第175号
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ナトリウムイオン電池―中国の「エネルギー競争」で追い越しを見せるか

2021年04月08日 于紫月(科技日報実習記者)

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画像提供:視覚中国

リチウムイオン電池に負けない性能で、より安価で安全

新たなエネルギー革命の中核は再生可能なエネルギーによる発電と大規模蓄電だ。数多くの電気化学エネルギー蓄電のうち、ナトリウムイオン電池は、資源が豊富、低コスト、安全性が高い、変換効率が高い、融通性が高く集積化しやすい、応答速度が速い、メンテナンスがいらないなどのメリットがあるため、大規模蓄電には理想的な選択肢の一つだ。

----胡勇勝(中国科学院物理研究所研究員、中科海鈉科技有限責任公司創始者兼会長)

 中国科学院物理研究所がインキュベーションを行ったハイテク企業・中科海鈉科技有限責任公司(以下「中科海鈉」)や華陽新材料科技集団有限公司はこのほど、山西モデル転換総合改革モデルエリア管理委員会と、山西省太原市で年間生産量2,000トンのナトリウムイオン電池の正・負極材生産ラインを建設することで合意し、契約書に調印した。

 2月20日、中国科学院物理研究所研究員で、中科海鈉の創始者兼会長である胡勇勝氏は取材に対して、「中国のナトリウムイオン電池は、材料体系や電池の総合的性能などの技術研究・開発の面にしても、産業化の推進スピード、モデル的応用、特許の展開および基準の制定などの面にしても、いずれも世界の先頭を走っており、『先行者利益』を有している」との見方を示した。

「新星」の新エネルギーが産業化で加速

 石炭や石油、天然ガスなどの化石エネルギーの開発により、人類社会は急速に発展した。そして今は、非化石エネルギーの進歩が、新たなエネルギー革命を起こしつつある。では、どれがその主役の座に立つのだろう?

 リチウムイオン電池の呼び声は非常に高い。だが、それは、中国のより広い分野で大規模に使用されるようになるにつれて、「中国のリチウム資源は輸入への依存が非常に高い」という回避できない問題により、その懸念がますます高まっている。そのため、希有性資源に依存せず、コストが比較的低い蓄電・電池技術の開発が必要になっている。

 リチウムイオン電池と原理が最も似ているナトリウムイオン電池が頭角を現し始めている。近年、独自の知的財産権を有する関連の成果が続々と登場しており、ナトリウムイオン電池を「心臓」とするスマート電動自転車や低速電動車、家庭用蓄電システム、蓄電所、パーク/景勝地の観光用電気自動車などが相次いで発売され、多くの成果が世界で初公開されるようになっている。

 中国科技部(省)ハイテク研究発展センターが最近企画した「2020年度中国の科学の10大進展」選出の候補30項目に、ナトリウムイオン電池の研究が入った。

 新エネルギーの中でも、「新星」のナトリウムイオン電池は現在、産業化の道を加速して進んでおり、中国の次世代エネルギー革命を牽引するきっかけになる可能性がある。

「ナトリウム」が「リチウム」のウィークポイントを補う

 世界的に見ると、リチウム資源の分布は極めてアンバランスで、約70%が南米に分布している。現有の統計によると、中国は現在、リチウム資源の80%を輸入に頼っている。

 胡氏は取材に、「リチウムイオン電池は、世界の電気化学蓄電市場のシェア80%を占める絶対的存在だが、その資源は希少性、コストが高く、産業の大規模発展は頭打ちに直面しているのが現状だ」と説明する。

