中国の日本人研究者便り
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【20-03】中国研究生活のためのチェックリスト

2020年5月11日

渡辺 元太郎

渡辺 元太郎 : 浙江大学物理学系 ZJU 100 Young Professor

略歴

兵庫県出身。2003年東京大学大学院物理学専攻博士課程修了後、Nordic Institute for Theoretical Physics (デンマーク)、トレント大学(イタリア)、理化学研究所での博士研究員ののち、Asia Pacific Center for Theoretical Physics(韓国)にてグループリーダーとして勤務。2016年3月より現職。研究分野は理論物理学、特に、冷却原子気体における量子力学的現象とその周辺に関する領域である。

I. はじめに

 筆者は2016年3月から浙江省杭州にある浙江大学に勤務している。それ以前は、韓国の研究所にて5年のグループリーダーの職についていた。その4年目あたりから日本、韓国、台湾を中心として、アメリカやヨーロッパを含めた公募に応募し始めたが、中国という選択肢はそもそも自分の考えの中に浮かばず、その時点では全く応募していなかった。ある日妻が浙江大学物理学科の公募情報を見つけ、私に紹介してくれたのが事の始まりであった。

 妻は中華系マレーシア人で、中国語を話せる。しかも、浙江大学物理学科には私の知り合いの中国人の方も何人かおられる。そこで、中国の大学という選択肢もあったかと思い直して応募することにした。青年千人計画応募のプロセスも含めた約1年間の選考期間の後、採用が決定し、2016年3月から現職に就いている。浙江大学に応募する以前は、よもや自分が中国で生活することなど想像すらしていなかった。その自分が、あらゆる要因やタイミングが重なった結果、いま現に、中国の大学で職を得て生活している。この事実を鑑みるに、人生は極めて非線型であると感じずにはいられない。恐らくは、読者の方々の中にも、今は中国で生活することなど露ほどにも考えていないが、運命の悪戯により数年後はどっぷりと中国での研究生活に浸っている方もいるであろう。本小文は、将来中国の大学および研究機関で勤務する可能性のある理系の若手研究者を主な読者として想定しつつ、その方々の一助としたい。

 さて、中国での研究環境や教育活動が日本でのそれらとどう違うかという点が、多くの読者の主たる関心事項であると思われるが、以下ではまずこれらの点について、筆者の視点からいくつか気づいたことを述べてみたい。

II. 中国での研究環境及び教育活動

1. 各教員の独立性

 例外はあるかもしれないが、中国の大学はいわゆる講座制ではなく、大部分の教官がPIである。従って、各教官の独立性はある程度担保されていると言える。故に、設備やリソースが許す範囲内で、比較的自由に自分の関心のあるテーマの研究を推し進めることが、多くの場合可能であろう。ただこれは、自由に研究を推し進められるというメリットの一方で、特に外国人である我々は孤立しかねず、必要な情報やアドバイスすら得られないという危険性を孕んでいるので、この点は注意されたい。

2. 研究費

 理系の理論の場合に限れば、研究費に困ることは恐らくあまりない。むしろ、研究費を使い切るのに困るのではないだろうか。理学系の理論の場合、主な資金源としては、国家自然科学基金や省の自然科学基金からの競争的資金、そしてスタートアップや奨励金などの大学からの補助などがある。国家自然科学基金の科研費は英語で応募でき、筆者の経験上、英語だからと言って審査で不利になることは特にないように思われる。国家自然科学基金の一般項目の場合、採択率は20%程度、額は理論の場合4年間で60万元程度である。採択率20%と聞くと、少々厳しいと感じるかもしれないが、小さな大学からの応募者も含めた、様々なレベルの業績の研究者の全応募のうちの20%である。そのため、高度人材として招致されるような我々外国人の教官の応募が採択される可能性は高い。また、4年で60万元というと、それほど多くはないように感じられるかもしれないが、決してそうではない。中国では、大学院生の給与は極めて低く(しかしながら、住居費はただ同然のため、それでも十分生活できる)、しかも一部は大学から支給されること、ポスドクの給与も、どの大学で学位を取ったかによって額は異なるが、例えば浙江大学の場合は概ね給与の半分から7割程度は大学からの補助があるため、受け入れ教官の研究費からの出費はかなり抑えられる。

3. 教育活動

 中国の主要大学の教員数は、日本の大学よりもずっと多い。そのため、講義のデューティーはそれほど多くはない。私の学科の場合は、年に90単位時間、具体的には90分の講義を半年は週2回、あと半年は週1回行う必要がある。日本の多くの私立大学等と比べれば、遥かに少ない量ではなかろうか。それ故、筆者自身、各担当科目を丁寧に準備できていると感じている。また、適度な量の講義を通して筆者自身学ぶことも多く、それが研究の方にも生かされていると感じる。

 教育活動において、講義と並び重要なのが大学院生の研究指導であるが、これについて特に述べておきたい点が一つある。それは、場所や大学を選ばなければ、中国人の場合アカデミックポストを得ることは現時点ではそれほど困難ではないという点である。これは、本人が希望すれば、自分の学生達が学究の場に残る可能性が高いということを意味する。このようなことは、日本では極一部の大学を除いては望むべくもないだろう。学生の育成にも大きな意義を見出している方にとっては、一考を促したい要素である。

