【19-24】顧客の欲望、ストレス解決最優先 GAFA、BATHの特徴を田中道昭氏解説
2019年8月26日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)
銀行、証券業界など現場経験も長く、実学一体の経営教育を掲げ、実践している田中道昭立教大学教授が23日日本記者クラブで講演し、GAFA、BATHと称される米中プラットフォーム企業の特徴を詳しく解説した。まず、大胆なビジョンを立て、新しい事業価値を持たせるためにPDCAサイクル(生産技術における継続的改善手法)作業を急ぎ、スケーラビリティ(利用者や仕事の増大に対する適応能力)を重視して、指数関数的な急成長を目指す。実際の事業展開では、人が人間としてもっている本能や欲望に応え、同時に技術の進化によってもたらされる「問題」や「ストレス」の解決も重視する。こうした経営法を、米中のプラットフォーム企業の特徴としてあげた。
田中道昭立教大学教授(日本記者クラブ)
ノキアの業績悪化と復活
田中氏がGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)、BATH(百度〔バイドゥ〕、阿里巴巴集団〔アリババ〕、騰訊〔テンセント〕、華為技術〔ファーウェイ〕)について詳しく紹介する前に触れたのは、一時、世界最大の携帯端末メーカーだったフィンランドの企業、ノキアの動向。スマートフォンの登場で急激に業績が悪化した後、いかにして通信施設・設備、ソフトウェア開発企業として復活したか、に注意を促した。氏が紹介したのは、復活を目指し当時のCEO(最高経営責任者)が全社員に送ったという次のようなメールだった。「競合他社はデバイスで私たちの市場シェアを奪っているのではない。エコシステム全体で私たちの市場シェアを奪っている」。携帯端末に注力しているうちに、より大きな市場への対応が遅れたのを反省し、企業活動の大幅な見直しを呼びかけた内容だ。
一方、日本のエレクトロニクス企業がノキアのような変革ができていない現実を示すデータとして田中氏が示したのが、GAFAの一つアップル社と、韓国のサムスン電子、さらに日本企業ソニーの時価総額の推移を表わしたグラフ。2000年当時、13兆4,600億円と同社史上最高の時価総額を達成し、サムスン、アップル両社をまったく寄せ付けなかったソニーは、直後に急激に業績が悪化した。最近持ち直したといえ2019年の時価総額は669億ドル。日本円にして7兆3,590億円だからピーク時の半分ちょっとでしかない。これに対し、アップルとサムスン電子の時価総額はその後、急速あるいは着実に伸び続け、2019年にはそれぞれ9,314億ドル(100兆1,660億円)、2,346億ドル(26兆8,510億円)と、ソニーをはるかにしのぐ。
(田中道昭立教大学教授記者会見資料から)
中国企業に追いつくには最低3年
次に田中氏が示したのは今年3月と7月に訪れたアリババ(阿里巴巴集団)の本拠地、杭州市でアリババが経営するホテルと商業施設の様子。ホテルではロボットが客の荷物運びからルームサービス、さらにはバーでバーテンダーの役割まで果たしているなど、ロボットが社会実装されている様子を詳しく紹介した。商業施設で強調されたのは、集客、販売支援の方法が進化していること。テナントとオンラインでつながっていることがその一つで、在庫管理だけでなくビッグデータとAI(人工知能)を活用し、消費者が求める製品をすぐさま作る。例えば衣服で色合いからボタンの位置までテナント企業と一緒に考えて製品化し、実際に売り上げを増やしている。氏はこうしたやり方を単に技術の活用が優れているだけでなく、従来の百貨店のよいところも取り入れた「温故知新」である、と評した。
アリババに関しては、生鮮スーパーマーケット「盒馬鮮生」についても詳しく紹介した。盒馬鮮生は、来店者がバーコードリーダーで商品をスキャンし、支払いは盒馬鮮生のスマホアプリに表示されるQRコードをスキャンするだけで済むという特徴で知られる。田中氏は、開店後7カ月でオンライン宅配サービスが全体の売り上げの6割を占めるようになるという実例を示し、店内とオンラインを組み合わせた販売方法の新しさを評価した。さらに、店で購入した食品をすぐ調理してもらい店内で食べることができるサービスにより、来店客はレストランより安く食事を楽しめることも紹介した。
こうしたアリババの新しい商業形態が、商品の生産からサービスに至る業務の流れをそれぞれ効率的にしたことと、食品配達、マーケティング、個人信用情報、ファイナンス、ブロックチェーン、クラウドコンピューティングなど効率化に必要な業務をそれぞれアリババ傘下の企業が担うレイヤー(層)構造があいまって実現していることに、田中氏は注意を促した。「仮に中国が進歩の動きを停めたとしても日本が追いつくには3年はかかるだろう」と、日本との差を氏はみている。
