第6回中国研究サロン「人類の歴史の本流と日中関係」/講師:西原 春夫(2013年11月27日開催)
演題:「人類の歴史の本流と日中関係」
開催日時・場所
2013年11月27日(水)16:00-17:40
独立行政法人科学技術振興機構(JST)
東京本部別館1Fホール
小岩井忠道(中国総合研究交流センター)
人類の歴史から言えることは、かつてのヨーロッパ帝国主義は終わり、先進国同士の全面戦争はなくなったのが歴史の本流、ということ。発展途上国が発展し国際的レベルに達した時に何を行うか、その歴史法則が、現代の中国にそっくり現れている。しかし、それは実は歴史の逆流。このままでは第二次世界大戦における日本、ドイツ、イタリアと同じような道を進みかねない―。
アジア平和貢献センター理事長の西原春夫・元早稲田大学総長が、11月27日、同センターと科学技術振興機構中国総合研究交流センター共催の研究会で講演し、中国政府の最近の動きに苦言を呈した。
西原氏の歴史観によると、歴史の潮流には「深層海流」と「表層海流」があり、深層には本流のみが流れているが、表層には「本流」だけでなく「傍流」も「逆流」も流れている。フランス革命以降、議会制民主主義が生まれ、権利や自由を尊重する国家体制ができる一方、エネルギー・資源をできるだけ安く求める欲求から軍事力を持って植民地をつくることが当たり前のようになった。しかし、第一次世界大戦の大きな反省から、不戦条約が1928年に成立する。ここに盛り込まれた「国際紛争を武力でもって解決しない」という基本的な考え方は、国連憲章にも日本国憲法にも引き継がれた。
一方、資本主義の発達が遅れた結果、植民地競争にも出遅れた日本、ドイツ、イタリア3国は、こうした歴史の本流に逆らって、結果的に惨敗した。第二次世界大戦の結果は、本流は強く逆流は負ける、ということを示している。今の中国の動きは、日本がかつて経験した歴史に似ている。発展途上国が発展して国際的レベルまでに達し、植民地主義に陥ると、ナショナリズムが強くなり最初は政府の意向に沿っていた軍部が、政府への影響力を強め最後には政府の意向に反するようになる。こうした歴史の法則に沿った動きが最近の中国に出はじめている…。
西原氏はこのような見方を示したうえで「中国の指導者は、歴史の本流を見つめて中国のあり方を考えるべきだ」と、提言した。
同時に氏は、「日本政府は認めていないものの、尖閣諸島の領有権については、『棚上げ』が事実として存在していた」と語り、野田民主党政権による昨年9月の尖閣諸島国有化を「戦後の外交における最悪の歴史的決定」と厳しく批判した。日本が「棚上げ」を破ったと受け取られ、アジア太平洋経済協力会議(APEC)で胡錦濤国家主席が野田首相に「色をなして」国有化しないよう要請した翌々日に閣議決定し、面子をつぶす結果になった…と指摘し、「その結果、領有権の主張が生のままぶつかり合うようになった。その恐ろしさを考えなければいけない」と日本側の対応にも苦言を呈した。
今後については、国境をめぐる問題を2国間の交渉で決めることは難しく「超国家的組織」で解決せざるを得なく、かつそういう方向に向かうだろう、との見通しを示す一方、尖閣周辺の海底資源調査を中国、台湾の専門家を入れて実施するという具体的な提案もした。
西原 春夫(にしはら はるお)氏:
アジア平和貢献センター 理事長
略歴
1928(昭和3)年東京・武蔵野市生まれ。成蹊小学校、旧制高等学校を経て、早稲田大学第一法学部を卒業。同大学大学院法学研究科博士課程終了。同大学助手、講師、助教授を経て、1967年教授、1 972年法学部長。1982~1990年早稲田大学第12代総長を務める。総長在職中に、日本私立大学団体連合会会長、文部省大学設置・学校法人審議会会長などを兼任。1 995~1998年早稲田大学ヨーロッパセンター(ボン)館長。現在、一般財団法人アジア平和貢献センター理事長、公益財団法人矯正協会会長、少林寺拳法東京都連盟会長など。主な著書に『刑法総論』『 刑法の根底にあるもの』『21世紀のアジアと日本』(以上、成文堂)『早稲田の杜よ永遠に』(小学館)『日本の進路アジアの将来』(講談社)などがある。2007年瑞宝大綬章受賞。
