【21-03】大学が育むベンチャースピリッツ
2021年09月24日
小池政就:一般財団法人日中イノベーションセンター 事業部長兼主席研究員
清華大学日本研究中心 訪問学者
略歴
2008年に東京大学大学院技術経営戦略専攻博士課程修了、東京大学助教や日本大学准教授など国内外の研究機関での勤務や衆議院議員として政策形成に関わる。2018年より北京の清華大学を拠点に日中間の産学連携の仕組み研究に携わる。
① 中国で研究活動をすることになったきっかけは?
自分はこれまで日本だけでなく米国と欧州でも学び働いてきましたが、近年の中国での科学技術分野の隆盛から実はほとんど知らない隣国に意外な何かがあるのでは、との好奇心で北京に飛び込んだところ、幸い現地の清華大学で受け入れの機会を頂きました。
清華大学社会科学学院にて
北京は常に灰色のスモッグに覆われた監視の厳しい都市という想像に反し、透き通った青空と広大な清華大学キャンパス、そして明るく前向きな校友達との出会いはすぐに自分を惹きつけてくれました。また何よりも人や社会の熱量の高さを感じられ、良くも悪くも毎日に刺激があります。
② 研究テーマについて
中国のIT分野を中心とした技術開発から社会への実装に至る仕組みに注目し、当該分野で国内を率いる北京において大学が核となるエコシステムを研究しています。
博士課程で所属した技術経営学専攻では、科学技術の研究開発から事業化に至るまでのプロセスが分析されています。この各段階で幾つかの障害が発生するのですが、中国のトップIT企業は障害を突破し著しい速度および規模で成長していきます。その背景として機能している仕組みや環境に自らを置きながら研究を行っています。
③ 大学・研究機関で特筆すべき設備や支援制度はありますか?
清華大学の起業エコシステムでは、アイデアを産み出す「創意」、そのアイデアを商品やサービスにする「創新」、ビジネスとして確立する「創業」、付加価値を社会に広げる「創造価値」、と四つの段階が認識されています。
主に前半の「創意」と「創新」を担うのが大学内での講義やベンチャー大会を主催するインキュベーション施設X-labであり、後半の「創業」や「創造価値」の分野を主に担うのが清華大学サイエンスパーク(TUS)です。X-labはMBAコースにあたる清華大学経済管理学院をはじめ機械工程や情報技術、美術や医学まで幅広い学部と連携し学生の創意や創新を促す教育や啓発活動を行っています。TUSからは金融面でのサポートや、人材育成、経営コンサルティングなどと共に、大学も含めて各企業や個人が融合的に繋がるような環境を提供しています。
清華大学サイエンスパーク(TUS)
また清華大学だけでなく付近の北京大学や中国人民大学といった中国を代表する大学や研究機関を擁する中関村地域では、大学内外のインキュベーション施設やサイエンスパークのような各大学に付随するものの他、中国科学院や多数の研究所も含めてより広範で域内の人材や資金が還流する仕組みを生み出しています。
このような体制と環境を通して、大学発の技術やアイデアが研究開発に伴う障害を乗り越え社会への実装に繋がっています。
④ 日本と中国の研究環境の違いについて
分野によりますが自分が関連する領域では特に、中国側の「失敗を容認する」という環境づくりや文化が印象的です。前述した技術開発や事業化へスムーズに繋げる仕組みに加えて、失敗を受容し挑戦を促す創業エコシステムの理念が感じられます。
以前に清華大学五道口金融学院の田軒副院長がある講演の中で「中国の大学生の起業の失敗率は95%」と話したことに対し、日本の経営者から「なぜそんなに成功率が低いのに大学が起業を奨励するのか」との質問が挙がりました。田副院長は、「若者の活力や感性に期待している」という理由の他に、「失敗を容認させるため」という理由を挙げました。
大学側は事前に学生に対して失敗してもいいのだと伝え、たとえ失敗したとしても再起を促すようにしているとの事です。大学だけでなく社会や国にもそのような見方がある事を学生達が認識するからこそ挑戦に繋がるとの回答でした。
エリート教育というと、日本でも官僚主義に繋がると指摘されたような「なるべく失敗をしない事」を評価する傾向が考えられますが、その場合の弊害として産まれるのは「失敗を恐れる減点主義や前例主義に終始し、他人の失敗を受容できず、自らの失敗も認めない」といった文化であり、これはイノベーションや技術開発には結びつかないどころか障害にさえなり得ます。
⑤ 中国での研究活動を考えている研究者にアドバイスを
日本での中国イメージは偏っているという事を念頭に置いた上で冷静に検討することをお勧めします。
日本では中国への親近感が約1~2割程度という世論を背景に、研究協力についても否定的な捉え方が少なくありません。近年では中国の基礎研究分野に携わる日本人研究者も日本国内で後ろ指をさされる例も見かけます。残念ながらこのような環境がすぐに改善する見込みはなく、将来的に日本国内での活動を重視する場合は一応留意した方が良いかと思います。
他方で中国現地の調査では約半数の中国人が日本への親近感を持ち、研究でもビジネスでも日本側との連携に前向きな姿勢が散見されます。中国側の熱意に対する日本側の消極的な姿勢は、中国に滞在した多くの日本人が「温度差」として感じるところでもあります。
ですから中国においては日本人としても伸び伸びと研究に携わることもできますし、競争や評価は厳しいですが技術やアイデアを形にしやすく、市場や挑戦の舞台も大きいのでやりがいを感じるでしょう。
CGTN(中国グローバルテレビジョンネットワーク)の番組に参加