2018年1月に米国シアトルにオープンしたアマゾンの無人コンビニ「アマゾンゴー(Amazon GO)」の様子も併せて紹介し、「顧客の経験価値」に対する徹底した思い入れの強さが、アリババ、アマゾンに共通している企業哲学であることを氏は強調した。顧客の経験価値というのは、「人が人間としてもっている本能や欲望に応えること」に加えて「テクノロジーの進化により高度化する『問題』や『ストレス』を解決すること」でもあることを指す。商業施設の場合は、「買い物をしていることを感じさせない」ことや「支払いしていることを感じさせない」ことだ、と説明した。客に精算機器の画面に何度もタッチさせる。こうした日本の無人レジの写真を示し、日本の商業施設が顧客の経験価値への対応という面で中国に比べると遅れていることを指摘した。
自動運転の目的は人間中心の都市
グーグルが力を入れようとしている自動運転については、実現すれば自動車中心の今の都市を人間中心の都市へと都市のデザインが一変することを見据えたものである点に注意を促した。道路が自動車優先で、駐車場もたくさん必要といった今の都市を人間中心の都市に変え、新しい社会を実現する。こうした目標達成にはどういう技術が必要かを逆算して取り組んでいるのが自動運転。このような企業姿勢が伝統的企業との決定的な違いだ、と田中氏は指摘した。
バイドゥ(百度)も自動運転に力を入れており、田中氏によると既に同社は自動運転車の量産の段階に入っている。さらに自動運転を実現するには実際に通行人など人のすぐそばで自動走行する経験を積むことが不可避だが、バイドゥはすでにこれも着実に進めている。日本ではまず不可能ではないか、と氏は見ている。
米中新冷戦の時代に
田中氏は米中対立の現状を、「軍事や安全保障を含む国力」、「米国式資本主義と中国式資本主義」、「『自由』対『統制』を巡る価値観」、「技術覇権」という四つの戦いであるとの見方を示した。中国が優位にある面として「人口10億人という規模」「デジタル化を基軸に対象範囲の増大」、「社会実装のスピードの速さ」という経済的な優位に立った優れたカスタマーエクスペリアンス(金銭的・物質的な価値だけではなく、商品を使用したときやサービスを受けたときに感じる客の心理的・感覚的な価値)を挙げた。
国際銀行間通信協会(SWIFT)による米国主導の中央集権的国際決済と、アリババのバーコード決済システム「Alipay」によるブロックチェーン決済という金融分野の分断も今後、進む、と田中氏は予測する。GAFAとBATHとの競争によっても、世界は米国経済圏と中国経済圏との分断が進む。ファーウェイ排除という米国の狙いが欧州諸国に広がらなかったのは米国の誤算...。米中対立の現状を田中氏はこのように分析したうえで、現在の中国の経営者層の気持ちを次のように見立てた。国レベルでも民間レベルでも、米国に対しては今は控え目におとなしくしておこうという気持ちが強い一方、近い将来、名実ともに米国を超えるというマグマ(内に秘めた熱い思い)が高まっている。何年後に実現するか分からないがグレーターチャイナ(より強大化した中国圏)でサプライチェーンの構築を完結したいという機運も高まっている。とはいえ、中国の民間企業は、結局は民間企業ではないという焦燥感も持っている、と。
日本もスピーディな企業文化を
田中氏は米中のプラットフォーム企業、GAFAとBATHに共通する特徴として「何のために戦うのか」を自ら問い「大胆なビジョンを描く」ことから始めることを挙げた。次に「新たに提供される価値をどのように社会に訴求する」ことを考え、「実現するために技術を進化させ、必要であればルールを変え、優れた価値を提供する」と説明している。
米中のプラットフォーム企業に遅れをとってしまっている日本の企業はいかにあるべきか。最後に田中氏は、「企業文化を、スタートアップのようにスピーディなものにする」よう提言した。氏が日本企業に求められる企業文化として引用したのは、アマゾン創業者、ジェフ・ベゾス氏が常に言っているという次のような言葉だった。「It's Still Day 1」(今日が初日)
(田中道昭教授の記者会見が行われた日本記者クラブホール)
関連サイト
日本記者クラブ・会見リポート 『米中争覇』 GAFA×BATH 米中新冷戦の分析 田中道昭・立教大学教授
同会見動画(YouTube) https://www.youtube.com/watch?v=zObnkM5TjkY&feature=youtu.be
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