 そのような現状を打破するために、コストの安い代替品を見つけることが急務となっている。

 そのため、リチウムイオン電池と同じ原理、同じ電池部材であるナトリウムイオン電池が発展の大きなチャンスを迎えている。

 リチウムイオン電池の原理と似ており、ナトリウムイオン電池も正極と負極の間をリチウムイオンが移動することで充電や放電を行う。

 ナトリウム資源は、地殻中の存在量が極めて豊富で、元素存在度はリチウムの1,000倍以上に達する。ナトリウムイオン電池は、コストの面でも既に顕著な優位性を誇るようになっており、同じ充電量とすると、そのコストはリチウムイオン電池より約30%安くなる。電池構造が同じであるため、現有のほとんどのリチウムイオン電池生産設備をそのまま使って、ナトリウムイオン電池を生産することができ、設備コストをカットすることもできる。

 産業化の過程で、コストが安いことも重要だが、そのクオリティはもっと重要になる。胡氏は、「ナトリウムイオン電池の総合的性能を見ると、いくつかの優位性がある」とする。

 研究が進むにつれて、研究者はナトリウムイオン電池には、作動性能が良く、幅広い温度範囲での使用が可能で、安全性が高く、過放電の問題がないなどのメリットを発見している。その他、ナトリウムイオン電池の正・負極はいずれもアルミ箔の集電体を採用することができ、それによりそのエネルギー密度を高め、低コスト、長寿命、高比エネルギー、高い安全性などの実現がさらに進む。

 胡氏は、「現在携帯電話によく使われているリチウムイオン電池は100%充電するのに約1時間かかるのに対して、ナトリウムイオン電池なら十数分、さらにはもっと短い時間で100%充電できる。また、リチウムイオン電池は、冬になり気温が下がると、貯まった電気を引き出す働きが鈍くなるのに対して、ナトリウムイオン電池は-30度の低温から80度の高温の環境下でも、放電性能が高いことから、環境への適応力の高さがうかがえる。非常に丈夫で、衝撃などにも強い。試験では、ナトリウムイオン電池に針を刺して、わざとショートさせても発火したり、爆発したりしなかった」と例を挙げながら説明した。

 安く、丈夫で、安全というナトリウムイオン電池が将来、リチウムイオン電池の重要な補完的な技術となる可能性が高い。

技術のボトルネックを打破し応用範囲を拡大

 正極、負極、電解液は、ナトリウムイオン電池の三大要素で、うち、大部分の正極材料は安定性が低く、サイクル寿命が短く、コストが高いなどのボトルネックに直面している。

 こうした問題を解決するために、胡氏の研究チームは、リチウムイオン電池によく使われている正極材料のうち、高価なニッケル、コバルトなどは使わずに、銅、鉄、マンガンなどの比較的安価な元素を使い、低コストで、安定性が高く、寿命が長いナトリウムイオン電池層状酸化物正極材料体系を開発した。

 同チームが海外の研究者と提携して研究したナトリウムイオン電池正極材料関連の成果が最近、初めて学術誌「サイエンス」に掲載された。

 中国科学院物理研究所のナトリウムイオン電池技術チームをバックに、2017年に設立された中科海鈉は、当時としては中国初のもっぱらナトリウムイオン電池の研究・開発、生産に取り組むハイテク企業となった。同社は2度にわたり計5,800万元(約9.6億円)の融資を受け、パイロット生産技術の開発に使い、100トン級のナトリウムイオン電池の正・負極材料パイロット生産ラインと100AHのセル生産ラインを建設し、ソフトパック、アルミパッケージ、円筒形セルなど数多くの製品を開発している。エネルギー密度は1キロ当たり100--150Whで、鉛蓄電池の3倍以上、耐用回数は4,500回以上だ。最近、北京市科学技術委員会テクノロジー協力センターは専門家グループを組織し、同センターが担当する課題の精査を依頼した。専門家グループは、「関連技術の指標は、世界のトップ水準に達している」と評価した。

 2017年末、同チームが開発した48V/10Ahのナトリウムイオン電池パックが、電動自転車に応用され、2018年には、同チームが開発した72V/80Ahナトリウムイオン電池パックを搭載した世界初のナトリウムイオン電池電気自動車が公開された。

