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【19-13】山東省 聖なる三岳―浮来山、琅琊台山、大殊山―

2019年7月9日

阿南ヴァージニア史代

阿南ヴァージニア史代

米国生まれ。東アジア歴史・地理学でハワイ大学修士号。台湾に留学。70年日本国籍取得。1983年以来、3度にわたって計12年間、中国に滞在。夫は、元駐中国日本大使。現在、テ ンプル大学ジャパンで中国史を教えている。著書に『円仁慈覚大師の足跡を訪ねて』、『古き北京との出会い:樹と石と水の物語』 、『樹の声--北京の古樹と名木』など。

山東省には泰山をはじめとして多くの有名な聖山がある。

今回は、省の南部に位置し永い歴史を持つ浮来山、琅琊台山、大殊山の三岳を紹介してみたい。

9世紀に唐へ渡った日本僧円仁がその日記(入唐求法巡礼行記)の中でこれら三岳に言及しているが、無論、いずれもその歴史は唐よりもずっと以前に遡る。

三岳はどれも聖山として知られ、今では保護風景区に指定されている。

 莒県の浮来山風景区は沿海都市、日照市の西方にあり、深い森に囲まれた三つの頂は海抜279メートル。何と言っても最大の観どころは世界最古と称される樹齢4千年の銀杏の大木である。この銀杏は天に向かって27.5メートルも枝を張り、幹の周囲は9.1メートルにも達する。樹皮に深く刻み込まれた割れ目は永い時間の経過と強い生命力の証であり、じっくりと観賞する価値のある自然の傑作と言って良いであろう。この銀杏樹の所在する定林寺は1500年前の晋代建立の古刹である。この史実からも仏教は古くから人里離れた山岳地帯にまで広まっていたことが知られる。後年になって845年7月、円仁一行が莒県を旅したときは筆舌に尽くし難い困難に遭遇した状況が円仁日記に生々しく記述されている。〝我々は一日中、山を越え、谷を下り、泥濘の中をいつ果てるとも知れず歩き続けた〟。円仁は人に出会うことはほとんどなかったと記しているが、多分、これが銀杏の木が生き永らえた理由なのかも知れない。

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写真1 定林寺境内の浮来山大銀杏

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写真2 銀杏の樹皮に深く刻み込まれた割れ目

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写真3 浮来山における円仁記念植樹

 次に、琅琊台風景名勝区は日照市の北方、海岸沿いの地点にある。山頂は183メートル、道教の聖地であり2千年来の歴史を誇っている。紀元前219年、秦始皇帝がこの地を訪れたという史跡が残っており、山東地域を巡察の途次、琅琊台に三月ほど滞在したと伝えられている。その時、始皇帝は道士徐福に会い、〝長生不老〟の薬を求めるために、海を渡って東方(日本?)へ行くことを命じた。

 私が2018年春、琅琊台を訪問した際は、全山、深い霧に包まれて一入、神秘的な雰囲気であった。圧巻だったのは始皇帝と徐福の巨大な石像(秦始皇帝遣徐福入海求仙群雕)が山頂近く、雲の間に見え隠れする光景であった。徐福が500人ずつの善男善女を伴って東渡した伝説は日本でも広く知られており、到達地点について今なお幾つかの都市が争っている。中国の何処から出発したかについても蓬莱、連雲港など今に至るも論争があるようであるが、琅琊港であった可能性も十分にあり得よう。

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写真4 雲へ続く石段--始皇帝が琅琊台山へ登った道

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写真5 琅琊台: 霧の中の秦始皇帝と徐福の石像

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写真6 山の守護神、竜王

 私は瑯琊港から地元の漁師の小舟に乗り、15分ほどで本土から4キロ離れた齋堂島へ渡った。島の名前は始皇帝が此処で長生を祈る〝斎戒〟を執り行ったことに由来する。本当のところ、私の関心は島と港の間の海域を体験することにあった。徐福の船が東へ向けて出帆する光景を思い浮かべることに加え、847年5月、円仁の乗った船が黄海へ戻る順風を待って、4日間、ここに停泊していた状況を実感することにあった。円仁日記には〝風が南東方向へ変わったため、大殊山からほど近くの琅琊台と齋堂島の間で石の錨を投じた〟との記載がある。島の中の赤い瓦屋根の多い小さな村を歩き回りながら琅琊台を遥かに眺望することが出来た。始皇帝は不幸にしてこの地を離れてから間もなく、この世を去ることとなる。

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写真7 琅琊台峰と琅琊台港

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写真8 齋堂島への航海

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写真9 齋堂島の村落

 大殊山は標高486メートル、青島対岸の黄道区の海に沿った地点にある。その山頂は険しく切り立った形状で、古い時代の航海手たちが沿海を航行する際に目印にしたと言われる特異な姿を呈している。円仁日記(839年4月26日)には山東沿岸を南へ北へ航海する間に大殊山が見えたとの記載が数カ所でてくる。この山について、〝頂上は半天に向かって槍のごとく突き出し、裾野は四方へ大きく広がっている〟と記述されている。大殊山は古くから霊場として知られ、山腹には仏教が広まった隋、唐時代に穿たれた洞窟が残っている。ここには、12世紀、金代に修復されたという古刹、石門寺がある。大殊山風景区は青島から膠州湾大橋を渡って簡単に訪れることが出来る。この風景区はピンク色の杜鵑花の大群生が有名で、円仁が描写しているような岩場の難所を抜けるハイキングコースが観光客の魅力となっている。

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写真10 大殊山主峰

 以上、紹介した三岳への旅は青島から週末を利用して楽に行くことが出来る。自然の風光を愛でるだけでなく、歴史との多様な絆に思いを馳せることも感興を一層盛り上げてくれるであろう。


※本稿は『中國紀行CKRM』Vol.15(2019年5月)より転載したものである。