第6節 国家知的財産実証パーク
第1項 概要
中国では1970年代末に知財保護の関係法律・法規の制定に着手すると同時に、関連する国際機関の活動に積極的に参加し、世界各国と知的財産権分野での交流と協力を続けてきた。そのような中で生まれた中国知的財産関連法について下表に取りまとめた。
また、WTO加盟時の国際的な約束を履行するために、中国政府はWTOの「知的財産権の貿易関連の側面に関する協定」の関連規定を遵守し、2000~2001年に特許法、商標法、著作権法、コンピュータ・ソフトウェア保護条例などの主な法律・法規の改正を行い、「電子集積回路配置設計保護条例」を制定した。法整備だけではなく、法の運営に関しても整備が進んでいる。
このような国際的なルールに合致させる知的財産関連法の整備は、中国における知的財産関連事業の漸進的な展開だけではなく、国家知的財産実証パーク制度の設計や新規開発にも重要な基礎の一つとなっている。
No | 知的財産 | 適用法 | 執行機関 | 備考 |
1 | 特許権 | 特許法 | 国家 知識産権局 専利局 |
中国では「専利法」と称する。 |
2 | 実用新案権 | |||
3 | 意匠権 | |||
4 | 商標権 | 商標法 | 国家工商行政管理総局商標局 | 中国製品品質法とも関係深い。 |
5 | 著作権 | 著作権法 | 国家版権局 | ソフトウェア著作権に留意。 |
コンピュータ・ソフトウェア保護条例 | ||||
6 | 回路設置権 | 電子集積回路 配置設計保護条例 |
国家知識産権局 専利局 |
- |
7 | 品種権 | 植物新品種 保護条例 |
国家林業局 農業部 |
2つの行政部門に留意。 |
8 | 営業秘密 | 反不正当競争法 | 国家工商行政 管理総局 公平交易局 |
日本ではよく「中国不正競争防止法」と誤訳される。 |
このような背景の中で、2004年11月12日、中国国家知識産権局により「知的財産実証モデル事業についての指導意見」が各省や直轄市などの知識産権局に通達された。同指導意見は、近年における知的財産実証事業の経験、各地方の知識産権局の意見、全国特許会議の精神などを踏まえた上で、知的財産の実証及びモデル化の事業を一層強化するとともに、都市、パーク、企業における知的財産制度の構築、改善、実施を推進しようとする「重大な調整」[1]である。
ここで言う「重大な調整」は、それまで一部の都市やパークなどを対象とし「特許事業」に限定してきたものを、今後は「知的財産事業」全般について、明示された手続きで行うことである。また、同指導意見は、知的財産実証事業の対象を認定を受けた都市、パーク、企業としており、実証事業が一定の期間内に決められた条件を満たして合格となった場合は、知的財産実証パークではなく、知的財産モデルパークとして公表されるとしている。
本報告書の調査対象となる国家サイエンスパーク・ハイテクパークはここで言われる「パーク」に該当するものである。2005年3月、国家ハイテク産業開発区の天津新技術産業園区などが第1次国家知的財産実証パークとして認定されて以来、2008年12月までに国家ハイテク産業開発区を中心とした27のパーク[2]が国家知的財産実証パークとして認定された。また、武漢東湖新技術開発区、楊凌農業ハイテク産業モデル区、長春ハイテク産業開発区は「国家知的財産モデルパーク」として認定されている。
No | 所在地域 | 名称 | 所在地 |
1 | 北京 | 中関村サイエンスパーク | 北京市 |
2 | 天津 | 天津ハイテク産業開発区 | 天津市 |
3 | 上海 | 張江ハイテク産業開発区 | 上海市 |
4 | 山東 | 青島ハイテク産業開発区 | 青島市 |
5 | 威海ハイテク産業開発区 | 威海市 | |
6 | 中国石油大学国家大学サイエンスパーク | 東営市 | |
7 | 広東 | 広州開発区 | 広州市 |
8 | 深センハイテク産業開発区 | 深セン市 | |
