変化だ。スマートフォンを見つめる時間が長くなっていることに物足りなさを感じ始めている生活者が中国で増えている。こうした変化が、昨年9月に中国(北京市、上海市、広州市)、日本(東京都、大阪府)、韓国(ソウル市、釜山市)3カ国7都市の20~49歳の男女1400人を対象にインターネットアンケート手法により実施した「中日韓ライフスタイル/行動変化に関する国際比較調査」から明らかになった。「スマートフォンをいじることに時間を使い過ぎているか」という問いに対し「そう思う、かつ5年前よりこの感覚が強まっている」と答えた人の割合が中国は45%と、日本(38%)、韓国(40%)を上回っている。

図2 スマートフォン使用時間に対する意識の変化

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(出典:博報堂生活綜研(上海)「生活者"動"察2023」研究成果レポート)

 中国生活者の行動変化をもたらした背景は「中国生活者ライフスタイル変化調査」結果からも見て取れる。「昇進や昇給の余地が前より狭まっているという感覚」が「2019年以前より強まった」と答えた人が41%、「仕事での成功よりも、プライベートな生活を大切にしたいという意識」が「2019年より強まった」と答えた人が64%と、いずれも「弱まった」と答えた人をはるかに上回る結果となっている。特に「仕事での成功よりも、プライベートな生活を大切にしたいという意識」の変化が著しく、「2019年より下回った」と答えた人はわずか8%しかいない。

図3 昇進や昇給に対する感覚の変化

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図4 プライベート生活に対する意識の変化

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(出典:博報堂生活綜研(上海)「生活者"動"察2023」研究成果レポート)

「新しいコトを始めたい」という思いを強めている中国生活者がさまざまなハードルがあると感じている実態も明らかになった。ただし、博報堂生活綜研(上海)がより重視するのは、それをどうやって中国生活者が乗り越えているかを示す調査結果だ。情報不足や仲間不足というハードルに対しては、「やってみたい趣味を実践している人の様子を眺めてみる」あるいは「家族や、近所の人、ペットと一緒にやりたいことに参加する」。このように時間や労力をかけずに信用できる情報の収集や、自分に合う無理のない相手を手軽に見つける対処法をとる姿が、昨年10~11月、1-3級都市在住の20~49歳男女22人を対象に実施した「中国生活者2023年再始動実態インタビュー調査」で明らかになった。

日本国内の見方と異なる姿

 中国国内で近年、しばしば使われる「内巻」「躺平」のうち、やや気力を失い寝そべっているかのような状態を指すとされる「躺平」については、中国の都市に住む若者(16~24歳)の高い失業率との関連を指摘する声が日本の研究者から聞かれる。日本総合研究所の三浦有史上席主任研究員は、2022年9月発行の「アジア・マンスリー2022年10月号」に掲載されたレポートで、高い若年失業率は習近平政権にとって特別な重みを持ち、物欲が乏しく、競争、勤労、結婚、出産に消極的になる「躺平」という厭世的な心情が若年層に広がることについて強く警戒している、と指摘していた。

 三浦氏は、若年失業率は今後10年にわたり高止まりの状態が続くとみておく必要がある、との見通しも示していた。さらに、若年失業率の高止まりが長期にわたって続くとすれば、この問題は一段と深刻化し、少子化の加速や個人消費の低迷にとどまらず、競争のなかで切磋琢磨し自らを鍛え上げる、という中国の経済発展を支えてきた社会的基盤を侵食しかねない、との見方も示している。ニッセイ基礎研究所の片山ゆき同研究所保険研究部主任研究員も昨年8月に同研究所のホームページに公表した「『卒業=失業』の失望感(中国)」と題するリポートの中で、同年6月時点で都市部における16~24歳の失業率が21.3%と、統計が開始された2018年以降最も高い状態になったとする中国国家統計局の公表データを示し、中国の大学新卒者、大学院新修了者の就職困難な状況と焦燥感を詳しく紹介している。

 こうした見方は、片山氏のリポートが公表されたのと同じ昨年8月15日に中国国家統計局が、年齢層で区分けした7月の失業率公表を一時停止する、と発表したことで、裏付けられた形となった。中国で7月というのは、社会に出る大学卒業者や大学院修了者が最も多い時期。年齢層別失業率の公表停止は、若年層の就職難の深刻さを中国政府が認めざるを得なくなったためとして日本の各紙も大きく報道した。

「躺平」は中国若者の隠れ蓑か

 若年失業率に限らず中国経済全般について不安視する報道がその後も続く中で、「生活者"動"察 2023」結果から見えてくる中国生活者の思いと行動がだいぶ異なるのはなぜか。「中国生活者は時として、今も『内巻』に参加したり、『躺平』と口にしたりすることもあるが、本格的なアフターコロナを迎えた2023年、以前とは異なる『コト』に自ら取り組み始めている。何らかのハードルに直面した場合も、自分に過度な負荷をかけず、軽やかにそのハードルを越えたりかわしたりして進んでいる」。博報堂生活綜研(上海)は、「軽啓」と名付けた中国生活者の現在の状態をこのように説明している。

「生活者"動"察」調査結果が、報道などで伝えられている実態とは異なる中国生活者の姿を示すのは今回が初めてではない。2021年12月に公表された「生活者"動"察2021」調査結果は、遠くの第三者(遠圏)の力を巧みに活用する2000年代生まれの中国の若者たちの存在を明らかにしている。この調査結果から分かったこととして博報堂生活綜研(上海)は次のような見方を示していた。

「『躺平』と呼ばれる若者のライフスタイルは、実は友人や同級生、同僚といった身近なコミュニティ(近圏)の中で仲間と戦ったり、彼らの嫉妬や比較の対象になったりしないための隠れ蓑であり、多くの若者たちは『不透明感も増す社会を生き抜くために自分を着実に成長させておきたい』という意識を抱いている」

関連サイト

博報堂 調査レポート「博報堂生活綜研(上海)、「生活者“動”察 2023」研究成果を発表

日本総研 アジア・マンスリー2022年10月号「中国の若年失業率の高止まりは何を意味するか

ニッセイ基礎研究所 レポート「『卒業=失業』の失望感(中国)【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(58)

博報堂 調査レポート「中国の未来を担う若者、00后(2000年代生まれ)の実情-博報堂生活綜研(上海)、「生活者“動”察 2021」研究成果を発表-

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