西原春夫氏講演概要
日中関係の現状
尖閣諸島については、中国は「歴史的に見て中国の領土」と主張し、日本は「領土問題は存在しない」と譲らず、戦争を引き起こしかねないような状況になっている。10月23日に中国は防空識別圏を設定し、民間の航空機に対して事前に飛行計画を出せ、そうでなければ軍事的な対応の可能性もある、と主張している。これには米国も批判しており、今後大きな問題になるだろう。どうしてこのようなことになったのか。尖閣諸島領有権問題の「棚上げ」は、「周恩来、鄧小平両氏が発言している」という中国側の主張と、「了承していない」という日本の主張が対立しているが、棚上げは事実として存在していた。中国は中国人の島への上陸も周辺海域での漁業も自制してきたし、日本も日本人の上陸や施設建設を控えてきた。
昨年9月の日本政府による島の国有化決定の影響があったことは確かだ。非常に時期が悪い。APECの場で、胡錦濤国家主席が野田佳彦首相に「国有化しないよう」色をなして要請した翌々日に面子を丸つぶしにする形で閣議決定した。棚上げを破った、と見なした中国から「領有権は中国にある」という主張が裸の形、生のまま出てくることになった。中国からすれば、尖閣を領土とする防空識別圏を設定するのは当然のこと、ということだろう。領土主権に関する主張が生のまま出てくることの恐ろしさを考えないといけない。
必要な「未来からのシナリオ」という視点
早稲田大学の総長時代、学生紛争の対応で苦労した経験から、「現状から出発すると一歩も前に進めないことがある」ということを痛感した。現状分析から出発すると感情に流されて正しい判断を間違える危険もある。かつての日独伊3国同盟も、現状分析だけから出発して間違った。未来は、過去からの歴史の延長線上にあり、正しい未来予測は正しい歴史認識から生まれる。
歴史を大きな流れとしてみる見方
歴史の流れを見極めるのは非常に難しい。「本流」と「逆流」の見極めが肝心だ。深層海流には、本流のみが流れているが、表層海流には、「本流」もあれば「傍流」も「逆流」も混じっている。
歴史の本流をたずねて
第一次世界大戦終結時から、現在までの歴史を大きな流れとして見ると「本流」が何かが分かる。フランス革命以降、議会制民主主義ができ、権利や自由を尊重する国家体制ができた。しかし、そうした美しい側面がある一方、背景にドロドロとした2つの動きがあった。社会主義を必要とするような社会問題と、資本主義の発展によって資源・エネルギーをできるだけ安く求めたいとする要求がものすごく強くなったことだ。資源・エネルギーが得られる地域を軍事力でもって植民地にして当然、とする帝国主義が19世紀後半に出てくる。こうしたヨーロッパ帝国主義がアジアにも襲いかかり、多くの国が植民地になった。明治時代の日本の先輩たちは、欧州のこうした両面を学び、かつ実践した。
多くの人は、1945年の第二次世界大戦の終結をもって、ヨーロッパ帝国主義は終わったと見るが、実は1919年に第一次世界大戦が終わった時点で、帝国主義はそろそろやめる必要があるという動きが出ている。シュペングラーが「ヨーロッパの没落」という本の中で、過去の文明は発展の最終段階で帝国主義に陥り、滅んできたことを示した。多くの識者に影響を与え、1928年に不戦条約ができた。このままではヨーロッパは滅びてしまうと考えられたからだ。
この条約を日本もドイツも批准した。しかし、日本、ドイツ、イタリアはそれぞれ歴史のある国であるのに、資本主義の発達で後れを取り、結果として植民地競争でも出遅れた歴史を持つ。帝国主義はやめよう、軍事力で植民地を獲得するのはやめようというのが歴史の「本流」であるのに、これに抗して結局、惨敗する。発展途上国が先進国並みとなったときにそれまで先進国がやっていたのと同じことをやろうとする歴史の法則に沿った行動であったけれども、逆流でしかなかったため本流には勝てず、敗れたわけだ。