9 | 湖北 | 襄樊ハイテク産業開発区 | 襄樊市 |
10 | 内モンゴル | 包頭ハイテク産業開発区 | 包頭市 |
11 | 四川 | 成都ハイテク産業開発区 | 成都市 |
12 | 漸江 | 杭州ハイテク産業開発区 | 杭州市 |
13 | 江蘇 | 蘇州ハイテク産業開発区 | 蘇州市 |
14 | 無錫ハイテク産業開発区 | 無錫市 | |
15 | 蘇州工業パーク | 蘇州市 | |
16 | 江蘇昆山経済技術開発区 | 昆山市 | |
17 | 湖南 | 株洲ハイテク産業開発区 | 株洲市 |
18 | 長沙経済技術開発区 | 長沙市 | |
19 | 陝西 | 西安ハイテク産業開発区 | 西安市 |
20 | 江西 | 南昌ハイテク産業開発区 | 南昌市 |
21 | 重慶 | 重慶江北区五里店工業設計センター | 重慶市 |
22 | 重慶西永微電子産業パーク | 重慶市 | |
23 | 河北 | 石家荘ハイテク産業開発区 | 石家荘市 |
24 | 遼寧 | 瀋陽ハイテク産業開発区 | 瀋陽市 |
25 | 河南 | 洛陽ハイテク産業開発区 | 洛陽市 |
26 | 安徽 | 合肥ハイテク産業開発区 | 合肥市 |
27 | 新疆 | ウルムチハイテク産業開発区 | ウルムチ市 |
図8.5 国家知的財産実証パークの地域分布
出典:現地情報をもとに技術経営創研が作成(背景図:Copyright © 2003-2004 中国まるごと百科事典)
[1] 国家知識産権局「全国試点示範工作作出重大調整」(2004年11月26日)。
[2] ここで言う「パーク」には、本報告書の調査対象となっていない2カ所の「経済技術開発区」や1カ所の「電子産業パーク」も含まれている。詳細は後掲資料に取りまとめた。
第2項 事例
武漢東湖新技術開発区は既に国家知的財産実証パークの段階を経て、国家知的財産モデルパークとして認定されている。これまでの取り組みを以下に取りまとめた。
第1は、開発区の国家級の知的財産権制度実施モデルパークへの努力である。2001年5月、武漢市政府は国家知識産権局に武漢東湖新技術開発区における「知的財産権制度実施モデルパーク試験事業」の展開を提言し、国家知識産権局の認可を得た。9月には、国家知識産権局と市政府は『知的財産権制度実施モデルパーク(武漢東湖新技術開発区)事業プラン』を印刷物によって共同発表し、これによって、開発区は全国初の国家級の知的財産権制度実施モデルパークとなり、武漢東湖新技術開発区の知的財産権事業が新たな進展をするに至った。
第2は、「武漢・中国光バレー」知的財産権情報センターの設立である。武漢東湖新技術開発区は国家オプトエレクトロニクス情報産業基地であり、元来、「中国光バレー」と呼ばれていた。知的財産権情報のオプトエレクトロニクス産業に対するサービス機能を十分に発揮し、「武漢・中国光バレー」の発展をより早く推し進めるため、武漢市は2002年1月に「武漢・中国光バレー」知的財産情報センターを設立した。同センターは、国家知識産権局と武漢市政府が共同で設立した全国トップレベルの特許検索、特許戦略研究、及び各種知的財産権サービスが一体となった、武漢東湖新技術開発区に基礎を置く、中国全土向けの知的財産権専門コンサルティングサービス機関である。
近年、情報センターは自らが持つ豊富な知的財産権に関する情報資源を活用し、武漢東湖新技術開発区の企業・事業体及び個人向けの専門的な知的財産権に関するコンサルティング、特許検索、特許SDI(Selective Dissemination of Information)サービス、特許仲介、知的財産権戦略などのサービス業務を積極的に展開し、企業や事業体に受け入れられている。
