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書籍紹介:『中国不動産バブル』(文藝春秋、2024年4月)

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書籍名:
中国不動産バブル

  • 著 者: 柯 隆
  • 発 行: 文藝春秋
  • ISBN: 978-4-16-661452-3
  • 定 価: 1,100円(税込)
  • 頁 数: 256
  • 判 型: 新書判
  • 発行日: 2024年4月20日

書評:『中国不動産バブル』

大西康雄(JSTアジア太平洋総合研究センター 特任フェロー)

 中国経済の不調が報道されるようになって久しい。そして不調の象徴として不動産バブルとその崩壊を挙げる議論も枚挙にいとまがない。それだけに、中国経済に対する"辛口"の論評で知られる著者が「中国不動産バブル」をタイトルとしてどのような分析を見せてくれるのか、評者も期待しつつ読み進んだ。

 まず目を引いたのは、本書の扉に掲げられた著者の論断であり、本書の結論は、ほぼこれにつきている。「不動産バブルは貨幣的な現象だが、中国の不動産バブルの形成と崩壊は中国社会に内在する制度的歪みによるものである。金融政策のみによってバブル崩壊には対処できない。それを是正し問題を解決するには、抜本的な政治改革と経済改革が必要不可欠である。」

<著者の基本認識>

 「はじめに」で示されているように、著者は、中国において不動産バブルが形成されたのは事実であり、2023年頃に崩壊が始まっているとの基本認識を有している。バブルであるとする根拠を、一人当りGDP1万2000ドルの中国の不動産価格がニューヨーク、ロンドン、パリ、東京の相場を超えていることに求め、それが崩壊したと判断する指標として「不動産価格の下落、デベロッパーの経営状況、個人による住宅ローンの延滞、銀行の不良債権問題など」を挙げている。そして、中央政府の対応が定まっておらず、デベロッパーの多くは救済措置を待っている状況であるため、まだ崩壊が始まっていないように見えるに過ぎない、と論じている。

 しかし、本書の最大の特色は、こうした現状分析にとどまらず、その背景にある中国の経済制度、社会制度の歴史をひもとき、読者の理解を深めようと試みている点にある。

<不動産バブルの形成と崩壊>

 不動産バブルを経験したのは中国だけではないが、そもそも土地公有(都市部は国有)を建前とする中国では、土地を商品とし、価格を形成するメカニズム造りから着手する必要があった。経済発展を目指す上で土地は欠かせない生産要素であり、都市再開発の観点からもその流動をはからなければならなかったからである。採用されたのは、土地公有の原則は変えずにその使用権を時限付き(宅地70年、商用地50年)で売買するというスキームであった。

 問題は、土地価格の決定において市場原理が確保されないことである。土地譲渡権限を持つのは地方政府のみであり、さらには土地使用権の譲渡収入が地方財政に帰属すると決められたことから、地方政府はなるべく高く価格設定しようとし、また譲渡過程で容易に汚職(贈収賄)が発生することとなった。経済成長が続き、土地需要が拡大するなか、デベロッパーが土地を実際の使用者に譲渡する際にも経済合理性を超えた高価格が常態化した。さらに注目すべき背景として著者が指摘するのが中国人・企業の経済活動の特性である。

<貯蓄、消費、投資の特性>

 中国人の貯蓄率が高いことは知られており、もともと消費には慎重であった。ただし、貯蓄に対するリターンを求める指向は日本などより強い。退職金すべてを株投資に投じる中国人の姿が報道されたことは記憶に新しいが、投資対象として最も有利と見なされたのが不動産であった。株式と違って価値が下落するリスクが小さい(少なくとも長期にわたりそうであった)うえ、固定資産税が課されないなど保有コストが小さい資産だったことによる。

 また、結婚の前提として不動産所有が当然視される社会的風潮も影響している。20~30歳代の若者が親・親族から借金してでも不動産取得に血道を上げることになったからである。

 そして、取得した不動産が高騰していくと、それを担保としてさらに借金をして2軒目、3軒目の不動産を取得するマネーゲームが始まった。投機目的の不動産価格は実態から乖離して高騰していき、バブルが発生した。このあたりの筆者の分析は、状況を活写して余すところがない。

<コロナ禍の衝撃、人口減少社会の到来>

 バブルが発生すれば、いずれ、その崩壊は避けがたい。引き金を引いたのはコロナ禍であったが、「ゼロ・コロナ」政策が崩壊を決定的とした。PCR集団検査を実施し、一人でも陽性者が出ればその集団、コミュニティ全体を禁足処分として隔離する、という乱暴な対応は2022年の上海など大都市のロックダウンでピークに達する。

 その結果、経済活動が止まり、景気後退により不動産価格が下落した。さらに、いつ始まるとも、いつ終わるともしれない禁足措置の連発が人々から将来への期待を奪ったことも大きい。バブルを支えるのは将来への楽観的見通しだからである。デベロッパーのデフォルト、マクロ経済の減速と失業者増加、住宅ローン返済のストップ、と経済が逆回転し、影響はデベロッパーや個人に融資していた銀行に及んでいく(この点は後述)。

 そして、気づいてみれば、中国は人口減少社会に足を踏み入れていた。いわゆる「一人っ子政策」は2016年に中止されたが、それ以降出生数は減少し、23年に902万人とほぼ半減している。都市化による需要増を期待する専門家もいるが、全体として需要は先細りが予測される。不動産業は、ビジネスモデルの抜本的改革を求められることになる。

<金融危機、地方政府破綻?>

 不動産バブル崩壊の影響をどう見るべきか。まず、銀行に不動産融資がらみの多額の不良債権が発生することから金融危機が発生する可能性がある。これへの対応は中央政府の責任であるが、金融機関を救済する場合、そのプライオリティーについて透明性を保ちつつ決定することが難しいと筆者は指摘する。また、上述したように土地譲渡金への依存を強めていた地方政府は、インフラ建設などの公共政策が停滞するほか、社会保障基金への注入ができなくなり、これは年金支払いストップに直結する。どれをとっても難題であり、対応を誤れば深刻な社会問題になりかねない。

<習政権とイデオロギーの呪縛>

 最後にバブル崩壊に対する習政権の政策対応はどうか? 筆者は、現状では、全く不十分であり、バブル崩壊後の悪影響が懸念されると結論づけている。習政権は毛沢東時代への回帰指向を強め、共産党指導体制と不動産を含む財産の公有制を堅持しようとしている。しかし、財産の公有制を堅持すると、毛沢東時代が示したように経済成長は停滞する。まさにこの「イデオロギーの呪縛」をどう解いていくのかが今後の中国経済の行方を決める。本書は、不動産バブルの全体像を分析することでその難しさを強く示唆するものとなっている。

 

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