「武力による国際紛争はやめよう」という1928年の不戦条約に盛り込まれた理念は、第二次世界大戦後にできた国連憲章や、日本国憲法第9条にも引き継がれている。第二次世界大戦後、植民地は次々に独立した。その後も戦乱は絶えず起きているものの、第二次世界大戦以後、先進国同士の全面戦争は一つも起きていない。もう一つの大きな変化として、経済、金融のネットワーク化が世界中に及んだことがある。30年前ならギリシャのような国で財政が悪化したところで日本は高みの見物ですんだ。ところが現在はどうか。欧州全体に強烈な影響を与え、日本へも中国へも影響が波及した。経済が進んだ国同士では戦争ができにくくなっている、ということだ。
テロや局地的、宗教的、歴史的な理由による戦争はなくならないだろうから、軍隊もなくならないだろう。しかし、それは大規模な警察のような性格のものになり、そこに各国の軍隊が入ってくるという形になるのではないだろうか。「国連憲章の理念ははたして正しかった」という方向に人類の歴史の本流は動いている、と考えるべきだ。
歴史の本流から見た現在の中国
発展途上国が発展して国際的なレベルに達したときにどういう行動に出るか。そうした歴史法則がそのまま現れているのが現代の中国ではないだろうか。しかし、それは歴史の本流ではなく、逆流でしかない。このままではつぶれる可能性がある。未来を思い描けば、東アジア共同体や環太平洋連携協定(TPP)といった超国家的組織の形成に進み、国境の壁は低くならざるを得ない。国境をめぐる紛争も超国家的組織で解決せざるを得なくなる。欧州のようには行かないにしても、アジアでも何らかの形の共同体をつくらざるを得ないのではないだろうか。
現代の中国は、軍部の横暴が高まっていったかつての日本の歴史と似ている。発展途上国が発展し、国際レベルに達すると、軍国主義とナショナリズムが強くなる。最初は政府の意向に沿って動いていた軍部もだんだん政府に影響を与えるようになり、最後は政府の意向に反した行動に出る…。こうした歴史の法則に沿った動きが中国にも出はじめているように見える。中国の指導者は、歴史の本流を見つめて中国のあり方を考えるべきだろう。
米国と中国は第二次世界大戦では味方同士だった。どうして、米国が敵だった日本を許したのか。占領政策によって戦後、平和国家、民主主義国家として発展を遂げたからだ。戦後体制の根幹は憲法、サンフランシスコ条約、東京裁判の三本柱である。それが屈辱的だから破棄しようとすると、米国はふたたび日本を敵にして中国と仲良くするだろう。
人類の歴史の大きな流れ、これを日本が世界に示し、各国がその流れに沿い、そこを守っていけば、米国、中国、韓国との関係も良くなるはずだ。
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講演当日レジュメ
1. 日中関係の現状
- 尖閣諸島「国有化」決定の問題点
- 棚上げ否定のおそろしさの自覚
- 領土問題は存在しなくても外交問題は存在する
- 尖閣諸島問題解決に向けた基本的な考え方
2. 必要な「未来からのシナリオ」という視点
- 現状だけから出発すると前へ進めないことがある
- 現状だけから出発すると道を誤ることがある
- 未来は過去からの歴史の流れの延長線上にある
- 正しい未来予測は正しい歴史認識から生まれる
3.歴史を大きな流れとして見る見方
- 歴史の潮流には「深層海流」と「表層海流」とがある
- 表層海流には「本流」も「傍流」も「逆流」も流れている
- 深層には本流のみが流れている
- 世界の現状を、「人類の歴史の本流と逆流」という視点で分析
4.歴史の本流を訊ねて
- 第一次大戦終結時から現在までの歴史を大きな流れとして見ると「本流」がわかる
* 「ヨーロッパ帝国主義」は第一次大戦後に暫定的に終った->本流
* 逆流としての日独伊三国同盟と第二次大戦 - 第二次大戦後の世界
* 植民地の独立、先進国同士の全面戦争なし、あるのは逆流としての戦乱
* 国境を越えるものの大規模化->人類社会のネットワーク化
* 地域的超国家組織の形成
* 戦争、軍隊の意義の変化
5.このような歴史の本流から見た現在の中国
- 明治維新以後の戦前の日本と似た現象
- 当時の日本とは異なる歴史の発展段階と国際環境
- いかにして歴史の本流に適合した大国に仕立てるかが中心的課題
- 尖閣問題の解決はその一環