第3は、企業知的財産権業務ネットワークの段階的な確立と整備である。同開発区では、強い働きかけと組織的な指導などを得て、これまでに100社余りの重点企業で、知的財産権業務に関する分担指導、責任部門、業務スタッフ・業務制度などの実施徹底が図られている。これらの企業は、開発区における知的財産権業務の中核となっており、彼らの絶えず蓄積されていく業務経験と顕著な成果は、他企業の知的財産権業務に好ましい影響力と推進作用を及ぼしている。
第4は、ハイテク企業の知的財産権管理・保護評価体系の確立である。華中科技大学知的財産権戦略研究院に委託し、ハイテク企業の知的財産権管理・保護評価体系の評価に対する研究を実施し、科学的、系統的、全面的、かつ実務的と言う特性を備えた評価指標を提起した。これを踏まえて、武漢市知識産権局と武漢東湖新技術開発区管理委員会は『ハイテク企業知的財産権業務評価規則』を印刷物によって共同発表した。これはハイテク企業の知的財産権業務の指導と推進とに活用されている。
第5は、企業の知的財産権業務に具体的なサービスを提供することである。実際の企業のニーズに基づき、知的財産権問題にかかわる知識講座、業務経験交流会、法律保護コンサルティング、専門家による報告会などを随時実施している。企業の発展のために、光通信、レーザー、バイオテクノロジー・医薬などの分野で知的財産権戦略研究を展開している。企業向け特許データベースの構築、法に則った企業の知的財産権の保護などを図っており、企業の知的財産権の創造、実施、管理、保護能力は絶えず向上している[3] 。
第3項 経済・社会効果
国家知識産権局は「基本的なアプローチ」として、①特定地域における実証事業の結果を他地域に応用していくこと、②モデル化事業を通じて知財マネジメントを発展させることを挙げ、知的財産実証パークの認定申込者に対し以下の5点を要求している。
- 知的財産管理体系や社内規程を構築すること
- 技術イノベーションを推進し、産業発展のレベルを上げること
- 知的財産及び該当分野の特許情報のデータベースを構築すること
- 知財管理の業務交流や研究活動を行うこと
- 知的財産実証パーク事業についてフォローし、政策課題について研究し報告すること
中国初の国家知的財産戦略[4] が2008年6月に公表された。知的財産の創造、保護、活用、人材育成と言う基本的な考え方は、それまでに推進されてきた「知的財産アクションプラン」でも謳われているように、知的財産の創造、保護、活用に最も密接にかかわる国家ハイテク産業開発区が従来から普及や推進の重点地域となっている。このようなことから、国家ハイテク産業開発区が国家知的財産実証パークの多数を占めている。
2008年11月25日、国家知識産権局が主催した「国家知的財産実証・モデルパーク現場交流会」が蘇州にて開かれ、中国全土から70名余りの関係者が出席した。同交流会では、国家知識産権局の担当者が出席者に対し、国家知的財産戦略の具現化を着実に推進することを呼びかけた。その後、上海張江国家ハイテク産業開発区、蘇州国家ハイテク産業開発区、蘇州工業パーク及び無錫国家ハイテク産業開発区工業設計パークの代表がそれぞれの実証事業における経験などを紹介し、活発な議論が行われた[5] 。国家知的財産実証パークの事業が国家ハイテク産業開発区の更なる発展への新たな活力となることが、参加者一同の共通認識となった。中国における国家ハイテク産業開発区の発展に密接な関係にある「国家知的財産実証モデル事業」の今後の展開が期待される。
[3] 曾衛勇「武漢東湖開発区の知的財産権の保護状況に関する紹介」法制を中心にコース(JICA、 2005年)。
[4] 中国初の国家知的財産戦略が検討、策定される際、日本初の国家知的財産戦略も重要な見本として参考されたと見られる。しかし、基本的な構成は同じく「知的財産の創出、保護、活用、及び人材育成」からなっているとしても、両国の現場において具現化される際にさまざまな差異が存在することは言うまでもない。
[5] 国家知識産権局要聞「国家知識産権試点示範園区現場交流会在蘇州召開」(国家知識産権局網江蘇ステーション、2008年11月28日)。