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図 1 杭州が誇る観光名所、西湖の風景

III. チェックポイント

 最後に、中国の大学等における教員職に応募あるいはそのオファーを受諾するにあたり、注意すべきチェックポイントをいくつか述べたい。

1. 学科における中国人の知り合いの教員の有無

 応募先の大学に、既に中国人の知り合いの教員がおられるかどうか、あるいは、知り合いでなくとも、採用過程や採用後の手続きを、ホストとして親身になって手伝って下さる方がおられるかどうかという点は、ほぼ必要条件である。これがないと話が進まない。

 たとえ書類上の業績が群を抜いていたとしても、他の教員と全く接点のない候補者が採用される可能性は低いことはどこにおいてもそうである。ましてや、中国では人的ネットワークが日本よりもさらに重視されるように見受けられるので、その傾向は強い。選考過程や青年千人計画の応募をはじめとする着任前の諸々の手続きにおいても、中国人の同僚の助けが不可欠である。また、中国の場合、ビザや居留許可の取得の手続きが煩雑である。着任後は、すぐさま居留許可の取得の手続きを開始する必要があるが、筆者自身、始めの数週間はほぼ毎日、ホストの教官の学生の方々に付き添ってもらって役所や大学の事務を行き来した。彼ら学生の助けがなければ立ち行かなかったであろう。

2. 学科の受け入れ態勢

 学科あるいは少なくとも学科内のグループに、新任教官を今後長く職場を共にする同僚として迎え入れるという素地があるかどうか、きちんとした受け入れ態勢があるかどうかという点は是非とも確認しておきたい。主要大学では、新しい教官はテニュアトラック制となっているところが多いと思われるが、新しく入ってきた人を学科としてあるいは部門としてサポートしていこうという風土なのか、はたまた、部門としては特にサポートはせず数多の新任教官間で競争させるという風土なのかによって、赴任後の状況は大いに異なるであろう。

3. ご自身のメンタリティー

 現地での文化、常識、しきたりを柔軟に受け入れ、与えられた場で最大限の努力ができるかということが、中国で実りある研究生活を送る上で不可欠な要素であるように思う。これは中国に限ったことではないが、現地では現地の文化、常識、しきたりがあり、それは時として日本のものと大いに異なる。もちろん外国人である我々は、それらの全てに従う必要はないが、現地で生活する以上、日本人にとっては時として非常識、あるいは理不尽と思えるしきたりも受け入れる必要はある。日本での常識で培った「こうあるべき」というものが極めて強く、他者がそれから逸脱することをも許せない人は、踏みとどまった方が良いかもしれない。中国での生活は大きな苦痛を伴う可能性が高い。

4. ご自身の年齢

 募集の要件として、一定の年齢制限を設けているところは多い。中国での一つの大きな線引きは、満40歳である。しかしながら、年齢制限の要項は、日本ほど杓子定規ではなく、その人材が必要であると認められれば、その年齢を若干超えていても採用されることはある。従って、日本人の40歳以上の研究者の方で、中国でのテニュアの職も検討されている方は、できるだけ早めに行動されることを勧める。おそらく日本よりもチャンスは多いし可能性も高い。

 とはいえ、今後中国での研究活動も視野に入れている若手の方々は、満40歳というラインには留意されたい。特に国家青年千人等の高度人材プログラムの応募には、満40歳という明確な線引きがある。このプログラムに採択されるか否かによって、給与及び着任後の研究費といった面で大きな違いがある。

5. ご家族の理解

 これは読者によって状況は大いに異なるであろうが、ご家族の理解なくして実りある中国での生活は難しい。私の場合は妻が中華系マレーシア人であるため、特に問題はなかったが、配偶者が日本人である場合、中国での生活と聞いて抵抗感を覚える可能性は高いであろう。ましてや子供がおられる場合は、その子の教育も懸念事項である。中国での住環境は、都市や地域によって大いに異なるため、一般的なことはあまり言えないが、少なくとも赴任する前に、可能であれば一度ご家族でその街を訪問することを勧める。契約書にサインする前に、給与や講義のコマ数、スタートアップの研究費や割り当てられる学生数などについて確認することは当然のことながら、それ以外の家族の生活に関わること、即ち教職員宿舎の有無やその購入価格及び高度人材に支給される住宅購入補助金(百万元単位の高額なもの)の使途や金額、さらに子供がおられる場合は、外国人を受け入れ可能な学校の有無などについても確認しておきたい。

IV. さいごに

 如何だったであろうか?もし初めの3つのチェックポイントのうち、二つ以上が不可であれば、少々厳しいかもしれない。ハードな中国生活が予想されるので、再考を促したい。一方、初めの三項目が可であれば、話は早い。本小文を読まれている時点で、ご本人としてはほぼゴーサインは出ているといって良い。あとは、ご家族と相談あるのみである。

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図 2 夕暮れ時の西湖の風景