【19-25】デジタル経済発展、米中に集中 国連貿易開発会議が報告書
2019年9月10日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)
グローバルな成長を促進する期待が大きいデジタル経済について、国連貿易開発会議(UNCTAD)が9月4日報告書を公表した。デジタル経済を先導する企業やデジタルインフラ(デジタル基盤)が米国と中国に集中している実態を明らかにしているのが目を引く。急激な発展の一方で、インターネットを利用できない人々が世界にはまだたくさんいるといったデジタルデバイド(情報格差)に対する懸念が高まっている。2016年に中国杭州市で開かれた「G20サミット」でも、デジタル経済の発展に各国が協力して取り組む決意が首脳コミュニケに盛り込まれた。しかし、現実は格差がますます拡大していることを、UNCTADの報告書は明確に示したといえそうだ。
UNCTAD「デジタル経済報告2019」
UNCTADの「デジタル経済報告2019」は、デジタル経済がブロックチェーン(分散型台帳)、データ分析、人工知能(AI)、3Dプリンティング、IoT(モノのインターネット)、オートメーション&ロボティクス、クラウドコンピューティングという最先端技術と密接に関わり、データによって加速されている現実を以下のような数字を挙げて説明している。
インターネット・プロトコル・トラフィックと呼ばれるネット上を飛び交う情報量が、1992年には1日当たり100ギガバイトだったのが2002年には1秒当たり100ギガバイトと、10年間で約9万倍に増大した。さらに2017年には1秒当たり4万6,600ギガバイトに増え、2022年には1秒当たり15万700ギガバイトに達すると推定される。
トップ20社時価総額の56%がプラットフォーム企業
デジタル経済の急激な発展が世界の産業地図を短期間で塗り替えてしまっている現実を示すグラフも示されている。時価総額が大きい世界のトップ20企業が2009年と2018年でどのように様変わりしているかを示したものだ。2009年には最も多かったのは石油・ガス・鉱山企業で20社中7社に上る。これに対し、プラットフォーム企業が含まれる「技術・消費者サービス」(Technology and consumer services)企業は3社しか見当たらない。プラットフォーム企業とは、膨大な情報をデジタル化しネット上で簡単に流通させることが可能になったことから急激にのし上がった新興企業だ。ネット上に商品やサービス・情報を集めた場所を提供することで膨大な利用客と利用客に関する情報を集めている。2018年にはこうしたプラットフォーム企業(技術・消費者サービス企業)が、トップ20社のうち最多の8社を占めた。これに対し、石油・ガス・鉱山企業は2社に急減している。
時価総額トップ20社の2009年と2018年の業種別時価総額比率(%)
(UNCTAD「デジタル経済報告2019」から)
2018年のトップ20企業のうち、技術・消費者サービス企業8社を合わせた時価総額は20社全体の56%に上る。2009年の16%に比べると大幅増だ。これに対し、2009年にはトップの36%だった石油・ガス・鉱山企業は7%に低下している。
米中でプラットフォーム企業時価総額の90%
上位10社の顔ぶれを見ると変化の大きさがさらにはっきりする。2018年の時価総額トップ10社のうち、2009年にトップ10社に入っていたのは2社のみ。4社は2009年には100位内にも入っていなかった。アマゾン、阿里巴巴集団(アリババ)、フェイスブック、騰訊(テンセント)といういずれも米国と中国のプラットフォーム企業だ。
主要プラットフォーム企業の地理的分布と時価総額(単位10億ドル)比較図(2018年)
(UNCTAD「デジタル経済報告2019」から)
前記の4社以外に米国のマイクロソフト、アップル、アルファベット(グーグルの親会社)を合わせた7社が、2018年の時価総額トップ20社に入っている。すべて米国と中国のプラットフォーム企業だ。世界の主要なプラットフォーム企業だけを抜き出して比較した時価総額上位10社を見ると、9社は米国と中国の企業だ。現在、世界で上位70に入るプラットフォーム企業の時価総額を国別で比較すると、米国の企業が68%、中国の企業が22%と、両国だけで90%を占めている。欧州は3.8%、アフリカは1.3%、ラテンアメリカは0.2%でしかなく、プラットフォーム企業の米中両国偏在は明白だ。
米国と中国に巨大プラットフォーム企業が集中していることで、次のような状況が生まれていることを報告書は指摘している。デジタル経済を進展させた主要な先端技術の一つであるブロックチェーン技術に関連する特許の75%は米国と中国が持つ。さらにIoTに関する支出額の50%、クラウドコンピューティング市場の75%以上は米国と中国の企業が握る。
IoTに関する支出額の各国比較(%)
(UNCTAD「デジタル経済報告2019」から)
デジタルデバイドさらに深刻化
こうした地域間格差に問題はないか。経済協力開発機構(OECD)は2017年10月に「デジタル経済アウトルック2017年版」を公表した。その際、アンヘル・グリアOECD事務総長は、発表会見で次のように述べている。「デジタル転換はあらゆる国々、企業、家庭で同じペースで起こるものではなく、それが機会の不平等につながる。われわれは、あらゆる人々が手頃な価格でデジタルツールを利用できるようにし、それを活用する技能を提供することで、デジタルの世界で生き残る力を市民と企業に与えなければならない」
デジタル経済発展に伴って問題になっている機会の不平等は、デジタルデバイド(情報格差)として、2016年中国杭州で開かれたG20(主要20カ国・地域)サミットの首脳コミュニケにも盛り込まれている。情報の流通,情報通信技術分野に対する投資,起業,デジタル転換、電子商取引に関する協力などを通じ,デジタル経済発展のための良好な条件を助長し,デジタルデバイドに対処することを目指すことが明記された。
アントニオ・グテーレス国連事務総長も、今回のUNCTAD報告書の中で、デジタル経済の発展で生み出された巨大な富が少数の個人、会社、国に集中されている現状に注意喚起した。国際協力を緊急に改善し、政府、市民、学界、技術産業が協力してデジタルデバイドを解消することを呼びかけている。
関連サイト
UNCTAD 「The Digital Economy Report 2019」
OECD東京センタープレスリリース 「『OECDデジタル経済アウトルック2017年版』について」
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