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書籍紹介:『中国ファクター アジア・ドミノの政治経済分析』(日本経済新聞出版、2024年6月)

書籍イメージ

書籍名:
中国ファクター アジア・ドミノの政治経済分析

  • 編著者:國分良成、日本経済研究センター
  • 発 行:日本経済新聞出版
  • ISBN :978-4-296-12048-2
  • 定 価:3,300円(税込)
  • 頁 数:288
  • 判 型:四六判
  • 発行日:2024年6月25日

書評:『中国ファクター アジア・ドミノの政治経済分析』

白尾隆行(JSTアジア・太平洋総合研究センター 元副センター長)

 2024年秋の米国大統領選挙はトランプ大統領の再選という結果に終わり、多くの識者が米中貿易対立の再燃を予想し、また関係する多くの政府が貿易や軍事における同政権の政策に注目することとなった。世界に最も影響力を有するスパーパワーたる米国の対外政策が大きく転換しようとする中で、今後、日本がアジアの一員として外交、国際社会でどう対応するかを決断する上で、アジア地域の政治経済情勢について、なかんずく、米国と覇権を争うとする中国の影響について、正確に把握しておく必要がある。即ち、今、改めて我々がどこに位置しているかを確認する必要に迫られており、中でも米国の出方次第で中国のアジア諸国との距離感も変化すると見られ、その今の座標を改めて頭に描いておくことは重要である。

 本書は、台頭した中国はどのように影響力(パワー)を行使しているか、インド太平洋諸国はどのように認識し対応しているか、中国の影響を受ける側からの問題提起である。

 序章に加え東南アジア(第1章、第2章)、フィリピン(第3章)、タイ(第4章)、インドネシア(第5章)、ベトナム(第6章)、台湾(第7章)、朝鮮半島(第8章)、インド(第9章)と国・地域毎の分析を行った後、第10章で日中の外交文化に関する比較研究を紹介している。なお、各章(各国・地域)の扉頁に示されている「注目データ」は、中国ファクターを端的に表すものとして読者にとって極めて有益である。

 編著者による序章では、まず影響力の送り手側の思惑、方法より、受け手側の真意や対応は分析が難しいと断っている。確かに財政支援や技術支援を行う際、恐らく受け手側がどのような利害得失を念頭に置いて受けているか、中々把握することは難しかろう。本書は、その前提に立って関係国が如何に中国との関係を歴史的、政治的、経済的に形成してきたかを分析している。その上でインド太平洋地域の地政学が米中関係に左右される要素が大きく、また中国の政治的な影響力が改革開放以後の経済的影響力の拡大により急速に増してきた経緯を振り返っている。

 第1章、第2章は東南アジアへの中国の影響力を経済的、外交的側面から見ている。中国との貿易、その対外直接投資、対中債務、外交、軍事にわたる中国の影響を描き、とくにCLM(カンボジア、ラオス、ミャンマー)の受ける影響は一帯一路構想への対応もあり、突出している状況が示されている。一方、設置されている孔子学院の数でみるとタイを除き全般的に日本より少ない。経済的な関係を太くする一方、文化面では中国の浸透がそれほど進んでいるわけではない様子が感じられ、ある意味でこの地域の特色を象徴しているのではないか。

 第3章はフィリピンである。中国海警局の船舶に水を浴びせられるフィリピン漁船の映像を最近ではニュースでよく目にするが、ドゥテルテ前大統領時代の中国寄りの政策からマルコス現大統領による親米政策への転換が中国の姿勢をより硬化させている一面であろう。実はフィリピンは90年代より一貫して中国に対する国民の好感度が東南アジア諸国でベトナムに次いで低い国である。中国の対中好感度向上の努力にも拘わらずその効果は限定的のようであり、本章は今後の帰趨を理解する土台を提供している。

 第4章はタイであるが、同国は歴史的にもれっきとした米国の同盟国である。にも拘わらず中国とも軍事演習を行い、経済的関係も強化するなど微妙な動きをする国であることが如実に描かれている。民族的、歴史的な流れに加え、タイ国民に広がる反米感情や、民間団体が仕切る、表からは見えない対外経済関係など同国の深層を理解する要素が満載されている。

 第5章のインドネシアも極めて興味深い。同国が開発・繁栄優先で米中それぞれとの関係で良いとこ取りの国であることはつとに知られている。利益を優先する姿勢が、勢い余って、サイバー空間への検閲や圧力を通じて投資にまつわる政府批判を抹殺するなどやや危ういところもあるようである。鉱工業を中心に中国との関係強化を図るとしても、インドネシア経済の浮沈が中国の需要動向に左右されはしないか、懸念する姿勢も同国が中国との距離感をどうするか、将来を見ていく上で重要な手がかりであろう。

 第6章のベトナムは、その微妙、かつ複雑な米中との二国間関係の経緯を知っている者にとって中国ファクターの動向は気になるところであろう。歴史的にも長い中国の影響、政治的な近接性、対米・対仏戦争を乗り越えた強かさなど小国が生き延びる知恵を随所に感じる。隣国である中国との経済的な関係を重視し友好を維持しつつ、一方で安全保障など機微な分野では中国の影響を管理・抑制する姿勢は大いに参考となるであろう。

 第7章の台湾に関しては、中国本土との関係を調査分析した多くの文献があるが、ここでは頼清徳政権の新たな誕生が中国依存の更なる低減に自信をもたらし、このことが中国による経済を梃子とした工作力の低下に繋がるという新たな展開が予想されており、台湾経済と中国本土との関係を理解する新しい目線が設定されている。

 第8章は朝鮮半島、中国との関係を切っても切れない韓国と北朝鮮である。韓国は親中的な文在寅前大統領から「価値観外交」を掲げる尹錫悦現大統領へ移行し日米との連携を強化する方向に転換した。近年では対米輸出額が対中輸出額を上回り、好調な伸びを示す一方、中国の内製化がハイテク分野に拡大し韓国企業が対中ビジネスで苦戦を強いられたこともあって、新たな中国リスクへの対応が課題として紹介されている。北朝鮮は「新冷戦」と位置付ける国際情勢の中で中国とロシアとのバランスをとることにひたすら意を用いているようである。

 第9章はインドであるが、中国とは国境紛争を巡り死者を伴う戦闘も交える関係にありながら、中国が主導する上海協力機構に参加し、一方で日米豪と接近するなど中々理解が難しい国際関係を形成する国というイメージがある。ただこの章を読むと、インドがいわゆるグローバルサウスの盟主としての位置取りにひたすら努めているということがよく理解できる。

 最後の第10章は、19世紀後半に日本が経験した欧米との不平等条約改正交渉、そしてその後逆に中国に対して不平等条約を享受する側に立った日本の対応から導かれる教訓を巡って日本の外交文化を論じている。この交渉の経緯などはやや複雑ではあるが、どのように考えて譲るか、譲らないか、など今日の中国を相手として外交交渉を進める上で一つの指針となることは確かである。

 ASEAN諸国を始めとしてこの地域が中国との間に形成している関係はそれこそ多種多様ではあることは言を俟たないが、本書は、数あるこの種の書籍の中でこのことを歴史的、政治的、経済的に詳しく、かつ分かりやすくに掘り下げており、トランプ政権が本格稼働する前の最新の状況を再確認する上で極めて有益な一冊と言える。

 

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