 同チームは既に、正極、負極、電解質、添加物、接着剤などのカギとなる材料をめぐる中国の発明特許権20件以上を取得(一部は米国や日本、EUの特許も取得)し、「サイエンス」や「ネイチャー」姉妹誌などの学術誌に、論文100本以上が掲載され、被引用数は1万回を超えている。

 こうした研究成果は今後、エンジンとしての役割を果たし、中科海鈉など、一連のインキュベーターにおいて実用化され、ナトリウムイオン電池の商業化発展に大きな原動力を提供し続けると期待されている。

ナトリウムイオン電池が大規模蓄電の大きな期待を背負う

 気候変動は人類が直面している世界的な問題で、それについて、中国は二酸化炭素(CO2)の排出量を2030年までにピークアウトさせ、2060年までに二酸化炭素排出量と除去量を差し引きゼロにするカーボンニュートラルを目指す目標を掲げている。これは、中国の経済・社会は今後、全面的な低炭素化への変革を迎えることを意味している。

 2017年、中国工程院の院士・陳立泉氏は、「電動中国」構想を打ち出した。これは、中国のグローバルエネルギーネットワークやクリーンでエコなスタイルを構築して世界の電力ニーズを満たそうという働きかけともマッチしている。

 ただ、そうなると、問題も出てくる。

 太陽エネルギーや風力エネルギーは、電力を生産する主な再生可能な新エネルギーだが、それらは、発電量が天候に左右される、途切れる、不安定などの特徴がある。例えば、太陽エネルギーを見ると、晴れの日の日中は太陽光パネルで発電できるものの、曇りの日や夜間は発電できない。また、風力発電を見ても、風力や天候と密接な関係がある。しかし、今の私たちの生活は一秒たりとも電気が欠かせず、天候の良い時だけ電気があるという生活には耐えることができない。

 そのため、大規模な蓄電装置、主に蓄電所を緊急に必要としている。そこに、たくさんの電気を貯め、発電量が不十分になった時に利用し、電気の安定供給を保証する。

 現在のモデル蓄電所においては、リチウムイオン電池が「絶対的存在」となっている。だが、前に言及したようにさまざまな制限があるため、リチウムイオン電池は、電気自動車と大規模蓄電の2つの巨大市場を、同時に支えることができない。そのため、陳氏と胡研究員などは、ナトリウムイオン電池に大きな希望を託している。

 2019年、中科海鈉は、世界初の100キロワット時級のナトリウムイオン電池蓄電所を開発し、初めてナトリウムイオン電池の大規模蓄電をめぐるモデル応用を実現した。

 胡氏は、「CO2排出量のピークアウト、カーボンニュートラルを実現するというのは、中国の厳粛な約束で、中国が第三次エネルギー革命のチャンスだ。この新たなエネルギー革命の中核は、再生可能なエネルギーによる発電と大規模蓄電だ。前者はすでに成熟に近づいている一方で、後者はまだ発展途上だ。数多くの電気化学エネルギー蓄電技術のうち、ナトリウムイオン電池は資源が豊富、低コスト、安全性が高い、変換効率が高い、融通性が高く集積化しやすい、応答速度が速い、メンテナンスがいらないなどのメリットがあるため、大規模蓄電には理想的な存在だ」と説明する。

 巨大な蓄電市場や産業ニーズからの後押しを受けると同時に、中国がリチウムイオン電池の産業チェーンを整備していることが重なり、中国がナトリウムイオン電池の産業化と商用化を先行して実現する条件は整っている。

 胡氏は、「中国の各級政府のトップレベルデザインや関連政策の大々的なサポート、産学研連携のイノベーションおよび社会資本による推進の下、CO2排出量のピークアウト、カーボンニュートラルを実現するうえで、ナトリウムイオン電池は必ず重要な役割を担うと確信している」と語る。


※本稿は、科技日報「鈉離子電池或成我国能源超車新賽道」(2021年2月24日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。